「えへへー。ポラリス、頑張っちゃった。すごかった? すごかったでしょ?」
ポラリスはラッチコアに戻ってくるなり、僕に飛びつきながらそう言った。
「凄かったよ、それは僕達の思ってた以上に」
「やったー!」
あっこらそのゴツい足回りを振り回すんじゃない。当たったらどう考えても怪我するわ!
こう僕がポラリスに絡まれているあいだに、成岩さんは逆にベーテクさんを問い詰めにかかった。
「おいべーテク、どういう事だこれは」
「いやねぇ成岩くん。僕もねぇこんなに走れる子だとは思ってもなかったよ」
「お前は一度見てたんじゃなかったのか?」
「詳しくはまだ見られていなかったんだよ、だってその時僕は置いてかれちゃったからねぇ」
えっ。そんなこと言ってたっけ?
脱線した話は聞いてたけど、その時ベーテクさん置き去りにして暴走してたの!? そりゃあベーテクさん心配するって。
「は? 置いてかれた? お前が? それ、どういう事を意味してるか分かってるか」
「僕はもともと一般型、ポラリスは特急型。置いてかれても不思議はないよ」
「ノリモンだぞ、元の車の性能は多少は出るが練習やチューンで
「何もしてなかったわけじゃないよ。チューニングはあの子がノリモンに成った時点で僕がほぼ全部関わっててね、例えばDCTなんかは僕の経験をもとにしてノリモン用のに取替えていたし、減速機のギア比なんかも変えた」
「それでも、だ。ポラリスが線路を走ったのは今日で2度目と聞く。つまりその時は初めて走った訳だ。それは事実だろ?」
そう問い詰める成岩さんの声には、明らかに興奮の色が混じっていた。
確かに、言われてみればそうだ。ベーテクさんだって、ノーヴルの大多数の例に漏れず走るのがだいぶ速い。数年前とはいえ、そんなベーテクさんを初めての走りで置き去りにしたというのなら、今さっきの
そう流れて来る言葉を反芻している間に、ふたりの話はさらにエスカレートしていく。
早乙女さんと佐倉さんの話が長くなるという話をしてくれたのは成岩さんだけど、多分彼とベーテクさんも二人だけの世界に飛んでいってしまうという面では同じなんじゃないかな……。
実際ポラリスだってこの口論を慣れたように無視して、アドパスさんの方へと話をしにいっているし、そのアドパスさんも生暖かい目で彼らを見ている。
「あのふたりは置いといて、ミーたちはラボに戻りマショウか?」
「じゃあラッチ開けてきますね」
「お願いしマース」
そして彼らは、僕がラッチを開けてからポラリス達と合流した時ですらついに口論を止めることはなかった。チャットにメッセージ残してラボに戻って紅茶飲んで待ってよう。
そう3人で決めてラボに戻ったのだが……。
アドパスさんが淹れてくれた紅茶を飲みながらいくら待っていても、ふたりは戻ってこない。チャットにも反応がない。
心配になって様子を見に行ってみれば、まだふたりで元気にやっていたので、もうなんと言えばいいのやら。
「じゃ、ミーたちで先に記録映像を見てマショウか」
もうあのふたりはどうしようもないので、先にこっちで振り返りを始めてしまうことにした。
とは言っても、僕はさっきラッチコアから見ていたしアドパスさんも撮影がてら見ていたはずなので、今のところポラリス本人が自分の動きを振り返るための映像だけれど。
「最初の加速は、《ハイブリッド・アクセラレーション》の後にアドパスさんの振り子走法、で合ってる?」
「うん。お兄ちゃんから教えてもらったり、昨日1日この前の動画見ていろいろ考えてたの!」
ん? この言い方じゃ振り子走法はポラリスの本来の走り方じゃないのか……? と思ったけど、よくよく考えたら彼女がレールを駆けるのは今日が2度目と聞く。そうなんだとしたらおそらくまだ自分の走りを確立できていない段階なのだろう。
だとしても、1日見てるだけでトレースできるのって……。やっぱりこの子、恐ろしい。
「どうしてミーのを真似しようと思ったんデス?」
「昨日ね、動画見ながらお兄ちゃんに教えて貰ってたんだよ。その中で、アドパスのがよさそうだなーって」
「走りにくくはなかったデスか?」
「ぜんぜん!」
「Hmmm……」
アドパスさんはその返答に考え込んでしまった。
わかる気がする。あの走法、僕も結構走るのは結構大変だと思ったし、実際走ってみて無理があった。何せ体をバネのようにして左右移動をエネルギーロスなくやらなきゃいけないのに、移動しなきゃいけないということに気を取られて余計に力を使ってしまってかえって加速が鈍る始末だったから。
そんなのが、走りやすい……?
「後半、山根サンのをやったときと比べてどうデシタか?」
「ちょっと感覚は違ったけど、走りやすさはあんまりかわらないなーって。でも、どう言えばいいのかなー。進もうとしなくても前に進めるのは、真也のの方!」
そのポラリスの言葉を聞いて、アドパスさんがついに固まった。僕もあまりの衝撃に動きが止まった。
目の前でニコニコしているポラリス。この子、間違いなく天才だ。ベーテクさんいわく近い走り方とはいえ、なんで1日動画見てるだけで2つの走り方をマスターできるんだ。
ほんの数日前まで、僕はポラリスのことをベーテクさんについてきた、このラボのマスコット的な存在だと思っていた。でも、その評価はもう改めなきゃいけない。だって、下手したらこの子が、このラボで一番スピードの向こう側に近いのかもしれないのだから。
【TIPS:ノリモンの性能】
ノリモンの足回りの性能は、元の乗り物の性能に依存する部分が大きい。エンジンやモーターといった元が大きな機器は、ノリモンに成るプロセスで小型化されたとしても、元からそのサイズで作ったそれよりも高性能な上に壊れることが稀だからだ。そのうえ、そちらの方がウェヌスシステムから力を引き出しやすい。
とはいえど、もとから単純な構造である車輪や減速機などはノリモンに成ってから換装しても大した影響はないため、各々の好みや懐事情によって比較的カジュアルに換装されている。
また、走行フォームに関していえばこれはヒトと同様習得によって変更することが可能である。