「超次元方向への褶曲。それを起こすには、膨大な力と力のぶつかり合いが必要になる」
シャイ先生のゼミで1ヶ月かけて導き出したこの仮説。これこそが、僕がもとの次元へと帰るために、この次元を飛び出すための鍵になるものの1つだと僕たちは考察した。
もともと僕が超次元に飛び出したのも、2回いずれも
「専門の範囲外だけど、プレートテクトニクスっていうのは知っているかい? 球殻を回るように動くプレート同士がぶつかると、その大きな力によって行き場をなくした大地が上にせり上がることがある」
そしてさっきの発言に至るわけだ。
つまり、3次元の大きな力同士がぶつかったときに行き場をなくした僕が超次元方向に飛ばされたのではないか。そういった仮説だ。
そして、直近で大きな力同士がぶつかり合う機会といえば。
「――《ポロペ》!」
大いなる水に押され、向こうに立っていた人影が遠くへと流れる。味方の巻き込みを考慮せずに、どう考えても《桜銀河》以上に範囲の広い技を使えるのは爽快感はあるけれど、これに慣れると戻ったときが危ないな。
そんなことを考えながら、僕はレフェリーの方を見た。
『勝者、シエロエステヤード!』
そう、僕がいま参加しているのは、学園の年度末の奇祭たる競技会の予選である。
ふだんの講義カリキュラムに影響を与えないように長期間に渡って夕方から夜にかけて、1日に十数試合ずつ分散して行われるこの競技会は、生徒や教諭たちの格好の注目の的でもある。それだけでなく、リアルタイム生中継配信を通じてインターネット上に公開され、そしてそれが学園外からのスカウトの判断材料になったりするのだという。
そんな下手したら人生がかかるかもしれないものなので、生徒たちはみな本気だ。
そんな本気の力と力のぶつかり合いだからこそ、空間の褶曲が起こりうる。それがシャイ先生の見込みだった。
流石に人間1人に影響が出るような巨大な褶曲はそんなにすぐには発生しないだろう。そもそも発生して誰かがいなくなれば一大事として既に大きく認知されていなければおかしい。だが、もっとミクロな世界であればより頻繁に発生している可能性がある。その可能性を探るためには、ここで観測を試みるのが一番だ。それに、他にも試しておきたいこともあったしね。
……とまぁ、こんなふうに試行錯誤をしながら何度も連続して思いっきり怪しまれずに動くことができるという面では、この競技会は都合が良いのである。
★
「まずは予選通過おめでとう。これで今後も試行回数が増えるね」
競技場から戻ってきた僕に対してシャイ先生がかけたのは、そんな言葉だった。
「その返し方はなにかおかしくないですかね」
まるでなにか人には言えないような非人道的だったり倫理的に怪しい実験をしているかのような物言いである。あんまり人に言えないのは間違ってはないんだけど……。
「他の参加者と違って、君は帰るのが目的だろう? ならばこれが適切じゃない?」
「もうそういうことにしておきます……」
どう考えても適切ではないと思うのだけれど。
それから、僕たちはさっそく中継映像のアーカイブを見返すことにした。
「どうして押し流しちゃったのさ。これじゃ力がぶつからない」
「いや、このあとですよ。……ほら、ここで水が急に全部消えた」
僕がわざわざあまり使ったことのない技を使ったのも、そこに理由がある。《ポロペ》で生み出される膨大な量の水。それはどこからやってきてどこへ還るのか?
この次元やJRNでは、技で出てくるものは――ぎ装を除いて――その場で生み出されて分解されていると解釈されて、そういうものだと受け入れられている。だがしかし、本当にそうなのだろうか? 仮にそれがぎ装と同じようなものだったら?
「なるほどね。案外、身近なものほど不思議な現象だとしても不思議だとは思わない。そういった面では、君の仮説は面白い」
つまり、技を使うこと自体は超次元方向から力を取り出すことだとは言われているけれど、そこにもともと物理的な力も加わっているのではないかという仮説だ。
そもそも、である。競技前に持ち込みが色々とチェックされる以上、観測機器を持ち込むことはできず事後にこうやってチェックすることになる。そしてただ純粋な力同士のぶつかり合いを見たいのであれば僕なんかより適切な人選があるわけで。
だからこそ、僕が出るときにはそれまでに出てきた仮説を1つでも多く検証できるような動きにしたほうが賢明だ、という判断だ。
「一番質量のある存在を出し入れしているのがさっきの《ポロペ》なんです。だから何か感覚を研ぎ澄ませればわかるんじゃないかなとも思ったんですけれど……」
「その言葉尻の萎み方からして、どうやら失敗のようだね」
「お恥ずかしながら」
だけど、この競技会での戦いはまだ片手では数えられないほどに残っている。トライとエラーを何度でも繰り返して、こっちからでも帰る方法を探してゆくんだ。
そんな決意を胸に、僕は決勝トーナメントで戦うことになるであろう相手の予選での戦いぶりのアーカイブに目を通し、どうやって動いていこうかを考えだしたのであった。