ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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第26R:スピードの向こう側

 東京都府中市小柳町の屋敷に、名松一志は身を寄せていた。いや、正確に言えば寄せさせられていた、と言ったほうが正しいだろう。

 

 もっとも、今となってはその主従関係はほとんど逆転しているも同然なのだが。

 

 Diamond Jubileeが名松と運命的――と、彼女が思い込んでいる――出会いをしてからおよそ10日。長きにわたる追いかけっこの末、ついに彼女は彼を捕まえることに成功した。

 そうして屋敷に本人の意志に関係無く連れてこられた名松が見たのは、あまりにもだらしのないダイアの生活であった。

 

 名松はまだ若いとはいえ、れっきとしたトレイナーである。この次元に飛ばされてくる前だって、生活能力がお世辞にもあるとは言えないネオトウカイザーのパートナーとなって、その生活を丸一年も立たずに矯正させた実績もある。

 そんな名松のトレイナーとしての性だろうか? 彼はダイアの生活へのお節介を勝手に初めていたのだった。

 

 当然、ダイアは反発した。彼女は自分のやりたいようにやりたいのだから。しかし……。

 

「そんなに口うるさくするのでしたら、あなたなんか出ていきなさい!」

「えっ、出ていっていいんすか」

「……あっ、ダメにきまってますわ〜!」

 

 何度このやり取りが繰り返されたことだろうか。他の使用人たちも、その様子を微笑ましく、そしてありがたく眺めていた。過去にそのようなことをしたかつての使用人たちは追放されていたのだから。

 ダイアはどこまでもわがままだった。ダイアにとって、その名松の指導は快いものではなかった。だがしかし、彼を失いたくはなかったのだ。彼のお節介を受け入れるのと、彼を諦めて追い出すのと。悩みに悩んだ末、選んだのは前者であった。

 

 しかしその決断から数週間が経った今、ダイアはそれをもはや後悔してはいなかった。名松の指導を受け入れていくうちに彼女の調子や能力は当然のように上がっていたからだ。そもそも、彼はその道を学び頭に詰め込んだトレイナーなのだ。そのうえこの流れ着いた次元には、彼の能力を開花させるに足るもう1つの理由があった。

 

「そもそもどうして僕なんかにこだわるんすか」

「最初は、ただ運命的な出会いだと思っていましたわ。ですが……それからあなたが逃げ続けたからですわ〜! このダイアから! そこから、()()()()()()()()()()()()()()()()と思いましたのよ」

 

 そう、この次元は陸空海を問わずレースの極めて盛んな次元であったのだ。それゆえ、名松の持つレールレースの知識は、この次元においても無用ではなかった。

 何か大事なことがあれば、レースによって決定する。そしてそのレースに勝てば敗者は言う事を聞く。そんなレース脳が一般的な価値観となっているのである。

 そんな中で名松は()()()()()()()()()。この次元のしきたりを知らぬ彼には分からなかったが、それは最も原始的なレースである追いかけっこを行う意志があることの表明にほかならない行為だったのだ。

 そしてそれを後々ダイアから聞かされた名松はまずは肩を竦めた。そして無人島で目が覚めてから抱き続けていた違和感の理由を知った。そうなればむしろ彼女のようなお嬢様に捕まったことはかなりの幸運だったといえよう。少なくとも、食住に困ることはなかったのだから。そして、資料の調達にも。

 名松は強いトレイナーだった。ダイアの屋敷に囚われてなお、そして彼女への教育をする傍らで、決してJRNへの、彼のキールであるカイザーのもとへの帰還を諦めてはいなかったのだ。

 

 そして名松は、ダイアの屋敷の蔵書を読み漁るうちに、なぜこの次元でこれほどまでにレースが盛んなのかという根源的な問いの答えとともに、帰還の手がかりになりそうな記述を見つけた。

 それは加速する世界でしか見出せない善悪を超越した、揺るがなき境地。スピードを超えたスピードの向こう側に、()()()N()o()v()e()l()t()y()()()()()()()()がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その神に捧ぐものとして、果たしてレース以上に適切なものがあるだろうか。

 

「同じ神様の名前、違った()()()()()()()()()()()()。いったい、どういう事っすかね……」

 

 その記述を見たとき、名松は思わずそう呟いた。

 名松がトレイナーズスクールで習った歴史では、レインヒルのレースに勝った機関車はRocketだった。なのにどうして違う? 疑問は絶えなかった。

 そして、名松は1つの納得する答えを導き出した。即ち、ここはレインヒルのレースの勝者が異なるパラレルワールドなのだと。

 

「トレイニングができる。神様も同じ。そもそも、僕がここにやってきた。帰れない理由はたぶん無いっすけど……」

 

 こんなことになるのなら、もっと次元について勉強しておくべきだった。名松はそう後悔した。彼がその勉強をしたのは、スクール同期である山根真也の行方不明の事案が報告された直後に軽く触れたのみで、勉強していないも同然だった。

 そうなれば、名松の持つ判断材料の中で、とれるものはただひとつ。

 

「……目指すしか無いっすね、『スピードの向こう側』を。この表現はノーヴルではよく使う概念っすから」

 

 幸いなことに、ダイアもまたそこを目指す者の一端だ。彼女をサポートしカイザーと同じように育て上げてゆけば、きっとそこにたどり着けるだろう。

 名松はそう決意してから、その本を一旦閉じて本棚に戻したのだった。

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