――絶対に、逃さないよ。
僕のラボを出て、ウルサの部屋へと戻っていく彼の後ろ姿を見て、僕はそう決意したよ。
全ては、ポラリスのため。生まれた時点で未来を捨てられたあの子に、精いっぱいの笑顔をさせてやりたいがため。
思えば、僕がノリモンに成って間もなく、兵庫県からあの子がやってきてから、そしてあの子の未来が奪われてから。僕はあの子の約束されてしまった未来をひっくり返そうとして――そして、悉く失敗していたよ。
スピードを捨てた大地を飛び出して、スピードの可能性を示そうとして。そして、示したスピードでコダマ号に拾われて、スピードの可能性を示すためのより良い環境や、成岩くんやアドパスくんのような優秀なチームメイトまでも手に入れた。思い出の線路が波に流されてわやになったりと、心を折るような出来事が続いたりもしたけれど、それでもいくつかの理論を発表したり、そして機を見ては実家へ飛んでいってかけあってみたり、あるいは車庫の片隅に留まっているあの子のもとを訪れて、その開発に携わった技術者達を交えて話をしたり、精いっぱいのことはしたつもりだったよ。
けれど、それはあの子を救うことには、結局は繋がらなかったんだよね。生まれてから2年半に満たずに解体が決まり、ショベルカーがその金属の箱を壊してゆくのを、僕や技術者たちはただ見守ることしかできなかった。
でも、不幸中の幸いだったのは、そこで彼女がノリモンに成ったこと。わずか2年半というのは、JRNのどのノリモンよりも短いにも関わらずね。そしてほとんど数字の羅列であった車の名前から、彼女もカタカナの、ノリモンとしての名前を手に入れた。だけれど、実家が与えたその名前が
そして彼らや実家と話し合って、僕がポラリスを引き取って面倒をみることになった。それで、一度でもいいから思いっきり走って欲しいと思ってあの夜、沼ノ端に連れて行った。室蘭線の沼ノ端と白老の間ならば思いっきり走れるって思ったんだよ、なんせ日本で一番長い直線区間だからね。
だけど、そこでもまた上手くいかなかった。確かにポラリスは思いっきり走ることができた。僕が走るのよりも、遥かに速く。そして僕は直線なのにポラリスを見失って……そして、再び視界に入ったポラリスは、社台と白老の間の左カーブの外側の茂みに、下り線すら飛び越えて倒れていた。
僕が悪かったんだよ。僕は白老までの間が一番長い直線であることと、1つ手前の社台を過ぎたら速度を落とすようにってことは伝えていた。だけど、
そしてその日から、一度もポラリスの口から走りたいという言葉を聞いたことはない。走るのが嫌いになってしまったんじゃないかとすら思ったよ。怖くて、その胸の内を聞き取ることすら憚られたくらいね。
だから今朝方、僕は……ポラリスのその言葉を聞いて、とても嬉しかったよ。昨日抱いた怒りと脱力感がすべて消える程度には。
『ねぇお兄ちゃん。ポラリスがまた、線路を走ってみたいって言ったら……悲しんじゃう?』
詳しく話を聞いてみれば、そう言ってもいいのではとアドバイスをしてくれたのは、今インターンにきている山根くんだという。彼を(最初は、どう考えても酷い方法だったとはいえ)連れてきてくれた成岩くんといい、僕はどうやらJRNでは人脈運がかなり良好なようだね。
それに彼の走りは、インターンを始めてすぐにデータを取った時からその綺麗な6軸センサの出力には注目していたしね。その後も何度か走らせているうちにかなり良い走りを魅せてくれることは分かってきていた。正直な話、彼がロケットに抱えられていなかったとしたら、今すぐにでも採用したいくらいにはね。
しかも、だ。彼は僕と
そもそも彼はポラリスが懐いて、しかもまともに話すのが初めてだというのに2時間も話が続く。好奇心は強いものの冷めると早いポラリスと。その上にポラリスの話を聞く限りじゃあ、一方的に話を聞かされているだけじゃなくて、きちんと双方向でコミュニケーションができているときた。この僕ですら、テンションの高いポラリスと話を続けていると疲労感に襲われるというのに、だ。
そんなの、逃がす訳がないじゃないか。
もちろん、強引に彼を引きずり込んでポラリスと
山根くん。必ずや君から、ポラリスを幸せにしてやりたいと、言わせてあげようじゃないか。そうすれば、誰ひとりとて悲しむことはなく、そして全員が幸せになれるのだから。
さあ、僕の頭のエンジンとモーターよ。絶好調で回り続けておくれよ、その時がやってくるまでねぇ!
【キャラクター紹介:#07】
イノベイテック
・愛 称:ベーテク
・誕生日:3月23日
・出身地:新潟県
・所 属:ノーヴル/JRN
ノーヴルの若手研究者。本人は否定するが、粒ぞろいの一桁世代の一員の例に漏れず優秀。
妹分のポラリスの事をとても大切に思っている。