北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉、珍小島公園。
湖を望む陸繋島の先で、ライスシャワァは湖とその真ん中にそびえる中島を見つめていた。彼女にとって馴染みはないながらも縁の深いその場所で。
「この場所に特異点があったというのも、果たして偶然なのでしょうか」
仮に運命というものがあるのならば、この状況のことを指すのでしょう。シャワァはそう呟いて、仲間の到着を待っている。
シャワァの心は揺れんばかりに高揚していた。これで多くの者に祝福を届けることができると。これで少しでも多くの罪を償うことができると。それは過去に大きな業を背負うべきことをしてしまった彼女にとって、1つの救いの形であった。
「ライスシャワー、それは祝福。新たなる命のための祝福。その名を妾に下さった理由が、今ならば少しは理解できるような気がします」
一歩、また一歩。シャワァは湖面へと踏み出して、そして膝を曲げて水の上に浮かんだ。目を閉じれば、ゆらゆらとかすかに揺れる水面が彼女の身体を揺らし、その心を落ち着かせている。
そしてシャワァは感じ取った。特異点のその場所を。目を開いて、その場所を見つめる。見つめる。それは水の下に。
そのことを確認すると、シャワァは面舵をとって湖水上を小回りする。そして湖岸の方を見た時、砂州の上でブゥケトスが彼女を見つめていたのを認めると、そちらの方へと直行した。
「声をかけてくださればよかったのではありません?」
「ごめん。何かしていたようにも見えたからね」
そう言いながらブゥケはにへへと笑った。
――ブゥケも、笑うことが増えましたね。
シャワァはふとそう思った。スタァインザラブが初めて連れてきた十数年前のブゥケは、ずっと暗い顔をしていた。自らの感情を押し殺し、常に何かにおびえるような感じで震えていた。こんな子が本当に力になるのかと心配になるほどに。
ブゥケだけではない。その数年後のジュゥンブライドもそうだった。それが今や、ふたりとも自然な形で笑みを浮かべているし、実力だって見ていて申し分ないと言えるほどに育っていた。
シャワァの表情もいつの間にやらほぐれて、そして無意識に口角も上がり穏やかな笑みを浮かべている。
「何笑ってるの」
「……あら、いつの間に。気を悪くされたならごめんなさいね」
「別にいいけどさ」
そう言ってシャワァから目線をそらして、ブゥケは湖の方を見つめた。つられてシャワァもまた湖を見る。
ゆらゆらと揺れる水面に、雪が落ちて溶けていく。
「もう少ししたら、みんなも来る。室蘭の港からは多分ジュンが運んでるはずだから」
「そうですか。……まもなく、全てが終わるのですね」
「終わりじゃない。これは始まり。違う?」
ブゥケが笑う。シャワァもまた笑い返した。
「そうですね、これは始まり。祝福のシャワーを蒔くための始まり」
「祝福のブーケは、もう投げられてる。それをみんなが受け取るための準備を」
「……そして、祝福のブライダルは開かれる」
ふたりがその言葉に振り向くと、そこにはもうひとり。ジュンだ。
ジュンはその手に超次元の穴を携え、そして雪にまみれている。そしてもう片方の手で湖を指すと、シャワァにその確認をとった。
「本当にこの湖に特異点が?」
「妾が確認しているわ。……あとのふたりは?」
「リングなら空から、スタァ様は超次元から監視してただけだからそろそろ戻ってくるぞ」
そしてジュンの言う通り、まもなくそのふたりも合流してこの洞爺湖畔にシエロエステヤードは全員が集合したのだった。
スタァインザラブが一度ジュンから超次元の穴を受け取ると、その状態を確認してから、今度はそれをシャワァに受け渡した。
「特異点の場所はわかるね?」
「先程確認しました」
「じゃあ、超次元の穴をそこへ。リングは引き続き上空の警戒、ブゥケとジュンは湖畔からワッチを」
いつになく真剣な声でスタァは指示を飛ばす。当然のことだ。彼女にとってこの取り組みは70年前の失敗を克服し、乗り越えて修復するための要なのだから。
つまり、それは。ここ北海道は洞爺湖に門をつくりウェヌスとの繋がりを構築し、そしてそこからこの次元に新しい形で情報を流入させる。その門を通りこの次元に流れ込むアイテールの性質は、今までの門を通ってきたものとは変わる。アイテールの性質が変われば、そこからマナを生み出し、活用して活動するノリモンも当然影響を受ける。これらによりこの次元のルールを変えてゆくことで、クィムガンは理論上もう発生しなくなる。そうして過去の過ちを修復することこそがスタァの目的なのだ。
シャワァが再び湖岸に進み、特異点へと向かう。そして湖底の特異点へと冷たい水をかき分けてたどり着くと、そこに超次元の穴を置いた。
特異点。それはもともと次元の壁の薄いところ。そこに超次元の穴が開けば、ほかの場所では生まれないアイテールの流れがこの次元の中にも生まれるのだ。
カチリ。シャワァはその手に何かがピタリと嵌ったかのような感覚を覚える。特異点に超次元の穴が設置され、いよいよアイテールの流れが変わりはじめた。
それはとても小さな流れ。だけれど、水の上のスタァはそれを間違いなく感じ取って、その顔に笑みを浮かべた。
「さぁはじめよう、賽は投げられた」
スタァは流れの変わったアイテールを追って、また超次元へと飛び出した。そしてこの小さな超次元の穴の向こう側から、その穴を門として完成させる取り組みを始めたのだった。