「結局彼も、出場することにしたのですか」
競技会のトーナメント表を眺めながらシンカフラッシュはそう発した。
「より面白いことになりそうですねFocus」
「えぇ、最大限の緊張感をもって注視して参りましょう。しかしこちらといたしましては、できれば彼には帰還の術を確立していただくことを優先していただきたいというのが、本音ではありますが」
フラッシュが少しだけ息を溜めて吐いたのを、Minoruは見逃さなかった。シエロエステヤードの持つこの次元に存在しない知識は喉から手が出るほどに欲しいものであったが、どうしても彼1人の持つ知識の量には限界があったし、それにどうも少し隠し事をしているようにも見受けられていた。ともすれば、フラッシュの中で逆に彼の元いた次元を探訪する事への重要性が日に日にましていくのは至極当然のことであった。
「それだけ彼がこの学園に染まったということですよDyed。それに、つい先日までルールすら知らなかった彼がどれ程善戦するのかを見たくはありませんかBeginner?」
対称的に、ミノルの声色はやや高まっている。彼女からすれば、今の中途半端な状態のシエロの動きはすべてが非常に興味深い結果をもたらすものだった。
「その混沌の重要性は理解しておりますが、あいにく貴女のような趣味は持ち合わせてはございませんので」
少しだけにこりと笑みを浮かべて、フラッシュはそう返した。
そもそも、ミノルを教諭として登用することを推薦したのはフラッシュである。彼女の持つ性癖を理解した上で。だからこそ彼はシエロが協議会に出る意味も当然理解はしていた。
だがしかし。それで引き起こされるものよりも超次元での交流の方が確実に学園に変化をもたらす。そういった確信があるからこそ、フラッシュはそちらをシエロには優先して欲しかったのである。
その話をミノルに伝えれば、彼女は少しだけ考える素振りを見せた。
「……シャイさんから聞いていないのですかYet?」
「聞いていない、とは」
「この参加は、帰るための仮説の検証もあるらしいですよVerify」
その話自体はすでにシャドウイメージから報告は受けてはいた。フラッシュはそれをあまり信用していなかったが。
「検証が必要ならば、私が直々にお手伝いをさせていただきたいとはお伝えしてありますが」
「それではいけない理由があったのでしょうねFactour」
それを聞くと、フラッシュはすこしだけ機嫌を悪くした。その裏にある感情は、シャイへの嫉妬だ。
「……あなた方は」
「What's up?」
「あなた方は、仮に彼が帰還する術を確立した暁には、彼についていくおつもりですか」
それは、フラッシュが今の立場ではなかったらやりたかったことの1つでもあった。だがしかし、立場がそれを許さなかったのだ。
そしてそれは、ミノルもまた同じであった。
「すぐには行きませんWait and see。どれだけ気軽に行って帰ってこられるか、それがわからないとCan't judge」
ミノルとて寮長である。数年来ために溜め込んできた有休はありはすれど、流石に数週間以上にもわたる長期に及んでファルコンを離れることは彼女の信念がまたそれを許さなかった。
だからこそ、どれだけ気軽に往来ができるのかということには関心が高いのである。それが気軽であればあるほど、分割した短い休暇で訪れることが可能になるのだから。
「シャイ先生は……どうでしょうかね」
「あの人は行きたがりますよWanna。向こうで大きくシエロの言う超次元を学んで、そして帰ってくると思いますStudy abroad」
「より容易に往来のできる環境を構築していく。それをシャイ先生が行うのであればしっかりと支援して参りましょう」
そしてゆくゆくは、一度でいいからシエロの元いたJRNという組織を訪れてみたい。フラッシュはそう思った。
★
「なるほど、これが超次元への褶曲というわけだ」
顕微鏡を覗きながら、シャイはそう呟いた。
「ただ物理的な力を加えるだけでは駄目で、何かしらのスキルを発動した状態の力を加える必要がある。ともすればやはり、シエロエステヤードの言う通りスキルには常に超次元的な力が付与されているのだね。ならば逆にこうしてみよう」
次にシャイは屋外に出て実験装置を組み立て始めた。と言っても、かなり簡易なもので滑車の先に重しがあって、その反対側からロープを引いてそれを持ち上げるだけのものだ。
それを慣れた手付きで組み立て終わると、ポケットからピンポン球を取り出して、そしてロープで引き上げた重りの下で手を離した。
「《ハンドルで逃げるな先ず止れ》」
シャイのスキルによって空中で静止するピンポン球。そして少しだけ離れると、シャイは重りを落下させた。
重りが、ピンポン球に到達する。シャイのスキルと重りの運動エネルギーが衝突する。
シャイが重りを持ち上げると、そこにピンポン球の残骸はなく、何もないままであった。
「行ったか。超次元に」
そして空中に留め置くものを少しずつ大きく、重くしてゆきながら、何度か同じように実験を繰り返す。
そして、野球ボールで同じ実験をしたとき、スキルで留め置かれたボールが重りを受け止めた。
「なるほどねぇ、このままでは人間を飛ばすのは難しいか。でも、糸口は掴めただけ良しとしよう」
そう笑いながら、シャイは機材を片付けたのだった。