武蔵国分寺公園で調査を行う研究者の数は、一時期よりも相当に減少していた。調査をやめたわけでは決してなく、データが充足してJRNからわざわざ出向く必要性がうすれたからである。
だがそんな中でも、新たに武蔵国分寺公園へと足を運ぶ者もいた。
「遂にこの時が来た」
「全員……救出!」
ウルサ・ユニットとカリーナ・ユニットの暫定合同ユニットである。彼らの左手には、新しく増備されたeチッキ端末がセットされていた。
その5人だけではない。その後ろから5名のノリモン――ナリタエアウェイズ、メカマムサシコヤマ、スーパーブライト、ココマ、そしてノゾミタキオンだ。彼らもまた、そのユニットと目的を同一にしていた。
即ち、この『無』より超次元に進出し行方不明となったトレイナーの捜索と回収にあたるというものである。今回はその前準備としてどこでもないゾーンへと飛び出し、そしてそれぞれの動きを確認するということになっている。
「連絡の付く4人からの話では、この先で我々の常識が通用するかは不明だ。気を引き締めて臨もう」
高山各務がそう音頭を取り、そして研究者達といくつかの言葉を交わすと、彼らは次々と『無』へと飛び込んでいった。
そして研究者達が彼らを見送って、ほっと一息ついたその次の瞬間である。上空から、1名のノリモンが武蔵国分寺公園に急襲してきたのだ。
「……《ストラトス・グレイ》! 誰だっ!」
とっさにナリタスカイが飛び上がって、その人影を捕まえて地上へと引きずり降ろした。そして他の者もワラワラと集まって、その不審者を取り囲むと同時に対空能力のある者はその脱出を直ちに阻害できるような備えに動く。
そんなJRNの研究員の動きに内心感動しながらも、その不審者は動じずに堂々と挨拶を行った。
「初めまして、ではないかもしれんな」
侵入者がいたとて、初犯なら普段であれば厳重注意で警戒区域外へとそのまま返すだけ。だがしかしその姿に見覚えのある者がいたとなれば話は別となる。
それはかつて、JRNで要注意人物とされていた、不審者のうちのひとりだったのだと気づいた者がいたのだ。
「やはりお前も、ブゥケトスやジュゥンブライドの仲間だったか」
ナリタスカイがそう呟いた言葉を、彼の耳は聞き逃さなかった。
「Affirm」
「……成程、航空のノリモンか。何をしにここに来た」
「オレはエンゲヰジリング、祝福を与える術を得に来た」
そう言いながら、リングは――薄っすらと、発光した。
「トレイニングしていない人は伏せろ!」
何かを警戒した声が響く。それはリングの耳にも入り、そして彼を悲しませた。
「酷いな、オレ達は決してJRNと敵対したい訳ではない」
エンゲヰジリングの目は据わっていた。それは戯れ言ではなく、本心でそう思っているのだ。
だがJRNからすれば、既に多くの損失が出ている以上、その言葉はまったく信用できないものだった。
「そんな言葉、今更信用できる訳がないだろう!」
「ならばどうすれば信用してもらえっかな……」
そう言いながら、リングは両手を顔の横に持ち上げて、無抵抗を示すために目の前のスカイに手のひらを向けた。
何故か? それはこの段階ではリングがするべきことはなにもないからだ。彼の役割は最終的に閉じられた穴の、最後に残った部分を特異点へと輸送することにある。
その重要な作業は、超次元の穴の向こう側でスタァインザラブが今行っている。だから彼は今はそれを邪魔させることがないよう注目を引き付けておくことが重要なのだ。
「……そうだな、まずはここに来た目的を聞こうか」
ウェポンを構え、いつでも攻撃できるぞと威嚇しながらスカイはリングに聞いた。それに対してリングは落ち着いて答えた。
「この超次元の穴を塞ぐ。それだけだ」
だがその先に行わんとすることは、リングは言わなかった。
「何だと? お前らが呼び覚ましたルースの落し子が開けた穴だろうが」
「だからこそ、だ。オレ達の引き起こしたこの穴はオレ達の手で塞ぐ。それが生み出した者の責任ってやつだ」
「だったら!」
声を荒らげてスカイはさらにリングに迫る。彼の所属する研究室のメンバーであり彼をキールとするトレイナーである佐倉空も、仲間を超次元に飛ばされてしまっているのだ。彼女がいたく悲しみ、仲間を探し出すために動いていたのを間近で見ていたスカイからすれば、目の前の相手は到底許すことのできない存在となっていた。
しかし、リングはそんなことは露知らずに塞ぐべき理由をつらつらと述べ立てる。
この穴の向こうには、あらゆる物質をエネルギーに変えてしまうアイテールという高エントロピー流体が充足していること。それがこの次元に僅かながらも無秩序に流れ込んでいること。それはこの次元の崩壊を招くため、この穴を塞がなくてはならないこと。
リングが述べたそれらの事象は、この場の研究者たちが薄々ながら感づいており、ゆくゆくはその結論に至るだろうと予想していたことでもあった。
「だから、オレ達はこの穴を処分する」
だがそれは、JRNにとっては禁じ手とも言えるものだった。この『無』からのみでしか超次元へのアクセスができない以上、これを喪失することは8人のトレイナーと10名の捜索隊の喪失を意味する。その救出が満了するか、あるいは――あまり想定したくない事態ではあるが――断念が正式に伝えられるまで、この穴を閉じるという選択肢は彼らにはなかった。
「巫山戯るな! 俺達の仲間はこの穴の向こうに消えていった。お前らが呼び起こしたルースの落し子によってな。全員を救出するまでこの穴は塞がないし、塞がせもしない。決して!」
「それはJRNのエゴだろ。消えた仲間と世界と、どちらが重要なんだ?」
その言葉に、スカイは更に迫った。だがやはり、リングはそれを気にもしない。
「それに、だ。1か月もアイテールに晒され続けていれば、神の加護でもない限り既にアイテールと化してるだろうよ」
「つまり何だ、俺達の研究は無駄だってのか」
「そこまでは言ってない。それにもう1つ……超次元に出るのならば必ずしも穴を使う必要もない。
そう言い残すと、リングは忽然とその場から消えたのだった。