競技会で、帰る手がかりを見つける。
そして得られた手段でまた帰ることができれば、他の人を見つけるための役にだって立つだろう。
そう、思っていたのに。
予選を突破したその日の夜。僕は定例のポラリスとのミーティングで、その悲劇を耳にしたんだ。
『なくなっちゃった。武蔵国分寺公園の、穴』
その報告ただ1つだけだったのならば、まだ良かったのかもしれない。だけれど、事態はもっと悪いものだった。
武蔵国分寺公園の『無』を通じてどこでもないゾーンへ探索へと向けた演習へと向かった者たちもまだ、帰ってきたという報告がないのだという。
『聞きたいんだけどさ、ポラリス。何名、入ってたの……?』
『10』
最悪である。僕を含む8人を探しに行くために、10名に二次災害が発生してしまった。
しかも、である。どうもeチッキを配備してから超次元へと向かわせたのに、そのeチッキに送ったメッセージですら反応が確認できてないのだという。
『……ごめん。僕から謝罪したいってこと、本部にはそう伝えておいて』
『どうして謝るの?』
『そりゃ謝るよ、僕が』
『だって、悪いのはあのクィムガンでしょ?』
……そうなんだけどさぁ。
結局、こっちからはあまり報告を伝えられぬままポラリスとの話は終わってしまった。そしてそのあとも、そのもやもやは取れないまんまだった。
少し、落ち着こう。そう思って寮の中庭に出て深呼吸をする。冷えた空気が肺に入って、少しだけ脳の温度が下がった気がした。
そして10分強ほどしてから部屋に戻ろうとしたとき。
「あっ、シエロ! 予選通過おめでとう」
……できれば今は会いたくない人に捕まってしまった。
「あ、うん。ありがとう」
「どしたの? 元気ないじゃん」
「まぁ、ちょっとね……」
正直今は放っておいてほしい……けれど、たぶんトシマさんの性格的にそうもいかないんだろう。
「あ、そっか。シエロは初めてだもんね、競技会。何か困ったことでもあったんでしょ。たとえば……」
……ほらね。
「競技会のことじゃないんですが」
「えっ? じゃあ何なの?」
ぐいっと顔を近づけて僕の顔を覗き込むトウマさん。無邪気というか、デリカシーがないというか。
ならば。
「仮に、仮にの話ですよ? トウマさんが何かをしたり、あるいは何かをしなかったりして。それが巡り巡って誰かを傷つけるなどしたとしたら、トウマさんはどうしますか」
どうせ明確な答えなんか帰ってきやしない。そう思ってその質問を投げかけた。
だけど、戻ってきた言葉は。
「二度と同じことをしないように頑張る。もう起きちゃったことで悩んでもしょうがないでしょ?」
そう、きっぱりと凛々しい顔でそう言い放ったんだ。
「しょうがないって……。その人に会ったときどんな顔をすればいいのか」
「え? 会えるの?」
打って変わってきょとんとした顔に転げ落ちた。勝手に人を殺人者にしないでほしい。
気が付かないうちに溜まっていた息を吐き出して、僕は次の言葉を吐き出した。
「会えるかどうかはわかりません。だけど、僕としては会いたいと思ってます」
「そっか。シエロも……。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
なんだか気まずくなって、その後は言葉は続かなかった。
自室に戻って、もう一度思考の渦に身を投げる。トウマさんの言っていた事は事実ではある。つまり、これからどうすればいいのか――いや、それは明白だ。この次元から最低限どこでもないゾーンに飛び出す。そうすればリヂルさんにJRNに戻してもらえる。そのためには、あらゆる検討を加速させていかなければならない。これは、既に行っている取り組みを強化していくのが正解だろう。
そして、どうして向こうでそんなことになってしまったのかをこっちからも考えなければ。
そもそも向こうでそんなことになってしまったのは、こっちと比べて研究が進んでいたからだ。『無』があって超次元に飛び出せるのもあるし、単純にマンパワーだって大きいのだからそこで研究が一番進むことだってわかり切っていたことだ。それに、どこでもないゾーンにてリヂルさんとのコンタクトがとれてからは、どうせ彼が送り返してくれるのだからとより元の次元から離れたところまで活動範囲を広げてその性質を探っていたとの話だって聞いている。
……あっ。
いや、待てよ。『無』が消えたのならば、JRNはどこでもないゾーンにアクセスする手段を喪ってしまったのでは? ならば、それを前提に動いていた向こうの計画は大崩れだ。そうなったら、僕たちを探しに行く有力な手段すら喪ったわけで、もともと再発も何もないのではないか?
よし、決めた。
JRNが再びどこでもないゾーンへとアクセスする前に!こっちから帰る術を確立させよう。それが、僕のできる最大限の解決策だ。
そう決意を強くして、僕は床に就いた。
★
気がついたとき、僕はそこでふわふわと浮いていた。視界はぼやけて……いや、違う。ぼやけているのは空間の方だ。
そんなどこでもないゾーンに似た、でも少し違う雰囲気のする――そしてどこか優しくて、心地のいい空間に、僕は漂っていた。
「そなたもこちら側に目覚めたか」
どこからか、そんなどこか心に染み入るような落ち着いたバリトンボイスが聞こえる。
その声の主を探せば、少し離れたところに、いた。黒いハットを被り、黄色いオーバーコートの下には、同じく黄色いレザー――おそらく鹿――のズボンを身に着けた、少し怪しい紳士が。しかも彼の周囲の空間は、ぼんやりと黄色に光っている。
声に答えようと近づこうとしても、その距離は決して縮まらなかった。
「それに、既にSans PareilとCyclopedの祝福を得ていると見える」
「あの、あなたは……」
「おっと、これは失礼。こちらはRocketという。聞いたことはあるだろう、シエロエステヤードよ」
聞いたことがないわけがない。基礎の基礎としてスクールでも、そして学園でも教えられている五元神、その1柱なのだから。
そして、Rocket神が歩みを始めれば、どれだけ近づこうとも縮まらなかった距離がいとも簡単に縮まり、そして0となる。
「五元神、ですか。なんの御用で?」
「そなたの悲しみと決意が、こちらを呼び寄せたのだよ。それに応えに馳せただけさ」
黄色い光が渦を巻く。そして、少しずつ、少しずつ僕の中にそれが入ってくるような気がした。
「シエロエステヤード。そなたの旅路に幸多からんことを」
僕の視界は、黄色く染まった。