「成る程。これが成岩の」
成岩富貴の作り出したその超次元の門を行き来しながら、佐倉空はそれを分析していた。
都立武蔵国分寺公園の超次元の穴が閉じられた今となっては、この造られた門だけが、JRNからどこでもないゾーンへと、超次元へと繋がる唯一の窓となっている。もっとも、武蔵国分寺公園から動かすことのできなかったものと違って、この門は遥かに小規模で、そしてどこにでも作ることができるのは研究がしやすいという側面もあるのだが。
「俺のじゃねえ。《門(GATESEPARATOR)別》はベーテクの技だ」
成岩が恥ずかし紛れにそう言うと、佐倉は彼の隣に立つ者の方へと顔を向けた。
「……彼はそう言ってるけど」
「僕は知らないよ、こんな技は」
聞かれたイノベイテックはそう済ましたように言うが、その反面で彼の目線は門に釘付けとなっていた。彼も研究者の端くれであり、この門に興味深い点を見出すのも当然といえよう。
そしてその様子を見て、佐倉はこう呟いた。
「知らなかった、か」
ベーテクは《門(GATESEPARATOR)別》を知らなかった。その事実を、佐倉は再確認し、肩を落としたのだった。これで心当たりがあれば、研究をより早くすすめることができたのに、と。
そんな佐倉の肩に、成岩は手を置いた。
「そりゃまあ、佐倉だって解るだろ。ノリモン自身が
技とは、ウェヌスからノリモンが力を引き出すものだ。しかしノリモンとそれをトレイニングしたトレイナー、そしてウェヌスとがモヤイで繋がってさえいるのであれば、引き出しを開いてその力を引き出すのは必ずしもノリモンである必要はない。なんなら、引き出しの開け方のスキルは、使用者側に依存するのである。
だからこそ、熟練のトレイナーであった早乙女遊馬は彼がトレイニングしたノリモンよりも早く、その技を引き出す事ができていたのだ。そして今回は成岩が、それをしたということである。
「まぁ、でも。僕の技なんだから、僕にできない理由はないってことだろう? なら、やってみるしかないねぇ!」
「やめておくべき。今は。技の持ち主が知らないことがわかっただけで充分」
佐倉はそう言って、門を開こうとするベーテクを止めた。ノリモンの使う技とそのトレイナーの使う技は確かに同じものである。しかし、それが完全に同じであるわけではなく、使い手であるトレイナーによって微妙に引っ張られて性質がぶれることがあるからだ。
しかもこの《門(GATESEPARATOR)別》は未だに詳細には不明な点が多い超次元に関わる技である。仮にそのぶれが致命的なものとして発現してしまえば、取り返しのつかない事態に陥ってしまう可能性を否定できなかった。
そして佐倉は、ひとり成岩の開いた門の前に立ち、ふたりにこう告げた。
「今、私達にできること。それはこの超次元の性質を解き明かして、そしてリーダーたちを迎えに行くための方法を確立することだけ。それが終わるまで私達はこの近くて遠い超次元を遠くまで進むことはできない。いや、それを許可出来ない。これが超次元専攻としての、私の見解」
だが、それに意義を唱える者がいた。他次元より超次元を経て帰還した成岩である。彼は帰還のときにそうしたように、自分は他の次元に迷い込んでも門を開いて帰ることができると考えていた。
しかしその考えにも、佐倉は顔を縦に振らなかった。
「ダメ。今ここで成岩を失ったら、JRNはまた超次元へのアクセスを失うことになる。そうしたら、もう二度とリーダーには会えない。リーダーだけじゃない。山根や、他のまだ行方のわからない5人にだって」
「俺は他の次元に行ってもまた超次元に戻れるんだが?」
「だけど、この次元に戻れるかはわからない。違う?」
図星だった。成岩がこの次元に帰ることができたのは、ゲッコウリヂルの助力があってこそであるというのは、彼とて認識はしていたのだ。認識した上で、また助けてもらえるまで待てばいいのだと考えていた。
しかし佐倉は……それがあまりにも甘い考えであることを証明できるだけの材料を手に入れてしまっていたのだ。それがゆえ、成岩の意見には賛同できなかった。
「超次元空間……私達はどこでもない
「つまり、俺が長居すれば戻れなくなるってことか」
「違う。そうしたら成岩は……
成岩の言葉は途切れた。しばらくして、嘘だよなと言葉を吐き出しながら佐倉の目を見たが、佐倉は微動だにしなかった。彼女の言葉に偽りがなかったからだ。
どこでもない領域はアイテイルという純粋なエネルギーに満ちている。ゆえに通常の物質がその中と至るようなことがあれば、アイテイルの高いエントロピーと穢れ無き純粋なエネルギーによって徐々に侵され、最終的には完全にアイテイルへと分解されてしまうだろう。事実JRNが武蔵国分寺公園の穴からどこでもない領域を観測していた際には、その内部へと連続的に突っ込んでいた観測用の機材の表面がまるで溶解したかのように消耗しており、特にカメラのレンズは光学的な性質を失うほどであったのだ。
どこでもない領域とは、そんな危険な領域なのである。
「……マジかよ」
「どれくらい長居すれば致命的なものになるのかはわからない。わからないけど、試す訳にもいかない。だからまだ、捜索隊もいつまで経っても……!」
佐倉は拳を握りしめた。試すことすら出来ず、仲間を迎えに行くことすらできない。そのことに憤りを感じているのは、佐倉もまた同じだったのだ。
そんな佐倉の様子をもみて、成岩はついにかけるべき言葉を失った。そして自分がどれほど無謀なことを考えていたのか、そしてこの次元に戻ってくることができたのがいかに幸運なことであったのかを実感させられたのだった。
そして1つの、最悪のシチュエーションが成岩の頭をよぎった。
「なぁ佐倉。もしかして、リーダー達は」
「それは、平気だと思う。ゲッコウリヂルを、信じるのなら」
だが……今の彼らには、それを確かめる術すらなかった。