……よし、と。
僕はこの次元で目覚めてからこれまで起きたことを箇条書きに書き連ね、そして向こうからの情報を纏めておけるだけの紙をまた別で準備した。
時計を見る。時刻は夕方16時53分。まもなく、ポラリスと約束した時間になる。部屋の鍵を確かめて、そしてチェーンもかけてから僕はトランジットトレイニングをした。
そして、長い針が真上を指すよりも少し前に。向こう側から、声が聞こえた。
『真也、ちょっと早いけどだいじょーぶ?』
どうやら向こう側も5時前だということは、向こうとこっちで時間が流れる速さも同じなようだ。それを確認して僕は少しだけほっとした。
『うん、大丈夫。そっちには誰がいる?』
『コダマおじちゃんとブライトを呼んできたよ!』
そう元気よく答えてくれたポラリス。なるほど、ふたりともいるのか。ならば僕が無事だという情報は向こうにもすぐに伝わるはず。
『じゃあまずふたりに伝えてくれる? 僕は無事で、安全な場所にいるって』
そうお願いすると、ポラリスから肯定の意が戻ってきてから少しの間は不感の時間が続いた。きっと向こうでは彼女とふたりとが話をしているんだと思う。
そして1分ほど経ってから、想定外のものが飛んできた。
『あのね、ブライトから確認したいことがあるって。「購買部にいるレオミノルのトレイナーのキールは誰だ」って』
『えっ、ヤチさんだよね? どうし……あっ』
そうか、向こうのふたりはまだポラリスの言葉を完全に信じてくれている訳じゃない。それで僕が知っているけれどポラリスが知らなそうなことで確認してるんだ。
それからコダマさんからも似た趣旨の質問が飛んできて、それに答えるとようやくふたりともポラリスの言葉を信じてくれたらしい。ぷっくりと頬を膨らませているのが目に浮かぶような、そんな声でポラリスが教えてくれた。
『まぁまぁ落ち着いてポラリス。……それで、今度はこっちから聞きたいんだけど、あのあと公園やJRNがどうなったのかって教えてもらえないかな』
そしてふたりからポラリスを経由して教えてもらった情報は、驚きのものだった。
まずあの公園。昼間にも聞いたとおりに空にぽっかりと穴が開いているらしい。だけど、その現象は少し耳に覚えがあった。
『そういえば、僕がこの次元に着いたのを見てた方も空に穴が開いてたって言ってたな』
『そうなの? いま見に行ける?』
『僕が落ちてきてすぐに閉じちゃったって』
これを聞いたふたりがどういう反応をしているのかは、僕からはわからない。だけど向こうからの反応が戻ってくるまでに時間がかかっているあたり、恐らく何かしらの議論が行われているのだろうと推し量ることができた。
それからもこんな感じでポラリスを介した話は続いて、僕の方からも今までのなりゆきを告げる。ポラリスはところどころ変な反応をしてくるし、その向こうのふたりからもかなりの数の質問とそれに応じた向こうの持つ情報が飛んできて、事前に用意したメモ紙の余白はほとんど埋まるほどだった。
まずわかったことといえば、
だけど、ここからが問題。なんとその2人の飛ばされた先の次元はそれぞれ違う次元で、しかもコダマさんが判断するには僕の話とも違う点があるのでここともそれぞれ違うのだということ。つまり8人はそれぞれ別の次元に辿り着いている可能性が高いということだった。
『今はサイクロの子たちが頑張って迎えに行く方法を探してるんだって。でも、いつになるかはわかんないって』
『わかった。こっちでも帰る方法を何とか探し出してみるつもり。だけど、こっちもいつになるかはやっぱりわからない』
それから、JRNとの定期的な情報確認のために次に話をする日時を決めると、一旦向こうでは解散となったらしい。
ならばこちらもトレイニングを……。そう思ったところで。
『ねぇ、真也』
ポラリスに、呼び止められた。解くのをやめて、そちらに耳を傾ける。
『何、ポラリス?』
『真也はさ、帰ってくるんだよね』
『うん、帰るよ。どれだけ遅くなっても、必ず』
それは決して揺るがない僕の決意だ。あの次元にはみんながいる。父さんがいる。そして、コロマさんがいる。そのそれぞれとの約束のために、僕は必ず帰らなきゃいけない。
『……富貴も、帰ってくるよね』
『もちろん。あの人なら、絶対ね』
成岩さんもそうだ。あの人はベーテクさんに救われたって言ってた。だからこそ、ベーテクさんのいるあの次元に戻るためには努力を決して怠らないだろう。
この、2つの答えを聞くと。ポラリスは思い切ったように声を立てた。
『じゃあさ! ポラリスね』
でも、その後でポラリスは言葉が詰まってしまったのか、そこに間ができた。呼びかけてみようかとも思ったけれど、少し考えてからこれは彼女が言い出すのを待った方がいいと判断できた。
そして、1分弱が過ぎて。
『ポラリスね、今までいつも甘えてばっかりだった。でも、お兄ちゃんとアドパスが旅立って、富貴と真也もいなくなっちゃって。……だから、決めたんだ。ポラリス独りでも走っていける、立派なノリモンになれるってこと、証明してみせるって』
それは、ポラリスの決意だった。
ロイヤさんやブライトさんに頼る選択肢だって、ポラリスにはあるはずなのだ。にも関わらず、彼女はそれを棄却した。それこそが、彼女の決意。
……ならば。僕のできることは、その背中に最後の後押しをすることだけだ。
『帰ったとき、楽しみにしてるよ』
『うん! ポラリスの成長を、見せつけてあげるから』
『でも、ポラリスが考えてるより僕は早く帰っちゃうかもね』
『だったら、真也が考えてるより早く立派なノリモンになる。約束する!』
そして僕たちはその約束を交わして、この日の通話を終えたのだった。