ノリモンには、三種類の形態がある。
一つ。ビークルモードと呼ばれる、最も原始的なノリモンだ。これはかんたんに言えば、意思疎通ができる輸送具のことである。これを実体が存在しないと見るか、あるいは輸送具自体がその実体であると見るかは専門家の間でも意見が別れており、現在でも活発な議論が行われている。全てのノリモンは、みな最初はこのビークルモードとして生を受けて、そしてその輸送具が役目を終えて解体されるのに伴ってノリモンは次の形態へと変化するのだ。
二つ。ノリモノイドと呼ばれる、人型をしたノリモンだ。何故人型をしているのかは未だに明らかになっていないものの、人型をしているというだけで人間は親しみを覚えるもので、今ではすっかりノリモンと言えばこのノリモノイドを指すほどに浸透している。
そして三つ。クィムガンと呼ばれる……近年の研究でノリモンの一形態であることが明らかになった、異型の存在。滅多に発生することはないけれども、発生すれば人間や他のノリモンに危害を与える事が多いので、このクィムガンの駆除は僕達JRNの重要な使命の一つでもある。
とは、言っても。
クィムガンが発生することは、実際そんなに多くはない。仮に発生したところで、その地域にいる事業者に所属するノリモンやトレイナー、あるいはたまたま近所にいた野良のトレイナーやノリモンによって即座に駆除され、JRNまで出動が回ってこないことがほとんどだ。
では、クィムガンが発生していない間にJRNは何をしているのか? それを知るためには、JRNの担うもう一つの役割を知らねばならない。
JRNは、ノリモントレイナーの養成機関であるのと同時に、ノリモンの関わる研究をする研究機関という面もあるのだ。
ただ、僕は研究員としてJRNにいたわけじゃない。
もともと僕はクシーさんに拾ってもらえるまでは、実戦経験のないトレイナー候補生として訓練や座学を積む傍らで、購買部の職員として働いていたのだ。
クシーさんとの本格的な研修はほぼ毎日行われるほどの忙しさで、ここ数ヶ月はお休みをいただいていた。だが、それも終わった今、ユニットの定期的な活動は週3とそこまで多くはないのだから、そっちの仕事にも復帰すべきだろう。
そう思って購買部の前に辿り着いた僕は、そこに貼られていた紙を読み上げて困惑していた。
「リニューアル工事に付き、休業中……?」
なんてこった。
たしかに研修で抜ける前から、そのうちリニューアルをしたいだとか、そういった話は出てはいたけれど。
告知の紙が出された日付を見れば、リニューアルに入ったのはつい一週間前で、見た感じまだ工事も始まってはいない。そしてリニューアルオープンは「今秋」と記されており、だいぶ先の事だった。
あれ、当面の僕のユニット以外での居場所、どこ……?
★
「ってことがあったんですよ……」
「そりゃ災難だったな」
あの後、店長と連絡を取ろうともしたけれど、事務の方で確認をしてみれば店長は休暇をとっているらしく連絡がとれない。
そうして事務室の前で途方にくれていたところで、ちょうど通りかかった成岩さんに拾われて、こうして食堂で相談に乗ってもらっている。
「にしても意外だな、クシー号のとこの研究員じゃなかったのか」
「逆にそっちはそうなんですか」
「あぁ。うちは基本的に独立するまでは最初の担当のとこのラボにいる慣習だな。サイクロやバランスもそうだと聞いてたから、どこもそうなんだと思っていたが」
「ロケットはいろいろ特殊ですから……」
そもそもロケットの派閥は、研究ではなく事務的な仕事をしてJRNに貢献している者が他と比べて突出して多い。どの派閥も所属するノリモンやトレイナーの数はほとんど変わらない筈なのに、だ。現に今のJRNのトップにいてバリバリの事務処理をこなしているトシマさんだってロケットのノリモンだし。
むしろロケットの中じゃ、きちんと研究をやっているクシーさんの方がレアなくらいなのだ。
「まあでも、店長だって休暇を取ってるんなら、山根も何もしないでいていいんじゃないのか?」
「確かにそれはそうなんですが、何というか、こう……。駄目だ、上手く言葉にできない」
「なんとなくわかるような気はするが……。ならば、クシー号のラボの手伝いとかは」
「話が難しすぎて全くわかりません」
担当が決まってすぐの頃は、将来的にそうなると思って過去の論文とかを読んでもみた。でも、きちんと細部まで読んでみればかろうじてわかるのと、何度読み返しても出てくる単語の意味すらわからないのとが半々くらいで、これは無理だなと悟るのに時間はかからなかった。
そのことを正直に話すと、
「……お前、初学者だろ? 半分も分かれば十分じゃないか?」
と想像してもいなかった言葉が戻ってくる。
半分で、十分……?
そう困惑している間にも、成岩さんは続けて持論を展開してきた。
「あのな山根、研究者ってのはな、未公表のものなら話は別だが、たいがいは自分の研究成果を知ってもらいたいと考えるものなんだ。初学者がまだ理解に至っていないでも理解しようとしてくれることを、歓迎する研究者はいても、迷惑だと思う奴はそうそういないだろうよ」
「そうなんですか?」
「じゃなきゃなんで研究を発表するんだよ、チラシの裏にでも書いて終わりさ」
ピピピピピピピピピピピピピピピピ……。
突然、成岩さんのポケットからけたたましい音が鳴る。
「悪ぃ、電話だ」
成岩さんはそう言い残して一旦席を離れる。
……言われてみればたしかにそう、なのか?
でも、仮に自分が研究をするとして、助手としてほしい人材は、間違いなく初学者ではなく経験者だ。
そう一人で悶々としている僕の思考は、10分弱ほどして戻ってきた成岩さんによって遮られたのだった。
「なぁ山根。この後どうせ暇だろ?」