ポラリスは、目にも留まらぬ程の恐ろしい勢いで走りだした。その場に青い光を残して。
「ありゃ《ハイブリッド・アクセラレーション》使ってるな。正直こういう実験のときはそういう余計なことはしないでほしいんだが……」
成岩さんがそう言葉をこぼす。
《ハイブリッド・アクセラレーション》はもともとベーテクさんに由来する技の1つだ。それをしっかり継承していきなり使いこなしているあたり、流石はベーテクさんの妹分といったところだ。
よく《ハイブリッド・アクセラレーション》を使っている成岩さんによると、これは電気と内燃の力を同時に引き出して、数秒分の加速力を一瞬で得ることができるものらしい。ベーテクさんは加速力が弱まってきた中高速域でその補助をするためにこの技を生み出したらしいんだけど、成岩さんは専ら走り出しのような超低速域で使っている。そして今のポラリスの使い方は、完全に成岩さんの使い方だ。
だけれど当の成岩さんですら、このポラリスの動きには困惑の色を隠せていない。その理由は、少し間をおいてから成岩さんの口からこぼれ落ちた。
「そもそも俺はアイツにこの使い方教えた事は無いはずなんだがな……」
「いや、解説聞いた限り普通に加速力が高くなる、速度の低い段階で使ったほうが有効なのでは……?」
「そう思うだろうが、普通にやってるだけじゃ《ハイブリッド・アクセラレーション》は
つまりポラリスはどこかのタイミングでその偽装工作を見抜いて習得したか、或いは彼女オリジナルのそれを得たのか。もしかしたら、そもそもがベーテクさんの《ハイブリッド・アクセラレーション》ではなく、彼女自身の生み出した技なのかもしれない。
いずれにせよ、数年間レールの上に立っていなかったのに、いきなりそんな芸当をしでかしているあたり、その才能には光るものがあるのは事実だ。
「……この子、僕みたいな新米じゃなくてもっとベテランのトレイナーとトレイニングした方がいいんじゃないかなぁ」
「そうか? 最初は天才肌同士で慣らした方が彼女にとっちゃ楽だと思うぞ」
「天才肌って」
「事実だろ、お前いい加減自覚しろよ?」
それでもまだ面と向かって言われると恥ずかしいんだよ!
その気持ちを紛らわすために、意識をスコープに戻してポラリスの走りを見る。今の彼女の動きは、真横からでも分かるほどに大きく身体を左右に揺らしながらの走りだ。
って、これ完全に月曜見たアドパスさんの走り方じゃないか。なんでもう完全にトレースできてるの……?
……いや、違うな。多分こっちはポラリスが
こうやって振り返って見てみると、ベーテクさんって本当に用意周到に外堀埋めてきたり、即座に気づかれないようにアプローチしたりするのが上手で、できれば敵には回したくないタイプだ。
「……なるほどなぁ」
「口に出てるぞ。いったいこの一瞬で何を見て何を納得したんだか」
「ポラリスの走りを見て、ベーテクさんの意図を……」
「うん、お前やっぱポラリスとお似合いだな。トレイニングができる程の相性だってのが良くわかった」
いや、どうしてそうなる。この人の考えはよくわからん。
そうこう言葉を交わしている間も、ポラリスはぐんぐんと加速していく。気がつけば彼女はベーテクさんの脇を通過し、2周目に突入していた。ここまでおよそ1分半強。
……半径が800を1周ってだいたい5kmくらいあるから、平均で時速200に乗ってるってことになるんだけど、《ハイブリッド・アクセラレーション》で初速が実質的には0ではなかったことを抜いてもどれだけ加速いいんだか。たぶん今出てる速度ですらまだ加速度が1キロメートル毎時毎秒を下回っていないんじゃないかな……。
そしてそれだけの速度を出してなお、
だがポラリスはそれを4割以上超過してなお、さも当然かというように涼しい顔をして走行し、しかもわずかながらも加速しているのだ。何たるバランス感覚だろうか?
そう感心しているうちに、ポラリスの走り方に変化がみられた。今度は打って変わって左右の揺れがおさまり、安定して走行している。それはまるで、録画されていた
そして彼女はその状態で軌道を一周したあと、その400近い速度から急速に速度を落とし始めた。車輪から盛大に火花を散らしながら。……なんであの速度から空気ブレーキ入れてるんだ?
僕のその困惑をよそに、ポラリスはわずか3分の2周程度も回らぬうちに停止したのだった。
加速も最高速もおかしければ、最後の減速までまるで意味不明。この子、一体何者なんだ……?
これが、僕がポラリスの走行を初めて見たときの、率直な感想だった。