長崎県佐世保市宇久町木場、乙女ノ鼻。
JRN理事長、トシマはこのはじまりの地に再び足を運んでいた。1名のノリモンを連れて。
「何か思い出せることはないか?」
「……ごめんなさい、わかりません」
そしてトシマに連れられてこの地を訪れたノリモンは、名をココマと言う。彼女はここ乙女ノ鼻にて発生したはじまりのノリモン、ルースの落し子の成れの果てである。
そんなココマの中にあると思われる記憶を辿りに彼女をここに連れてきたのはその記憶の中に現在JRNが直面する危機の解決の糸口が見られるのではないかという望みがトシマの中にあったからだ。
武蔵国分寺公園に開いた穴――『無』。まだトシマが成る前のこと、かつてこの地で似たようなものを見たという話を、彼女の乗組員のうち1人がしていた。当時は他の乗組員からも信用されず、そのまま報告書にも乗らずじまいの虚言として扱われていたそれだったが……。
「今思えば、真実だったのであろうな」
錯乱しただけだと扱われていたからこそその報告は文書として残らず、ただトシマの記憶の底にわずかに残るだけとなっていた。それゆえ、彼女もそれを思い出すのには数週間もの時間を要してしまい、結果としてココマを連れて再訪することができたのは、『無』の発生から1ヶ月弱が過ぎたころとなってしまったのだ。
「……70年も前の話だ。当時の人間はもう殆ど残っていないだろう」
「当時二十歳だとして、90ですか」
「我々ノリモンは終わる時まで機能の劣化はなくそのまま残り続ける。だが人間は決してそうではない。当時を知る人からどれだけ記録が得られるか」
それは今まで必要に迫られることがなかったがゆえ、忘却の一歩手前まで追いやられていた記憶だ。そして70年の時を経て、今ようやくその記憶が必要になった。だが70年という時は、後から辿るには大きすぎる時間だった。
トシマ達は島の中を歩き出した。僅かな情報に縋るために。道行く老人に古い記憶や記録がないかを尋ねた。だがはじまりのクィムガンの発生やそれによる全島避難を覚えている者はいても、乙女ノ鼻で座標した貨客船K123号の、それもその甲板上に現れていたとされる不思議な空間の歪みを見ていて、なおかつその記憶が残っているものは終ぞ見つかることはなかった。
「手がかりは見つからず、か。想定していたとはいえ、実際に足を運んでこうともなればなかなか精神にくるものがあるな」
島を一周して乙女ノ鼻へと戻ってきて、彼女らは一度休息をとるため四阿に入った。そしてその椅子にかけたとき――。
「うっ、うっう……! うーうーうー! うっう、う」
「どうした、ココマ号」
「急に……めまいが!」
四阿の中で、ココマが急に頭を抱え苦しみだしたのだ。トシマは駆け寄って彼女の震える体を支えた。
ココマの体は小刻みに痙攣し、顔には苦痛の表情が浮かんでいる。その突然の容態の変化には、実力者たるトシマとて対処療法しか取ることができなかった。
「こんなの、知ら、ない……? 知ってる? 何、こりぇ」
「落ち着こう、まずは力を抜いて」
もはやココマは発する言葉の呂律すら回らなくなってきている。トシマはそんなココマの隣に座ると、その体を自分の方へと倒してその上半身の荷重を受け止めた。俗に言う膝枕である。痙攣による震えが、直直にトシマの体へと伝わった。
そしてしばらくトシマが呼びかけたり体を撫でたりするなどして落ち着かせていると、次第にココマの体の震えは落ち着いて、そしてやがてすぅすぅと軽やかな寝息をたてはじめた。
「……眠ってしまったか。やはりこの地には感じるものがあったのだろう」
トシマは少し悩んで、この地で過去に発生したことを伝えることにした。正確に言えば、後のココマとなるものが発生させたもの、であるが。
「ココマ。最早君に聞こえているかは判りかねるが、聞いてほしい。この場所は君にとって特別な場所なのだよ。ここは君が乗り物としてのいのちを終えた場所であり、クィムガンへと化した場所でもあり、そして……」
ここ宇久島は乙女ノ鼻は、最初のトレイナー、双葉清彦によりはじまりのクィムガン、ルースの落し子が討たれた場所だ。そのことを優しく告げた。
★
早乙女遊馬は思い出した。自らが早乙女遊馬であることに。
そして彼は、ふわふわとした浮遊感の中で目を覚ました。地に足をつければそれは消え、周囲の風景もだんだんと認知できるようになった。
四方には、煌めく宝石でできた壁。結晶の形からして、ダイアモンドだろうか? その小部屋から覗く通路の壁もそうだ。すべてが、ダイヤモンド出できていた。
「どうしてこんなところにいるかは分からぬが……。ひとまず脱出しなければ」
そう思って早乙女は外へと向かい始めた。だが、いくつもの分岐のあるこの金剛石の迷路は行き止まりだらけで次の小部屋と呼べるような空間に辿り着くのですら決して短くない時間を要してしまった。
そしてたどり着いた小部屋には、少女が独り座っていた。彼女は反射で彼の入室を把握すると、その椅子を降りて言った
「ようこそ、私の
「君は?」
「私のことは、誰よりもあなたが知っているはずだよ」
ココマは、ニコリと笑いながらそう返した。するとその姿は段々と透明になってゆき、そしてある程度薄くなったところで早乙女の耳元で囁いた。
「だって、あなたは私で、私はあなただもん」
どういうことだ。早乙女がその言葉を発することはなかった。次の瞬間、彼とココマは重なり合って、そしてもとからそうであったかのように、パズルのピースがピッタリとハマるが如く染み渡った。
「はじめまして、私。これからもよろしくね、私」
早乙女はその声がどこから聞こえたのかは分からなかった。だけど、次に彼がきょろりと辺りを見回して、そして壁のダイヤモンドを覗き込んだら。
ダイヤモンドに映るその姿は、いつの間にやらココマのものになっていた。