シャイ先生の言った多元世界仮説という言葉。それは、僕が初めて聞く言葉だった。
それがどうも僕の言う次元を指す言葉に対応するのらしいのだけど、いまいちパッとはわからなかった。それを伝えると、先生は快く教えてくれた。
「まぁ、前提として多元世界仮説というのは数学ではなく物理学の分野から派生した考えだから私の専門ではないけれどもね」
シャイ先生が言うにはこうだ。たとえば、布の下に色のわからないボールがあったとして、そのボールの色をは布をどけた時点で1つに定まる――逆に言えば、どける前にはそのボールの色は1つに定まっていない。その状態のとき、あらゆる色である無限の世界が存在して、そして観測という行為によりそのうちのどの世界であるかが決定するというのだ。
これのどこが物理学の論理なのかはわからなかったけど、そこには波動関数というものが関係しているらしい。そして非観測側と観測側の両方を古典力学でなくこの波動関数的に解釈するとこの多世界解釈に行き着くのだという。
……何を言っているのかはよくわからないし、それは先生も説明できるほどには理解できていないそうなのだけれど、とりあえず世界がたくさんあるということは理解できた。
「そしてここからが私の専門の領域。複数の世界があるのなら、それらの世界の間の距離というものはある定時においては一意に定まらなくてはならない。それを説明しようとしたときに、より高次元の座標を仮定すれば無限の世界を含む世界群が確実に存在することになる。だけどその距離を認めるには、
なるほど、こっちの理解はすぐに入ってきた。そもそも、三次元では説明するのに次元が低すぎるという話自体は鳥満博士もしていた。つまりこれは同じ思考プロセスによるもので、おそらく似てる考え方なんだろう。
「恐らくは君の居たところでも、この三次元で未解決の問題が先にあった……違うかい?」
「そうだとは聞いています。けっこう昔のことらしいですが」
そこから先を説明しようとして、僕は言葉に詰まった。
確かチッキとウェヌスのまわりか何かがそうだったはず。それで超次元に拡張して、そしてイギリスのノリモン、St Simonが発見し命名した
だけどこれをどう説明すればいい? そもそもチッキやウェヌスはトレイニングという現象があったからこそ気づくことができたもの。この次元にはそういうのが用いられてはいない。それに自元領域だってあるかどうかわからない。
そんな僕を見かねたのだろう。シャイ先生は優しくこう声をかけてくれたのだった。
「……明るくないのなら、むりして説明しようとしなくたっていい」
「なんかすみません、情報もらってばかりで」
「いいや、そんなことはない。むしろぜんぶ教えてもらうより、自分で謎を解き明かしてゆく方が私は好きだよ。そもそも、君の世界でのおそらくこの世界での認識より進んでいる認識を得られただけでもかなり大きな収穫になるからねぇ!」
そう言いながら背伸びをして僕の頭をポンポンと叩いた。
確かに、シャイ先生の目はかなり満足げで、ここから論理を組み立てようとしているのが伝わってくるほどだ。
そして次に机の上のメガネを取ると、その萌え袖で器用にも着用して、顔つきをキリッとしたものへと変えた。
「さて、ここで本題に戻ろう。残酷な話になるかもしれないけれどもね。これらを組み合わせたとき、理論上は君のいた世界は間違いなく存在する。だがしかし、それを探し出して戻ることは不可能とは言わないが極めてむずかしいと言わざるをえないね」
「……そうですか」
「おや、これも驚かないのかい?」
そりゃだって、無限の世界の中から1つの世界を探し出すのは至難の技だ。だけど。
「JRNのみんなも超次元に飛び出して僕を探そうとする準備を進めているし、何よりどこでもないゾーンにはリヂルさんがいる」
「どこでもないゾーンとは?」
「どの次元にも属さない領域のことで、リヂルさんがそう呼んでいるんです。そしてリヂルさんは以前に僕がどこでもないゾーンに投げ出された時にもとの次元に戻してくれた。だからきっと、彼に会えば僕はもとの次元に戻れるはず」
そう伝えると、シャイ先生は一瞬だけ動きを止めて、そしてぷるぷるとエンジンのように小刻みに震えだした。そして数秒して、ギアが繋がったように動き出して僕へと飛びかかってきた。
バタン。受け止めきることができずに、僕は椅子ごと後ろに倒れて投げ出される。そして馬乗りになったシャイ先生は僕の上から、その決して長くない髪が僕にかかるほどの近さで怒鳴るようにまくし立てた。
「……そういう大事なことは先に言いなさいよ! この世界に着いたときに気を失っていたとクモエコロが言っていたから、そこの記憶はないんだと認識していたよ!」
それから僕が僕の次元で
そしてそれだけで、今日一日の時間を使い果たしてしまったのだった。