「え? お前もう単独でクィムガン倒したの?」
月曜日。いつもより早くに目覚めたので早めにベーテクさんのラボに行くと、まだ成岩さんしか着いていなかった。
そこで休日の話になって、昨日の出来事を話したときに彼から出てきたのが上の言葉だった。
「発生したばっかりでしたし」
「だとしても早ぇよ、まだうちで合同演習すらしてないだろうが。この前のアレだってリーダーの正気を疑ったのに」
「それについては、正直見てるだけで良かったって早乙女さんが」
「他のユニットの奴もいるのにそれはダメだろ……」
ド正論だ。
そもそもなんで僕、そういう訓練をほとんどしてない中で2回もクィムガンと戦ってたんだろう? 冷静に考えたらおかしいな?
そう思考の渦に捕らわれようとしていたとき、成岩さんの左手が僕の右肩に置かれて、意識は現実世界へと戻ってきた。
「まぁでも、これだけは言わせてくれ。よくやった」
右手で親指を立て、彼は笑顔でそういう。
なんか、照れるな。
「ありがと……」
「おっはようございマース!」
返事を返していたその時、アドパスさんがラボの扉を勢いよく開けて出勤してきた。タイミングが悪いよ……。
というか、ここのひとたちってドアを勢いよく開けるのが癖なんだろうか。気になって見てみれば、ドアには上から下までをカバーする恐ろしいほど長い蝶番が。きっとそういうことなんだろう。
「今日はまだベーテクさんは来てないんデース?」
「ポラリスがぐずってるとかそんなんだろ」
「ドイツのノリモンじゃありマセンし、9時までには来マスよね。紅茶淹れて待ってマースか」
そう言うとアドパスさんは流れるように棚からケトルを取り出し、勢いよく水道水を入れるとそのままコンロにかけた。恐ろしい速さだ。……水の勢いが強すぎて跳ね返った水がケトルから思いっきり溢れてたのは見なかったことにしよう。
「……お湯、コンロで温めてるんだ」
「アドパスはそこんとこ拘りが強いからな。そのぶん淹れてくれる紅茶は美味い」
そうなのか。
しばらく待っていると、アドパスさんは一度ティーカップにお湯を注ぎ、ケトルをコンロに戻した。そして小さな片手鍋をコンロのもう1つの口にかけ、牛乳を温め始める。
それから彼女はティーポットにティーバッグを3つ入れてお湯を注ぐと、ティーカップのお湯を全て捨てて僕達のいる長机へと持ってきた。隣にいたはずの成岩さんも、いつの間にやら移動していて、ビスケットとお皿、そしてコンロに残されていたホットミルクを運んでいる。
「さ、ティータイムデース」
「……今日はウバか」
「イグザクトリ」
ティーカップに注がれた飴色の紅茶を見て、成岩さんが即答する。なんでわかるんだと思ったけれど、これはたぶんずっとアドパスさんに付き合わされてるから自然とわかるようになってしまった奴だ。
「山根サンもどうぞ」
アドパスさんはそう言って僕の前にもカップを置いた。
彼女が淹れてくれた紅茶は、透き通るような緋色で、それでいてよく見るとカップの淵の紅茶の色が薄く見えるところでは、まるで黄金のように輝いている。
そしてもわりと広がってくる爽やか香りもまた、心を穏やかにさせてくれる。薔薇のような香りの中に、飲み物に使うのがあまり適切ではないと思うけど、まるで湿布のような苦痛を癒やしてくれる感じの香りが混じる。
「綺麗な紅茶ですね」
「この色は、日本の水道水で淹れるのがいっちばん綺麗デース。ミーも日本では、ブラックでも紅茶をいただきマス」
そう言ってアドパスさんはカップに口をつける。その優雅な動きは、どこか高貴さを滲ませていて、どこか名家のお嬢様のようなオーラを纏っていた。
つられて僕も紅茶を口に含む。しっかりとした渋みの中に、深い味わいが広がって……何というか、体の中の緊張とリラックスが調整されて、歪みが消えていくような感じがする。それでいて後味は爽やかで、渋みを引きずることもない。
「美味しい」
「それは良かったデース」
アドパスさんは中身が半分ほど残っているカップを、音もなくソーサーに置いて、牛乳を注いだ。多分そうすると美味しいはずなので、僕も同じようにする。
湿布のような爽やかな香りに、ミルクの甘い香りがいい感じに混ざって、格調高くも強い香りになる。口をつければ、ミルクのまろやかさで渋みは落ち着くものの、それでいてしっかりと主張しているのだ。そしてミルクの口に残る感触も、紅茶の爽やかさがすっと引かせている。
「……凄い。全然違う美味しさだ」
「デースよね! ミルクティーは、まさにミー達の研究と同じなんデス。紅茶とミルクの足し算で、簡単にみえてとーっても奥が深いんデース」
アドパスさんによると、同じ茶葉・水・牛乳を使っていても、牛乳をカップ先に入れるか後に入れるかでも味が変わってくるし、また素材の組み合わせでもどっちの順序が良いのかが簡単に逆転してしまうのだとか。
研究もそれと同じで、組み合わせる技術や動きを、どれをベースにしてどう組み立てるかで最終的な速度が変わってきて、しかも条件を変えると優劣が逆転する。当然常に最適を選ぶことはできないから、それらをどう評価してどれを良いものとするのかが一番重要だと、アドパスさんは言った。
そんな話をしながら紅茶を飲み終え、片付けを終わらせて頭も体もスッキリした頃、また勢いよくドアが開いたかと思えば、ようやくポラリスちゃんが着いたのだった。
【TIPS:野良トレイナー】
トレイナー資格を持っているからといって、全てのトレイナーがJRNやその他の組織に属しているわけでは当然ない。
だけれど、発生したクィムガンの半数以上は第一発見者のトレイナーやノリモンにより単独で処理されているというデータもあり、行政やJRNとて彼らの存在は無視することはできないのだ。だからこそ、そういった彼らのために、トレイナー免許の番号を基にした自治体からの報酬システムが構築されて稼働しているのである。