ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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26便後:五元神の戯れ

 その日、シャイ先生の様子はおかしかった。いつもどこか挙動不審ではあるけれど、今日はそれにも増してへんだった。

 

「……シャイ先生?」

「あ、すまない」

 

 たとえば、こんなふうに数学の実験の最中ですら上の空になっていたり。普段だったら実験の最中にその対象から注目を外すことなんてないのに。

 それだけじゃない。ゼミのときだって、僕の報告わ聞くのも上の空だったし、僕が質問を投げかけてもそれに答える素振りすらしていなかった。

 

「いや、何でもないさ。続けよう」

「先生! 逆です逆!」

 

 今度はシリンダーに繋ぐ弁を完全に逆向きにセットしようとしたシャイ先生。やはり様子がおかしい。

 

「……今日はやめにしませんか」

「いや、ダメだ。君は帰らなきゃいけない」

「このまま実験を続けたほうが帰らぬ人になってしまいますよ!」

 

 実験装置を一旦止めて、内線電話をかける。こんなことをしているのになお、シャイ先生はその場で装置が止まっていないかのように無意識に実験機材を動かしている。重症だ。

 

『はいこちら保健室』

「すみません、数学科準備室、シャドウイメージ先生のところなんですが、明らかに先生の様子がおかしくて」

『シャイ先生が? 分かった、今向かう』

 

 すぐにやってきたクモエコロ先生を部屋に招き入れて、シャイ先生のもとに案内する。シャイ先生はまだ僕が装置を止めたことに気づかぬまま実験を継続しているつもりになっていて、しかもそこにいやしない僕に話しかけてすらいた。その反応がないことにも気がついていない様子だ。

 

「……重症だな」

「やっぱり?」

「運ぶのを手伝ってもらえるかい?」

「もちろん」

 

 そしてクモエコロ先生はシャイ先生のもとに向かうと、慣れた手付きで手刀を叩き込んだ。

 ポケットから鍵を拝借して施錠してから、倒れたシャイ先生を担架にのせて保健室まで運ぶ。競技会のこのシーズン、生徒が無茶をしてこうやって運ばれることは珍しくもないが、さすがに先生がこうやって運ばれることはあまりない。とはいえ、シャイ先生は背丈も生徒とほとんど変わらないくらいだし、何よりまだ若いので、生徒が運ばれている様子とは傍から見たら見分けはすぐにはつかなさそうだけど。

 

「でも珍しいですね、シャイ先生がこんなんなるのって」

「そうか? 根底はいつもこうだろ。昔っから考え事をすると別のことが頭に入らなくなる。流石に今日ほどのことになることは年1くらいだが」

 

 だけれどクモエコロ先生によると、普通はそうなると活動すらしなくなってよく講義をすっぽかすので、今日みたいにほぼ何も考えずに手癖だけとはいえきちんと行動しているのは確かに珍しいのだという。でもそっちの方が危ないと思う。

 

 それから保健室で数分ほど昔のシャイ先生の話を聞いていると――どうもクモエコロ先生とは付き合いが長いようだ――、ようやく彼女は目を覚ました。

 

「あれ、ここは……保健室?」

「そうだぞ。シエロエステヤード君が通報してくれて、んで駆けつけたらお前狂ってたからな」

「狂ってって……そうだ、実験」

 

 ベッドから立ち上がろうとしたのだろうか、シャイ先生をクモエコロ先生は慌てて押さえつけに行った。ジタバタ暴れるシャイ先生は、本当に先生というよりも生徒だと言われたほうが納得するような光景だ。

 

「ダメだ。安静にしていなさい」

「私はどうなってもいい。彼を……シエロエステヤード君を帰すのは教員としての責務だ」

「こう言ってるが? シエロエステヤード」

 

 亀の首のようにカーテンから頭を出して、そう尋ねてくるクモエコロ先生。僕もベッドの近くに寄ってシャイ先生の様子をうかがう。

 

「いたのか」

「今日は無理ですよ。急ぎはしないですから」

「でも、君は……君は元の次元に帰るんだろう? その為にはデータが必要なんだぞ?」

 

 これは事実だ。だけど1日実験が遅れた程度で取り返しのつかなくなるタイプのものでは決してない。むしろ急いて安全を損なうくらいなら、いくらでも待って確実か、あるいはよりリスクの少ないタイミングを待つべきだ。

 僕がそう伝えると、シャイ先生は黙り込んで何かを考えだした。クモエコロ先生の言うところに基づけば、こうなったらもう何を言っても届かないのだろう。

 そして、しばらくしてから一言こう発したのだった。

 

「君は……五元神を知っているか」

「もちろん知っていますよ。Rocket、Novelty、Cycloped、Perseverance、そしてSans Pareilの」

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そうですね」

「奇妙だとは思わないか? どこから来たのかも分からない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか。だが、こんな仮説はどうだい」

 

 五元神の戯れで、君はこの次元にやってきた。それがシャイ先生の仮説だった。たまたま五元神が共通していたのではなく、五元神が共通する世界だからこそ彼らは僕を移動させ得たのだと。

 そのとき、僕の頭の中にはひとり、思い当たる者がいた。

 

「……ゲッコウリヂル」

「誰だい、それは」

「超次元の水先人です。僕が事故で元の次元から投げ出された後、会ってはいるんですが」

 

 よくよく思い出してみれば、おかしい。

 彼は僕を元の次元に戻すと言ったのだ。なのにどうして、僕はここにいる? いや、違う。あの時リヂルさんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただ、元の次元に戻すのが――。

 

「『母なるCycloped様により定められたオレの役割』、それが彼にとっての水先案内だって」

「そうか。ならばCyclopedには気をつけろ」

 

 繋がった、ような気がした。

 突拍子もないような仮説で陰謀論だと言ってしまえばそれまでだけれど、それはどうしてか腑に落ちたし、何より僕がいまここにいるという最大の謎を説明できている仮説だ。

 

 だけど、それならば。

 僕にできることは、一体何があるのだろうか?

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