今日は二話連続投稿します。その一話目です。幕間ですから主人公達は出てきません。
国防戦略幕僚会議は定例にはじまった。定例会議だったため、統合幕僚本部議長をはじめに陸海空軍の各本部長にその次官級、そして各部局長級に加え、政府関連部局の連絡官がオブザーバーとして出席していた。
国防戦略幕僚会議は、国家戦略を決定する国家安全保障会議に直属し、その会議の決定にしたがって軍事戦略を担当する事実上の参謀本部としての役割を持っている。
定例会議であれば専用の通信回線を利用することで別の場所に分散していても、出席も許されるが、統合幕僚本部議長は召集することを選んだ。この会議で話し合われたことが、漏れた場合、どのような結果になって帰ってくるか全く読めなかったからだ。
それに通信回線による会議は、防諜の観点から不安が残る。現に電波・電子魔法による高度なクラッキングスキルを持つ魔法師の存在も確認されていた。
技術の常識は、追い越し、追い越されの繰り返しだ。自らができることは敵にも出来うる、という当然の想定をしないのはあまりに楽観的にすぎる。時間もコストもかかるが、古典的なやり方で全員が集まった方が機密を保ちやすいといえる。
それにこの後には非公式会議の開催も予定されていた。どちらかと言えば、その非公式会議の存在隠すための定例会議だと言えた。
非公式会議の出席者は将官の中でもごく限られた人間だけだった。その存在は秘匿されているが、それだけに非公式会議で行われる議題は極めてデリケートな内容だった。特に近年は対大亜連合への対応が議題の多くを占めている。どのような形であれ仮想敵とされる国に、戦略研究の内容が漏れることは望ましくない。アメリカではかつてカラーコードと呼ばれる軍事研究が漏れ、イギリスとの関係にダメージを与えた過去がある。それだけに研究内容の詳細は特に秘蔵されていた。
もっとも、非公式会議の結果を踏まえた戦略の研究には、すでにかなりの人数が関与している。国防軍全体では数百人規模が機密に触れているはずだ。
研究の全体像を把握しているのは、ほんの一握り政府高官や、高級士官の中でもごく一部に絞られていた。大多数の関係者は担当する範囲のみ、狭い領域の情報だけを知らされていた。それでも戦略の片鱗に触れることで、全般的な状況を察することはできるはずだ。非公式の形で意思決定機関が存在することは公然の秘密になっているのではないか。
しかしそうはいっても、公式会議であからさまな軍事研究が討議されることはない。定例会議の議事録は軍内だけでなく、日本政府の関連部局などにも配布される。関連部局には師族会議も諮問機関として含まれていた。国防上の機密に関わることはさすがに削除されているが、それでも基本的には公開されているといっていい。
このため、国防軍としての戦略研究は非公式会議で検討されていた。いずれは公式会議と一体化するだろうが、現状では二系統の意思決定機関が存在することになる。これはある意味で非常に危険なことだった。日本の最高意思決定機関は首相が主座を務める国家安全保障会議だが、非公式会議はそれに支配されていないのだ。場合によっては
定例会議は型通りに進められ、予定されていた議題が続々と進んでゆく。定期的な予算要求や次期基幹兵器の試験結果など、規定方針にしたがって定められていった。
会議というより、儀礼的な意味合いの方が大きかった。
予想外のことが起こったのは会議が終わりかけた時だった。渥美国土安全保障局長が発言を求めたのだ。
渥美局長は非公式会議で最高齢の参加者だった。第三次世界大戦をヨーロッパの大使館付き駐在防衛官の一人として眺め、かつての準同盟国である大漢の崩壊を国外から観察し続けた渥美局長はこの場の誰よりも、熾烈な情報戦という修羅場を潜り抜けてきた人物だった。
渥美局長はブランシュ事件について簡単に説明していた。しかしその内容は既に提出している報告をなぞるもので特に目新しさはない。さすがにたまりかねたように一人の幕僚が声をあげかけた。だが、その前に渥美局長は本題を切り出した。
「……この件についてはいまも調査を継続しています。司一の死により、ブランシュ日本支部は壊滅しましたが、その組織のネットワークが死んだわけではありません。ネットワークにつながる組織はいまも水面下で潜伏し、対日有害活動を続けています。
実は会議が始まる直前に報告を受けましたが、東南アジア系のブローカーの動きが活発化しているそうです。これは《象の檻》が傍受した結果とも一致します」
《象の檻》とは防衛省が東千歳と美保、そして喜界島に保有する通信所で、その傍受方式は変化したものの、いまも
「東シナ海では海上保安庁曰く、瀬取りの活発化も認められるとのことで分析を急いでいます。
状況は流動的で、急速に変化しつつあります。今のままでは大亜連合の動きが掴みきれず、事態が発生した場合、致命的な影響を受けかねません」
「それは国土安全保障局としての評価か?」
渥美局長は座長の指摘に冷静に答えた。
「国土安全保障局としての評価です。今月のマンスリー・レポートで報告する予定でした」
「具体的にいって、どのような事態が生じうると?」
「その点についての評価は未確定ですが、大亜連合の動きははっきりとした意図が見受け取れます。我々の戦略研究の実態が把握されているとは考えづらいですが、ブランシュのような草の根の活動に支援を強めていると思われます。
例えば非合法な工作員が我々の防諜部隊に逮捕される例も増えています。また国外の工作員と繋がる在日組織も確認されています。以上のことから、大亜連合が脈絡のない情報収集をしているとは思えません。部内限りですが、ハードオペレーションの実行についても提案されています」
《ハードオペレーション》という言葉に周囲の幕僚達が僅かに動揺した。
渥美局長は周囲の様子を確かめてから、さらに続けた。
「大亜連合はこれからも情報戦の分野で挑発をエスカレートさせるでしょう。これ以上強硬な姿勢を取り続ければ、最終的な破局を招きかねないと考えます。
これまでの研究を踏まえた上で、改めて公然化までのタイムテーブルを具体化させるのです。さもなければ秘密主義から脱却できず、後手にまわりかねません」
「そこまでだ。渥美局長」
座長が苦い顔で遮った。
「防諜対策の強化の優先は認めるが、今後の研究で行うべきだ。今の時点の議論にあまり意味はないだろう。
大亜連合との講和条約が締結されていない現状、我々が取りうる戦略は敵対しかない。
何か異論があれば各自、文書で提出するようにしてくれ」
誰も口を開かず、座長に視線を集中していた。それを確認してから座長は改めて切り出した。
「在日米軍との合同連絡会議の成果について説明する。既存の陸上兵器類は米軍と連携して更新を継続する。特にハードウェアについてだが──」
──単に防諜対策を増強すればいいわけではない。
渥美局長は内心でそう考えていた。
──防諜の本質は情報漏洩を完全に封じることではない。漏洩した情報の影響を如何に小さくするかが重要だった。完璧な防諜など、あり得ないのだから。
そこまで考えたときだった。
──国家戦略幕僚会議の座長ともあろう人間が、そんな基本的なことを知らないはずがない。だとすると……我々はもう手遅れなのかもしれない。そしてその事に一体何人が気がついているのだろうか。
渥美局長は複雑な思いを隠して座長の言葉を聞いていた。
だが、そんな内心は次官達が退出して、非公式会議がはじまった直後に放たれた座長の言葉で一変した。
「すでに渥美局長が語ってくれた通り、大亜連合の圧力はエスカレートしている。よって国家安全保障会議は新たな戦略策定を提案してきた」
幕僚達は顔を見合わせていた。困惑したように海軍軍令部長が口を開いた。
「幕僚議長、事前に聞いていた議題とは異なるようだが?」
「承知している。だが、本件の対応が最優先だと判断した。この件の対応が決定しない限り、予定していた議題に関しての議論は無意味なものとなるだろう」
座長は表情を変えることなく、周囲を見回した。予想外の方向に事態は進みだしていた。
「新たな戦略策定には研究が不足しているというのが私の見解だ。前回の国家安全保障会議ではその点を指摘し、持ち帰った上で、次回の会議までに研究を続けることになった。
しかしながら、選択の余地は我々には二つしかない。現状維持か、それとも思い切った戦略の転換かだ。
現状維持というのは、進行している戦略の一時凍結だ。全面的な敵対行動は大亜連合のみならず、新ソ連をも刺激しかねない。これによって、いくつかの計画は無期限に延期されることになっている。これ以上、こちらの戦略研究を深く探られないためだ。
あとは次の機会を待つしかない。大亜か新ソ連が割れて外に出れなくなるまで」
「具体的に、どのくらいになるのですか」
陸軍参謀本部長が尋ねた。
「無期限というのは文字通り無期限だ。もとより大亜との全面対決は日本の地政学的用件から見て、本土決戦が主体となる。想定されてきた北九州、山陰、南西諸島地域での戦闘はほとんど間違いなく市民を巻き込んだ地上戦になる可能性が高い。事実、第三次世界大戦では対馬に、その後は佐渡、沖縄と連続して軍事侵攻を招く結果になった。
地上戦で民間人と合わせて、死傷者を十万人規模で出すことを避ける為にも、研究の一時凍結するべきというものだ」
座長の言葉を渥美局長は不可解に感じていた。内心を隠しているように感じたのだ。──だとすると、もう一つの選択である、思い切った戦略の転換が、本心ではないか。
室内は静まり返っていた。誰もが続く言葉を待っている。やがて座長はいった。
「もう一つの選択というのは、積極的な攻勢案だ。在日米軍の増強を提案し、それに合わせて限定的な軍事作戦により、大亜連合の勢力圏を押し込むことだ」
あまりのことに、渥美局長は声をあげることさえ忘れていた。それは渥美局長だけではなく、周囲の幕僚達も同様だった。
──正気か? 大亜連合と戦争を始めるつもりなのか。そんなことをして、世界大戦を再び始めることにならないのか。日本に
誰もがそう思っていた。
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