ノリモントレイナー:輸送の生命   作:だぶるすたぁ

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12レ後:後悔しないでくださいね?

 1330。

 午後の仕業がはじまり、再び防衛戦が幕を開ける。ベーテクさんからの指示は、同一の条件で行われたいくつかのデータを見比べて、その違いの分析をという、どちらかというと課題に近いものだ。何もこんなタイミングで新しい事を……とも思ったけれど、実際のところ実験が物理的にできなくなって彼自身に暇ができてしまったからこういう事もやってみよう、という判断らしい。

 理解はできるけど、データをモニターで見るのと、資料を紙で見るのとでは根本的に大きな違いがある。紙は持ち上げて別の方向を見ながら読むことができるけれど、モニターはそれができない。つまり、ポラリスの監視と並行して読むことができない。詰んでる。

 

 事実ポラリスは午後に僕がモニターと対峙して最初の30分で既に4回も襲撃してきた。視覚はモニターから外すわけにはいかないから、聴覚を研ぎ澄ましてポラリスの接近を察知することで、なんとかその度に僕がひっ捕まえて追い返す対応をできた。けれど、その頻度は高いし、何なら僕がベーテクさんにデータの考察を述べている間ですら襲撃してくるものだから、ついにはポラリス側であるはずのベーテクさんから「僕はねぇ、君の気持ちは理解しているつもりなんだよ。でもね、流石にやりすぎだよ。仕事になんない」とお小言をもらうほどだった。

 そのおかげで、襲来頻度はその後15時のティーブレイクまでの間に2回来ただけ程度には劇減したけれど、それでも常にポラリスを意識しておかなければいけない状況は変わっていなかった。朝呈示された課題はきちんと終わったからいいんだけどさ……。

 

 1500。

 ミーティングを兼ねた、午後の定例ティーブレイクがはじまる。ポラリスを目線で牽制しながら、3人の話を聞いていると、どうやらこれからの当面の方針はもうそれぞれ決まっていたらしい。

 ベーテクさんは『姿勢制御による最高到達可能速度の変化』。

 成岩さんは『手足4輪走行による加速度の変化に関する考察』。

 アドパスさんは『走行中の走者自身の大回転が加速度や速度に与する効果』。

 一応全員がラチ内でできるような実験としてのテーマの設定という事らしいのだけど、素人目にはアドパスさんのはGPSないとめちゃくちゃ厳しいように感じる。走るノリモンの速度をアナログではかるのは、けっこう難しいのだ。

 というのも、まず車輪で走るからと言って安易にタコメーターを使ったところで、それは足でレールを蹴って進む分が計測から除外されてしまう。ドップラー速度計は速度を測れる地点が固定されるから連続的なデータがとれないし、ピトー管は真っ直ぐ進行方向を向かせ続けるのが意外にも面倒だ。加速度センサーから積分するのは、車と違ってノリモンやトレイナーは走行中に前後方向に体が動くから、それがノイズになって長時間で積分したら誤差だらけだし。

 この中で素人目に一番可能性があるとすればピトー管だと思う。面倒なだけできちんと前を向かせ続ければ速度が測れるのだから。そうなると自分自身が大回転するアドパスさんの案はけっこうしんどい気がする。

 

「ラチ内の軌道は真円デース。なのでジャイロ*1使えばどうにかなると思いマシタ」

 

 あぁ、なるほどね? 確かに真円ってわかってるなら角速度に曲線半径をかければ速度が出る。でも、待てよ?

 僕は凝りもせず突撃してきたポラリスを捕まえながら疑問を口に出した。

 

「……それ自分が大回転してたらノイズだらけじゃないですか?」

「回転軸が違うのでノープロブレムデース!」

「アドパスくん、大回転ってどの向きを想定してるんだい?」

「こう……走りながら前にグルグルと」

 

 アドパスさんはそう言いながらラボの中で前転した。そんなことしたら前方の監視ができないのでは……?

 

「やりたくないねぇ」

「却下」

「無理でしょ……」

「こわい」

 

 という訳でアドパスさんの案はあえなくボツになった。残る案は2つだ。

 続いて成岩さんの案はグローブ側の車輪に新しく駆動軸やブレーキを接続する設計と試作品の製作に時間をとられるという理由でボツになり、最終的にベーテクさんの『姿勢制御による最高到達可能速度の変化』が採択される運びとなった。

 

「じゃあ、来週から早速始めようじゃないか」

「今日からじゃないんですね」

「帰らなくてもいいのなら今から始めたって良いんだぞぉ?」

「遠慮しておきます」

「賢明だね、僕だって嫌だもん」

 

 嫌なんかい。今から始めてもちっとも良くないじゃないか……。成岩さんとアドパスさんまで胸をなでおろしているし、わりと軽率に発言したなこれ。

 あれ、ひとり足りないぞ。

 

「ぽゃ」

 

 なんか怪しい気がして足を伸ばせば、机の下の何かが足の間に挟まる。そして机を押してキャスター付きの椅子ごと後ろに下がれば、ズザザザと引きずり出されたのは案の定というかポラリスだった。流石に机の下は卑怯じゃないか?

 

「どうして毎回ばれるのさー!」

「言う訳ないでしょ、言ったら対策するんだから」

「むー!」

「むーじゃないんです、ほら戻った戻った」

 

 ポラリスは頬を膨らませる。

 本当は自分でもなんでわかるのかわからないんだけど、それがポラリスにバレると十中八九行動がエスカレートするに決まっているので黙っておく。

 

「ベーテク。一体何を企んでる? 今日のポラリスはどう見ても異常だ」

「僕からはポラリスには何も働きかけてはいないね。全部ポラリスの意思だよ。だいたい僕にはそれをする必要が無いし、課題を出してきる僕だって困るほどだったんだから一回怒ったんだぞ?」

 

 本当か?

 ……いやでも、確かにそう考えてみると、ポラリスのやってることはかなり幼稚だ。ベーテクさんが入れ知恵したんだとしたらもっとスマートな動きをするはず。

 もしかして、ベーテクさんとポラリスって今日のところは同じ作戦を練ってるわけじゃなくて、独立して動いてた?

 

「山根。新しく実験を始めることになった今、これから俺等がやるのは前のプロジェクトの後始末だ。だからお前はもう帰れ」

「えーっ! 酷いよ富貴」

 

 君に抗議の声を上げる権利は流石に無いと思うよ?

 

「そうだねぇ、確かに僕も今日はもう指示してる余裕はなさそうだから、来週に向けて休息をとってもらおう。何せ次の実験、山根くんにもたくさん走ってもらうことになる」

「……え? 僕がですか」

 

 今までも何度かデータ採取名目で走りはしたし、嫌ではないけど、僕がそんなガッツリ入っていっていいんだろうか?

 

「もちろん君だけじゃないよ。ここにいる5人全員が走ってお互いに評価をする事になるからね」

 

 ……あぁ。僕の負けだ。

 その言葉を聞いて、ようやく理解した。確かに、ポラリスをわざわざ動かす理由がない。その必要が無いのだから。

 公というのは構成する個々が私である以上、個々の出す提案レベルでは必ず私情が混じる。それを意思決定の段階で弾いて残ったもの……言うなれば、適切な手続きを経てお互いに承認を得ることができた私の集合体が公なのだ。

 

「やってやりますよ、後悔しないでくださいね?」

 

 ロケットでは、手続きが正義で絶対。それを正当に通過したものに全力で応えないという選択肢は僕達には無い。

 期待しているよ。その声を背に僕はラボを後にした。

*1
角速度計




【キャラクター紹介:#08】
ーエク
・愛 称:ポラリス
・誕生日:9月26日
・出身地:兵庫県
・所 属:ノーヴル/JRN

 元気いっぱい、まだ幼いノリモン。
 兄貴分のベーテクに引き取られる形で新小平にやってきた。
 ベーテクは名前の意味について命名者の意図に反して、スピードという価値観が輝きを失って失墜していくさまを表していると考えている。
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