木曜日。今日は施設が使えたので、とにかくできることが少ない僕はブラインドランの練習を1日中やって終えたあと。
情報端末を確認すると、べーテクさんから1通のチャットが届いていた。
「これは……?」
「どうした、山根」
「いや、べーテクさんからのチャットなんだけど……」
単純に、長い。普段べーテクさんからチャットが来るときは長くて100文字くらいだったのに。
「そうか。なら気をつけろ。アイツが長文でチャットなりメールしてくる時は割ととんでもないことがしれっと真ん中あたりに書いてある傾向がある。俺はそれで過去3回くらいめちゃくちゃ振り回された」
「何書かれたんですか……」
「まぁ色々とな。……ん?」
遡ろうとしたのだろう、成岩さんは情報端末でチャットアプリを立ち上げると、
「どうしたんですか」
「いや、俺にも今ちょうどクソ長チャットが来た。べーテクから」
「それって」
「「……」」
僕達は一度顔を見合わせると、一旦携帯情報端末をしまった。
帰って、落ち着いてからじっくり読もう。
★
山根真也くんへ。
突然長い文章が送られてきて、君は困惑しているかもしれないね。でも、許しておくれ。ポラリスとトレイニングした君は、これから長い間ポラリスと付き合うことになる。そんな君には、僕がまだ伝えていないポラリスの事を伝えておかなくてはならないと思ってね。
はじめに、僕がどうしてポラリスを新小平に連れてきたか。そこからだよ。
端的に言えば、僕達の地元では、ポラリスの存在自体をあまり快く思っていない人が、少なからずいるんだよね。
そんな中で、「ならばこっちに連れてくればいいのではないです? 歓迎こそすれど悪意をもって敵視する者はそうそう居りませんわ」と言ってくれたのが、コダマ号だった。だから僕は、ポラリスを連れてきたんだ。
次に君が気になるのは、どうして僕達の地元でそういうことになっているのかって話だよね。
その話をするには、2つの事故の話をしなきゃいけない。だいたい10年ほど前、ちょうどポラリスになる新型車両が生まれる直前の話だよ。
あの頃、僕の地元では特急列車が2回燃えた。1つは、
この2つの事故の原因は全く違う。だけれど、
そうして悪者にされたのが、スピードだった。燃えた2つの気動車は、形式こそ違えどどちらも時速130kmで走る俊足の気動車だったから。かつて憧れであり、誇りでもあったスピードが、悪の根源、忌避されるべきものに
そしてその新型車両もまた、
僕や技術者は必死に主張した。その新型車両は高速域では主として回生制動を用いるからフラットが少なくなることは僕自身が証明していたし、エンジンももともと高速向けで設計されたものだから設計に無理はない。だから、同じ轍は踏まないとね。
だけどね、その主張は認められることはついになかったよ。そして新型車両は工場の片隅に数年間放置された。まるで
でも、あの子が受けた仕打ちはこれだけじゃなかったんだ。
僕はその間にスピードを捨てた大地に、スピードは悪くないと示したかった。これが僕がここに来た1番の理由さ。もっとも、こっちに来てからも、年に十回弱はその新型車両の下を訪れて、宿っていたノリモンとコミュニケーションを取ったり、残っていた技術者の人と情報交換をしていたりしていた訳だけれどね。
そんなある日工場を訪れれば、ただの1度きりしか本線に出してもらえぬまま解体されてしまうことになったという話を聞いてね。話をくれた技術者は泣いていたし、僕も泣いた。それから間もなく、どうすることもできぬまま解体の日を迎えてしまった。
だけど、解体の日に奇跡が起きたんだ。新型車両が成ったという情報が、僕の耳にも届いて、すぐさま工場に急行したよ。
話は変わるけど、君は日食や月食を英語で何と言うか、知っているかい?
そう、日食はSolar Eclipseで月食はLunar Eclipseだね。この
そしてね、その新たに成ったノリモンに付けられた名前は、
これらが、このまま彼女を地元にはおいておくことはできないと僕達が導き出した理由さ。
最後に。気になる事があったら、何でも聞いてくれれば構わない。でも、できればここで知ったことは、あまり大きな声では言わないでほしい。いつ近くに、ポラリスの存在を許さない者が現れるかわからないからね。ここ数ヶ月君を見てきて、君にはポラリスに対する敵意はない事が分かったからこそ、君に託すことにしたんだよ。
ここまで、あまり纏まっていない文章を読んでくれてありがとう。イノベイテックより
★
「そうか、そうだったのか」
寮の自室で、僕はべーテクさんからのチャットの全文を読んでそう呟いた。