魔法科高校の劣等生2095   作:シラー

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断ち切られた糸

 市原鈴音は一花の数字落ち(エクストラ)、市原家の長女だった。すでに数字落ちを理由とする出自差別は魔法師コミュニティで重大な違反行為として忌避される時代であったとはいえ、周囲の耳目は決して鈴音に好意的ではなかった。特に両親は数字落ち(失敗作)という視線の圧力を直に味わった世代で、特に十師族という存在(成功作)に常に冷ややかであった。

 そんな世界において七草真由美は鈴音に少なくとも最初から好意的であった数少ない人物で、その態度に救われたといっても過言ではない。鈴音と真由美が初めて出会ったのは七草家主催の魔法師同士のパーティーに招かれたのが、直接のきっかけだった。いくら十師族の中では社交的な七草家といえど、()()()主催のパーティーに()()を招待するということは多分に政治的パフォーマンスが入り交じっていたといえる。しかし、そんなことは当時の鈴音には関係なく、少なくとも悪意的とまでいわなくとも、探るような視線を全く向けることのない七草真由美という人物は鈴音にとって、ほとんど初めてというべき魔法師だった。一高入学後においても、真由美は鈴音に好意的であり続け、生徒会に推挙し、また居場所を作った真由美に鈴音が大きな信頼と信用を置くのはある意味、当然といるのだろう。()()()鈴音は真由美からの依頼にNOを突き付けるということはほとんどあり得なかった。例えそれが極めて事務処理能力に長け、一ヶ月という短い間ながらそれなりに信頼を向けられると判断した後輩に対する監視であったとしても、少なくとも〝目を離すな〟という指示には何らかの意味があると判断するくらいの信頼があった。

 

 

 ──公式見解発表日当日。

 講堂の舞台袖で鈴音は反対側の舞台袖から様子を伺う暢の姿を認めた。暢の近くには昨日までに風紀委員会によって特定された有志の主要メンバーが落ちつきなく座っているが、紗耶香のみが立ち上がって、暢の(そば)にいる。既に開場されているこのタイミングで、何をしているのだろう。と改めて二人に視線を向けたとき、紗耶香の口元が僅かに動いた。なにを話しているのかと、目を凝らしたが、暢の口元は一切微動だにしていない。見間違いかと視線を外そうとした時、暢が僅かに体を揺らしてこちらに向けた。その視線には静かだが、触れればたちどころに斬られてしまいそうな鋭利な刃物のような鋭さがあった。生徒会室の中では一度として感じたことこのない空気に鈴音は気圧されたが、一瞬後にはその空気は霧散していた。

 場内の座席は開始まで20分以上あるにも関わらず、半分以上に生徒が椅子に座っている。割合は一科生と二科生がそれぞれの半分ずつで、やはり前後に明確に別れている。こういうことの積み重ねが、嫌われる原因なんだろうと紗耶香は思うのだが、一科生には自覚がないのだろう。無意識な選民思想の最たるものを見て陰鬱な気持ちにさせられた。目の前の暢は制服の前のボタンを閉じている。腰元の膨らみは無線機か。有志の誰もこちらを見ていないのを確認して暢にのみ聞こえる声で囁いた。

 

「本当になにもないの?」

 

 ええ、そのはずです。暢は紗耶香を見返すことなく声だけで応じ、今日の朝から暢をよく見ている鈴音の方に視線を向け、次いで鈴音の背中越しに達也を見た。暢の予定では最大の不確定要素が司波達也だった。一科生だろうが二科生だろうが関係ないが、風紀委員会での活躍と副会長の服部との決闘擬きの話を聞いていた暢は爆弾じみた存在と位置付けていた。いかにして爆弾が爆発するのを押さえるか。暢の思考はその一本に絞られている。なにもなければそれでよし。暢の思考を読み取ってか、紗耶香は小さくため息を吐き出し、用意された椅子に腰掛けた。

 その時、暢が僅かに身を揺らした。一見、何気ない動きを装って舞台袖の奥、人目のつかない裏側に入っていくのを目で追った。そこで内ポケットから端末を抜いた暢は紗耶香が見たことのない動揺は異変を察知するには十分だった。

 

「──バ……な! ……わかりました。了解……。解こちらでも手を…………す」

 

 聞き取れない音量で、紗耶香には詳細はとどかなかなったが、そこには確かに暢の()()()が生じているらしい、ということはなんとなくわかった。紗耶香は暢が戻ってきたら、そのことを問いただそうと決めた。

 開演はもう、まもなくだった。

 

「一高生徒会長、七草真由美会長にこれまで行われてきた一科生による差別的言動について伺います」

 

 もったいぶった言い方で、有志がその口火を切った。

 真由美が立ち上がり、演壇に立つ。演壇に向かいながら、ちらと有志側の舞台袖前に立つ暢の様子を伺う。その姿には動揺の欠片もない。やはり、なにかを仕組んでるのではないのか。その疑いを真由美は拭えないでいた。

 

「生徒会長として公式見解をお伝えします。一高内部において一科生による二科生に対する差別的言動が存在していることは事実です」

 

 突如沸き立ったのは不審というよりは戸惑いだった。二科生がざわめく。それを制するように真由美がよく通る声でしかしと続けた。

 

「二科生を差別しているのはごくわずかな一科生にすぎません。()()()一科生は差別せず、二科生と共に過ごしています」

 

 〝多くの〟に強めイントネーションを与えた真由美に紗耶香が隠しきるには重すぎる失望を覚えるに十分だった。

 前日の夕方、暢と話し合った時に提示された通り、生徒会は〝差別の存在〟を〝差別は小規模〟とすり替えようとしているのだ。問題の矮小化と暢は語ったが、まさか本当にしてくるとは、というのが紗耶香の偽らざる本音で、紗耶香は込み上げてくる陰鬱を飲み込んむのがやっとだった。やっとの思いで重い足を動かした紗耶香は演壇に立つ。

 

「生徒会長、問題のすり替えはやめてください。見苦しいです」

 

 真由美の表情が一瞬、明らかに歪んだ。すぐに表情を取り繕った真由美に紗耶香は追い討ちをぶつけた。

 

「私たちにとって差別が小さいかどうかなど、問題ではありませんよ。差別は現実として存在している、それに関して公式見解を述べるというのが、この場の役割ではないのですか? 会長のその発言は小規模なら許されるということですか? 

 小規模かどうかではなく、差別がある以上、それをどのように対応していくのか、それをここで述べていただけると思っていました」

 

 残念です。言外に言って、紗耶香は演壇から下がる。代わりに演壇に登った真由美には貼り付け直された鉄面皮は全くといっていいほど揺らぎがなく、やはり届いていないのか、という諦観に至っていた。

 ふと顔を上げたとき、なぜか鈴音と視線が交錯する。理由を考えるより早く、真由美の()()がそれをぶち壊しにした。

 

「先ほども述べましたように、問題は()()()()の生徒なのです。ごく少数の生徒の行いが、生徒間の間にひびを入れ、亀裂を広げているのです。そしてその行いの原因の()()()は一科生である、という根拠のない優位の思い込みであることは否定しません」

 

 意図的に置かれた一拍に場が真由美に引き込まれ、その瞬間に紗耶香は負けた、と思ってしまった。ことの正否、あるいは生徒会の見解や対応の話し合いの場が、真由美の演説による誤魔化しで、矮小化で話のすり替えだった。これまでそうであったように。

 もはや独壇場と化したこの場にいるのが苦痛でしかなかった。

 真由美の演説はまだ続く。

 

「私は一高生徒会長としてすべての生徒に、唯一無二の三年間を過ごしてもらいたいと考えています。差別も、逆差別も、存在せず、互いに手を取り合う関係を望み、そう行えるためにいっそうの努力をお約束します。

 そのための第一歩として、制度上に於いて差別を助長しかねない制度である、生徒会役員の指名に関する制度の改正を今、この場所を借りて提案させていただきたく思います。

 現行の生徒会の役員の指名に関する制度によれば、〝全校生徒の信任を受けて指名される生徒会長を除く生徒会役員は一科生よりこれを指名する〟となっています。私はこの指名制限を撤廃するため、私の退任時の生徒総会において、議題として提示し、そのための議論をつくし、以て一高生徒会長としてその役割を発揮したい、そう思っています」

 

 もはや会場は真由美に呑まれていた。だが、紗耶香には真由美が全く信用できなくなっていた。生徒会の制度をどうこうではなく、紗耶香は一科と二科の区分撤廃を求めるつもりだったのに、それをぶち壊され、挙げ句に穴だらけの制度を新たに構築するというのだから、信じがたいというしかない。生徒会長は首席入学者が指名される制度で、首席入学者は一科生なのは当然で、その首席入学者がわざわざ会うことのない二科生を指名する理由はない。まして二科生を低く見る一科生が多いなかで、そんなことをして政権基盤を緩めるようなことをする一科生がいるとは到底思えない。そんなことをするのは度を越した楽天家か、あるいはとんでもない阿呆か。その瞬間、紗耶香に協力してくれた暢の誠意も、正義という大義を振りかざした真由美に汚されたように感じ、紗耶香は自分のなかで、ほの暗い炎が立ち上がるのを自覚した。それが有志結成の学外での協力を申し出てくれた甲司の兄、司一による思考の誘導の結果であることに紗耶香は気が付かなかった。

 しかし、紗耶香は暢の視線に肩越しに射抜かれ、はっとその意識が明瞭になるのを感じた。──自分は何をしようとしていた? 思考に霞がかかったようにまとまらない頭のなかで()()()に手をかけていた自分自身にぞっと粟立つ恐怖を感じた、まさにその瞬間だった。

 

 講堂のガラスが砕け、〝それ〟2個が投げ込まれたのは。

 演壇の両脇に警備体制を敷いていた暢と達也はほぼそれを同時に知覚し、それぞれが〝今出来る最善〟の対応策をとった。有志側の反対側、生徒会側の舞台袖近くの服部は〝それ〟がなにかであるのかを見極めようとし、舞台袖の風紀委員長はほとんどとっさに魔法を発動しかけ、舞台袖は一瞬、それぞれの対応策が錯綜し、真空が生じてしまっていた。細長い空き缶のようで、壁面に穴が開いている。形状を即座に読み取った暢と達也はそれぞれの落着地点を()()。一つは生徒会側の舞台袖に、もう一つは真由美の立っている足元付近に。同時に動いた二人は、達也はマルタイ(護衛対象)を庇い、一方で暢は落下地点のすぐ脇にいる真由美を演壇の影に押し込み、そして頭を抱え込んだ。

 

 カランと金属特有の落下音を響かせたそれは次いで強力な閃光とほとんど物質的な圧迫力のある爆音を放ち、講堂内を支配した。暢は押し広げられた感覚がびりびりと震え、同時に下に抱え込んだ真由美の切り裂くような悲鳴が聞こえた。音響閃光手榴弾(スタングレネード)と呼ばれ、警察ではF弾の名称で呼ばれるそれを、真由美はマルチスコープで多方面から視た結果、網膜を焼き付かせる強烈な輝きをまともに食らい、完全に沈黙させられたのだ。

 しかも密閉された講堂内では音が反響しあい、増幅されたわけで演壇にいるほぼ全員が動けなくさせられ、指揮する者の居なくなった講堂は一挙にパニックに陥り、生徒達が出入り口に殺到する結果となっていた。この上煙幕で視界を塞がれたら、風紀委員も生徒会も誰も誤射を恐れて魔法を撃てなくなる。風紀委員会の主力も、生徒会役員、そして部活連も参加していた講堂に、完全に釘付けにさせられ、およそ最悪の状況を確かめた暢は舌打ちして真由美を引き起こして、ようやく立たせ、周囲の状況を確認する。スプリンクラーが作動し、頭から被った暢は既に水浸しになった演壇から真由美を摩利の手に委ね、蹲っている紗耶香の元へ向かった。影に気が付いたのか紗耶香はようやく顔を上げ、暢の表情をのぞきこむ。紗耶香の表情が恐怖に歪む。

 それには触れず、暢は紗耶香と同じ高さに視線が来るように、床に膝をついて膝立ちになってから、紗耶香に声をかけた。──力を貸していただけませんか? と。暢は初めて紗耶香が暢と顔を会わせた時のように、真摯な目を向けていた。

 暢が全部知っていたことを悟った紗耶香に暢の要請を断ることは出来なかった。差し出された手を取ると紗耶香はそのまま引っ張られ、立ち上がり、不審の色を隠さず、あからさまな視線を向けてくる生徒会役員や風紀委員に萎縮しそうになる自分を叱咤した。「ではいきましょう。お手伝い願います」という暢の淡々とした、だが確かな声が紗耶香の耳朶(じだ)を打った。

 

 それから五分ほどののち、紗耶香は暢と、その監視役ということで同道を申し出た鈴音と共に講堂の外へ出た。講堂内のパニックは少しずつ縮小を見せたこともあり、真由美の手に委ね、三人は達也達とは別口で、今だ混乱冷めやらぬ校内へ足を踏み出した。

 

 

 




解釈は色々ありますが、真由美達との認識の差故のズレと解釈させていただきました。安易な悪者にするつもりはないです。
次話も早めに出すようにがんばります。
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