半ドン。
業務や教育課程が午前中で終わり、午後はフリーとなることを指す単語だ。
JRNでは当直に入らない各ユニットの定期活動は最低週に2日半、うち最低半日は土日のいずれかと規定されている。いつ出動要請が出ても最低1つのユニットが対応できるようにするためこうなっているのだとか。
当たり前だけど、たいていのユニットは土日に休みを入れたがる。中には「空いている平日に遊びたい」と土日フルで定期活動入れてる変態的なユニットもあるけど。ウルサが最低限かつ土曜半ドンというぬるま湯のような定期活動日を入れられているのは、僕と北澤さんがまだ新人もいいところだからそういうところの調整が優遇されていて効きやすいのだからだと早乙女さんが言っていた。
そしてウルサ・ユニットでは、その土曜の半ドンの後がいちばん愉快なことになる。ユニット部室は、活動の時の拠点ではあるが活動時間外も使ってはいけないわけではない。早乙女さんはご家族とのコミュニケーションのためにだいたいいつもすぐ帰るけど、他の僕達4人は自然とそのまま部室に残ることが多い。それでいて業務時間外なので、普段纏っている緊張感が剥がれる。
要するに、4人とも微妙に素が露出しているのだ。
「だりぃ」
「……成岩、最近だらけすぎ」
「これが素なのはお前は知ってんだろ」
まず最初に陥落したのは成岩さんだった。僕がユニットに正式に所属してから2回目かそこらの半ドンでもうこんな感じになっていたし、なんならベーテクさんのラボでも用事のない休憩時間はこんなんだった。もっとも、佐倉さんの言いぶりからすると僕が入る前も常にこうだったらしいけど。
そして意外にも、次に素が出たのは北澤さんだった。どうも彼女、スクールの頃から常に猫を被っていたらしい。その頃は同じクラスだったのが2年次の派閥分けがあるまでの数か月だけだったから、そんなに深く関わることはなかった。そんな中で抱いた彼女の印象は元気で快活な優等生というものだったし、なんなら毎日多摩丘陵を縦断して自転車で町田市の実家から通っているというぶっ飛んだ情報のインパクトが強かった。
だというのに、成岩さんのメリハリのついたオンオフの切り替えに引きずられたのだろうか、先週ついにボロが出た。そして、彼女は開き直って今日はもうオフになった瞬間完全に素を出した状態になっているという訳だ。
正直なところ、北澤さんの場合はボロが出たという表現は違うような気がするんだけどね。だって……。
「身内とも言える間柄となることがほとんど定められている、ユニットメンバーしかいないとわかっているこちらで、猫を被る必要がありまして?」
「いや先週まで被ってただろ?」
「……気の所為ですわ」
素の口調がこれだもの。先週も思ったけど、猫被る前と後の口調はどう考えても逆じゃないかな?
そう思って話を聞いてみれば、素がこんなんなので中学時代は敬遠されたりよからぬ憶測をされたりしていたので、誰も自分の事を知らない環境で、なおかつ彼女自身への興味が惹かれにくいということでスクールを目指して、そこでスクールデビューを果たすために猫を被っていたのだとか。大変な努力だ。
「そのお陰でスクールの3年間は平穏に過ごすことができましたわ。特に山根さんは同じ学年でしたから、誰一人とてアタシがこのような人間であるとはお気づきにならなかったことをご存知かと思いますわ」
「それ以外の情報量が十分多かったからじゃないですかね」
主に自転車とか。
だいたい育ちの良いお嬢様が毎日片道20キロメートル自転車で丘陵越えて通ってるとは普通は思わないって。口には出さないけど。
「……まぁ、いいですわ。それに、アタシのお粗末な来歴などより、山根さん、貴方の経歴の方が面白いのではなくて?」
「え? 僕ですか」
「それは俺も気になるな。西日本から1人トレイナーズスクールの門を叩く奴は少ないからな」
「山口県、だったっけ?」
3人の視線が刺さる。
北澤さん上手く話題そらしてこっちに矛先向けやがったな。
隠しておく理由も特にないので、聞かれたんだったら普通に話すけどさ。
「そんなに面白い理由は無いですよ。1つはとっくに母が他界してるので寮に入れるところに進んで父を楽にさせてやりたかったのと」
「いきなり、話が重い」
「あとトレイナーズスクールは授業料も寮費も光熱費もとても安かったのと」
「聞いてるこっちが悲しくなってきたぞ」
「それと単純に東京に憧れが少しあったのと」
「その点は案外一般的なものですのね……」
それと、もうひとつ。
僕がJRN、トレイナーズスクール、そしてノリモントレイナーを目指すようになった、いちばん大きな理由。
「一番は、むかしの約束ですね」
「「「約束?」」」
うおっ食いついてきた。なんとなく予想してはいたけど。
「約束と言っても、小学生の時の小さなものですけどね」
「でも、君は今ここにいる。違う?」
「まぁそうですが。聞きたいですか?」
3人は頷いた。
「じゃあお話ししますね。そのきっかけは、僕が6歳のとき家の近くの裏山であの黒いノリモンと出会ったところから始まるんですが……」