記憶を失ったトレーナー。   作:レモさん

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菊花賞ギリギリマイナスになったので初投稿です。


#第4R 記憶復活大作戦。

 あの怪我から二週間と少しが経った。一時期はどうなるかと言われていたが、なんだかんだで回復した彼は病室でボーっとしていた。

 もう数日すれば退院になると、南井から言われていたが未だに記憶は戻らない。トレーナーであった自分の事も、担当していたとされるあのウマ娘達の事も何も思い出せていないというのに、退院だなんて酷な話もあったものだと思うが、病室にも限りがある。決して広くないこの病院において、自分のようなものは邪魔なのだろうなと勝手に納得した。

 

「こんにちは、調子はいかがですか?」

「ぼちぼち、と言ったところですかね」

 

 病院のドアが開かれ、入ってきた南井にそう返した。昼になると彼が病室に来て、タバコを勧めてくるのが恒例行事となっていた。外の喫煙所へ二人で向かい、彼は慣れたような手つきでパッケージからタバコを取り出すと、南井が火をつける。タバコを咥えた彼の口から紫煙が吐かれ、夏場の湿った空気へと溶け込んでいった。

 

「……記憶の方は戻りましたか?」

「いえ……偶に、断片のようなものは薄らと見えるのですが……」

「なるほど、そうですか……身体面においての退院についてはもう問題はありません。貴方の手続き次第で直ぐに退院にシフトすることは出来ます」

 

 南井がそう述べると、彼は困ったような顔をして煙を吸い込んだ。アレから記憶を取り戻すためにウマ娘とやらの雑誌を読んでみたり、担当であったという彼女らのコラムを読んでみたりした。その度に脳の何かが刺激される感覚はあるにせよ、思い出すには程遠いような状態であった。

 ふと南井の方を見れば、彼は珍しい事にスマートフォンを開いていた。彼からの目線に気づくとそれをズボンのポケットに入れ、彼に向けて一つ言い放った。

 

「……テレビを一緒に見ませんか」

「…………はい?」

「いえ、折角ですからと思いましてね……きっと、いい物が見れると思いますよ」

 

 南井のその言葉に彼はただ、首を傾げるだけであった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 その日、トレセン学園の模擬レース場は歴代一と言っても過言ではないほど人が集まっていた。トレセン学園が誇る四大チーム(+一名)が一堂に会してレースをするというのだから所属するウマ娘は勿論のこと、ベテランから新人までありとあらゆるトレーナーもチェックしており、観客席はどのウマ娘のファン感謝祭をも遥かに超える大盛況ぶりであった。

 普段のレースと同じように実況や解説もおり、更には一グループのみではあったがテレビカメラも入っているようだった。

 

「スペちゃん、久しぶりね」

「はい!スズカさんも元気そうで嬉しいです!」

 

「マックイーン、今日は負けないからね!」

「望むところですわ、テイオーさん」

 

「よーし!ターボ逃げ切っちゃうもんね!」

「否定、貴女は私から逃れることは出来ません」

 

 各個人がそれぞれ会話する中、チームアルクトゥルスの四名は円陣を組んでいた。誰も何も語らない、しかしその円陣は今までで一番強固な意思で繋がっていた。

 ただ、勝つだけでは足りない。彼の脳裏に焼き付くほどの圧倒的な走りで我等のトレーナーを帰って来させる。そして、遅く帰ってきた彼に必ず「おかえり」と言うために。

 作業員に時間だと報告され、それぞれのルーティーンを消化しながらゲートに入る。

 

 シンボリルドルフは考える。自分たちの手配した人々はしっかりと仕事を果たせているだろうかと。

 エアグルーヴは祈る。このレースが彼に届き、自分たちの記憶を思い出す事を。

 ナリタブライアンは滾る。どんなレースになろうと、自らを見せつける最高のレースをすると。

 ナイスネイチャは欲する。自らのトレーナーが教えてくれたキラキラを、自身で掴むために。

 

 

 

1枠1番  マルゼンスキー

1枠2番  シンボリルドルフ

1枠3番  グラスワンダー

2枠4番  ツインターボ

2枠5番  ヒシアマゾン

2枠6番  ナイスネイチャ

3枠7番  エアグルーヴ

3枠8番  ミホノブルボン

3枠9番  スペシャルウィーク

4枠10番 メジロマックイーン

4枠11番 ゴールドシップ

4枠12番 ナリタブライアン

5枠13番 トウカイテイオー

5枠14番 ウオッカ

5枠15番 イクノディクタス

6枠16番 ダイワスカーレット

6枠17番 サイレンススズカ

6枠18番 マチカネタンホイザ

 

赤:スピカ所属 青:リギル所属 緑:カノープス所属

黄:アルクトゥルス所属 色付き無し:所属無し

 

 

 

 天気良好、バ場良好、左回り、芝、2400m。

 

――――――運命を掴むゲートが、今開く。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

『ハナを突き進むのはお馴染みツインターボ!今日も全速力で気持ちよく逃げています!二番手からはサイレンススズカ、ミホノブルボン、マルゼンスキーと逃げが続いています!ペースとしてはやや早いか!』

『ツインターボに釣られて早くなっているのかもしれませんね、各自自分のペースを守れるといいのですが』

 

 レースは第二コーナーを回った後の向正面の直線に入っており隊列としてはやや長めになっているようだったが、先行バから追込バまでの距離はそこまでなく、実際にはそこまで長くはなかった。

 

「……南井さん、俺にこの映像を見せてどうするんです?記憶も戻ってないって言うのに」

「…………見ていれば、きっと分かります」

 

 彼の問いかけに対し、南井はただそれだけ返してテレビを見るだけであった。

 

 

 

――――――――――――

 

 第三コーナーに差し掛かった時、レースが突如として動き始めた。ツインターボの失速に詰まった逃げウマ達が垂れ始め、逆に先行バ以降が一気に加速し始めたのだ。

 

「どけどけどけぇ!ゴルシ様のお通りだァ!」

「タイマンと行こうじゃないか、ゴールドシップ!」

 

 追込バであるゴールドシップとヒシアマゾンが大外から回ろうとしていたその時だった。加速していたその脚が震える。前に何か強大な壁があるような感じがした。それは彼女ら二人だけが感じていたものでは無い。

 全てを飲み込む巨大な圧力。圧倒的なプレッシャー。それを発していたのは他でもない皇帝、シンボリルドルフであった。第3コーナーのゾーンに入った瞬間、深緑の勝負服を纏った彼女が一気に加速し始める。そしてそれにつられるように藍色と黄色の影が一瞬で後ろに着いた。エアグルーヴ、女帝である。まさに一心同体と言わんばかりにピッタリと背中にくっ付いて離れない位置取りをしていた。

 スリップストリームというものをご存知だろうか。レースゲームをやったり、実際にレースを見に行った人ならばよく分かるだろうが、前の相手の背中にピッタリとくっつく事で風による抵抗を減らし、自らの速度を上げることを指す。それで速くなった速度で相手を一気に抜き去るという戦法である。

 エアグルーヴはこの戦法を他でもないトレーナーから教わったことがある。もはや下火を通り越して燻りと化したモータースポーツを出してきた時は頭がおかしくなったのかと不安になったものだが、実際にやってみるとあら不思議、スパートの速度が見違える程速くなった。

 二人が一気に加速する中、前方の方を走っていたグラスワンダーの前に居たウマ娘が一瞬で消え去った。後から猛烈な爆音が彼女に襲いかかる。ふと前方を見れば白い服を纏ったシャドーロールの怪物、ナリタブライアンが猛烈な速度で突っ走っているではないか。

 

「……ハァッ!」

 

 ナリタブライアンが一つ地面を踏み締める度地響きのような音が聞こえる。それもまた、トレーナーから教わったことだった。

 元々脚部不安を抱えていたナリタブライアンは怪我によって今までの走りが出来ない状態であった。悩む彼女に対し、彼が言った言葉はただ一つであった。

 

『大地を踏み締めろ』

 

 ただそれだけである。当時のナリタブライアンはその真意がわからずトレーナーに当たったり閉じこんでしまったりしたが、冷静になってみればその通りである。

 クラシック三冠を手にした当時のナリタブライアンの走りというのは、スパート時に地を這うような体勢で大地を()()()()()フォームであった。しかしながら蹄鉄というものは、言わばサッカー選手や野球選手におけるスパイクのようなもので地面を踏みつける事が目的となる場合が多い。

 故に大地を()()()()()フォームの方が正しいフォームである。それがトレーナーの言葉の真意であった。その言葉を信じ、彼女は我武者羅に練習した。慣れないフォームに躓くこともあったが、トレーナーは彼女を信じ続けた。そして達成したのが奇跡の復活の象徴たる有マ記念連覇。その自信が今のナリタブライアンを支えていることは自他ともに認める事実であった。

 

(皆キラキラしてんなぁ……でも、アタシだって……!)

 

 横を走り抜ける三人を見つめながら、ナイスネイチャはターフを駆ける。気づけばもう第四コーナーに移るところであった。

 思い返せば少し前を走るトウカイテイオーと競い合った時もあった。知らないうちにシンボリルドルフ、マルゼンスキーが出走するレースに登録されており、内心ビビりながら参加した有マ記念。ペラペラのトロフィーがずっしりとした重さで存在感を発揮する本物のトロフィーに代わって、年甲斐もなくトレーナー室のみんながいる前で大泣きしてしまった宝塚記念の日。

 貰えるものはたくさん貰った。それはトレーナーからも、チームメイトの皆からも。そして、ライバルになってくれたすべてのウマ娘からも。その恩を、ここで返すとナイスネイチャは決意し、その一歩をしっかりと踏み締めた。

 

(……もうアタシは、すっぱり諦められるウマ娘じゃないから!)

 

 

 

――――――運命のレースの幕引きは、もうそこまで近づいていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

『第四コーナーからウマ娘達が一気に加速していく!内からシンボリルドルフ、そのすぐ背後にはエアグルーヴ!外から一気に捲って上がってきたのがナリタブライアンとナイスネイチャ!一気に並ぶのか!並んだ並んだ並んだ並んだ!残り400でスリーワイドを通り越してフォーワイドになるのか!』

 

 病室のテレビから流れてくる実況など、もはやトレーナーの耳には入ってこない。ただ、レースの映像を食い入るように見る。その視界が何度もくすんで、にじんで見えなくなってもずっと見続ける。

 シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン、ナイスネイチャ。何もなかった脳のメモリに記憶が一瞬でしみこんでいく。初めてシンボリルドルフと手に入れたGⅠタイトルで大はしゃぎをしてトレーナーがウマ娘に窘められるという謎の光景になってしまったあの日を。周りから無茶だと言われてもエアグルーヴと挑んだ有マ記念で惨敗をし、勝たせられなかった悔しさで流したあの涙を。ナリタブライアンとともに生み出した走法で有マ記念を連覇し、いつもは見せない感情を二人して大爆発させたあの空間を。ナイスネイチャが手に入れた宝塚記念のトロフィーを見て、チームメイト全員で嬉し涙を流したあの時を。

 

「……南井先生」

「はい、何でしょう」

「今から行っても、間に合いますか」

「……どんなことも、遅すぎるなんてことはきっとありません。貴方の思うようになさってください」

 

 その言葉を聞くとトレーナーは携帯と財布、最低限の荷物のみを持ち病室を飛び出していった。

 後ろ姿を南井は眺めると、胸ポケットからロケットを取り出した。上蓋をスライドさせると若い頃の南井と二人のウマ娘―――一人は赤縁の眼鏡をかけ白いウェーブを靡かせ、もう一人は鼻に絆創膏を貼り髪を後ろで結んでいる―――が笑顔で写っていた。

 

(これでいいんですよね……ブライアン)

 

 そのロケットを胸ポケットに戻し、南井は白衣を靡かせて病棟の廊下をまた歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

『――――――当たり前が壊れることに気づけないくらい子供だけど、ちゃんと僕は貴方を好いている』




 一週間ぶりです、お気に入りが100件いきそうでビビり散らかしているレモさんです。ギリ二週間経ってないんでセーフセーフ。
 レース描写が難しすぎて書いている途中に他者さんの作品を見て頑張ってモチベーションをあげていました。なーんでみんなあんなに書けるんですかね、文才分けてほしいです。

 一着は貴方の心の中で決めてくださいな。ちなみに私の愛バはミホノブルボンです(ライブラ杯並感)

 さて、次回で最終話となります。もともと五話完結の予定でした。大体一話2000字程度書ければいいかなという風に考えていたのですが、思ったより筆が乗ったりして4000字かけたりすることも多くなりました。(今回も4000字越え)
 完結した後のことはまた、次回あとがきで書こうとは思います。
 誤字報告、感想、評価等お待ちしております!


 それでは、最終回でお会いしましょう。

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