夏合宿5日目。今日は休養日で、一日中が各個人の自由行動となる日だ。ウルサは割と自由なユニットなので、各メンバー夕食までに帰ってくれば自由行動ということで、成岩さんとかは朝食――指定の時間内でのバイキング形式だ――を取るなりさっさと長崎市街へと向かってしまったようだ。
……とは言っても、そもそも長崎に来ると知ったのが出発日だったので特にリサーチとかをしたわけではない。そもそも観光旅行ですらないし……。
なので適当に昨日送られてきた他のラッチの模擬戦の様子を見て、戦術とか身のこなしとかを学習しておこうと思っていたのだが。
「やぁ、期待のルーキー。今日は暇かい?」
朝食会場から戻ろうとしたとき、入口脇で中泉さんに捕まってしまった。
……今、この場で文句の1つくらい言ってもいいよね?
「えぇ、貴方がたのおかげで昨日は振り返るべき行動もなく終わってしまったので」
「……それは氷川*1に言ってほしいね、ぼくだってあんなに集中攻撃を受けるとは思ってもなかったんだから。それがなかったら、まずはキミを仕留めに行っていたよ」
あ、そうか。よく考えたらこの人も一応被害者なんだな……。
なんか悪いことをした気分に……いや、ならないな、なんでだろう。中泉さんの態度かな?
「そんなキミに、いいニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「どっちも聞きたくないです」
「まぁまぁそんなつれないことは言わずにさ、聞いてってよ。じゃ、まずはいいニュースから」
あ、結局言うんだ。ならなんで聞いたのさ。
まぁ別に一方的でも答えを用意しなきゃいけないわけじゃないからいいけど……。
「まずはいいニュース。キミはこれから直接氷川に文句を言えます」
「……悪いニュースに聞こえるんですが」
単なる拉致予告では?
僕は訝しんだ。
「もう1ついいニュース。なんなら合法的にボコボコにできます」
「悪いニュースですよねそれ」
要するに、その氷川さんが僕と戦おうとしてるってことのように聞こえるんですが。
どこがいいニュースなんですかねそれ。
「そして悪いニュースだけど」
つぎの瞬間、僕の視界は暗転していた。
身動きが、とれない。
「キミにはまだ、選ぶ権利はありません」
「そんなことだろうと思いましたよ……」
脱出しようと思ったけれど、二の腕周りを掴まれているせいでうまく動けない。
僕の脳裏には、ある晴れた昼下がりの市場へ続く道がはっきりと映ったのだった。
そしてつぎの瞬間、体が90度ほど回転し、背骨が地面と平行になる。
……運ばれてるなぁ、これ。どこに連れてかれるんだか。
まぁどうせさっきの
幸いにも肘から先は比較的動かせるので、なんとか手探りでチッキを取り出しておく。向こうが強引なことをして連れてゆくのならば、こっちだって強引に逃げたって文句を言う権利はないはずだ。いろいろめんどくさいことになりそうだし解放されたらとっととトランジットして逃げよう、そうしよう。
「あ、逃げようとか考えてるだろうけど、それは無駄だってことはあらかじめ伝えておくからね」
「えー」
訂正。どうやらだめみたいだ。その証拠だろうか、扉が閉じられた後に鍵のかけられる音が聞こえた。屋内だったか。
そしてまた体の軸が回転して、地面に鉛直になれば、視界を遮るものが取り払われる。
目の前に立っていたのは、ドラコのリーダーたる氷川さん、まさにその人だった。
「じゃ、がんばってね」
声が聞こえるのと同時に、僕と氷川さんとを囲むようにラッチが張られる。
「待っていたよ、購買部の山根君。まずは手荒な真似を詫びよう」
静かなラッチの中で、氷川さんのその声だけが響いた。
……この際だから、聞いてしまおうか。
「それは今のことですか、それとも昨日の二人三脚のことですか?」
「手厳しいね、前者だけさ。そもそもアレは君に文句を言う権利はないぞ、君はあの種目に出ていたわけじゃない」
「その後の決勝の映像は見ましたよね? あれ、貴方の行動のせいですからね?」
「状況判断すらできなかっただけだろ」
氷川さんは残りの4ユニットの選手をばっさりと切り捨てた。
うん、確かにそれも事実の1つなのだろうけど。
「大前提として、君は1つ勘違いしてる。あの二人三脚の戦術を考えたのはオレではなく鮫島だ」
「でもそれを実行したのは貴方ですよね」
「まぁな。アレだって立派な勝負事。勝つために全力を出さなきゃ相手に失礼だ」
氷川さんの言葉に悪びれた様子はない。まるでそれが当然かとでも言うように。
でも、その価値観は理解はできる。行為に納得はしたくないけど。
「……まぁ、なんでそうしたかはなんとなく理解しました。それで、今日はどういう用で僕を拉致したんです?」
「あぁ、それはだな」
氷川さんはにやりと笑った。
「《桜銀河》を攻略したから試してみたい。それだけさ」