昼食を終えて、僕達は合宿所のホールへと集合させられていた。
第7種目、クイズ大会。
午前中に遅刻組のうち6のユニットが新たに到着して、合計22のユニットが出されるクイズに6時間近く答え続ける種目である。どちらかというとお遊びに近い……んだけど、多分これも知識の共有とかそっちの意味合いもあるような気がする。
回答方式は全て短答式で、ユニットの5人で答えを配布された可搬式ホワイトボードに記入する形だ。
『第1問! JRNの発足は昭和62年の事ですが、その前身たる安全輸送管理委員会の発足は昭和何年?』
ホールのプロジェクターに問題が映し出され、それを司会が読み上げる。
歴史の問題か。確か安全輸送管理委員会の発足は新幹線の開業の年だったから、1964年のはず。……昭和だといくつだっけな。
そう考えているうちに、北澤さんが答えを口に出した。
「39?」
「だな」
昭和20年が1945年だから、確かに39か。他の2人も特に何も言わないあたり、記憶違いはなくこれであっているっぽい。
『それでは各ユニットは回答を上げてください』
全てのユニットの答えが、39で一致した。
……まぁ流石にこの問題を5人全員答えられないようなユニットは無いよなぁ。
『皆さん正解です、安全輸送管理委員会は昭和39年の4月1日に、当初は運輸省の外殻組織として発足しました』
最初はこういったJRN内部のクイズ――全て僕達がわからなくても早乙女さんが答えを知っていた――が数問出されて、それからクイズの内容は少しずつ外側や一般教養に広がっていくと共に、難易度も上がっていった。
たとえば、
『第9問、大正時代に出された常用漢字表の案では、「鐵」という文字に対しての「鉄」など、いくつかの略字が決められていましたが、
だとか。
この問題、一見簡単なように見えてしれっとトラップが引っ掛けられていて、半数以上のユニットが普通に「駅」と描いて撃沈して野次を飛ばしていた。
それに対してウルサ・ユニットの答は「駅」。看板などの
いや、わかるか! そもそもウルサも北澤さんが答えを知っていなければ他のユニットと同じ間違いをしていたと思う。
「一体どこでこれ知ったんだ?」
「ん? アタシの苗字も旧字体で、しかも
そういや澤→沢も驛→駅も略字のパターン自体はおんなじか。なるほど。
そして、他にもこのような罠の入った問題がぽつぽつと。たとえば第14問では、
『この写真の電車の次の停車駅は?』
と、JRN最寄りの見慣れた新小平駅のホームに停まっている武蔵野線が映し出されていた。しかしよく見ると電車の行き先表示には「八 王 子」の文字。立川に行きたいときとかは便利なのに、本数が少ないのがネックな直通電車だ。僕も
この設問も、半分くらいのユニットが引っかかってしまっていた。
そして、極めつけは第17問。
『高速走行は眼球内のロドプシンを大量に消費するので、この補充としてビタミンAやβカロテンはトレイナーにとって非常に重要な栄養素である。このβカロテンを多く含む、JRN近傍半径10km以内で多く生産されている食べ物といえば?』
「これあれだろ? ブルーベリー」
ブルーベリーは目にいい食べ物だ。これはよく言われていることであり、実際にトレイナーの中にも好んで食べる者は少なくない。そして、JRNのある小平市は、ブルーベリー栽培発祥の地と言われており、少し東に離れたところにはブルーベリー畑があるし、なんならJRNの敷地内でも栽培されている。だから答えはブルーベリーだ。……と、言いたい所だけれど。
「ブルーベリーって、βカロテンそんなにあったっけ?」
北澤さんが疑問に思った通り、
「βカロテンが多い、
「……地場野菜だったか?」
「さぁ? ただ、ブルーベリーが答えじゃないことは確かです」
少なくとも、間違いである回答をするよりはマシだ。
すると早乙女さんと北澤さんに心当たりがあったようで、援護射撃が飛んでくる。
「それなら、国立の谷保のほうれん草だろうか? 国立に出張の際に見かけた覚えがある」
「いや、清瀬の人参じゃない? 都内の人参生産量の半分近くを占めていて、2位の八王子の7倍以上って聞くし」
「どうして、そんな詳しい?」
「アタシ、生まれも育ちも多摩だから」
あーそうか、北澤さんは確か町田が地元だったっけ。なら地元……にしてはちょっと離れてるような気もしなくはないけど、まぁそのあたりの知識は持っているんだろう。
「なら、人参にしよう。ほうれん草は名産とは聞いているが生産量が多いとは聞いていない。ならばこの問いに当てはまるのはそちらだろう」
ホワイトボードに『清瀬の人参』と記入する。そして時間が来てそれを掲げれば、多くのユニットの答えはブルーベリーだったが、僕達の他にも3つ、人参と答えたユニットがあった。
そして司会から告げられた答えは、人参。またしても北澤さんに助けられた形だ。
そして、クイズ大会がようやく開始から1時間が過ぎたころには、既に解いた問題は20の大台に乗ったのだった。