記憶を失ったトレーナー。   作:レモさん

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 シービーの為に貯めていた石がいつの間にか消えていたので初投稿です。


#第2R 逆行性健忘。

 トレーナーの事故が判明してからのトレセン学園の騒ぎは歴代の中でも一二を争うレベルであった。

 それはやよい、たづなだけではなく彼が担当しているウマ娘達も同じであった。シンボリルドルフは生徒会の仕事を放り出して会いに行こうとするし、エアグルーヴは止めるかと思えば今すぐにでも行こうと言わんばかりに見舞いの品を用意している。直ぐに暴走しそうなナリタブライアンとナイスネイチャが止めに入るというとても珍しい光景が起こっていた。その二人も言動が支離滅裂になっているので、落ち着いているとは到底言い難いが。

 トレーナールームでもその話で持ち切りであった。

 

「おい、アイツ大丈夫かよ」

「はっ、レースの神様がお怒りなんじゃないのか?」

「まあ、デカい怪我じゃなきゃどうでもいいわ。病院で頭を冷やせばいいのよ」

 

 だが、彼を純粋に心配するトレーナーは殆ど居なかった。というのもチームアルクトゥルスはレースに出れば連戦連勝、更には聞き上手なトレーナーも居るとあって専属トレーナーやチームトレーナーより彼に話を聞きに行くウマ娘も居るほど彼らは人気であった。

 一方で他のトレーナーからすれば面白くない話である。彼の担当ウマ娘が出るレースとあれば一着はほぼ確定、最低でも入着はするとあってはトレーナーとして面目が立たない。挙句の果てに、彼はまだ三十にもなっていない若造だというではないか。

 『勝ちすぎると全てが敵になる』とはよく言ったもので、気づかぬうちに彼は敵を増やしすぎていた。そんな矢先にこんな事件が起きたのだから濡れ手に粟である。もしかしたら彼が担当しているウマ娘の誰かをチームに引き抜くことも有り得るかもしれないと考えた。まあ、彼女らは彼と離れることを拒むのであるが。

 そんな中、沖野は同僚の南坂と話していた。手にはもちろんキャンディーを持ちながらである。

 

「南ちゃん……俺らだけでも病院行かねぇか?流石に見舞いに行かねぇとアイツが可哀想だろ」

「それはそうだと思いますよ、沖野さん。外出届けを出してとっとと行きましょう」

 

 見舞いの品を持っていかないのは申し訳ないが……と心の中で彼に謝り、二人はトレーナールームを後にした。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「主治医さん、アイツの容態は!?」

「沖野さん!落ち着いて下さい!」

「落ち着いてられっか!手術って……アイツは大丈夫なのかよ!」

 

 病院に着いた彼らは酷く慌てていた。それもそのはずである。トレーナールームには『彼が事故にあった』という情報しか伝わっておらず、肝心な『重体』という部分が抜け落ちていたのだから。

 

「沖野さん、と言いましたかな。主治医の南井です……彼の容態は安定しています。手術と言っても事故で切った頭と腕の縫合ですからね、明日には目を覚ますと思います。ただ……」

「ただ、ってなんだよ、何があったんだよ」

「心して聞いてください」

 

 そう口にすると、南井という医者は一つ息を吸った。その後に放った言葉はその場の二人を凍りつかせるのに充分過ぎるほどの衝撃を与えることとなった。

 

「……彼は事故の時、酷く脳に衝撃を受けておりまして…………救急車での会話を聞くに、ある疑いが出ました。

 

 

 

 

 

 

――――――逆行性健忘、所謂記憶喪失になっている可能性があります」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 帰りの車の中の二人は酷く静かであった。いつもはムードメーカーである沖野も、言葉を噤まざるを得なかった。しかし、その重苦しい空気の中で最初に言葉を発したのもまた、沖野であった。

 

「……なぁ、南ちゃん」

「…………はい」

「……アイツ、記憶喪失だってよ」

「……そうですね」

「記憶喪失の奴に、俺らが何をしてやれるんだろうな」

 

 いつも口にしているキャンディーすらない沖野は何も言えないと言わんばかりの表情をしていた。

 

「……沖野さん。多分私たちが出来るのは声を掛け続けて、彼が思いだすきっかけを作ることだと思います。南井先生も仰っていた通り」

「ああ…………あとは、どのぐらい記憶が無くなってるかだな……彼女らを忘れてなければいいんだが」

 

 沖野は、今後おそらく起こるであろう一騒動に思いを馳せた。願わくば彼女らと接触することで、何か記憶が戻らないかと少しの期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 次の日、彼は病院のベッドで目を覚ました。周りのベッドには誰も入っている様子はなかった。窓の外を見て何故自分が病院のベッドにいるのかを思い出そうとするが、不思議と何度考えても思い出すことが出来なかった。仕方が無いので近くにあったイヤホンを携帯電話に突き刺し、ミュージックアプリで音楽を付ける。相変わらず流行から外れたような音楽ばかりが再生リストに並ぶ中で、何曲か見覚えのない題名が見えた。知らない曲を聴く気にもなれなくて、かといって消そうとしても消す気になれなかった。

 「なんで消せないんだろう」なんてことを考えていると病室のドアが開き、白衣を纏った医師が彼の横に座った。

 

「こんにちは、貴方の主治医の南井です。貴方は■■さんで合っていますでしょうか」

「えぇ……多分合ってると思います」

「わかりました……ではこれからいくつかの質問をしますが、よろしいですか」

「ええ……」

 

 息を吸うと、南井はいくつかの質問をした。生年月日、住所に続いた次の質問だった。

 

「では、貴方のご職業は何ですか」

「俺の職業は……あれ、俺、何してたんだっけ……」

「……思い出せませんか」

「………………ごめんなさい、思い出せないです」

 

 分かりました、と一息つくと南井はやはり、と結論付ける。彼は間違いなく記憶が無くなっている、しかも事故前後のみならず彼の仕事であったトレーナー時代の記憶に至るまでだ。

 なかなか重症だと南井は嘆息した。だが質問はまだある、もしかしたら思い出すきっかけになるかもしれない、と次の質問をした。

 

「分かりました……では、貴方の愛車は何ですか」

「R35 GT-Rです」

「では、その車をどのようなきっかけで購入されましたか」

「…………ダメだ、これもわからないです」

 

 彼の中で少しづつ焦燥感が芽を出してきた。思い出せるはずの記憶を思い出せない恐怖、何か大切なことを忘れているかもしれないという辛さが相まって、焦りの感情が湧き上がってきた。

 南井は、このままで埒が開かないと考え、最後の切り札と言わんばかりにこの質問を切った。

 

「では、最後に彼女らに見覚えはございますか」

 

 そう質問すると、南井は病室のドアを開けた。そこから四人のウマ娘達が入ってくる。

 彼から見て、ウマ娘というのはやはり綺麗な子が多いなと思う。だからこそ、自分には遠い存在であるし、自分なんかが関われるわけが無い娘たちだとも思う。

 先頭で入ってきた髪の毛に三日月型の白髪がある女の子も、ボブカットで凛々しい目をした女の子も、絆創膏を鼻につけ可愛いというよりかっこいいという表現が合っている女の子も、赤と緑のイヤーカフを付け、大きなツインテールを揺らす女の子も、なんでこんなにレベルが高いのかと不思議に思う。

 

 

 三日月型の白髪を前髪に垂らすウマ娘が耐えきれずに、彼に問いかけた。

 

「トレーナーくん……無事で「あの、」…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………誰ですか、あとトレーナーって何ですか」

 

 四人がその言葉に呆然とする中、ただ外したイヤホンから漏れる音楽のみが響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――「いつか、忘れてしまう今日だね」なんて、言わないでほしいよ』




 ご苦労さまです、レモさんです。
 二話目にしては割と早く書けたように思います。小説を書いててキツいのが、二話目三話目でグダグダになりやすいってことですね。メメ…メメタスケテ…

 さて、実は今回の表現である点を結構拘ってたりします。気づける人いるかなぁ?
 あと、『愛が良バ場』タグに反応してくださった皆さんありがとうございます。湿度高そうって言った兄貴おったなぁ、俺も普通だったらそう思います。オレモソーナノ
 ただ、今回の『愛』に込める想いはちょっと違うかもしれないです。その辺も楽しみにしていただけたら……!


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 次回は上手くやれるといいな。

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