ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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10レ前:抵抗しても無駄

 午前中の演習で合法的に成岩さんをボコボコにした後、昼休み前のミーティングを終えて、ユニット部室でぐだぐだしていたところ。

 コンコン。部室のドアがノックされる

 

「どうぞ。……イノベイテック号か。成岩君なら昼食買いに席を外してるぞ」

「いや、今日用事があるのは山根くんでね。今か今日の夕方か、どちらかに余裕はあるかい?」

 

 来訪者はベーテクさんだった。昨日ひどく精神を消耗していたのが嘘のように、元気そうで声にはハリが戻っている。

 

「予定は空いてますが、何の用事です?」

「端的に言えばポラリスのことさ。早乙女さん、少し彼を借りてっていいかい?」

「13時までならば問題は無い」

 

 どうやらあまり他人には聞かれたくない話のようで、ベーテクさんのラボへと移動してから話をすることになった。そして到着して入口のドアを閉めたところで……。

 

 ガシリ。

 

 ベーテクさんは僕の両肩を強く掴んだ。そして僕をひょいと持ち上げると、ラボの奥の壁まで連行して押し付ける。

 体中の筋肉が一度に緊張する。でも、トレイニングしていないトレイナーが、ノリモンの力には敵う訳がない。抵抗することは諦め、どうしてこうなったのか、どうすれば解放されるのかに脳のリソースを割く。

 

「あの、ベーテクさん……?」

「短刀直入に聞こうか。君はいったい、昨日ポラリスから彼女自身の過去についてどこまで聞いてるんだい?」

 

 眼鏡の奥の桃色の2つの瞳が妖しく光る。怖い。今まで見た中で1番怖い。なんなら小さい頃、初めてクィムガンと遭遇してその前に立った時よりも遥かに怖い。

 ……もしかして、ポラリスに助言したことを怒ってる? まさかあのげっそりしてる昨日のベーテクさんに言っちゃったりとか……?

 そう考えていると、彼はまるでその思考を読んだかのように言葉を続ける。

 

「別に僕は、怒っている訳じゃないんだよ。ただ、今朝ポラリスから話を聞いてね。彼女がどこまで君に話をしていたかによって、対応を変えなくちゃいけない。わかるね?」

「重大そうな話は、彼女が殆ど線路を走ったことがないこと、ノリモンになった後貴方に連れられて1回だけ走ったときに脱線して線路を走るのを禁じられたこと、この2つだけです」

「そうかい」

 

 ベーテクさんはそう言うと、僕を再び持ち上げて、そして椅子へと座らせた。

 ようやく肩からその手が離れる。両腕をぐるんぐるんと回して、肩に異常がないことを確認すると、僕は向かいにかけたベーテクさんに再び意識を向けた。さっきまでとは打って変わって、そのピリピリとした雰囲気は消え去って、そして全身の筋肉が弛む感覚がする。

 

「まずは手荒な真似をしたことを詫びよう」

「らしくなかったですし、普通に怖かったですよ?」

「その割には君は落ち着いていたね?」

「だって抵抗しても無駄じゃないですか、トレイニングしてないんですから」

 

 そう返すとベーテクさんは大きく目を見開いて、そして高らかに笑いだした。

 

「嫌いじゃないよ、君のそういう所、そしてその君の目は。そこに渦巻いているものは、まるで鏡を見ているみたいだ」

 

 笑いながら興奮の色が混じった声でそう言った直後、彼は急に落ち着いて、そして立ち上がって机の上に身を乗り出す。

 

「でも良かったよ、ポラリスが社台の件をきちんと話していた上で君がアドバイスをしていたことがわかったからね」

「詳細を知らずにアドバイスができる程、僕自身に経験がある訳じゃないですから」

 

 これが早乙女さんみたいな大ベテランともなれば、わざわざ話を聞かなくたって観測から問題点を見抜いて指摘したりできるんだろうけど、僕はまだトレイナーになってからわずか1年ちょっとのひよっこだ。きちんと話を聞いて、自分の知識と照らし合わせて、その上で自分の意見であって客観的な事実ではないことを強調することでようやく伝えることができる程度。

 

「真面目だねぇ、君は。でもね、いるんだよ。事情を知るわけでも、アドバイスを求められたわけでも、そして経験があるわけでもないのに図々しく土足で踏み込んでくるような無神経な者共がね」

 

 過去そういうことがあったのだろうか、彼の目は何かを蔑むような色にかわる。

 気持ちはわかる。痛いほどわかる。第一僕自身もそういう人とは極力関わりたくない。

 

「それで、僕をそうじゃないかと警戒した」

「もし君もそうだったとしたら、君の宗教では火葬が禁忌でないか尋ねるところだったよ。ポラリスは悲しむだろうけどね」

「怖いこと言わないでくださいよ……」

 

 それだけベーテクさんがポラリスを大切に思っているということの裏返しでもあるんだろうけど。

 

「君も昨日聞いた話で薄々気がついているかと思うけど、あの子は事情がかなり特殊でね。無責任なことを吹聴されると恐らく碌なことにならないんだよ。だからね」

 

 そのとき。

 目が、再び光った。そして机越しに彼の手が、ゆっくりと僕の方へと伸ばされる。

 恐らくは、立ち上がって逃げようと思えば簡単に脱出できただろう。でも、僕はそれをしなかった。ベーテクさんに漂う狂気を受け入れて、伸びてくる手に肩を差し出した。差し出してしまった。

 僕はもう、逃げられない。そもそも逃げるつもりすらない。

 

「君には、自分の発言に責任をとってもらうよ」

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