長崎県佐世保市、宇久島。
五島列島の最北に位置するこの島は、JRNにとって、そしてノリモンの歴史を語るにあたって外すことのできない重要な島だ。
JRN理事長・トシマ号は、JRNの夏季合同宿泊研修の日程中ではあるが、その宇久島は乙女ノ鼻を訪れていた。
かつてこの地域を襲った台風5115号、その名はRUTH、そう、その台風が過ぎ去った後に追い打ちをかけるがごとく現れた始まりのクィムガン、ルースの落し子の名の由来たる台風。そしてルースの落し子は、台風が過ぎ去った後も1年近くにわたってその脅威を振りまいたのだ。
その間、ここ五島列島や対馬を含む玄界灘以西の日本海の航行は軍民問わず非常に危険なものとなっていた。あまりの船の墓場ぶりに、対馬・壱岐・五島列島の各島に全島避難が決定されるほどのものとなっていた――当時はまだ、我々はクィムガンに対応できなかったのだ。
貨客船、K123号。当時米軍統治下であった日本において、クィムガンの最初の被害として米軍の記録に残されている船だ。
当時佐世保と釜山の間の航路に就き、航行中だったその船が、ここ乙女ノ鼻での最初の犠牲となった。これが
トシマはその乙女ノ鼻で、黙祷を捧げている。その胸に抱いた誓いを更に強固なものとする儀式だ。二度とそのような惨劇を繰り返すことのないよう。ひとりでも多くのノリモンが笑顔になれるよう。
そしてその帰り際。トシマは、黒いノリモンが四阿のベンチにかけてこちらの方をじっと見ていたことに気付いた。
「失礼。ずっとこちらを見ていたようだが」
「あら。あまり見られないお綺麗な方でしたのでつい」
黒いノリモンはポンポンと腰掛けるベンチの隣を叩く。座れという意味だろうか。
トシマは少し迷ってから時計を見て、帰りの高速船の時間まで余裕があることを確認してからそこに掛けた。
「地元の方……ではないな、貴女も、私も」
「えぇ。ですが妾は月に1度はこちらに来ております故。貴女もわざわざこちらにおいでなさってるという事は、こちらで過去に何があったのかをご存知かと思われますが」
「あぁ。あの悲劇を我々は二度と起こしてはならん」
告げられたトシマの言葉で、彼女は何かに気付いたようで、ピンと背筋を立てた。
「……もしかして、JRNの方ではないですか? いつもご苦労さまです」
「当然の事をしているまでだよ。最も、ここ十数年は苦労しているのはトレイナー達で、我々ノリモンにできることは限られてしまっているが……」
「それは幸せなのですか?」
思いもよらぬその問いに反応できず、トシマはキョトンとしている。
「ノリモンは、前世紀の方が輝いていたのではなくって?」
その言葉をきいて、質問の意味をようやく理解した。
ラッチにより自分の活躍が阻害されたと感じるノリモンも決して少なくはない。今目の前にいる彼女も、少なからずそう感じているのだろうと。
「……仕方のないことだ。ラッチがなければ、また前世紀のように頻繁に避難勧告だのを出すことになる。行政コストも大きい。君も前世紀のクィムガン対策を知っているのなら、どれだけ被害が出ていたかを知っているだろう」
「でも、それでどれだけのノリモンが職を追われたのかしら」
「追われたといえど、JRNでは再就職先の斡旋にかなり力を入れていたよ。ロケットはオフィス、ノーヴルはスポーツ、サイクロはアカデミック、バランスはエッセンシャル、パレイユはメディアの各業界に話を通して受け皿となってもらうことができた」
「それらは、JRNに所属するノリモンだけではなくって?」
「前世紀にノリモンが一般的にどのような扱いをされていたのか忘れた訳ではないだろう。あの変革があって、その受け皿を探すために各派閥が対応したからこそ、今のようにノリモンがヒトと共生できる社会システムを構築できた。それはJRN以外のノリモンにもプラスに働いたと思っているよ」
「えぇ、そのシステムの構築は見事だったと存じておりますし、大多数のノリモンにプラスに働いたのは事実でしょう。でも、全てではありません」
「……何が言いたい?」
トシマが逆にそう問いかけると、黒いノリモンは立ち上がってトシマの前に立つ。
「妾は全てのノリモンに祝福を届けるべく活動しております。JRNも似たような価値観を共有していると考えておりましてよ、JRN理事長、トシマ号」
「私の事を知っていたか。ならばこちらからも聞こう。君もJRNに来ないか? その理想を実現するために、共に力を合わせようではないか」
トシマもつられて立ち上がり、目線を合わせて手を差し出しながらそう問いかけた。
だが、その差し出された手は、すぐに握られることは無かった。
「ならば、貴女の考えをお聞かせ下さい。貴女達のやり方では手の届かないノリモンがいる、違いますか? そこのところを、どう考えているのですか?」
「全てを救うべきなのが、真なる理想ではある。だが、現実的にはひとりでも多くが幸せを掴むためには、少数にある程度の我慢をしてもらわざるを得ない状況となるのはやむを得ないだろう」
その言葉を聞くなり、彼女は差し出された手ではなくトシマの腕を掴んで下げさせる。交渉破談だ。
そして、一旦目を瞑ってから改めてその答を言語化して口に出した。
「なるほど、今ので確認ができましたわ。妾等の理想と、JRNの理想にはどうやら致命的な
「そうか。まぁ、無理にとは言わないさ。ただ、理想は近くにはあるようだ」
「えぇ、確かに近い。でも、遠いものですわ」
彼女は、そう伝えるとトシマに背を向けてそこを去ろうとした。
「待ってほしい。最後に、君の名を教えてはくれないだろうか。個人的に、力を貸せるやもしれん」
「シャワァ。妾の名は、ライスシャワァ。また会うことがあれば、そのときは」
シャワァは立ち去りながら名乗る。トシマはそんな彼女を追いかけることはせず、しばらくその場で立ち尽くしていた。
そして、自らの中の要注意リストにその名を刻みつけたのだった。