東京都国分寺市泉町、都立武蔵国分寺公園。
先月末まで空に穴が空いていたがゆえに封鎖されていたこの公園も、再オープンに向けての整備が行われていた。
カンケル・ユニットは、この円形広場の警戒にあたっていた。一時期は多くの超次元専攻の研究者達が集っていた広場であったが、今は見る影もなくがらんとしている。
そんな冬の夜の中で、その現象は起こった。
「穴が……再び開いている?」
声問未来はその音をいち早く察知し、無線でユニットメンバーに警戒を促す。
広場の真ん中の上空に、再び穴が開いていた。
そして。そこからぽとりと、4つの人影が落ちる。銀城理沙が受け止めようと駆けつけたが、間に合わずに彼らはその暫定的に埋め戻された土の上に落下した。
土煙が上がる。そうして落ちてきた4名の中には、彼らの見知った顔が1つ紛れ込んでいた。
「……えっ、この人」
そう、ルースの落し子との戦いでカンケル・ユニットと共闘し、そして行方不明になっていたうちの1人、成岩富貴である。超次元の旅路を経て、ゲッコウリヂルの助けもありこの武蔵国分寺公園へとようやく帰還したのだ。
カンケルの5人は円形広場の中心に集まり、その顔を確認した。誰もがそれを成岩だと判断したが、他の3名については誰も顔を見ても分からなかった。
「とりあえず、本部に連絡! 成岩トレイナーだけでなく、ほか3名とも救護を!」
リーダーの不動亜紀はそう指示を飛ばして、そしてJRN本部を混乱に陥れたのだった。
★
ロンドン、パディントン駅。
空港行きの列車を待つイノベイテックのもとに、ボイスチャットの招待が届いた。
「うん? 誰だい、……え?」
そう言いながら端末を見たベーテクは、そこに信じられないような名前を見た。
見間違いかと思って目を擦る。
表示は変わらない。震える手で、それに応答した。
「もしもし?」
「……よぉ、ベーテク。声聞くのも、久しぶりだな」
その瞬間、ベーテクの頭の中に電気信号が走った。まだ最後に声を聞いてから1か月半しかたっていないのに、ずいぶんと長い間聞いていなかったような気がするその声に、自然と目尻からは液体が流れだしていた。
「なんだ、今イギリスにいるベーテクに言うのは間違ってるような気もするが……。その、ただいま」
「おかえり! 元気かい? 怪我とかはなかったかい?」
「大丈夫だ。ベーテクが日本に帰ってきたらまたゆっくり話そう。俺もまぁいろいろ話したいことがあってな」
「うん、うん! ゆっくり話そう!」
「とりあえず今は、手短に声だけでも聞かせておきたかった。それじゃ、色々と報告とか諮問とかあるみたいだから切るぞ」
通話が途切れる。ベーテクはその場に座り込んで、チャットアプリの画面の成岩がオンラインであることを示す表示をまじまじと見ていた。
少しすると、合流しようとAdvanced Passengerがその異常な状態のベーテクを見つけて、そして心配になって駆け寄った。
「ベーテクさん!? 大丈夫デースか!?」
「大丈夫だよ、大丈夫だったんだよ!」
「お、落ち着いてくダサイ、とりあえず……」
アドパスはベーテクの身体を引き上げて肩に抱えた。そしてその後に合流したExcaliburと共に、ベーテクとその荷物を空港行きの列車に乗せたのだった。
その間もベーテクはずっと涙を流していた。彼が落ち着いたのは扉が閉まり、列車が動き始めたあとの話だった。
列車の中で紅茶を飲みながら、落ち着きを取り戻したベーテクはふたりに謝った。
「すまないね、さっきは見苦しいところを見せて」
「本当ですよ、何があったんデース?」
「いや、さ……」
そう言いながら、ベーテクは端末のログを見せた。それを覗き込むアドパスとカリバー。そこには、先ほどパディントン駅にいた時間にベーテクと成岩が通話していたことを示す記録が残っていた。
「誰です、この……せいがん?」
成岩のことを知らないカリバーは、隣で肩を震わせているアドパスにそうたずねた。
「He's Mr. Narawa, a trainer of Vatech. And……」
アドパスはそう答えようとするが、彼女自身も驚いていてうまく言葉を紡げなかった。彼女もまた、成岩との親交は深いのだ。そもそも成岩とベーテクが初めて会ったときから、彼女はふたりと一緒にいたのだから。
これから日本に向かうカリバーのためにもできる限り日本語で会話を話であったにも関わらず出てきた言葉は英語だったのを見て、一通り動揺し終わって一周して落ち着いたベーテクがかわりにカリバーに教えた。
「彼はね、成岩くんはね、僕のトレイナーなんだ。でも、去年の末に事故が起きて、それから彼がどこにいるかはわからなくなっていたんだよ」
「えーっと、あー、Missing?」
「うん、行方不明、だったんだ」
「ゆくえ、ふめい……。Oh……」
それを聞いてカリバーもまた、その意味をようやく理解した。成岩が見つかったのだと。戻ってきたのだと。そしてパディントンの駅でのベーテクや今のアドパスがこれほどにも落ち着きを失う理由を把握したのだった。
アドパスが落ち着いたのは、列車がヒースロー・セントラル駅に着く少し前のことだった。3名は列車を降りると、第3ターミナルの出発カウンターへと歩みを進めた。この日の夜、19時ちょうど発の東京羽田行きの飛行機に乗るために。
JRNへと、向かうために。