月曜日の朝。いや、朝と言えるかすら怪しい、まだ西の空は暗い時間に僕は早周りしてラボに向かった。やや大きめのスーツケースを携えて。
7号館の前で協力者である成岩さんと合流し、ラボの中で待ち伏せる。
「ガチでやるとは思わなかったぞ」
「僕はやると決めたらやるんです」
「そうか。だが、本当にできるかは分からんぞ? あのポラリスを説得するだなんて、俺ですら自信はない」
金曜日の1日で、もうポラリスの動きはだいたい読めるようになってしまった。ならば、やることは決まっている。
それは、ポラリスを捕獲し拘束すること。彼女を説得するにせよ、その最中に暴れられたり、逃げられたりしてしまったら意味がないからだ。
「協力はするが、今日の実験には響かないようにしておけよ?」
「わかってますって。金曜珍しく早く来ていたことを考えると、今日もどうせかなり早いから大丈夫です」
「その謎の自信はどっから出てくるんだよ」
自信なんかじゃなくて、容易に推測されてるだけなんだけどなぁ。
まぁ、そんなのは論より証拠だ。昨日丸一日かけて設計した簡易可搬式ポラリス捕獲装置を小一時間ほどかけて組み立てて、僕はその装置の後ろの対ポラリスシェルター兼装置操作部に隠れる。
「やっぱりお前おかしいよ」
「そうですかね?」
「自覚が無いってのがいちばん恐ろしいな」
なんか成岩さんがいろいろ言ってるけど、こういう文脈のおかしいとか恐ろしいはだいたい褒め言葉なのでありがたく受け取っておく。
さて、そろそろ7時だから、金曜日に来たとベーテクさんが言っていた時間からしてそろそろ襲来する時間だろう。
まさにそう思ったその時、扉が勢いよく開かれた。この扉の開け方は成岩さんかポラリスだ。
成岩さんに事前に話をしておいたのは、消去法を成立させるためと言っても過言ではない。つまり、この時点で消去法でポラリスが確定しているのだ。
装置に窓を作る余裕はなかったので直接は見えないけれど、何度もこちらに突撃してくるポラリスの動きやその足音からどこをどう動いているのかは大体の予想はできる。
(――今だ!)
「……ぺょっ!?」
ガシャン。鳥籠のようなゲージが降ろされて、おそらくポラリスを閉じ込めた、はず。
ロック機構を作動させて外に出て確認すれば、おおかた予想通りの籠の中のポラリス。やったー! ポラリスを捕まえたぞ。
ポラリスは何が起きたかまだ理解できていないのかきょとんとしている。そんな彼女の方へと向かおうとしたとき、もうひとりの今来た者から声がかかった。
「……君たち、何をしているんだい?」
「ポラリスを捕まえました」
「そっか、真也に捕まっちゃったんだ……えへへ」
「それは見ればわかるよ! 僕がねぇ聞きたいのは、なんでそんなことをしたのかって事だよ」
なんでって言われても……。
「今日から実験するじゃないですか」
「うん、そうだね」
「金曜のこと考えると、多分ポラリス突っ込んでくるじゃないですか」
「……まぁまぁ、そうかもしれないね」
「なので説得します」
「それはわかるよ」
「だから捕まえました」
「うん?」
「うん?」
あれ、話が噛み合わない。なんでだ。
「説得する必要があるのはわかるよ、でもなんでこんなことをする必要があるんだい?」
「説得してる最中に逃げたり余計なことをされたりしないためですが」
「逃げないよ!」
「……その至った判断までは理解しかねるけど、とりあえず背景はなんとなくは理解したよ。始業時刻までには片付けを終わらせておいておくれよ?」
「当たり前じゃないですか」
よし、ベーテクさんの許可も実質出たようなものなので、ポラリスの説得に移ろう。
「さてポラリス。聞こえてたと思うけど」
「やだ。ポラリスが真也を捕まえるの!」
子供か。子供だったわ。
まぁここで拒絶の反応が帰ってくるのは想定の範囲内。二の矢三の矢は当然準備してありますとも。
「じゃあ聞くけどさポラリス、君は僕を捕まえてどうしたいのさ?」
念の為の確認だ。おととい佐倉さんに聞いた事が当てはまるなら話は早いし、そうでなくとも叶えてやれる範囲内だったらとっとと叶えてやるのが丸い。逆に倫理的にヤバそうなやつならば、このベーテクさんや成岩さんがいる空間で口に出させることでふたりには悪いけど巻き込まさせてもらう。
そして、考えられる一番厄介なパターンが……。
「教えてあげない! だって真也、意地悪するんだもん」
ポラリスは頬を空気バネのように膨らませて拗ねている。
事前に考えていた中で、一番厄介なパターンが、こんなふうに拗ねられてしまうパターンだ。つまり今、最悪のパターンを引いた訳だ。
でも、想定済みですとも。これくらいならリカバリは容易だ。
「ふーん。そんな事言っちゃうんだ。せっかく僕が君のお願いを聞いてあげてもいいかなって考えてるのに」
拗ねるというのは、だいたい構ってほしいのにそうならないときに起こす行動だ。だからエサを垂らせばわりと簡単に引っかかる。
事実ポラリスの頬は既にしぼみ、その瞳は振り子のようにゆらゆらと揺らいでいる。あとひと押しだ。
僕は捕獲装置に近寄って、ポラリスに続けて呼びかけた。
「ねぇポラリス。僕はね、君が何をしたいのかがわからない。だからこうやって壁を作るしかない。でもね、本当は僕だってこんなことをしたいわけじゃない。だから、君のことをもっと教えてほしいな」
装置の隙間から、僕は手を差し伸ばした。ポラリスはその手をじっと見つめている。
そしてゆっくりと僕の手の方へと手を伸ばして――顔が、綻んだ。
よし。
ガシッ!
「……へ?」
想定していたよりも明らかに強い衝撃を腕に感じる。
見れば、ポラリスは僕の右手を、全身を使って抱きしめていた。
「えへへ。つーかーまーえーたっ!」
……あれれー。おっかしいなー?