魔法科高校の劣等生2095   作:シラー

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満足な忠犬

 角を曲がろうとした時、銃声が館内に木霊した。

 館内は先程までの静けさからは想像もできないほどに騒々しくなっていた。どうやら主力のグループがすでに入り込んで、防備を固めていたらしい。あるいは図書館のセキュリティシステムが敵に掌握されていたのかもしれない。

 どちらにしても警備がザルすぎる──。

 暢は吐き捨てた。

 特別閲覧室のセキュリティはすでに破られたらしい。物理的に破壊されたのか、それとも電子的に破られたのかは定かではないが、ことが始まってから10分は経っている。相手が最初から特別閲覧室に狙いを定めていたのなら、猶予は余りない。

 暢は姿勢を低くして銃声のなかを突っ切ることにした。派手に銃弾をばらまいているが、狙いは杜撰だった。恐らくフルオート射撃で反動を制御しきれないで、銃口が上下に暴れていると思われる。銃声が狭い通路で反響しているが、音からして銃は二丁、もしかしたらもう一丁くらいはあるかもしれないが、どちらもアサルトライフルか、短機関銃だと推察できる。流石に重機関銃なんてものを持ち込めるほど、この国のセキュリティは甘くはないはすだ。多分、外に居るグループと同じ武器である可能性は高い。武器の密造は手間がかかるし、目的別に武器を変えればそれは生産や訓練の負担になる。そんな余裕は相手にはない。反魔法師団体といっても、いくら外国からの資金援助を受けていてもそもそもが泡沫組織の末端に過ぎず、潤沢な武器や人材を用意できるほどの組織ではないのだ。

 銃声が途切れ、敵がマガジン(弾倉)を入れ換えるタイミングを図って、姿勢を低くして飛び出した。どうやら、射座を用意する余裕もなかったらしく、突っ立っていた。突然姿を見せた暢に相手が硬直する。迷わず踏み出し、奪っておいたスタンバトンを振り抜き、骨を殴る硬い感触が腕を走った。放電で一瞬筋肉が麻痺した敵をもう一人に向かって思い切り蹴り飛ばす。姿勢が不安定で、中途半端な蹴りだったが、意識を刈り取られた敵は思いの外飛んでいた。

 影に隠れて後ろでマガジンを入れ換えていた敵は突然飛んできた相棒の影にぎょっとして、暢に銃口を向けるのが遅れた。飛んできた相棒の影から姿を見せたスタンバトンは正確に敵の首筋を捉えていた。ぐえ、と残して倒れこむ。

 地下通路は思った以上に明るかった。相手は図書館の警備室を真っ先に制圧して、電源を確保したのだろう。だが、その先の特別閲覧室へ向かう途中、暢は足を止めていた。武器をもった生徒か、侵入者が通路に倒れこんでいたからだ。誰も彼も、意識を失っているだけのようだが、自分達より早く入ってきた誰かがこれをやったらしい。舌打ち一つで飲み込んで、暢は再び歩みを進めた。

 暢達が特別閲覧室のフロアへ足を踏み入れたとき、既に事態は終わりに向かっていた。

 

「司、先輩……」

 

 紗耶香の視線は司波達也の肩越しに司甲を捉えていた。司は薄く張り付けた笑みを浮かべていた。にやと唇が蠢き、紗耶香は気がつけば一歩下がっていた。

 

「司先輩。あなたの行為は犯罪です。校内にカルト的団体の設置、そして校内へのテロリスト侵入の手引き。

 司先輩達の行い。間違いありませんね?」

 

 達也に寄り添う司波深雪が確認の口調で断罪する。その光景に紗耶香は身をすくめた。自分だったかもしれない光景に身をすくめるしかなかったのだ。達也と深雪はすでに司に全く脅威を感じていない。容易く無力化できると考えているからだろうが、暢にはその事がとてつもなく(かん)(さわ)った。

 腕はだらりと下がり、頭を項垂れるようにしている。

 ──諦めて、大人しく降伏してください。

 達也が無感動に言った。司の瞳には達也と深雪がすでに映っているようすがない。だから分かってしまった。この先、自分ならどうするのかも。

 司は、ゆらりと顔をあげる。それと同時に殺気だった空気が立ち上がりる。血の気を失い、表情がかき消えるのを見た紗耶香は、だめだ、と内心に絶叫していた。

 

「お前に何が分かる?」

 

 感情が全く込もっていないのに、粘着質で絡み付くような声は間違いなく司のものだった。それはすでに瞳ではなく、暗く沈んだ虚無な二つの孔となってこちらに向けていた。

 

「再婚相手の連れ子で、義理とはいえ息子の行いに何一つ言えない母の心情が。それともそんな兄に顎でいいように使われて母親一人救えない俺の腹の中身がお前に分かるとでも?」

 

「……司、先輩。まさか、あなたは自分からブランシュに協力したのですか」

 

 唖然とした深雪を司は嗤う

 

「そうだといったら?」

 

 唐滲み出る憎悪は圧迫感となって押し寄せ、深雪がたじろぎ、一歩下がると、達也が庇うように前に出る。

 

「なあ、司波」

 

 それがどちらに向けられたものなのか定かではなかったが、もはやそれは些事にすぎず、もう司にとってはどちらでもいいのだ。大した意味はない。ただ目の前にいる相手、今目の前で道を塞ぐ相手が敵であるという事実はなにも変わらないのだから。そしてそれがわかってしまう自分に、紗耶香は足元の床がかき消え、ふらついていくのを感じた。

 

「お前にはなにも分からないよ。聖上(司波深雪)に頭を撫でられれば満足な忠犬には、人間の痛みは察せられることはない。誰かを動かす思いも、ましてや誰かに語りかけることもな。なにせ、犬なのだからな。

 そんな犬でしかないお前のような人間に否定されるいわれはない。

 俺は人間だ。自分で考え、自分で行動して、自分で責任をとる。母さんのためにも。義兄さんのためにも、な」

 

 深い愛憎を刻んだ言葉を直接向けられ、呪詛となったそれは深雪の動きを縛った。達也がわずかに意識を反らす。司はその隙を躊躇わず、司が腕を前に突き出す。その手にはアンティナイトがあった。その瞬間、体の芯に響く不協和音が全員を襲い、次いで白い煙が通路を覆う。とうに無力化されていたはずの相手が、司に気を取られている間に最後の力を振り絞ったものだった。アンティナイトは魔法の発動を阻害するジャミングを放つ。その価値は今この場において価千金の隙を産み出した。

 深雪が動けず、達也が深雪をかばう。紗耶香と鈴音は感じたことない不快感に身をすくませ、暢でさえも対処が遅れた。一拍おいて、カランという床に何かが投げ捨てられる音が暢にとどいた。

 ──ヤバイ。そう直感した時には時遅く、白熱した閃光と通路という閉鎖空間で何倍も増幅された空気の振動が視界と聴覚を破壊した。

 誰より早く動くことができたのはやはり暢と達也だった。達也は深雪を庇い、暢は後ろに立つ二人を壁際に押し飛ばして道を開けた。それは通路という閉鎖空間で、しかも視覚と聴覚が塞がれた状態で戦おうとは思えなかったからだ。頭の脇を足音が抜けていく中で、一人が暢の足に引っ掻けて転び、もう一人は転んだ仲間に構うこと無く駆け抜けていく。

 キャストジャミングが解けても、馬鹿になった耳はそう簡単には戻らなかったが、暢はとっさに転んだ相手に足を絡めて、引きずり倒した。いわゆるアキレス腱固め、と言われる関節技が極る。「ぎゃッ」と、荒げ相手はめちゃくちゃに腕を振り回して暴れる。だが、それも暢が腕ひしぎに移るまでだった。やがて深雪が魔法で煙幕を収束させ、視界が開けると、暢によって首も絞められた司ではない敵は、あまりの激痛に意識を失ったらしく、がくっと崩れ落ちて床に倒れていた。

 

「司先輩は……」

 

 相手の首筋に手を回し、脈を図っていた暢は躊躇いがちな紗耶香の質問に「追いますか?」と鈴音に聞いたが、返答したのは達也だった。

 

「問題はないだろう。エリカがいる」

 

 納得しきれない紗耶香にようやく立ち上がった鈴音が後を引き取り、「それに、会長も見ているでしょうから。よほどの事がなければ大丈夫でしょう」と続けた。

 会長、と聞いて一瞬顔を暗くさせた紗耶香に鈴音は、あえて見えなかったふりをした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 義兄、司一に誘われ、ブランシュに参加したのは単なる興味本位だった。校内の不正をただそうとか、魔法師の待遇に疑問があったわけではない。なんでもよかったのだ。学校での剣術部から向けられる不躾な視線や、一科生の後輩から無意識に見下される空気。そういったものに疲れていたからだ。そこから逃げられればなんでもよかった。

 一科生に向けるしかない羨望が、延々と続くこの日々から抜け出し、ひたひたと押し寄せる二科生の惨めさを一時でも忘れることができるなら、なんでも。そうやって自分は引き返せない一線を踏み越えてしまったに違いなく、行き場のない窒息感を誤魔化したいだけの不実な自分に気がついて、司はどうしようもない思いを振り払った。

 実際、司の自己加速魔法は確かに学校では屈指だったといえる。一科生に遅れは取らなかったし、それ以外でも司は優秀な成績を納めていた。実は一科生の下位と、二科生の上位にそれほど差はない。まして司は剣道部だ。地元の警察から募集のお知らせは届いていたし、国防軍からの募集も届いていた。少なくともただ漫然と過ごしてきた一科生と一緒にされたくはないと思うだけの志とプライドがあった。──にも関わらず。

 学校は魔法科高校としてのキャリアを消し去るのだ。魔法科高校としての卒業資格が絶対的な存在であるにも関わらず、学校は優秀な二科生を認めようとはしない。なんのための実力主義で、なんのための魔法科高校なのか。

 腹に生まれた憤りの感情は論理的に裏打ちされ、内側から変わらないなら、外から変えるしかない。それが違法なものであったとしても、手段は必要によって正当化される──。

 一見して見える矛盾から目を背けて、自分にそう言い聞かせてきた。

 予備、スペア。そういった存在価値を自分たちに与えるのなら、それに準じた対応と待遇を。

 道義的にも、ルール的にも担当教員を通すという常道が封じられ、十師族の七草や十文字を通すという搦め手も提案を握り潰された上、二科生、特に中核となった上級生への取り締まりも強まるなかで、司は義兄、司一に助けを求めた。もはや躊躇いはない。相手が道義もルールも通用しないなら、こちらもルールを無視して、実力で解決するしかない。それが司一に、ブランシュという組織に利用されているとしても、司はすでに覚悟は決まっていた。

 直前になって、生徒会の一科生から接触があったと後輩から聞いたときにはさすがに焦ったが、タイムスケジュールは差し迫っており、もはや後戻りできないところまで来ていた。図書館にある端末からの情報へのアクセスなど司にとっては些事に過ぎなかった。それでも自分が図書館への襲撃に加わったのは義兄への義理だった。

 自分も講堂で参加したかったが、他に適任者はいなかった。七草を弾劾し、魔法科高校という腐った家を立て直すために……。

 図書館棟として独立している図書館は一階に蔵書はなく、地下の閉架書庫と上階の開架書庫となっているため、一階は特に広い。待ち伏せるには絶好の場所だった。

 

「初めまして。司先輩ですね」

 

 ナメられている。司はそう直感した。

 

「……千葉エリカさん。かな?」

 

 後ろ手には警棒らしきものがあり、入口に配していたはずの剣道部員は見当たらない。おそらくこの一年生によってすでに倒されたのだろう。

 

「退いてくれないか?」

 

 戦いたくない。司はそう思った。勝つか負けるかではなく、ここでのロスは避けたかったが、そうはいかないだろうなと、司は途中で拾ったスタンバトンを抜いた。勝つのが、目的ではないと言い聞かせ、息を吐いたとき、千葉は真っ正面から突っ込んできた。なめるなと内心に怒鳴り付けて、司は千葉の一閃を受け止め、そのまま弾く。警棒の軌跡が自分から遠ざかるのを感じ、一緒にスタンバトンも投げつけて一挙に自己加速魔法を発動させた。

 

「うそっ!」

 

 千葉の驚いた声を無視して、走り抜ける。あと少しで図書館を出られる。そう思った次の瞬間、床が猛烈な勢いで迫ってきた。何が起こったのか理解できぬまま、後頭部に鈍い痛みが突き抜けて、司はその肢体を倒れ込ませていた。

 わずかに残った視界に入ったのは、紋の無い二科生の制服だった。

 ──二科生のために戦い、そして二科生にたおされる?

 なぜ、そしてなんのためにやってきたのか。

 悔しさと怒りが込み上げてきたが、それを振り向けるだけの力は残ってなかった。複数の足音が近づきながらも弱くなっていく意識は徐々に闇の中へと引き摺られていった。




更新が大変遅くなりましてすいません。逐次投稿は続けたいと思ってはいます。
〝OP.M〟の方も読んでくださるとありがたいです。
まだ一話しか出してないけど……。
感想・評価入れてくださるとありがたいです。よろしくお願いします。
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