魔法科高校の劣等生2095   作:シラー

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本日2話目の連続投稿です。
例によって遊び無しになりました。やり過ぎな気がしますがどうぞ。


七草真由美

 七草真由美が國光暢と初めて出会ってから三年が経とうとしている。始まりは父、七草弘一の命令で参加した七草家主催のパーティーだった。各界の名士──与党幹事長やいわゆる高級官僚、経団連(経済団体連合会)の幹部、大企業の役員クラスに十師族などなど──いわゆる歴々、要人が多数参加し、ワインを片手に上っ面の親交を深めるのが目的と言われたが、当の真由美は相手の名前と顔の一致に忙しく、相手に相づちを打つことで精一杯だった。〝七草〟の令嬢として参加していた真由美は、父に案内されパーティーに参加していた少年に話しかけた。その少年は國光暢と名乗り、弘一の弟の子、つまり従弟にあたる人物であると知らされて驚いたが、同時に二年前に父を失っていると聞かされて二度驚愕させられた。

 年も比較的近かった二人は弘一の配慮か、席を外すように言われ、会場を一度退席し、控え室へ下がった。暢とは年も近いこともあって、あるいは真由美の持ち前のフレンドリーさによってかある程度打ち解け、短時間で多少身の上話をするくらいの仲になったわけである。

 だから、真由美はパーティー会場へ戻るとき、暢に囁かれたことに三度驚愕することになる。暢は自分はメッセンジャーに過ぎないと断りを入れ、自分からの情報であることと情報源を漏らさないようにと釘を刺した上で、パーティーに出席していた七草家の親族を視線で捉えながら、指紋が付かないようにハンカチで挟んだ名刺を差し出した。

 ──あなた方は相手を間違えている。

 

 そう言い残して暢は会場を去った。 渡された名刺は外資系、特に大亜連合系の軍需産業のある人物を指したもので、パーティーの出席者のリストにもその名前はなかった。ただ半信半疑で弘一に伝え、問題の親族を洗った結果、彼女が大亜連合軍総参謀本部第二部──G2といわれる情報機関と繋がりを持つ件の企業の男と親密な仲で、国防軍や七草家の機密情報を無意識に垂れ流していたこと、つまりロミオ諜報員によるハニートラップ(ヒューミント)に引っ掛かっていた事実が判明し、さらには外事警察が踏み込む直前だったというおまけが付いたという。もっとも弘一はその後の事を何一つ真由美に伝えなかったし、真由美も家人や護衛の名倉三郎から伝え聞いた話ということもあり、どこまで真実なのか真由美では探れなかったのだが、暢の持つ〝糸〟が真由美を通して姿を表した瞬間だった。

 謎の情報源を探ろうと躍起になって真由美に護衛や監視の数が増えるのをよそに暢は毎回異なる〝糸〟を使って真由美に情報を提供した。あるときは妹の七草泉美や香澄、そして友人の市原鈴音を使って、あるときは足のつきにくい使い捨てのフリーメールをどうやってか真由美の個人端末宛に送って。振り回され続けた弘一にとっては顔も素性も定かでないが、信頼性は抜群の特別クラスの情報提供者とされ、真由美は接触を断つなと厳命されることになった。

 

 最初は警戒心をおおいに掻き立てられた。暢のもたらす情報の種類や言動、その端々から国防軍の情報機関──おそらくは防衛省国土安全保障局(旧防衛省情報本部)が背後にいることは真由美であっても予想が付いた。油断すれば先の親族同様に取り込まれ、スパイに仕立てあげられないとも限らず、真由美は弘一からも疑いの目を向けられ、ノイローゼ寸前の疑心暗鬼に悩まされることになったが、暢は見返りを一度も求めることはなかった。

 

 大亜連合軍と国防軍の宮古水道での偶発的な事件が軍事衝突へ拡大し、日本中が騒然となった沖縄事変では新ソ連からかつて隆盛を誇った極左過激派、そして国防軍の脱走兵支援組織へと繋がる地下水脈の情報を。同時期に勃発した新ソ連による佐渡島侵攻では国内に存在する反国防軍系十師族の情報を。そして生徒会長の椅子に座った翌日に届けられたのは学内での反魔法師活動の詳細だった。信じられないような機密情報を提供し、七草家や真由美に対処する猶予を授けてくれる暢の背後組織の思惑は何か。

 暢はなぜ自分(七草家)を選んだのか。いくら考えても答えの出ない中で、密かな暢との接触は続いた。

 

 ──そして、いま。国立魔法大学付属第一高等学校に一科生として入学した國光暢を見定めるため、真由美は暢を首席入学した司波深雪と共に生徒会に推薦したのである。だが、暢は真由美の知覚系魔法、マルチスコープで監視されていることを百も承知と言わんばかりに堂々と学内の情報端末を駆使して情報を浚い、剣道部の壬生紗耶香と接触し真由美にその意図を掴ませずにいた。普段の事務は完璧にこなし、その事務処理能力は鈴音や服部をして素直に称賛するほどで、怪しさを完璧なまでに消し去り、生徒会としてその職務を遂行していた。

 だが、紗耶香と接触して一週間、遂に紗耶香は有志という形で動きだし、暢もさりげなく有志の肩を持つという行動を始めた。これまで水面下で行われてきた動きがここに至って吹き出し始め、次のフェーズ(段階)へ進みつつある事は明白で、真由美も暢にその本心を窺い知る必要を感じ取るには十分で、真由美はその翌日には暢を呼び出していた。

 一切の監視を付けないという条件で暢は真由美に会うことを承諾した。指定場所は昼休みの一高の図書館という驚くような場所だったが、考えてみれば一高で最もセキュリティが高く、秘密を話せる場所と言えば図書館しかなかった。図書館には非公開の文献や電子的な記録、さらに魔法大学に存在しているサーバーとの直結端末までもが存在しており、館外持ち出し厳禁の情報で満ちており、非電磁透過性の外壁に覆われており、盗聴盗撮の可能性が最も少ない場所だった。

 真由美は暢と接触することは誰にも伝えていないが、暢がそれを鵜呑みにしてくれる人間ではないと確信していた。生徒会室を出てから既に自分は既に監視下に置かれていると考えるのが妥当で、真由美は級友達からの昼食のお誘いをやんわり断って図書館へ足を向ける。

 

 本日、昼休みに図書館にて──たったそれだけのメールが真由美の端末に送られてきたのは真由美が学校へ向かうキャビネットの中だった。用があるときに一方的にやって来る暢がいかなる思惑のもとで真由美と非公然な接触を持つに至ったのか。

 昼休みに入った直後に再び送られてきた『006』の番号は図書館の閲覧室の個室のナンバーだ。

 

 図書館の空気はひんやりしていた。〝来るものは拒まず〟の精神の図書館は開架書庫の出入りは基本的に自由で、昼休みの直後ということもあり、誰もいない図書館を真由美は指定された閲覧室へと足早に向かった。指定された閲覧室の照明は落とされていた。暢はその閲覧室の中で待っていた。モニターは電源が落とされ、暗くなっている画面が扉が開かれ差し込まれた光によって鏡のように反射している。暢はモニターの前にあるテーブルに肘をついて口元を見えないように隠して座って待っていた。

 扉が閉められると反射は消えて輪郭を隠す。

「用件を窺いましょう」という暢の声を無視して真由美は部屋の明かりのスイッチを入れた。

 音もなく明るくなって、椅子に座っている暢の姿を明瞭にしたが、身動ぎひとつしない暢に真由美が先に焦れた。

 

「あなたの考えを聞かせてもらおうかしら?」

 

 暢はその質問には直接は答えず、遠回しに別のことを口にした。

 

「壬生先輩が語った言葉は、元はアメリカが用意したシナリオを改訂したものです」

 

 予想すらしていなかった単語に真由美は困惑を隠せない。

 

「元は大亜の脅威を煽って大戦後の国防軍の充実と日米安保の拡充が目的()()()

 

「〝でした〟?」

 

 過去形の部分を真由美は見逃さなかった。

 

「えぇ。既に何年も前に破棄された内容です。反大亜でナショナリズムを掻き立て、大戦後に必然的に訪れる軍縮運動を潰す。国防軍と米軍が作ったありきたりな筋書き(シナリオ)でした。

 それが一高内での反魔法師活動に利用されています。あれは一科生を煽っているようですが、真の目的は二科生の危機感に火を付けることが目的です。〝このままでは二科生は一科生に抑圧されてしまう……〟とね。軍がナショナリズムを高めるために目の前にある危機として大亜を叩いたように二科生が二科生としてのナショナリズムを高めるために一科生を叩く。

 ……よくできた筋書きでしょう」

 

 筋書きの一言に全身が粟立つ。言ってることは違うがやってることは同じ。既存のピースをうまく嵌め込んで、この状況を作り出す何者かの存在。真由美は暢からの情報提供で相手がブランシュだと承知している。だが、暢の言葉は事件にもうひとつ裏があることを伺わせる内容だった。

 

「……ブランシュ以外に裏があるというの?」

 

 強く問いただしたい衝動を押さえて真由美は努めて冷静であるように振る舞う。

 だが、暢は無言だった。そして無言こそが何よりも雄弁な答えだった。

 

「ならなぜ何もしなかったの?」

 

 真由美の詰問は十分に抑制されていた。

 

「ブランシュの裏があるというのなら、なぜ壬生さんを庇うような振る舞いを見せるの?」

 

 暢が紗耶香と接触して一週間が過ぎて真由美が自分から動かなければ暢は自発的なアクションを取らなかった。しかも有志を庇うような振る舞いまで見せていたのだ。もしかしたら暢は紗耶香達を押さえるために活動していたのかもしれないと思っても、暢ならこれまでのようにいくらでも真由美に接触することはできたはずだ。

 確かに達也が風紀委員に任じられてから校内は慌ただしくなっていたが、そんなことは理由にならない。「どうして……」と一気に突っ込もうとした真由美は「その前に、()()()()()は今回の一件、どう思っているのか聞かせてもらえませんか?」という冷たい声に遮られた。

 

「これまで多くの情報に触れてきた真由美さんがどう思っているのか」

 

 瞬時に冷たくなった空気に真由美の喉が乾きを訴えるが、それを無視して暢の背中を見た。

 

「……有志は単なるブランシュの駒ではない……と、思う」

 

 考えながらの真由美に暢は反応を返さず、無言で受けた。

 

「こんな強引なことをしてブランシュが自爆スイッチを押すような相手なら苦労はないわ。いくら一科生と二科生の対立を煽って暴発させても下手をすれば国防軍か警察が嬉々としてなだれ込むだけよ」

 

「あとに残るのは更地になって白日のもとに晒される大亜連合の反日工作拠点」

 

 暢が真由美のあとを引き取り、その続きを促す。

 

「メディアに流れれば止める術はない。最悪これまで以上に経済制裁を受けかねない。そんな分の悪いプランをブランシュの背後にいる大亜連合が認める訳がない。そんな使い方をするより、草の根運動に力をいれて、反魔法師世論を育てた方がよっぽど利口よ」

 

「もしかしたら、末端の暴走かもしれません」

 

「大亜連合が下部組織の手綱すら握れないほどの間抜けなら警察は苦労していないわ」

 

「でもブランシュは現に一高内で徐々に勢力を拡大している。大亜ではないとしたら背後は何者です?」

 

「わからない。このまま推移して対立が暴発しても結果が読めないわ。さっきも言った通り、反魔法師活動が拡大しても草の根運動の方がよほどリスクが少ないし、遵法の範囲で済む。わざわざこんなハイリスクの手段を取る理由がわからないのよ」

 

 暢に唆されるまま、言い切ってからブランシュの裏に潜む何者かの存在が急に大きくなった気がして、真由美は肌寒さに僅かに身を震わせた。──意図的にこの状況を望んだ大亜連合以外の存在、そしてそれを深く知っている國光暢という後輩。

 常識という地盤が亀裂が走り崩れていく、そんな光景を真由美は確かに見た気がしてとっさに足元に視線を下ろしていた。




また時間が開くと思われます。
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