記憶を失ったトレーナー。   作:レモさん

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 怪文書ステークスに影響されたので初投稿です。


#第1R プロローグ。

 チームアルクトゥルス。それは、ウマ娘を知る人間であれば誰もが口にする最強のチーム。

 無敗でクラシック三冠を手にし、七冠という驚異の成績を残した皇帝・シンボリルドルフ。母娘二代でオークスを手にし、トリプルティアラと秋の盾を手に入れた女帝・エアグルーヴ。自らの影を乗り越え、クラシック三冠と有マ記念をその手中に収めたシャドーロールの怪物・ナリタブライアン。ブロンズコレクターと言われ続けた現状を打破し、トウカイテイオーと死闘を繰り広げてクラシックの座を争ったド根性ウマ娘・ナイスネイチャ。

 そして、彼女らの根本の素質を見抜きチームとしてまとめあげた手腕を持つ『鬼才』。それがアルクトゥルスのトレーナーであった。

 

 

 

――――――――――――

 

 トレーナーの朝は早い、それは休日であってもだ。朝から「明日からのトレーニングメニューはどうしようか」と悩み、生活必需品で何が足りなかったかをリストアップし、自らの身体をトレーニングルームで鍛え上げ、買い物に行けるのは夕方を回って夜にさしかかろうという所であった。

 自慢の愛車である青と黒のGT-Rを駆り、スーパーで買い物を済ませた後にコンビニエンスストアに寄る。

 

「どんだけ言われても結局止められなかったなぁ」

 

 そうトレーナーは呟くと先程購入した赤と白のパッケージの中から煙草を1本取り出し、火を付けた。ジュッという音と共に煙草から煙が立ち上った。

 口にくわえ、肺に煙を吸い込むとトレーナーは今までのことに思いを馳せる。

 

 

 シンボリルドルフに問われたあの日から、彼のトレーナー人生は始まったと言っても過言ではなかった。

 『全てのウマ娘が幸福になれる世界を作る』と彼女に言われた時には随分と大層な夢を持っている事だと心底驚いた。もちろんその道は余りにも険しく厳しいものではあったが、決してキツいことばかりではなかった。楽しいこともあったし、彼女がレースで勝てば自分の事のように嬉しかった。

 女帝が女帝たる所以を一晩中、それこそ門限ギリギリまで語られた日には自らの寮まで帰る体力すら持たなかったが、その下にある彼女のコンプレックスを見抜く切っ掛けとなった。それこそが彼女のターニングポイントになったと言っても過言ではない。

 シャドーロールの怪物には心底手を焼かされた。言う事は聞いてくれないし、偏食はいつまで経っても治らないし、挙句の果てにはスケジュール関係なしに出場レースを決める。一度お灸を据えてやろうと彼女を呼び出した際には何故かあちらから場所を指定される始末。ただ、彼女が才能を持っていたことは事実だし、本人も自覚していた。故に彼は彼女に対しては多くを指示することは少なかった。逆にその指導法にしてからレースでの才能はメキメキと伸びていった。

 ド根性ウマ娘はその点素直であった。やれと言われれば諦めることなく練習を続けるし、上記三名と異なりとても素直であった。だが、レースになると途端に『アタシはモブだし主人公じゃないから』と急にレースを流しで走る諦め癖が付いていた。この点に関してはトレーナーが介入出来たことはそこまで多くない。むしろ周りのトレーナーに意見を求めに行ったレベルであった。彼女の場合は同期たるトウカイテイオーの存在がとても大きかった。彼女が居なければナイスネイチャの本性たる闘争心を引き出すことは不可能であったと今でも思う。

 

 『鬼才』だの何だの言われてはいるが、特に周りのトレーナーと比べても才能は秀でていないように自分でも思う。むしろ劣っていることの方が多い。レースや身体に対しての知識も多くはないし、脚を触れただけで状態がわかるほど変態を極めてなどいない。

 彼の才能は『聞くこと』にある。それはシンボリルドルフをして「彼と関われば全てのウマ娘が幸福になることが出来うる」と言わせるように、彼は相手の話を聞く事がとことん上手かった。彼と話していると色々なことをつい言ってしまうとあのナリタブライアンも記者のインタビューに答えていた。

 彼は例え罵声を浴びせられても動じることは無い。ただ、水のように受け止め相手の考えを聞くことに注力する。そこで自分の意見の押しつけをすることは絶対にない。相手の言う事が無くなってから初めて自分の考えを述べ始めるのだ。そこに押しつけはなく、子供に諭すように一つずつ教えていく。何か間違いがあり、そこをウマ娘に指摘されれば意地を張ることなく謝り、訂正するのだ。

 チームスピカの沖野トレーナーは後にこう語っている。

 

『アイツは特段知識や技能が優れているわけじゃなかった。だがウマ娘に対しての考えは俺やおハナさん、南ちゃんより明らかに上だったな。なんだろうな……管理主義って訳でもねぇし、かと言って放任主義ではなかった。ただ……そうだな、アイツはウマ娘の事を理解すんのが上手かったよ』

 

 煙草を灰皿の中に入れる。不思議なものだなぁとトレーナーは思う。今まで火がついていたものが水に触れるだけで直ぐに消えてしまうのはある種の不条理とも言えるかもしれない。地球はそういう物理法則で成り立っているとか言われてしまえばそれまでだが。

 口に清涼剤を叩き込み、愛車に乗り込む。コイツとも長い付き合いだなぁとトレーナーは目を細めた。シンボリルドルフと三年間走りきった後、本人から「キミも私だけじゃなく自分へのご褒美を買った方がいいんじゃないか?ほう、美術品……ふふふ」と言われたことがある。二文目はスルーしたが。

 自分への褒美はなんだろうな、とふと考えた時に大学まで好きだったモータースポーツのことを考えていた。日本でのモータースポーツの浸透率はそこまで高くない。むしろ、ウマ娘が日本の国民的な競技になってから下がっているような気もするが、それでもコアなファンというものは多いのである。

 思い立ったが吉日と言わんばかりにディーラーショップまでひた走り、衝動買いとさほど変わりなくGT-Rを購入した。貯金の八割がカスタムも含めてぶっ飛んだが、憧れの車に乗れることの方が余っ程嬉しかった。

 そこからは何をするにしても愛車で移動し、時にはウマ娘を連れドライブに行くこともあった。ブライアンからは不評ではあったが。

 

 

 そんなことを考え、車のエンジンをかける。流行りから少し外れた音楽がスピーカーから流れてくる。トレーナーの感性はどこかズレているなとシンボリルドルフに言われたこともあったなぁと思い出すと少し微笑ましい気持ちになった。

 左右確認を忘れずに行い、車道に前輪を付けた時だった。

 

 

 

 

 コンビニエンスストアの駐車場に轟音が響き渡り、二台で絡み合った車体はそのままコンクリートの壁へと衝突した。壊れかけのスピーカーからノイズ混じりで流れてくる音のみがその場に響いた。

 

 

 

 『――――――拝啓、今は亡き過去を想う、望郷の詩

 

 

 

 トレセン学園に彼が事故で病院に搬送されたと報告が届いたのは二時間後のことであった。

 

 




 お初にお目にかかります。レモさんです。
 Youtubeに記憶をなくしたトレーナー怪文書ステークスってのがありまして、もろにその影響を受けてます。

 誤字報告、感想等お待ちしております。
 次回もそんなに遅くはならないと思いますので、何卒お待ちいただけると幸いです。

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