水曜日の朝。東京都稲城市、南武線南多摩駅。
僕はここで電車を降りて、河原へと向かっていた。
ユニットの活動は火木土、ベーテクさんのラボのコアタイムは月金。だから今日は丸一日フリーだ。いつもならば自室やJRNの図書館、ユニット部室なんかで資料を読んでいる日だけれど、今日はJRNを離れてしまいたかった。
是政橋南交差点の脇で、久しぶりに取り出したローラースケートを靴にはめる。平日朝の多摩川サイクリングロードは、人の気配もない静かな道だ。
走る。走る。ひたすらに走る。速度はおよそ70km毎時ほど出ているだろうか。風を切って、流れる景色に目を留めず。僕はその道をただひたすらに走っていった。
まもなくして、道路は堤防の上から河川敷に降りて、稲城大橋をくぐる。そろそろ減速の合図だ。再び道路が堤防に上がるためのヘアピンカーブの手前で、僕の運動エネルギーは0になった。
それから何度も僕は、稲城大橋と是政橋の間の2km強をシャトルランしていた。時折すれ違う人からは怪訝な目を向けられはするけれど。
そして今度は、土手の上の舗装道路ではなく土手下の河川敷の砂の道を、およそ60km毎時程度に速度を落として走る。流石に舗装されていない道を、舗装道路と同じ速度では走れない。けれどその分ただでさえ少ない人気はさらに減るし、なんなら是政橋以西なんかは先の続かない行き止まりの道なので、過去に遡っても他の人と会ったのは片手で数えられるくらいだ。
だからこそ、良い。
「……懐かしいなぁ、この感覚」
この多摩川の右岸は、スクールの初年次に、まだまともに車輪で走れなかった頃、毎日のように練習した思い出の場所でもある。当時は今ほど高速で走ることには慣れていなかったし、今みたいに計器抜きで流れる風景から有効数字2ケタで速度を計算するという術も持っていなかった。だから、ストップウォッチを片手に2つの橋の間を何度も行き来していたっけ。
その時の記録は、たしか是政橋から稲城大橋までの舗装道路で140秒。一昨日のベーテクさんとのやりとりの中でもふと気になったけれど、それから3年以上が経って、走行フォームや蹴る力の伝え方を追加で学修した今なら、いったいどれほどのタイムが出るのだろうか。
是政橋南交差点を背に、スマホのストップウォッチアプリを立ち上げる。2分ほど待って、サイクリングロードに誰も入っていかなかったのを確認してから、僕は全速力で走り出した。緩やかな右カーブを抜け、稲城北緑地公園の左カーブを走りぬけ、そして緩和曲線という概念のない2つの鈍角コーナーで土手から河川敷に降りて、そして稲城大橋の真下にかけて急減速。停止と同時にアプリを見る。
「125秒、か。およそ1割ほども速くなっていたんだな……」
そうしてタイムを確認したところで、僕は酷い自己嫌悪に襲われた。
速く走れたところで、いったいどれほどの意味があるのだろうか?
……いや、僕はこの答えを知っている。速度を求めるのは、ヒトという生物の本能なのだと。
『パスカルの哲学者は人間は考える葦だと述べたが、俺は人間は考える脚だと思う』
スクール同期の仲の良かった生物オタクで、当時寮で同室だった、ノリモンと生物の境界を探りにサイクロの門を叩いた程久保が言っていた言葉だ。彼曰く、ヒトは本能的に速く遠くへと移動することに快感を覚えるのだという。だけれど、彼はこうも言っていた。『ヒトは走るために生まれてきた獣であると称される。事実、サバンナにおいてチーターから逃げ切り、シマウマに追いつける稀有な走力を持っているが、速度においてはそれら2種に劣ることは火を見るより明らかだ』、と。
秒速20メートル。ヒトの身体の脚の長さや股関節の可動域といった構造と走行フォーム、ミオシン*1の反応メカニズムや腱の物質的特性、そして神経の伝達速度。これらから導かれた理論上の最高速度がだいたいそれくらいだと言われているらしい。ヒトがヒトであるのをやめない限り、どれだけ筋力を鍛えようが普通に走って到達できる速度はせいぜい70km毎時程度に過ぎないのだ。
だけれど、人類の叡智はその限界を突破した。
1つは、機械やトレイニングにより駆動源が必ずしも筋肉である必要はなくなったこと。ただ、これを人間の力というのはあまりにも烏滸がましい。そもそも、もともとヒトの脚の出力は、短時間出力で1本あたり1kWにせまる高出力だ。問題は、ヒトの走行フォームだと接地時間がどうしても短い点にある。それは速度が上がるにつれて顕著になって、最終的にはミオシンが最大出力を発揮する前に地面から脚が離れてしまうのだ。
もう1つの限界突破は、接地時間を長くとること。それを滑走というソリューションで克服したアイススケートでは90km毎時、自転車では140km毎時を超える記録を叩いている。そしてその限界を突破できるというのは、僕が、いやトレイナーズスクールが採用しているローラースケートも同じことだ。
そもそもなぜスクールがローラースケートを採用しているかといえば、ノリモンやトレイナーが走るときにはノリモンの車輪を回す力の他に、ローラースケートのように車輪越しに大地を蹴って進む力も要求されるからだ。トレイナーの出しうる速度差には、このローラースケートでの速度差はそっくりそのまま載ってくるという統計も発表されている。ゆえに、足の下の車輪で走るという今までほとんど経験してこなかった体験に慣れることも含めて、特に初年次なんかはスクール内ではほぼずっとローラースケートを履いて過ごすことになっているのだ。
最初の方はまだみんなが慣れていなくて、30人ほどしかいないクラスなのに毎日2ケタの転倒が発生する地獄絵図で、ものすごくこの先生きのこれるか不安だったのを今でも覚えている。
「久しぶりに、程久保たちと莫迦な話をして、笑っていたいなぁ」
稲城大橋の真下で昔を懐かしんでいれば、なんだか今抱えているもやもやが、とてもちっぽけなようにも思えて、心が軽くなったような気がした。