金曜日の朝。アドパスさんと紅茶を飲んでラボで待っていると、ポラリスが一人だけでラボに入ってきた。
「あれ、べーテクさんは?」
「お兄ちゃんなら二度寝してるよ」
詳しく話を聞けば、ポラリスが寝る直前まで成岩さんとボイスチャットをしていたようで。絶対あの時送られてきていたチャットの内容で揉めてたんだろうな。一体何が書いてあったんだ。
それに、ポラリスが寝た後も何時間やっていたんだろうね? 先週のこと考えると最悪夜通しやってたって言っても驚かないぞ。
「ポラリス、今日はどっちが先に来ると思いマースか?」
流れるような手付きで紅茶を差し出しながら、アドパスさんはそう問いかける。
「うーん、富貴かな?」
「なんで遅刻前提で賭け事やってるんですか……」
「半年に1回くらい朝もこうなりマスから」
さいですか。
コアタイムが週2日なこと考えると、概ね2ヶ月に1回、いや、コアタイム当日の夜の方が頻度高そうだしほぼ月1くらいで夜通しボイスチャットしてるんじゃないだろうか。本当に仲がよろしいことで。でもこうやってアドパスさんに迷惑かけてるのはどうなんだ……。
「難しく考えてるようデスが、もうなれてマースよ」
「慣れてるで済ませていいんですかね」
「ミーが良いと言えば良いんデス。だいたいドイツの連中よりはマシなんデスし」
アドパスさんは肩を竦めながらそう言った。
遅刻関連の話題になると毎回酷い評価を下されるドイツのノリモン、逆に気になるんだけどらどういう時間感覚をしているんだ。
そうツッコミを心の中で入れていると、またもやドアが勢いよく開けられる。
「べーテクの莫迦はどこだ!」
「お兄ちゃんなら二度寝してるよ」
「……そうか、ポラリス鍵借りていいか」
「はいよー」
成岩さんはポラリスから鍵を借りると、嵐のように一瞬で去っていった。
何だったんだ今の。そもそもなんで怒ってるんだ?
「戻ってくるまで待ちマスか?」
「そうしましょう」
「待つ! そーれーよーりー」
「分かってマスよ。ちょっと待ってて下さいネ」
アドパスさんは急かされるままに水回りの方へと向かった。成岩さんが先に来たからか。
そしてポラリスの矛先は、移動したアドパスさんから僕の方へと移ってきた。
「真也もなんかちょうだい?」
「えー……」
いきなり言われても困る。ポラリスに今渡せそうなもの……うーん?
駄目だ、思いつかない。そもそもなんで僕が何かをあげることになってるんだ。
「えー。じゃあさ、トレイニングしよ?」
「するけど、成岩さん戻ってきてからね。ラッチくぐれないから」
「ぶー! 真也のケチ」
ポラリスは頬を膨らませている。
ケチって言われても。誰しもがいきなり言われてもどうにかできる訳じゃないんだけどな。
今すぐできること……あ。
「そうだ、ポラリス。いや」
僕はポラリスに歩み寄りながら、左手でチッキケースに手をかける。
そして、彼女の耳元で囁いた。
「ポーラーエクリプス号」
するとポラリスは、驚いたように目を見開いて問うてきた。
「なんで知ってるの?」
「べーテクさんが教えてくれた。僕は知っていたほうがいいって」
「……ポラリスから教えたかったのに。でも、そっか。お兄ちゃんが」
そう言って彼女が一度目を閉じると、再び開けたときにはその悲しげな表情は消え、いつもの笑顔に戻っていた。
「それで、なぁに?」
「君には、これを渡しておこうと思って」
そう言いながら僕が差し出したのは、1枚目のチッキ。そう、初めて触れたときに
昨日、べーテクさんからのチャットを読んで、そこに書かれていたポラリスの本当の名前を読んで確信したんだ。輝きを失うことをエクリプスと言うのなら、星々が輝きを失っていくそのイメージが指していたのは、ポーラーエクリプス号であると。
ポラリスは、差し出したチッキと僕の顔を交互に見て、小刻みに震えていた。
そして。
「ありがとー。でもね、いらないよ」
「いや、いつかは渡さないと……」
「だって、こうすれば、ほら!」
ポラリスはそう言いながら、僕が持っているチッキを両手の間に挟む。
そして楽しそうに「てん、てん、てーん」と2回言いながらチッキを上下に振ると、その手を離した。
「……?」
いや、何も変わってないけど。
そう言おうとした瞬間、チッキの上に青色の光が走る。
この光には見覚えがあった。
「チッキが、バリデーションされている……?」
そう、その光を前に見たのは。
クシーさんとトレイニングしてしばらくしてから、彼女が空のチッキを持ってきた時のことだ。ただし、その時はクシーさんの派閥に合わせて、走っていた光は黄色だったけど。
そして光がおさまると、そのチッキには『ポーラーエクリプス』の名が、確かに刻まれていた。
いや、月曜も感じたけど早いって! クシーさんの時は初めてトレイニングしてから1ヶ月弱してからようやくチッキを出して貰ったのに。
「これからもよろしくね、真也!」
ポラリスはそう言いながら、呆然としている僕に飛びついてきた。そして、アドパスさんがトライフルというお菓子を持ってくるまで、離れてはくれなかったのだった。