ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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9レ前:留守番を頼めるかい?

 ある日のこと。

 

「すまないねぇ、ちょっと緊急で会議が入ってしまったよ。僕かふたりが戻ってくるまでの間、留守番を頼めるかい?」

 

 ベーテクさんの資料の整理を手伝っていたところ、突然ラボの電話が鳴って、ベーテクさんは呼び出されてしまった。アドパスさんと成岩さんは共同研究の打合せで国分寺まで日帰り出張に行っているから、今日はふたりはいない。

 

「大丈夫ですが、この資料はどうすれば」

「そのまま……いや、一旦元の場所に戻しておいてくれるかい」

「わかりました」

「それとだね、ポラリスの面倒も見ておいてもらえると助かるよ」

 

 彼はそそくさとラップトップやメモ帳を鞄に入れると、会議へと向かっていった。

 じゃあ、こっちもすべきことをやらないとな。そう思って資料を片付け、最後の資料を本棚に戻して扉をしめたとき。

 

「どーん☆」

 

 僕は突然ポラリスちゃんに突き飛ばされた。ほとんど本棚から離れていなかったので、その扉に軽く打ち付けられる程度ですんだけど……。

 

「危ないからやめようね?」

「わかった。じゃあおはなししよー?」

 

 彼女はにへへと笑いながらそう言う。

 これ本当にわかってるのかな……。拒否したらまた暇になったように見えるタイミングで体当たりされそうな気がする。

 

「いいよ、おはなししよう」

「やったー!」

 

 どうやら彼女は僕にかまってほしいだけのようだった。だったら突き飛ばさなくても普通に言ってくれるだけでいいのに。

 念の為、もう一度体当たりしてくる可能性を考えておいたほうがいいのかな?

 

「……なんでトレイニングしたの?」

「ぶつかってくるでしょ君」

「おはなししてる間はやんないよ!」

 

 まっすぐな目で頬を膨らませながらそうポラリスちゃんは言うけれど、要するに話途切れたら体当たりしてくるぞってことで、やってることは無邪気な脅迫だ。

 

「おちついて、おちついて。お話って言っても、君から僕に聞かせたいお話があるのか、それとも君が僕に聞きたいことがあるのか、いったいどっちかな?」

「どっちも! まずポラリスからおはなしするの!」

 

 彼女は僕の服をグイグイ引っ張って、なぜかラボに置いてある二人掛けリクライニングシートまで僕を牽引する。そして隣り合ってシートにかけると、楽しそうに語り始めた。

 話を聞き始めたときは、彼女のテンションに合わせていたらとても疲れてしまうんじゃないかと思ってもいた。けれど、実際に話してみると、テンションは高いものの意外にも話をするのが上手で、彼女の伝えたいことや思っていることがすっと入ってくる。

 

 気がつけばいつの間にか話ははずみ、僕から話をしてみたり、あるいはお互いに疑問を投げかけたりしながら時計の針はぐるぐると右へと回っていく。そんな口と耳と脳を心地よく情報が飛び交う中で、一瞬その流れが止まる質問が投げかけられる。

 

「ねぇねぇ、線路の上をどびゅーん! って走るのって、どんな感じなの?」

 

 軽く聞き流していればよくある普通の質問だ。でも、僕はその質問に違和感を覚えた。だって、彼女は……。

 

「ねぇ、聞いてるー?」

「聞いてるよ。線路を飛ばして走るのも、風を感じて、景色が流れていくのも、僕は好きかな。ゆっくりそれを眺めてたりする余裕はあんまりないけどね……」

「そうなんだ」

 

 本当にこの抱いた疑問を投げかけていいのか。僕は当たり障りのない答えを返しながら迷った。ものすごくデリケートな質問な気がしたからだ。

 でも、ここで聞かなきゃずっと頭の中に残り続けるような気がして、言葉を続ける事にした。

 

「……まるで君がほとんど線路を走ったことがないように聞こえるんだけど」

「うん、あんまり走ったことないよ」

「でも君、ノリモンだよね? ……もしかして、車だったときに線路の上にいなかったのかい?」

 

 仮にノリモンだとしても、その前に鉄道車両だったとは限らない。JRNはその発足の性質上、鉄道にルーツを持つノリモンが大多数を占めるけど、自動車や船舶のノリモンだっていないわけじゃない。特にサイクロの派閥なんかには飛行機や自転車から、気球、ヨット、ラクダ、ソリ、果てはスケートボードまで乗り物という範疇の中で多彩なルーツのノリモンが所属していると聞く。ポラリスちゃんもそうなのかもしれない。

 だけれど、実際は違った。

 

「うぅん、ポラリスは生まれた時からノリモンになるまで、ずーっと線路の上にいたよ。でも、ほとんど走らせてはもらえなかったんだよね」

「そうなの?」

「うん。それにノリモンになってからも、本線は一回だけ。ポラリスは悪い子だから、その時にお兄ちゃんの言いつけを守らなくて脱線しちゃったの。それで、しばらくは走っちゃダメって」

 

 ポラリスちゃんは一瞬だけ悲しそうな顔でそう言うと、その後でいつもの笑顔に戻った。

 どうも彼女は鉄道車両として生まれながらも、ほとんど線路を走ったことがないらしいのだ。そんなことある?

 この時ふと、前にコダマさんから聞いた事を思い出した。

 

『13年経つ前に、ノリモノイドになったらどうなると思います?』

『――ノリモノイドになったら、その時に得られた姿と人格が固定されて以降は全く発達しないんですわ』

 

 まさか。

 ほとんど走らずに、設計よりはるかに短い期間でその車としての命を終えてしまう出来事。僕の頭の中に、1つそれに当てはまるべきものが浮かび上がる。

 

 ――事故廃車。

 

 目の前のポラリスちゃんの無垢な笑顔の裏には、いったいどんな悲しい過去があるのだろうか?

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