記憶を失ったトレーナー。   作:レモさん

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 セイウンスカイが大変可愛いので初投稿です。


#第3R あの記憶をもう一度。

 彼の衝撃的な発言から数夜明け、トレーナーの居ないチーム部屋に彼女らは集合していた。

 

「……私には、ヤツが冗談を言っているようには到底思えん。冗談で言っていたら張り倒してしまおうかと考えたが……」

「あのぉ……幾ら怒っても怪我人を張り倒すのは……」

 

 重苦しい空気の中、エアグルーヴが零した言葉にナイスネイチャがツッコミを入れるが、いつものような元気さはない。シンボリルドルフとナリタブライアンは黙ったままであるし、シンボリルドルフどころかあの何時も強気なナリタブライアンでさえ耳が垂れている。ウマ娘の耳は本人の表情以上に感情が出るので、ウマ娘のトレーナーはそこを見てウマ娘の体調や感情を読み取ることが多い。

 アルクトゥルスのトレーナーも例外ではなかったし、彼は普通のトレーナーよりも感情の機微に敏感であった。シンボリルドルフのダジャレが決まらなくてションボリしている時は、自分の知っているラップの韻踏みを参考にダジャレを正当化してみたり、ナリタブライアンの偏食を治す為に一緒に料理を作って喜ばせてみたり……思い出せばキリがない。

 

「しかし、ヤツの記憶が無くなったとなってはチームの存続も危ういぞ……」

「確かに……でも、どうしたらいいのかアタシには皆目見当もつかないかな……」

「……やはり、トレーナー君に私たちの事を思い出させるしかないのではないか」

 

 ここまで沈黙を貫いていたシンボリルドルフが、絞り出すような声で発言した。納得する一同だったが、当人はもうそんな事に気を使っていられるほど余裕はなかった。

 でも、思い出させると言ってもどうやって……?と頭に疑問符を浮かた。

 

「料理を作るとか……」

「我々がヤツに手料理を振舞った事などないだろう」

「じゃ、じゃあ皆でお出かけとかは」

「悪くはないだろうが、記憶を取り戻す手段としては乏しいだろうな」

 

 揃ってうーんと唸る中、黙りを決め込んでいたナリタブライアンが呟いた。

 

「…………レースだ」

「……今、なんて?」

「レースだ、レース!私たちのやるべき事は、走る事だろ!アイツに私たちの走りを見せることが、記憶を取り戻すことに繋がる……きっとそうに違いない!」

「なるほど……悪くない。だが、レースの相手はどうするんだ?レースを組んだところで競争相手が居なければレースとして成立せんだろう」

 

 シンボリルドルフがこのように述べるのも無理はない。ウマ娘の併走トレーニングが何故成立し得るのか、それは一般的に闘争心を呼び起こしより良いパフォーマンスが発揮できるからだとされている。かと言って、このようなレースに誰が乗ってくれるのだろうか……と悩んでいるとトレーナールームの扉が大きな音を立てて開いた。

 

「その話、乗ったぁー!」

『!?』

「沖野さん、声が大きいです!」

 

 入って来たのはスピカのトレーナーとカノープスのトレーナーであった。キャンディーを舐めている沖野が元気よく答える一方で、南坂はそれを半ば力ずくで押さえ込もうとしているがエネルギッシュな彼を押さえつけることが出来ず、半ばベアハッグのような形で腹に巻きついていたため、途中で沖野が「グエッ」という潰れた声を吐いたのは別のお話。

 

「スピカにカノープスのトレーナーか」

「そうとも!お前らのレースをするってのに俺らも協力するって事だ。丁度うちの娘たちもレースがなくて暇してたからな」

「それに、彼の記憶を呼び起こす為には必要な過程ですからね」

「……ありがとう。助かるよ」

 

 二人の申し出に最早涙を隠そうとしないシンボリルドルフに対し、ナリタブライアンが「人数は十分なのか?やるならばフルゲートの方がいいんじゃないのか」と疑問を呈する。確かにアルクトゥルスのメンバーは四人。そこにスピカとカノープスのメンバーを加えても十四人である。もう十分な気もするが、フルゲートとなると二人足りない。

 

「……よっしゃ、そしたら一つ俺が頭を下げに行くとするか!」

「いいのか?スピカのトレーナー……彼女に頭を下げに行くとなったら渋い顔をされると思うが……」

「ま、任せとけっての!俺の交渉術でイチコロよ」

「……そうか、ならカノープスのトレーナー。私とエアグルーヴと共に来てくれないか」

「……なるほど、映像関連ですね」

「ブライアン、君はあの主治医と話をつけてきてくれ。聞いたところだと彼と知り合いらしいからな」

「承知した」

 

 あれやこれやと話が決まっていく中、ネイチャは取り残されていくように感じた。まるでトレーナーからも自分が離れていく気がした。

 

「あ、あの!」

「?」

「ア、アタシは理事長に相談しに行ってきますっ!」

「……そうか、ありがとう」

 

 ネイチャは、部屋から飛び出すと外へと駆け出した。

 廊下には少しだけ雫が落ちていた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

「この通りだ、頼む!」

「はぁ……」

 

 沖野は宣言通り、リギルのトレーナーである東条ハナに頭を下げていた。だが、リギルは徹底的な管理を主にしているチームであり正直沖野は拒否されることも覚悟していた。

 ハナは普通であればこの申し出はすぐさま断っていただろう。しかし、目的を聞いてしまえば全てはあの例のトレーナーの記憶を戻すためである。個人的にも彼に借りが残っている以上どこかで返さなければならない。

 

「……いいでしょう」

「おハナさん!」

「但し!条件があるわ。私のチームの中で直近にレースが無い者のみをピックアップするわよ」

「ああ、もう何でもいい!とにかく出てくれるんだな!?」

 

 返答を待たずに沖野がリギルの部屋を飛び出して行ったのを見て、ハナは大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 トレーナー君、選抜レースを終えた私にかけてくれた言葉を覚えているかい……ああ、まだ記憶が戻っていないんだったね。

 「お前が望む理想を共に実現しよう」、そう言ってくれた時私はこの人しかいないと思ったんだ。俗に言う『ビビっと来た』と言うやつだね。

 そこからの快進撃は自分でも笑ってしまうくらいに強くなれた。無敗でのG1七冠、有マ記念での七バ身差レコード……上げていけばキリがない。

 もちろん、君は私が最初のトレーナー契約だということもあって上手くいかなかったことも多かった。トレーニングメニューで意見が衝突することもあったけど、君はとても聞き上手だった。気づいた時には私のプライベートな事を話すまでになってしまったね。

 来週末のレースはきっと見てくれているだろうね。なにせ、私とカノープスのトレーナーの持てるコネを全て使ったのだから、きっと見てくれているに違いない。

 

 

 

 トレーナー君、見ていてくれ。

 私が『皇帝』たる所以を。君が育ててくれたルナの走りを。

 それを以て、君の記憶を取り戻してみせよう。

 

 

 

――――――――――――

 

 貴様に私が声を掛けたのは、会長がシニア級に入ってからだったな。最初は実績も会長以外のものがないから、彼女の実力があってこそのものだと思っていた。だが、貴様は私の悲願たる母子オークス勝利どころかトリプルティアラまで獲らせてくれた。ああ、有マ記念に関しては気にしなくていい。アレは私の我儘だったからな……って、そうか。今は憶えてはいなかったな。すまない。

 正直、貴様に声をかけたのは恥ずかしいことにある種の嫉妬心からだったんだ。会長が貴様との惚気話を散々聞かせてきてな。今まで生徒会で『ウマ娘の理想の世界』を作り上げることのみを目的として走ってきた彼女がだ。私はきっと貴様に盗られてしまったのだと勘違いしてしまっていた。今となってはいい思い出だがな。

 来週末のレースはきっと過酷なものになるだろう。幾ら我等のチームが強かろうとスピカにカノープス、更にはリギルのウマ娘が来る。しかも、チームメンバーたる彼女らとも戦わなければならない。だが、私はわざと負けてやるつもりなど毛頭ない。

 

 

 

 見ていろ、トレーナー。

 貴様が育てた『理想』の女帝がレースを戦うところを。

 我等の『理想』をもう一度、この手で取り返してみせる。

 

 

 

――――――――――――

 

 アンタと出会った時、私はもがいている真っ最中だった。途中で失速する理由もわからず、ただ我武者羅に走っていただけだった。そんな中、アンタだけが唯一私の弱点に気づいて声をかけてくれたんだ。

 今でこそ影は怖くなくなったが、弱点を治すためにアンタはいろんな策を打ってくれた。会長風に言うなら東奔西走ってヤツだな。意味が分からない器具を付けたこともあったし、絶対に無理だろという策で並走してみたり……失敗ばっかりしていた記憶しかないが、それでも楽しかった。収穫もあったからな。そのおかげで私はクラシック三冠も、有マ記念の冠も得ることができた。

 ……私はアンタと契約を結ぶまで、「トレーナーがついたところで何になるんだ」と思っていた。だが、今はそんな考えはなくなったよ。アンタは私の話をちゃんと聞いてくれた。弱音も強がりも、全部受け止めてくれた。だから、アンタに魅かれたんだよ。……この表現に私らしさなんてものは皆無だが、仕方ない。これしか言葉が見つからなかったんだ。

 来週末のレースはきっと、私の渇きを大層癒してくれるに違いない、強い奴らばかりだからな。だけど、アンタがいなくちゃ私の最後の渇きを満たしてくれるものなんてないんだよ。

 

 

 

 トレーナー、アンタに見せてやる。

 『シャドーロールの怪物』と言われた私の走りを。滾りに滾った私のすべてを。

 私の求めるトレーナーを力ずくで引き摺り出してやるさ。

 

 

 

――――――――――――

 

 アタシがトレーナーさんと会った時は、もうチームが設立した後だったっけ。ルドルフ会長もグルーヴ先輩もブライアン先輩も皆出会った時はキラキラしてたから、アタシがこんなところに入って大丈夫なのかなってすごい不安だった。アルクトゥルスに入るのって名誉ってほかの子からも聞いてたし。

 それに、同期にテイオーもいたから彼女に勝つのは無理だーって思ってたんだよね。でも、トレーナーさんはアタシのことを諦めなかった。最後の最後まで信じぬいてくれた。アタシが変に八つ当たりした時も、トレーナーさんは黙って聞いてくれてたよね。実はあれすごくうれしかったんですよ?おかげさまでテイオーと大接戦。獲れるはずがないって思ってたダービーも獲れた時は、ベッドでゴロゴロして頭をぶつけてマーベラスに心配されるくらいには嬉しかったんですからね。テイオーにライバル宣言された時はえぇー!ってなりましたけれども。

 来週末のレースはきっと、どのウマ娘も強いんだろうなぁって昔のアタシなら諦めてた。でも今のアタシはもう、キラキラを追い求めるだけじゃ足りないから。

 

 

 

 トレーナーさん、見ててほしいな。

 ド根性で走りきる走り切るアタシを。トレーナーさんの一番を譲らないアタシの走りを。

 トレーナーさんをアタシの隣に引き戻してあげるから。

 

 

 

――――――――――――

 

 ウマ娘の夜は更けていく。様々な想いを乗せ、彼女たちは輝きを追い求める。

 

 

 

――――――すべては、愛すべきトレーナーのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――どんなに離れても忘れることは無い、君が私に光を教えてくれたから』




 お久しぶりです、レモさんです。
 いやぁ……大難産でした。てかこの後全部大難産な気がするぞ……

 トレーナーとの過去の話や、ウマ娘の心情描写・表現がめちゃめちゃ難産の理由です。一人称きちぃ……

 誤字報告、感想等お待ちしております。
 次回までまたごゆるりとお待ちいただけると幸いです。



ps.今週末の秋華賞、皆様はご覧になりますでしょうか。私はユーバーレーベン軸で買おうと考えていたのですが、各社記事がソダシの調教が良いと報じていたので、ソダシ軸も少し買おうかなと思います。

……これでファインルージュとかアカイトリノムスメ来たらヤバいな。

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