「負けました。完敗です」
「そんなことないよ、シエロだって強かったわよ?」
その日の夜。僕達は寮の共用スペースでお互いの健闘を称え合っていた。普段はあんまり寮の中でも目立つことのない僕達だけれど、さすがに試合でぶつかったその当日ともなれば自然と注目を集める程にはなり、周りには軽く人だかりができている。
「2人共強かったぜ? フィールド整備がギリギリになるほどだったなんてよ」
「そうそう! あの大激突のときなんかどっちが勝つんだろうってハラハラしちゃった!」
「うん、みんなありがとね。次も頑張るから、応援してくれたら嬉しいなって」
会長さんは言っていた。この時だけは、トウマさんは人気者になれるのだと。だけどこの競技会が終わったら? また、残酷にも彼女は見向きもされなくなってしまうだろう。それでも応援してくれる生徒のためにも――もちろん自分自身のためというのが1番だけれど――、トウマさんは頑張るのだ。
「それで、シエロはどうするの?」
「どうするも何も、僕の競技会はこれでおしまい。僕は僕のやるべきことに戻りますよ」
と言っても、そのほとんどはもう達成されたようなものだ。なぜならトウマさんと全力でぶつかれば空間の褶曲が発生することがわかったから。だから最後の詰めとしてシャイ先生のゼミで小規模なものを起こして性質を追っていく、それだけだ。
……まぁ、だけと言ったところでこれこそどれだけ時間がかかるのかはわからないのだけれども。
そして、もう1つ。
これは、僕の独りよがりな恩返しだ。
★
「シエロエステヤード君は負けてしまったよ」
「ええ、既にうかがっております。下手に勝ち上がってしまい、学園外からの注目を集める――これはもとから望ましい形ではありません」
夜も静まり、建物の明かりのついている部屋もいよいよ少なくなってきた頃。シャドウイメージの準備室を訪れたシンカフラッシュは、そこでこの報告をうけた。
フラッシュからすれば、いつ学園どころかこの世界を去るかすら分からないシエロエステヤードが有力な結果を残してしまうことは決して好ましいものではなかった。しかし学園の知らない技術を持つシエロが、学園のルールにおいてどれだけの実績を残しうるのかは興味深い事案ではあったため、競技会を注視していたのである。
「ねぇフラッシュ。あなたの目には彼はどう映った」
「率直に申し上げますと、彼の持っている背景知識はどうもエリアアウトを前提としていないのではないかという懸念がございました。ですが……」
蓋を開けてみれば、エリアアウトを勝ち筋として勝ち星を重ね、負けた相手も有力者たるトウマである。それはフラッシュの関心をさらに高める材料になるには充分だった。
それを聞くと、シャイは薄っすらと笑みを浮かべてフラッシュに話を持ちかける。
「やっぱりそうなんだね。じゃあさフラッシュ。ここにその今日の試合での観測データがあるのだが……」
「どのような、観測データですか」
「驚かないでよ?」
そしてパソコンを操作し、そのデータを呼び出すと、それを確認したフラッシュを隠しきれないほどに興奮させたのだった。
★
翌日。僕は学園の南側、府中寄りにある容積率の都合で空き地となっている区画を訪れていた。敷地を拡張したところで既存区画の増築に容積をとられてしまって建物のないこの一帯は人通りも少なく、静かな寂しい空間が広がっている。
そして、ここは前に会長さんから聞いていた、トウマさんの好むトレーニングスポットでもある。だからこそここで待ち伏せをしているというわけだ。
少しの間待っていると、トウマさんは1人でこの場所にやってきた。そして僕を見つけると、意外にも彼女は僕に駆け寄ってきて、開口一番にこう尋ねてきた。
「どうして、シエロがここにいるのよ」
もちろん、この質問が出てくることは想定済みだ。だからこそ、ぼくは落ち着いてそよ質問に答えた。
「僕がトウマさんに負けたからです」
「……どゆこと?」
目を細めて、首を傾げるトウマさん。いまいち僕の言葉の意図を読みあぐねている様子だった。
そこで僕は建前の方をしっかり話した。僕は敗れてしまったが、負けてしまったからにはトウマさんには勝ちを重ねてできる限り上の結果までのぼりつめてほしい。そう考えるのは自然なことだと。
「それに、この前も言った通り、前から僕は君の力になりたいと思ってます」
「……でもさ、シエロは私より弱いじゃない」
「たまたまですよ?」
確かに現状は調整のための模擬戦でも若干負け越しているけれど、流石にほぼほぼ互角の戦いはできていると思う。そもそも昨日のも視界不良の中での最後の一撃が重くてエリアアウトしたのが敗因だし。
「確かにトウマさんは僕より強いところもあります。でも、弱いところもありますよね?」
「それはそうだけど……でも、やっぱダメ。シエロに頼っちゃ」
「あっ、ちょっと待っ……だめかぁ」
そう強張った顔で言うと、またあの時のようにトウマさんは走って何処かへ行ってしまった。
……ダメじゃないか。これじゃあの時と同じだ。僕も成長していないし、何よりこうやって物理的に逃げてばっかりじゃトウマさんのためにならない。
もうちょっと、アプローチの方法も考えないとなぁ。そう思いながら、僕は北の方へと戻るのだった。