もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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第十話:その拳に何想う

 シェリーという女の話を聞きながら、オレの心にはなんともいえない気持ちが湧いていた。

 

 幼少期の頃より厳しい教育を受け、寝る間も削られて行われる修練。

 来る日も来る日も終わることのない教育の数々。日に日に積み上げられていく課題の山。ボロボロになりながらも立つことを強制され、泣こうが喚こうがノルマをこなすまでは終わらない。

 鞭で叩かれたことなど茶飯事。楽の才がないと詰られ、戦闘の理解が薄いと叩きのめされ、勉学の効率が悪いと押し込まれ……遊びなどという、そんな概念すら知らない毎日。

 魔物のオレのように術の訓練はなく、痛みを身体に覚えさせるという最悪はないが……それでも受けていた教育はオレの過去と似たようなモノ。

 

 嫌な過去を思い出した。今でも鮮明に思い出せる地獄の日々に、オレは思わず苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 同情、というのだろうか。否……苦しみが分かるからこそ、同情はしていない。ただただ、自分のことのように哀しくて苦しい。

 

 感情を凍らせたような表情で語るシェリーは、そこでオレと違った過去を語った。

 親に言われたのだそうだ。

 

“お前など、生まなければよかった”、と

 

 ああ、其処まで……其処まで言ったのか、こいつの親は。

 

 代わりに雷が飛んできていたとはいえ、関わりが少なかったというのもあるが、そういった言葉を掛けられなかったからオレは少なくとも次の王になる為と奮起し続け、決して期待を捨てられることなく過ごせた。

 しかしシェリーはそれがない。期待されていたはずで、未来を見据えられていたはずなのに……その親が、期待も未来も捨てたのだ。

 

 それは正しく、絶望だろう。

 

 もし、オレが父にあの三歳の頃に同じことを言われていたらどうなっただろう?

 もし、オレがまだ見ぬ母に、生まなければよかったなどと伝えられたらどうしていただろう?

 もし、オレが……いや、そうか……弟は愛されていると勘違いしたあの状況こそが、父と母から捨てられたと伝えられたと同義に感じたのかもしれない。だから、オレは愛するべき弟を憎もうとし、そうすることで心を安定させようとしたのかもしれない。

 

 オレはガッシュと会うことが出来たから憎しみの方向を間違わず前を向けたが……こいつはどうか。

 

 綴られた続きは……絶望から向かった、死への旅路。

 心が壊れたと、あの時、確実に心が破壊されたとシェリーは語る。

 己は生まれてきてはいけなかった存在で、だから己は怒り続けられるのだ。だから、毎日こんなにも苦しいんだ。ここで死ななければずっと、生きてるとずっと……。

 幼児をそこまで追い詰める深い闇を……オレはきっと半分だけ理解している。

 

 オレは直接言われていない。きっとオレもガッシュに会う前に、父から“出来そこないだ”と、母から“生まなければよかった”と、そう伝えられたら……死を選ぼうとしていたかもしれない。

 力を持てたから復讐を誓えた。絶望に沈まず憎しみに染まるだけで済んだ。

 

 ああ、そうか。

 其処からのこいつは、あの時のガッシュと同じ。

 全てに絶望したであろう幼きシェリーの姿を容易に想像できる。きっとその瞳は何も光を映すことなく、もはや何の感情すら心を動かさない人形のようで、でも優しいからこそ……他者を憎むことなど出来なかった。

 

 過去のことだとシェリーは淡々と語る。

 しかし次に、彼女の表情が悲哀に染まった。

 

 語られたのは親友との出会い。

 死を選んで川に飛び込んだ時に、命を救われたのだと言う。

 大人になった時の幸せはどうするんだと、哀しまれたと言う。

 

―――今は苦しいけれど、トンネルの中みたいに真っ暗だけど、今はがんばって歩き続けて、いつか光を見つけるの―――

 

―――出口のないトンネルなんてないもの……がんばって歩き続ければ光をあびれるわ―――

 

―――だから……こんなところで死なないで……今しんじゃったら、大きくなって幸せになれないじゃない―――

 

 嗚呼……その言葉で、シェリーは救われたんだな。

 境遇がオレと同じで、心はガッシュと同じ。

 

 あの夜の、ガッシュがオレに会って涙を流して伝えた気持ちを、こいつは持っているのだ。そして……大切な存在が理不尽に連れ去られたというのなら……その心はきっと、オレとも同じく。

 

「……あの子がまた暗いトンネルの中に入ったというなら、私も入るわ。それがどれだけ長いトンネルでも、私達は出口を見つけるの」

 

 震える手。こちらを見る瞳には煌めく涙。強い意志。

 

「だから……そう。私はあの子を必ず救う。あの子に救われたこの命の全てを賭けて。貴方には譲らない。譲れない。例え貴方たちの方が上手く出来るとしても……私だけが安穏と過ごして彼女が助かるのを待つだけなんて……そんなことっ」

 

 突き刺さる想いがあった。

 

 そうだな。そうに決まっている。

 ああ、分かるとも。

 

 救って貰うのを待つだけなど、まっぴらごめんだよな。

 己で救わなければ、胸を張って大切なモノを抱きしめることなど出来ないよな。

 大切な存在と対等でありたいなら……己の手で理不尽を叩きのめさなければな。

 

 自然と、オレの口元が緩んでいた。

 

「そうか。ならばオレ達はお前達の邪魔はしない。オレの場合はそいつの一族が行った行為に対しての怒りだから、そいつ自体には何の感情も持っていないんだ。情報を聞き出すだけ聞き出したら、ゾフィスだけはお前達の為に残しておくことを約束する」

 

 そう言うと、シェリーはほっと安堵して紅茶を手に取った。

 

「あなたの弟くんは……」

「オレ達の話はまた今度にでもしておこう。こういった茶会の機会は貴重だし、互いによりよい情報交換の関係が出来るのはいいことだと思うしな」

「……ええ、そうね。こちらもゾフィスがどんな策略で動こうとしているのか知れたのは大きいし、他の有力な魔物が持つ術とかの情報を教えて貰えただけでも収穫だわ」

 

 それはなにより。ブラゴの一族だけでは知らない情報……法に携わる一族や特殊個体の存在の可能性を教えておけばこいつらは勝手に対策をするだろう。

 しかし、シェリーの過去だけ聞いたというのは後味が悪い。せめて切片くらいは渡しておくか。

 

「まあ……記憶を奪われた上で別人格を植え付けられそうになった、とだけは明かしておこう。クク、それを命じたのが実の父ではあるが」

 

 絶句。

 付け足した情報に、シェリーは信じられないモノを見るような眼でオレを見つめる。痛々しいとでもいうようなその顔。同情などしてくれるな。お前がゾフィスを憎んでいるように、オレにも憎む敵がいるだけだろうに。

 

「……王族にもいろいろあるんだな。お前とガッシュの血縁関係すら、初めての情報だ。雷のベル一族だと分かっていたとはいえ……」

「ああ、ブラゴ。お前の一族でさえ知らないとなると、ガッシュの存在を秘匿するという父の目論見はどうやら成功していたのだろう。フン……あの醜い女の元にガッシュを送ったのも、遠い親戚か何かを誤魔化すのに必要だったわけだ。まともな教育も……まともな食事も……何もかもを与えず……」

 

 思い出して怒りが渦巻く。

 

―――あの女……魔界に戻ったら八つ裂きにしてやりたい。とりあえず牢屋にぶち込んでから己の罪を数えさせなければなるまい。父と共に並べてガッシュが生まれてからの六年を全て話させてそれから……

 

 ぐるぐると渦巻く感情を見詰めていると、ブラゴが目を閉じてオレに言葉を掛けた。

 

「落ちこぼれていたのにも理由があったんだな……家庭環境を知らぬとはいえ、悪いことをしたかもな」

「ブ、ブラゴ……」

 

 今、こいつはなんと言った。

 焦るシェリーを手で制して、ブラゴは開いた黒瞳でまっすぐに見つめてくる。

 

「ゼオン。オレはこの前ガッシュと会った時に、あいつに向けて落ちこぼれと言った」

「……」

「あいつに向けて、魔界へ帰っても一人だと言った」

「……」

「お前達のことは知らなかったが、よく知りもせず放つべき言葉ではなかったかもしれない」

 

 それを今、オレに言ってどうなるか……分かって言ってやがるな、こいつは。

 メキ、と拳が鳴った。漆黒の瞳をじっと見つめるも、ブラゴは僅かに汗を浮かべながらも目を逸らさなかった。

 

「だが、謝罪はしない」

「……」

「曲げられない俺の信念ゆえ、俺はお前にもガッシュにも謝らない。

 弱いヤツは、強くなるべきだ。クソ野郎どもに負けないように。バカにされても見返せるように。理不尽を全てぶち壊せるように。ただ、俺の浅慮ゆえの発言は俺の責任。それに対しての怒りは受けよう」

 

 すっと、心に燃えていた炎の温度が下がった気がした。

 

 なるほど……謝罪という行為は、許してほしいという懇願にも思えるから違うと、こいつはそう言っている。

 その上で、己の言動を恥じ、己が間違えたから怒りの矛を向けても構わないと、そう言っているのだ。

 

 王というのは、簡単に頭を下げてはいけないという。侮られてはいかず、舐められてもならない。ブラゴはブラゴなりに、目指す王へ向けて階段を登ろうとしているわけか。

 

 

「……デュフォー」

「やるのか?」

「いや……お前にまた止められては適わんから、どうすればいいか提案してくれ」

 

 ぶん殴ることなど簡単だ。術でボロ雑巾のようにするのも同じく。だがそれではダメな気がする。

 ガッシュを傷つけられたと聞いた時のような単純な怒りではない。その証拠に頭が割と冷静だった。

 これは、この気持ちはなんなのだろう。

 

「なら……そうだな。模擬戦でもすればいい」

「今からか?」

「ああ。怒りの発散をしたいならぶん殴れば済むが、ガッシュを侮辱された分を返すにはそれではダメだし、お前も納得しきれないんじゃないか? 模擬戦をしてみればお前の心に絡まるナニカが解けるだろう」

 

 何故するのか、というのはすっ飛ばした“答え”のみ。

 心の機微が分からないから、デュフォーは能力に従っての提案のみをしてきた。

 乗ってみるのも一興、だな。

 

「どうだ? シェリー、ブラゴ。お前達も旅の後で疲労があるとは思うが」

「……いいわ。事情を知らなくても侮辱したのは事実。謝罪なしなところを責められてもいいのにソレで許してくれるというのなら。いいわね、ブラゴ?」

「ああ、構わん」

 

 これはきっと、王となる為に必要なこと。

 兄として怒るという当然の行いだけではない。

 弟が侮辱されて頭が沸騰しただけではない。

 

「いいだろう。よろしく頼む、二人とも」

 

 こいつの在り方を、こいつの誇りを、こいつの歩こうとしている道を、オレは理解し、その上で叩き伏せねばならない。

 

 そう、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 満月の光が丘を照らし、そよぐ風は初夏の暑さを僅かに流していく。

 土がえぐれ、木々が焦げ付き、石が砕け、その場に立っているのは四人。

 

 片や、服も肌もボロボロになり、汗と泥に塗れながらも力を失わない眼光を輝かせるシェリーとブラゴ。

 片や、マントが攻撃を受けて傷つき、デュフォーも汚れが僅かに付着するくらいで、傷など欠片もなく、汗一つかいていないデュフォーとゼオン。

 

 月を背負った白銀の髪と夜に浮かぶ紫電の眼光がよく輝いていた。

 

 傷だらけのボロボロの姿で肩で息をするシェリーとブラゴは目の前の二人から目を寸分も離すことなく。

 僅かな身じろぎ一つで次の行動が予測されるという異常な戦いは、二人の精神をほんの短時間で有り得ない程に追い詰め。

 ブラゴが研鑽してきた実力も、シェリーが死にもの狂いで鍛えている対応力も、二人で積み上げてきたはずの連携も……まるで児戯だと言わんばかりに全て対処され、目の前の敵には傷一つなく、笑みさえ浮かべて捌ききられた。

 

「ははっ、これほどとは……いくら模擬戦だと言っても、まさかこんなに楽だとは思わなかったぞ」

「言ったはずだぞ。お前の力が突出しすぎているから、この相手なら初戦闘でも問題はないと」

「いや、お前がいてこそだ。そうでなければ細やかなダメージは受けることになっただろう。よくオレの動きに合わせてくれている」

「当然のことだが……まあ、よしとしよう。術や行動に対するタイムラグのいくつかはこれから調整していくしかないな」

 

 互いに認め合う二人の語りにブラゴは歯を噛みしめる。

 まだ、まだ終わりではないと身体が滾っていた。抑えられない怒りは自分自身に向けて。

 彼の溢れる闘気を感じ取って、ゼオンは更に笑みを深くする。

 

「まだ実力差を認められないか? 通用すると信じているか? それとも……己への不甲斐なさで苛立っているか?

 来い。いくらでも相手してやる。このゼオン・ベルが研鑽してきた力とはどんなモノかを、骨の髄まで教え込んでやろう」

 

 すっと、デュフォーに手を向ける。下がっていろとそれだけで伝え、術の余波が来ない場所へとデュフォーはシェリー達に背中さえ向けて歩いて行く。

 

「う、おぉぉぉぉおおおお!」

「アム・グラナグル!」

 

 野生の獣のような雄たけびを上げたブラゴが、シェリーからの術の援護を受けて、冷静さを失わずにゼオンに接敵した。

 身長差から繰り出されるブラゴの拳は、ダンプカーさえ吹き飛ばす威力を更に術で強化して振り下ろされる。

 

「ぬるい」

 

 ぽつりと一言。

 パシっと軽い音が響き、受けるでなく、流した。

 ゼオンとしては魔力で高めた身体やマントで受けて力でも返せると示して良かったが、今回は直接的な暴力のぶつかり合いをするよりも徹底的に技術を見せつける選択肢を取ったのだ。

 腕の僅かな回転で流された拳はゼオンの頬のぎりぎりを抜け、パンチの勢いを持った身体に預けられた肩が、ブラゴの胸に押し付けられた。

 

 そのまま、ズシリ、と重い衝撃が身体に広がる。

 互いの移動ベクトルを利用したカウンター。少ない面積であれど、反動の少ない肩での圧撃。打撃ではなく、身体の内側へと響く衝撃を与える、小さな身体の流動を一点に引き絞って与えるゼロ距離の一撃。

 それはブラゴの身体に一瞬の硬直を生み出し、戦闘に於いてもずば抜けたセンスを持つゼオンがそれを見過ごすはずがない。

 流れるように脚を払い、瞬時に崩れた体勢を理解してバク転で避けようとしたブラゴを下から蹴り上げ、身動きの取れない空中にて瞬間移動での連撃を与えていく。

 

「卑怯とはいうまい? この程度、竜族の圧倒的なフィジカルと竜鱗(ドラゴンスケイル)に比べれば些末事なのだから」

 

 一つ二つと、ブラゴの反撃すら予測して与えられる打撃。宙を切るブラゴの拳は当たらず、ゼオンの拳だけがめり込んでいく。

 三つ四つと、宙から逃がさないというように重ねられていく追撃。その度に崩される体勢と方向、抜け出そうにもシェリーが術で援護しようとしても、合わせられない。

 五つ六つ、七つ目でゼオンの振り上げた足が、ブラゴのみぞおちに突き刺さる。

 

「か……はっ」

 

 落下の衝撃で出来た小さなクレーターを見下ろしながら、地に降り立ったゼオンは紫電の眼光でブラゴを射抜いた。

 

「オレの攻撃が急所に入らないようずらしながら反撃を狙い、受けていいと判断した攻撃を理解した上で確実にカウンターを仕掛けようとしている点は素晴らしい。パートナーの方向を常に意識して“レイス”や“グラビレイ”を打たず、大技で無理やりに無茶をして抜けなかったのも評価できる。しかし強化の術を使い続けてどうにかなると思っていたのなら、オレと肉弾戦の駆け引きをやりあうにはまだまだだな」

 

 唐突に、バッと、ブラゴは掌を向けた。

 それも見越していたというように、ゼオンは同じように掌を向ける。

 

「技術勝負はもういいと? 体勢関係なく、真正面から術の火力勝負をというわけだな? いいだろう、付き合おう」

「ギガノ・レイス!!」

「ザケル」

 

 重力波と雷撃がぶつかり合う。ギガノ級の術に対して、デュフォーが唱えたのは初期の術。本来ならば押し合うことなどあり得ない。

 

―――ま、また……どうして低級術がギガノ・レイスと打ちあっているの……?

 

 シェリーから見てもそれは異常なこと。しかも、遠くに居るデュフォーはゼオンの方を見てすらいないのだ。

 もうこの戦いには自分はそれほど必要ないと言わんばかりに、丘の木陰に座って星を眺めながら。

 

―――魔本が赤い本の子のような特別な光り方をしているわけじゃない。それなのに……どうして……心の力は間違いなくいつも通りに送っているのに……ブラゴの術は、あの子の術を押し返せない。

 

「ギガノ級で硬直するか。なるほどやはり、基礎の魔力はラジン中将より強いらしい」

「ゼオン、左下35度」

 

 こちらを見ていないデュフォーの言葉が投げられる。意味不明なその声を理解できるのはゼオンだけ。

 まただ、とブラゴは思った。ブラゴが術を打つたびに、ゼオンはデュフォーの指示した所に魔力を集中させて、下位の術で相殺以上の結果を出してきたのだ。

 今回も同じく、デュフォーの声を聴いてすぐにゼオンが雷の魔力を分散させたことで……ギガノレイスが揺らぎ、弾け……ほんの少し、ザケルがブラゴの身体を掠めた。

 

「ぐっ」

 

 こうして少しずつ少しずつ、始まった時から下位呪文のみで追い詰められていた。

 

 レイスやグラビレイなど当然のように効かず、アイアン・グラビレイもギガノ・レイスも効かず、アム・グラナグルの強化さえ素の状態で圧倒される。

 

 紫電が揺れていた。ゆらゆら、ゆらゆらと煌めくその眼光は、己の実力への誇りを確かに宿し……内側に秘める想いの大きさが、その輝きをより強くしていた。

 

「今のお前ならばそうだな……本気でやりあったとしても、せいぜいあとザケル数発とテオザケル一発だ。前半にオレのマントの防御をもう少しで突破できそうだった点は誇っていい。デュフォーが慣れるのにいい練習となったからな」

「……」

 

 反論しようにも圧倒的な実力差の前に何も言えない。間違いなく格上の相手であり、これが本来の戦いであれば負けていたことにブラゴは歯噛みする。

 茶会で言っていたことは正しかった。ゼオンは、ブラゴを消そうと思えばあの時にでもすぐ消せたのだ。

 

「体術に関しても問題ない。力もある。技術もある。術もいいモノを持っている。魔界に戻れば単体でも軍の中将くらいになら勝てるな。

 パートナーもよくお前に合わせているし、術のタイミングも選択の種類も完璧。呼吸が合っているとはまさにこのことだろう」

 

 機嫌よさそうに語るゼオンは、余裕そうに構えているがブラゴが動けばすぐに返せると理解出来る所作をしていた。

 

―――よく言う。貴様達の方が全てにおいて上回っているのを分かっていながら……

 

 ギシリ、とまた歯が噛み鳴った。

 ここまでプライドがズタボロになったのは、ブラゴにとって初めてのこと。

 例え模擬戦であっても、負けたなどと認めたくない。シェリーを置いて一人でゼオンに挑みかかりたい衝動が溢れている。

 

「まだまだやる気なのは結構だが、お前自身の潜在能力が急に覚醒などするわけもなく、新呪文の取得程度で覆る実力差じゃないぞ、ブラゴ。デュフォーとオレとの連携はまだまだだが、この魔物同士の戦いに於いてのセオリーや立ち回りも理解した。時間を追うごとに全てが噛みあっていくだろう。此処から逆転することは天地がひっくり返っても不可能。

 既にデュフォーは下がらせた。二人で戦っても勝てないモノを、まだ一人いつまでも抗い続けたいというのならとことんまで付き合ってやる」

 

 すっと目が細まり、片方だけ釣り上げた口は不敵。

 

「お前、オレから学ばされていることに苛立っているな? こうしている間にも屈辱ではらわたが煮えたぎっているんだろう? 弱いヤツは強くなるべき……そう言ったのは、お前だものな?」

 

 ぴたりと心の中を言い当てられるも、ブラゴは睨むだけで何も言わない。

 シェリーはそんなブラゴの高いプライドを理解しているからか、下唇を噛んで目線を逸らす。

 

「戦いの中で強くなることは出来よう。しかし此処まで差が明確で、シェリーの心の力が模擬戦という状態によって通常の戦いよりも奮わない限り、この模擬戦はここで仕舞いでいいだろう。屈辱がお前の心に刻まれたのなら、オレとしてもガッシュに放った言葉への怒りの溜飲は下がった」

 

 手を下ろし、満足げな表情で振り返ったゼオンは、もはやブラゴ達が攻撃してこないことを確信していた。

 立ち上がって埃を払っているデュフォーも、パタリと魔本を閉じて伸びを一つ。

 

「やはり怒っていたのか」

「フン、弟をバカにされて怒らない兄などいないだろうが」

「それもそうか……あの程度で済ませたことに驚いたほうがいいか?」

「其処は違うぞ。ブラゴだからあの程度で済んだだけだ。普通の魔物なら全身の骨も折れた上に消し炭になっている」

 

 なんでもないように行われる二人の会話を聞き、シェリーも本を閉じた。

 

「……ブラゴ、終わりにしましょう」

「……」

「ゼオンくん、デュフォー。勉強させて貰ったわ」

 

 負けた、とはシェリーも言わない。

 平静を保った表情をしているが、この事実の大きさを受け止めようと、どうにか心の中を抑え込んでいるだけ。

 

「ブラゴ、シェリー、こちらこそ感謝する。お前達のおかげでゼオンの心に少し変化が起きた。何かは分かっていなくとも、きっとこれが大きな意味を持つ」

 

 デュフォーの言葉に、緩く笑みを浮かべながらゼオンが続けた。

 

「じゃあな、二人とも。夜半を過ぎると朝飯の仕込みをする時間が無くなるからオレ達は帰るぞ。送りは不要だ」

 

 唐突な、本当に突然の言葉。もう用は済んだとばかりにマントをデュフォーに巻いて行く。

 シェリーは呆気にとられ、ブラゴは何も言わない。

 

「……お前達の仇敵について約束は守らせるから安心しろ。シェリーは何かあればメールで連絡してくれ」

 

 マントで包まれた二人。

 最後に一つ、ゼオンは言葉を置いて消えていく。

 

「ブラゴ、シェリー。追いついて来い。オレとデュフォーの力に」

 

 静寂。

 駆け抜ける風が草を揺らし、傾く月が夜の深さを教えてくれる。

 

「……っ」

 

 大地に叩きつけられた拳。悔しさに身を震わせるブラゴは……敗北という現実の夜を心に刻み込む。

 

 憂いを帯びた表情で月を見上げるシェリーは……噛みしめた唇から血を流した。見逃された、とも思えない。模擬戦だからと安堵することなど許されない。たった一敗が、これほど重い。

 

 もし、憎き相手がこれほど強大だったならば……自分達はそれぞれ、己が達成したいモノを叶えることも出来なくなってしまっていたのだから。

 

 紫電の中に見た深い絶望の色と、絶対に揺るがないであろう意思の光を思い出して、シェリーはぽつりと言葉を零した。

 

「ねぇ、ブラゴ……あの子はどれだけの理不尽に立ち向かおうとしているんでしょうね」

 

 自分と同じく、大切なモノの為に抗い続けるその少年を想って、彼女は空の星を見上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 ぐつぐつと煮立つ鍋の音を聞きながら、ベッドに腰かけているデュフォーはゼオンへと問いかけた。

 

「……ブラゴとの戦いで何か感じたか?」

 

 ご機嫌にカツオブシを煮詰めていたゼオンは、掻きまわしていたお玉を上げて振り返る。

 

「別に何も。王城の兵士よりも少しだけ……そうだな、少しだけパンチが重かった」

 

 強い意志を宿した黒瞳の輝きは、己の紫電の瞳に怯むことなく果敢さを失わず。

 その力強い拳はマントの防御を剥がしきることもできそうな程。

 マント越しに受けた腕が弾かれそうな程。

 

 そんなブラゴの目に、ゼオンは何かを見た。

 

 グッと拳を握ってみる。

 自分の拳にはどんな意思が宿っているのかと。

 

 ガッシュの為に奮う拳。ガッシュを救う為の意思。正しくそうだろう。

 父親を滅ぼす為の雷。魔界の全てを黙らせる為の力。それも、間違いない。

 

―――それで……それだけでいいのか?

 

 ただゼオンは、ほんの少しの疑問が心に引っかかった。

 

 描いている輝かしい未来の場所には手を繋いでいる弟がいる。

 それが求めた幸せで。それこそが欲しいと願った未来だった。

 

 まだ、彼には分からなかった。

 

 どうすればいいのか分からなかった。

 

 欲しいと願ったたった一つさえ掴めていない自分を、それを掴むこと以外は考えたくなかった自分が、このまま変わらずにいていいのかどうかも、分からなかった。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

・シェリーとゼオンくんの話
・ブラゴとの模擬戦
・朝ごはんはゼオンくん担当

現状のブラゴの実力はガッシュと邂逅後なのでギガノレイスが現状最高、現状のゼオンくんはアポロ戦でジガディラス使えたクソつよスペックを鑑みて原作リオウフルボッコ時より少し下

この物語ではゼオンくんも王になる為に心の経験を積んでいく感じになります。

これからも楽しんで読んでいただけたら幸いです。

下記のうちでどの魔物が好きですか

  • 弟にとっても優しいお兄ちゃん
  • モフモフな親友
  • 竜族こそ最強よ
  • 王をも殴れる男
  • ゴーーーーーー
  • 御意のままに!
  • 大・将・軍!
  • グロリアスレボリューション!!!
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