もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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第十六話:迷いと決意

 

 ゼオンとレイン、圧倒的な力を持つ魔物同士が本気でぶつかり合う様子を遠目に見ながら、デュフォーは一人思考に耽る。

 まだ術は使わない。レインが術を使わない……否、使えないのだからゼオンが使うことはない。

 バルギルド・ザケルガについては“レインに対してより効果的に精神を揺さぶり心理誘導を行う”ために使ったが、此処からは状況が揃ってデュフォーが指示を出すまでゼオンが術を求めることはない。

 

 この状況はゼオンとデュフォーが事前に打ち合わせをして筋道立てたモノなのだ。

 ゼオンとデュフォーという、魔物と人間の中でもより明晰な頭脳を持つ二人が、なんの準備も計画もなしに欲するモノの為の行動を起こすはずがなく、概ね計画通りに進んでいる。

 

 

 数日の間のこと。何度目かの視察にてとある光景をデュフォーは見た。

 不快感をこれでもかと表現した眉間の皺は深く。

 苛立ちから放たれた舌打ちは聞こえない距離だとはいえ間違いなく耳に大きく響く。

 上空で、マントを器用に使って迷彩し、気配遮断までしてカイルとレインの日常を見ていたゼオンを見つめるデュフォーの表情は揺らがないが、ゼオンの表情からその感情を推察した。

 ゼオン自身の生い立ちも何もかもを特殊な術で見せて貰ったから、目の前で起こった事象がゼオンの逆鱗に触れる行為だというのはデュフォーとて分かっている。

 だからこそ、デュフォーはじっとゼオンの様子を観察していた。彼の心情を理解しようと、彼の心の動きを把握しようと、彼の隣に居られるようにと。

 

 カイルという少年の受けている理不尽はあまりにも酷かった。

 五歳かそこらの少年は、本来この地の主人として敬われるべき存在のはずなのに……雇われているだけの女に暴力を振るわれ、食べ物も質素なモノしか与えられず、侮辱され、抑圧され、虐げられ、押し込まれ、心の底まで叩き潰さていた。

 ゼオンの憤るその表情は、理不尽を強いる大人という存在に対してあらんばかりの侮蔑と憎しみを浮かべていた。其処に何を、誰を映しているかは明らかだった。

 

 その紫電の瞳に浮かぶ光は憎しみと同時に、カイルという少年に対しての悲哀に溢れていた。

 ギシリと噛み鳴らした歯が、漏れる吐息が、潤う瞳に揺れる悔しさに溢れていたのだ。

 本当は今すぐにでも救ってやりたいという想いが浮かんでいる。震える腕を自分で握りしめて抑える様子は、憎しみと悲哀と後悔の証左。

 

 レインが止めに入ったのを見て、ゼオンはほっと小さく吐息を零していた。

 縋りつくカイルと庇うレインを見ながら、ゼオンは遠い眼差しを送っていた。 

 其処にナニカを重ねているのも分かりきっていた。

 

 ゼオンはレインに何も言えない、否、言わない選択肢を取った。何も言わず、導きもせず、助けもせず、彼らのみで乗り越えさせる為の選択肢を選んだ。

 それは自分達を重ねていたのは間違いなく、だからこそ乗り越えてほしいと望み、デュフォーと共に立てた筋道で自身が憎き父親と同じことをするのだと理解してなお、ソレをすると決めた。

 レインはゼオンで、カイルはガッシュなのだ。単純にただ救ってやることが正解ではない。答えではない。与えられる救いは、本当の意味で彼らを救うことは出来ない。

 自分がガッシュを救っていれば、傍にいることが出来たならという、レインとカイルに重ねるのはそんなもしもの物語。彼ら二人のように自分達二人にもチャンスがあって、二人で幸福を掴み取れていたのなら……そんな夢物語。

 

 ゼオンはこれをすると決めた時に、デュフォーに少しだけ心の内を語っていた。

 

『あいつは……王は初めから選択を誤っていた。許されない行いをした。ガッシュを苦しめた。許してなるものか。絶対に、絶対にな。だが……しかしだ、オレがあいつへの憎しみを失うことは絶対にないが……』

 

 顔を見られたくないからかゼオンはデュフォーに背を向けて続けた。

 

『あいつはオレにあの時憎めと言った。この状況はあの時の焼き増しに等しい。だからほんの少しだけ……冷酷にならなければならない王の心の内側というのを……此れから理解してやろうと思う』

 

 デュフォーは其処で、答えを出す者(アンサートーカー)によって知った王の真実の想いを伝えようとしたが……辞めた。

 ゼオンという少年が父親に対して抱いている複雑な心に、確実に確定している“答え”を与えてしまってはその少年の心にいい影響を与えないのではないかと思ったからだ。

 

 何より……デュフォー自身がそれを拒んだ。

 

 デュフォー自身が母の真実を拒絶し、能力を使って答えを出すことがなかったから。

 思考し、考察し、予測し、調べて、尋ねて、知って……そうして消化するべきだと、デュフォーはそう思った。

 答えを知る者(アンサートーカー)というズルではなく、本人と相対して解くべき“答え”だと、デュフォーは思ったのだ。いや……少しは、デュフォーも自分とゼオンを重ねているのかもしれない。

 王の真実がデュフォーの母の真実とは真逆だからこそ、ゼオン自身が問いを投げて知るべき“答え”だと、そう思ったのだ。

 

 レインという同志を手に入れる筋道を立てるのに能力を使い、ゼオン自身が王というモノを理解できるようにそっと手助けをする。そういう“答え”をデュフォーは自分で選んだ。

 

 故にゼオンの今回の選択に対して最善の道筋を組み立ててはいるが、半分以上はゼオンのやりたいようにやらせているのが現状。

 デュフォーは戦況を見やりながらも立てた道筋を思い浮かべ始める。

 

―――父親と同じ姿を演じることで、レインにとっては確実に倒さなければならない相手となって本気を出さざるを得なくなる。そしてあの咆哮……まず間違いなくカイルまで聞こえているだろう。異変を感じたカイルが此処まで来るのが第二段階と言っていい。

 

 其処からが本番だと、デュフォーは思う。

 

―――カイルという少年の心が成長しない限り、レインを仲間にすることは出来ない。何よりレインは……“この魔界の王を決める戦いに魅力を見出していない。”だからこそ、“王にしてはならない相手”を明確にする必要があった。

 

 そう。デュフォーはレインの“答え”をも出していたから、この筋道を立てたのだ。

 そもそもレインは魔界の王にそこまでこだわっておらず、カイルへの恩があるからこそ人間界に留まっているだけで、選ばれたから参加しているに過ぎない。少なくとも他のモノ達は野心や願いを持ってこの戦いに参加しているのに対して、心持ちや気構えといった戦いに於いて大切な切片をレインは持っていないのだ。

 レインに必要なのは欲、目的、目標。そういった心からの願い。王になる為でなくてもいい、誰かを王にならせない為、誰かを王にするのを手伝う為、というのも立派な戦う理由である。

 

 問おう。

 本気で……心から戦おうとしていないモノが、必ず勝つという気概を持って戦いに臨んでいるモノ達を圧倒して、その姿に魅力を感じるだろうか?

 重ねて問おう。

 臆病な子供が、巻き込まれる度にうんざりと火の粉を払うだけの姿を見て……何かそのモノの為にしたいなどと思うだろうか? しかも日常で庇って貰っているという負い目を感じている状態で。

 

 否だ。

 どこか一方通行な感情のベクトルでは彼らの関係は進むことはなく……それでいていつか来る別れがただ奪われるだけの哀しいモノとなってしまうことだろう。

 

 レインとカイルに必要なのは、魔物と人間が絆で結ばれる為に必要なのは、同じ方向へと進みつつ、どちらもが負い目なく助け合い支え合えるような信頼関係。

 

 ゼオンが敵となる必要があったのは其処にある。

 レインの心を動かす為と同時にカイルの心を動かす為。

 

―――レインがこの戦いに本気で参加しようと思うのが一つ。勝てない相手に勝つにはカイルというパートナーが必須だと理解するのが一つ。カイルがレインを助けたいと臆病を跳ね除けるのが一つ。その上でレインがカイルへと“一緒に戦ってくれ”と言える状況……そこまでできてやっとスタートラインだ。

 

 レインとカイルをこの戦いに参戦させるという行為は、デュフォーのアンサートーカーを持ってしてもかなり複雑に絡み合う糸を解きほぐさなければならない難しい案件だった。

 通常であれば彼らはこの戦いにほぼ参戦しないと“答え”が出ていた。カイルの家庭状況ばかりに目が行くが、気付かれにくいが同等レベルの問題である、レインの心を動かすというのも厄介であった。

 よしんばカイルが勇気を持ったとしても、レインが戦いに乗り気でないのなら意味がなく。

 レインが戦う理由を持ったとしても、カイルが震えていては戦えない。

 

 この戦いを考え、そしてレインという魔物にカイルというパートナーを与えた存在に舌打ちをしたくなるも、デュフォーは筋道を深めていく。

 

―――条件を全て達成したとして、オレ達にとっての最後の問題は……レインとカイルに対して“ゼオンとガッシュの真実”を理解してもらうこと。

 

 ゼオン達にとって厄介なのは、敵として立ちはだかってしまえば同志として過ごせなくなることだ。敵になってもガッシュの味方にはなってくれるだろうからいいのだが……ゼオンとデュフォーにとってそれは最善ではない。

 ゼオンだけではどうにもできないと、彼自身が言っていた。語るだけではきっと信じて貰えないようになると。故にこれを解決するのはデュフォーの役目でもあり、

 

―――“答え”は出した。これが成功すればレインに真実を伝えることが出来て、なおかつガッシュに対してもよりよい結果となるだろう。魔物型であるが故に出来る方法で、レインはガッシュを必ず救おうとするだろうから。

 

 彼の能力によって出た一つの“答え”を、二人は実行することを決めた。

 

―――まあ、戦いが終わってもレインが王になろうとすることはないと“答え”が出たんだが……ソレに対してゼオンがどういった“答え”を出したのか楽しみにしておこうか。

 

 ゼオンの真実を知ればまたレインの心は欲がなくなると能力で出たのだが、デュフォーはゼオンに言われた言葉を信じることにした。

 

 

 

 あの時、決意を込めたいつもより少しばかり大人びた目をして、雷帝は言った。

 

 

 

 

 

『全てが上手くいったら必ずオレがレインを説き伏せて戦いに参加させてみせる。それくらい出来なければ父を超える王になど……愛する弟と手を繋ぎ、共に魔界を統べる王になることなど夢のまた夢なのだからな』

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 本気になったレインから発されるプレッシャーはゼオンでさえ身体を動かすのに強く意識を持たなければ出来ぬほどで。

 世界を震わすかと思われるほどの咆哮はびりびりとゼオンに音波だけでも衝撃を与え。

 獣型魔物の頂点から突き刺さる一睨みに……口角が深く深く吊り上がる。

 

 身体の奥底から湧き上がる震え。彼はその正体を知っている。

 それは歓喜。

 

 中将レベルの大人の魔物でさえ下すことの出来るようになったゼオンにとって、本気で相対出来る魔物というのは数えるほどしかいない。

 しかも人間界でここデュフォーの指導の元で数か月実力を伸ばした彼に対抗できるモノなど、それこそ魔界全土でも指折りだ。

 なればこそ、ゼオンの心は歓喜に包まれる。

 

―――これが特殊個体。一歩間違えば魔界の脅威と成りうる化け物の一体……か。なるほど、確かにコレをこの年齢で相手にするのならば血反吐を吐き地べたを這いつくばらなければ無理だろう。こういった強敵をこそ、オレは求めていた。

 

 ひしひしと伝わってくる内包する魔力量の大きさと、世界に愛された強靭な肉体。

 王族の特別教育がなければまず間違いなく相手にならなかっただろうと彼は確信する。たかだか数年しか生きてきていないベル家の子供が相手にするには、あまりにも目の前の魔物は強大に過ぎる。

 通常の魔物では一撃でやられてもおかしくない。術など必要ないのだ。魔力を込めずとも殴るだけでこの戦いに参加している魔物の大半に勝てるし、強者の半分は魔力を込められた拳だけでも戦えるに違いない。

 生まれながらの性能が他とは違いすぎる。

 

 ただし、それはゼオンというベル家の規格外の存在でなければの話。

 

 王族に生まれし雷、雷帝ゼオン。

 彼も特殊個体の魔物と並ぶほどの天才なのだ。

 

 たかだか六歳やそこらの子供が、いくら王族の特別な教育があろうとも大人の、しかも軍の中将レベルに勝てるようになることなどまずありえない。

 この戦いにおいて、生きてきた年齢というディスアドバンテージを覆しているゼオンは、父であるダウワンの予想をはるかに超えた魔物だと言えよう。

 

 そもそもこの戦いは十年以上、下手をすれば数十年の年月をかけて行われるのを想定した戦いであったが……人間界の凄まじい発展によって移動などの制限がなくなり、魔物同士の遭遇率が上がって時間が短縮されていた。

 子供の魔物を送り込むのもそういった理由がある。子供が大人に成長し、魔界に戻って来て大人の魔物が王となる。それがこの戦いの正常な流れのはずであった。

 

 ゼオンがレインを早々に手に入れたいと焦っている理由は其処に在る。

 たった数か月で残りの魔物が七割を切るなど、千年前の戦いの進捗とはかけ離れすぎている。

 

 本来であれば人間界で魔物自体も訓練をする時間は沢山あるはずで……しかし今回はそう悠長な時間を過ごしてられない。

 感知型の魔物が飛行機で飛び回れば世界中の魔物の居場所など把握できるし、通信機器の発達によって魔物同士の同盟も容易に連携が組みやすくなり、人間が持つ重火器や兵器などは魔物を滅ぼすことすらできる威力を持っている。

 ほぼ大人と同じ年齢の魔物と言葉も喋れない子供の魔物が相対するにはハンデがありすぎて、なおかつ危険すぎる世界で彼らは戦わなければならないのだ。

 

 ゼオンが才に恵まれていたのは幸運だった。

 今目の前にいる特殊個体とは、千年前であれば大人になるのを待ってから相対すべき魔物。

 しかしゼオンにとってはそんなことは些末事。

 彼は確信している。

 自分こそが王になる魔物なのだと。その恵まれた才に気付き、それを伸ばす為に尽力してきたのだから。弟の悲劇を知ったあの時から、全てを賭けて強くなってきたのだから。

 

 何よりあの夜から数か月……

 

―――己の非力でガッシュを不幸になど……してたまるか。

 

 自分にもっと力があれば、自分にもっと多様な能力があれば、自分がもっと明晰な頭脳であれば、自分がもっと勘が良ければ……。

 苦悩と絶望を乗り越えたゼオンは己が弱いことを知っている。王になるのは自分だと自負していても、弟を救えぬ程度の存在なのだと律していた。

 

 身体に走る歓喜の震えは、強敵との戦いで自分が強くなれることに対して。弟をより確実に護れる兄になる為の大きな一歩が踏み出せるからであった。

 

 

 

 大気を震わす咆哮が止んだ後、気味が悪いほどの静寂に包まれた。

 小手調べに瞬間移動からの一撃をしても良かったが、ゼオンの本能が警告を発していた。

 

 ギチギチと、レインの身体から肉が軋む音が発されている。躍動する筋肉ははち切れんばかり。

 少しの動きも見逃すまいと紫電の瞳を向けていたゼオンは……獣型魔物の本当の恐ろしさを次の瞬間に体感した。

 

 腿の筋肉が大きく膨らみ、来る―――と思った時にはレインの身体は消えていた。

 砂浜という悪い足場などモノともせず、一瞬で接敵したレインの大きな手は既に振り上げられており、ギラリと輝く爪に殺意があらんばかり溢れている。

 

 チィ……と舌打ちと同時にゼオンはマントに魔力を込めて体勢を変えた。寸前で出来たのはそれだけだ。

 振り下ろされた掌は、砂浜に大きなクレーターを創り上げ、轟音と振動がその威力をモノ語る。

 並みの魔物であれば一撃でバラバラになっているであろう攻撃を、ゼオンはマントを身体に巻きつつ上手くレインの腕に沿わせて回転することで受け流した。

 

 そう、受け流したのだ。マントを使ってもダメージを喰らうと判断し、受けるではなく流すしかなかった。

 飛びのく選択肢は初めからなかった。飛びのけばレインは追撃でゼオンを仕留めに来たのは明白だったからだ。その証拠に……

 

「……く」

 

 物理的にあれだけの超スピードで接敵されたならばレインの背後へと逃げて少しは間が出来るはずなのだが、レインはその圧倒的な身体能力で無理やりに方向転換をしてもう片方の腕を横に薙ぎ払った。

 一撃目の受け流しで宙へと飛ばされた(・・・・・)ゼオンは回避が難しい。

 マントの操作でどうにか弾くも……斜めに弾かれて、そのあまりの威力に砂浜に身体が埋まった。

 

 ダメージはまだない。

 此処で追撃が終わるはずも、ない。

 

 ギラリと光ったその爪は、ゼオンを確実に滅ぼす為の凶器。

 

 たかだか数瞬で追い詰められたこの状況に……ゼオンの頭の中でカチリと意識のスイッチが切り替わった。

 

 衝撃。

 大きな、あまりにも大きな衝撃に大地と大気が震えあがる。

 

 ポタリ、と赤い血が一滴。砂に呑まれた。

 

「……舐めていた、甘えていた、驕っていた。だからオレはこんな無様を晒している」

 

 クロスした腕に、爪が少し刺さっている。マントを突き破って、である。ブラゴの術でさえ防いだゼオンのマントを、魔力が通っているとはいえ、レインの爪に貫かれたのだ。

 咄嗟のことではあるが、それはレインの魔力がゼオンの魔力防御を突き抜けたことに他ならない。

 

 無敵ではない証左。倒せるという希望。敗北を突きつけられるという事実。

 それをレインに教えた。教えてしまった。戦いに於いて、希望を持たせるというのはしてはならないことの一つであるのに、だ。

 

 しかして、ゼオンもさること。

 爪の先端だけが皮膚へと刺さっているとしても、レインの全力の一撃を受け止めているのは称賛されるべきこと。

 

「■■■―――」

 

 押し込んでも叩き潰せないその存在に、レインはいらだったように唸りを上げる。

 が、掌の隙間からほんの少し覗いた紫電の眼光を見て……彼は大きく飛びのいた。

 

 滴った血がゼオンの顔を流れ、その目は先ほどまでの歓喜に染まっていたモノではなく。

 極寒の冬のような、凍えるような冷たい輝きを宿してレインへと向けられていた。しかして、吊り上がった口は傲岸不遜に。

 

「詫びよう。オレはお前をまだ舐めていた。オレはオレ自身に驕ってもいた。そして感謝を。お前という強者の存在に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようではオレもまだまだだ」

 

―――王となるのなら、常に余裕を失うな。笑え。どれほど己の不甲斐なさに苛立とうとも。どれだけ己の非力に憤慨しようとも。

 

 己の父はいつも仏頂面をしていた記憶しかない。

 楽し気な顔など見たこともない。

 威厳はあったが、其処に憧れは持てなかった。

 

 なりたくない王の姿を浮かべ、対照的に自分の思い描く王をゼオンは演じる。いつかは自然とそうなれるように、と。

 思い描く強者は、常に余裕を崩さない。笑みを浮かべて楽し気に。自分の弱さなど欠片も見せず、己の道を信じて突き進み先導出来るモノ。

 たった独りであっても決して揺るがない芯を持って、大切なモノの為に立てるように。

 

―――そう在れかし。

 

 片目を細めたゼオンは、今までのような中途半端な放出ではない、内に秘める全力の魔力を溢れさせて言い放った。

 

「愛しき敵よ、オレの覇道の礎となれ」

「■■■■■―――――――っ」

 

 呼応するように吠えたレインの声と同時。

 二体の魔物の衝突はまだ世界を揺るがした。

 

 通常の人間に視認できない戦いを眺めるデュフォーは、遥か後ろの林に現れた震えている気配に気づいていても、気にすることなくその戦いを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マントでの回避も防御も、瞬間移動も全てを使ってなお一筋縄ではいかない。

 魔力での身体強化は、術を使ったモノとは違いこの戦い独自の制限が掛かっている為か燃費がすこぶる悪いのが問題点だ。

 さすがに魔力運用が完全に遮断されてしまうと魔物の中で格差が広がりすぎるから、術以外での魔力行使が出来るとはいえ不便の上ない。

 

 戦いが再開してどれほど経っただろうか。

 魔力量が他の魔物より多いオレも、特殊個体なレインもまだ余裕がある。

 レインに至っては、この戦闘中に魔界とこちらの世界での魔力運用の身体強化方法を把握してきているようだ。

 

 やはりこいつは化け物だ。戦闘のセンス、身体能力、判断力や対応力。全てにおいて優れている。

 

 しかし……レインは強いが、こと戦闘に関してはまだオレに一日の長がある。

 レインは生まれてからずっと格下とばかり戦って来たのだろう。才能とセンスだけで磨かれた実力は、格上と戦い続ける訓練を受けたオレに時間を与えれば、対応が確立出来るのは当然。

 加えてデュフォーからの戦闘指南によって、思考誘導や筋肉の動きからの予見など、新たに加えた戦術によって時間を追えば追う程にレインという個体への対処が出来上がっていくのだ。

 

 それでもやはり、ぎりぎりだが。

 

 魔力量が多くともマントと身体強化に多くを費やしている為、レインよりも消費量が多い。マントの防御も的確な魔力の攻防力移動によって貫こうとしてくるし、打撃の衝撃は軽減しきれないモノもある。

 傷としてはレインの方が多く、息の上がり具合から見て体力はレインの方が削れている。対して魔力消費はオレ、という感じだ。

 

 風を斬る爪は、もう数十は躱した。

 今も目の前を通り過ぎた煌めきに、背筋がゾクゾクと危機を伝えてくる。

 レインの毛皮の防御も固いから、こちらの攻撃を通すのも一苦労。

 水滴が数年で岩に穴を穿つように、鋭い打撃を何度も何度も同じところに当ててようやくダメージを蓄積出来た。

 

 速度はややオレが上、パワーはレインが圧倒的に上、体術とマントによって攻撃の被弾はレインの方が多く、一撃のダメージは喰らえば(・・・・)オレの方がでかくなる。

 

 また、レインが高速で接近してくる。今度使って来たのは連続の突き。

 振られる爪の悉くは一撃の全てが致死。マントで方向づけしつつ全力で回避することに専念していく。

 

 頬をかすっただけで赤が滲む。爪に込められた大きな魔力は、オレの身体に通している防御魔力を容易く切り裂くほどらしい。

 攻撃が当たらないことに業を煮やしているかと思いきや、レインの目は時間を置くごとに冷静さが増していく。必ずオレのことを殺せる時機を見ているのだ。

 

 最後の突きをいなして繋がった視線。目を見開いたレイン……と見えた。レインに隙が出来ているがそれはブラフだ。

 わざと晒した隙を狙うかに見せると、狙いすましたように其処へと牙が鳴らされた。

 

―――なるほど……噛みつきは初だな。

 

 低く、低く身体を沈めたオレはレインの重心の乗った片足を払い、バランスを崩したヤツを蹴り上げる。

 しかし、一瞬だったというのにレインはオレのマントを掴んでただで飛ばされないようにしていた。

 

 マントを扱えば魔力を使う。即ち……ついにヤツはオレの魔力消費まで計算に入れ始めたということ。

 振り回してもいいし包んで押しつぶそうとしてもいいが、そうすれば大きな魔力を消費して後々に響く。

 

 舌打ちを一つして、マントをそのままに掴んでいる腕を殴りつけた。

 合わせるように振られる拳を避けると、空中での連打の応酬に切り替わる。

 

 此処まで狙っているのなら大したモノだ。回避の効かない場所での打撃戦は体格差やパワーの差でオレがあまりに不利。上手く魔力だけを大きく消費させようとしている。

 瞬間移動で仕切りなおしてもいいが、魔力消費が大きいので多用は出来ん。

 

 レインの術がどれほどのモノかデュフォーから聞いているから……この後の戦い(・・・・・・)を考えるとオレ個人の魔力消費は出来るだけ抑えなければならない。

 

 互いに合わせる度に拳が軋む。

 マントで覆って強化していても、レインの拳はその上を行く。全力で魔力を込めれば同等以上には出来るも今は制限されているから打ちあうしかない。とはいえ、やはりレインは強い。

 吹き飛ばされてもいいが、打ち負けるのは看過できない。相殺して拮抗が最低限。レインを倒すのならば、術無しでかつ戦闘の全てを掌握できる計算を成り立たせた上で戦えなければ意味がない。

 自由落下に任せるままに拳を打ち合い続けて、着地と同時に距離を取る。

 またにらみ合い、膠着状態となった。傷が見えるレインは荒い息を付きながらこちらに唸る。

 言葉は発するつもりはもうないと、勝利だけを見据えて。

 根比べとなった戦いに、また踏み出そうとしたその時―――

 

―――なんだ?

 

 ふと視線を感じて少しだけデュフォーの方を見た。

 遠くに居るデュフォーはすっと指先を森に向け、後に胸を指差す。

 

 そのジェスチャーが何を意味しているのか……オレはレインに視線を戻すことでデュフォーへの応えとした。

 

「ふん……どうやら臆病者が来ているようだな。良かったじゃないかレイン。お前の本気の姿を見せることが出来て」

 

 声音を上げて語り掛けると苛立ちに牙を剥いたレインだったが、まだ話を聞いてくれるらしい。

 

「レインという個体の強さは計れた。やはりお前は素晴らしい。このまま充実した時間を続けてもいい……がせっかく観客がいるんだ……」

 

 挑戦的に見やると、レインの怒りの気が強くなる。

 

 ズキリ、と胸が痛んだ。不快感が胸にこみ上げる。対等な決闘をしている自分達の誇り(プライド)を踏み躙るこの行いに怒りすら湧いてきた。

 

―――それでも、必要なんだ。レインとカイルを、そしてガッシュとの未来を勝ち取る為に。

 

 無理やりに全ての感情を凍らせて、オレはにやりと笑ってやった。

 

「本当ならお前とは死力を尽くして戦い合ってみたいのだがな……術の使えない魔物がどんな運命を辿るのか、そして己のせいでパートナーが滅びゆく様を、あの愚かな臆病者に見せてやろうじゃないか」

 

―――許せ。

 

 心の内でだけ呟く。

 デュフォーからの合図は此処よりは二段階目に移行すべきという“答え”であり、オレ個人の“レインと対等に戦いたい”という願いを抑えてでも行わなければならない必須項目。

 

「■■■■■――――――っ」

 

 目を見開いたレインが大きく吠え、術など打たせないとでもいうように魔力を高めて瞬時に突進してきた。

 

「ラウザルクッ!」

 

 声と共に天から雷が迸る。

 術が自由に打てなくなるというデメリットを持つ使うことはないと思っていた身体強化の術(ラウザルク)を、デュフォーはまず唱えた。

 今までの戦いを茶番に見せてしまえるから、と。

 

「……は」

 

 轟音と、小さなため息。

 全力で振られたレインの拳を……オレは片手でなんなく受け止めていた。

 

 体力の消費も、魔力の消費もほぼない。完璧な優位にたったと確信する。人間の心の力を使って術を発動すれば、オレ自身の負担などほぼない。

 余裕をもって膠着しているオレを見ながら、レインはギシギシと歯を鳴らしながらもどうにか押し込もうとしていた。

 

 あまりにも無慈悲。

 さっきまでオレは素の力では勝てなかったのに、たった一つの術だけで簡単に覆る、覆ってしまう。

 これがこの戦いに於いて魔物達に課せられる試練であり、悪趣味な主催者からの理不尽。

 

「分かるだろう? お前なら」

 

 さっきまでのスピードと倍近く違う速度でレインの後ろに回り込む。

 さすがは獣型の頂点。勘のみで瞬時に手を振ってくるも……既にオレはそこに居ない。

 

「此処からは戦いではない」

 

 足払い。

 無様に、軽く、滑稽に見えるように転がす。

 

「ただの一方的な蹂躙にしかならんのだと」

 

 それでもレインは反応しようとした。直ぐに立ち上がろうと腕に力を込めていた。称賛に値する。

 オレは顎を蹴り上げて虚をつき、レインの体躯くらい宙に浮かせることで動きを封じる。

 

「お前個人の力と怒りだけではどうにもならない圧倒的な理不尽を」

 

 一発、二発、三発……十を超える連打は縦横無尽の連撃となる。レインの頑強な毛皮の上から、確かな手ごたえを以って突き刺さっていく。

 

 心に広がるのは虚しさだけ。

 先ほどまでの充実した戦いとは違う、ただのつまらない作業。

 

 上、下、左右。連撃は止まらない。レインの攻撃は当たることはない。オレは防御することすらない。

 反撃の動きにすら拳を叩き込み、うめき声すら上げさせない。

 

 術が切れるまであと十秒。

 

「友を救いたいのに救えない、運命にすら見放されたお前の惨たらしい現実を」

 

 再び蹴り上げた時にはもう、レインの頑強な身体には無数の打撃痕が滲んでいた。

 血を口の端から垂らしながら、レインは重力に沿って落下を開始した。

 

 あと五秒。

 

「強者であるお前との戦いを貶めた詫びとして、せめて見せつけてやる。レインという強者が、誰のせいでズタボロになっているのかをな」

 

 強化された身体能力で、渾身の力と魔力を込めて構え……落下してきたレインの腹へと拳を突き出した。

 

 防御に全力を当てていただろう魔力すら苦にせず突き刺さった拳は、腹を貫くことはなかったがレインを森の方へと吹き飛ばす。

 よく見えるように。自分のパートナーがどうなったのかを見せられるように。

 

 まだ、終わりではない。

 

「ほぉら……お前の護りたいモノが目の前だ。よかったな、レイン」

「ぐっ」

 

 瞬間移動をした先での蹴りの一つにて、吹き飛んだレインを大地へと叩き落とす。

 丁度“ラウザルク”の効果が切れてそのままレインの頭を踏みつけたオレは、木の後ろからこちらを見ているカイルへと嗤った。

 

「騙して悪かったな、人間。臆病者で足手まといのお前がパートナーじゃあガッシュからバオウを奪う駒にすらならんから……こいつには消えてもらうことにした。記憶を封じた水晶は本物だがこいつはオレが極大の術を使えるようになってから壊して記憶を戻らないようにしてやる。

 お前のせいでレインは消える。お前のせいでガッシュは救えない。お前のせいでレインは傷ついている。だが、それも今日で終わりだ」

 

 水晶を懐から見せつけて言い放つ。

 震えながら涙を流しているカイルは、オレの方を見ずにレインを見ていた。

 

「聞くな……カイルっ。こいつの言葉なんて聞くんじゃねぇ!! 逃げろ! オレは大丈夫だからっ!」

「ほー、まだ喋る元気があるのか。さすがだ……が、今は黙ってろ」

 

 まだ立ち上がる為の力を溜められないレインの頭を踏みつけて嗤ってやった。抵抗しても内臓と脳を揺らしてやったんだ、すぐにオレの脚を除けることなんてできやしない。

 畏れからか、恐怖からか、カイルは言葉を発しない。

 

「“せめてこの水晶をオレから奪って魔界に帰還でも出来ればガッシュの記憶くらいは護れるんだが”……まぁ、術も使えないレインではそれも叶わんだろう」

 

 言いながらもう一度懐に水晶をしまい込む。

 カイルを見るとレインを見て何かを話そうとするが言葉が出ないようだった。

 

「良かったじゃないか、人間。お前はこれでレインから解放される。少なくとも魔物の戦いなんていう恐ろしいことに参加することはなくなるんだ。大人たちに従って、怖がったままで何もかもを取られて、人形のように生きていけばいい」

 

 泣き顔のまま、カイルはオレを見た。

 覇気すら込めて見つめるオレの紫電の瞳としっかりと目を合わせてから……カイルは目を逸らした。逸らしやがった。

 どうして、と呟いていた。何が、とオレは聞かない。聞いてなんかやらん。

 

 まだ足りない。

 

 単純に、オレの心に苛立ちが生まれた。

 

―――心に宿る炎を見せろ、カイル。友を傷つけられて怒らないのか、お前は。

 

 憎しみや怒りがきっかけになればいい。それで立ち上がってくれるというのなら。

 

 バチバチと、オレの掌に雷が充填されはじめた。デュフォーが意図を察してくれたようだ。

 

「愚かな人間め。怒りを膨らませることすら出来んのか……ならばお前の罪を、その目に焼き付けろ」

「ひっ……い、や……やめ……やめてっ」

 

 もう遅い。

 やめてと言うのなら、どうしてお前は助けようとしない。術を一つ唱えてやれば状況が変わるというのに。

 充填時間を見せつけて待ってみるも、カイルは腰に差してある本を開く気配はなかった。ならばもう、打つしかない。

 

 宙へと跳んだオレは、待機状態から最大火力となったその術を、デュフォーの声と共にレインへと放った。

 

「テオザケル!!!」

 

 眩い閃光と極大の雷撃がヤツへと突き刺さる。

 

「ぐぅおおおおおおおおおおおあああああ!!!」

 

 叫びが響く、雷撃が止むまでずっと。

 大きな威力によって起こる衝撃波でカイルは少し地面を転がっていった。

 幾瞬、爆撃のような轟音の残響を収束させていったテオザケルは、大地と共にレインを黒焦げにしていた。

 

「あ……ぁ……ああ……」

 

 震えつつも術の跡を見やるカイルが声にならない声を漏らしていた。

 レインの惨状がよく見えるだろう。ぽろぽろと涙を零しながら力無く立ち上がったカイルは、腰に差していた本を手に持ってレインへと近づいて行く。

 

 その目に浮かぶ感情に……怒りはなかった。

 

 まるでオレなどいないというように、レインの方へとだけ幽鬼のような足取りで歩いて行く。

 

 確認しろ。お前の無力を。

 怒りを宿せ。お前の心を震わせる為に。

 理不尽への抗いを望むことこそが心を強くする。

 

 父に憎悪を宿したオレのように、お門違いにもガッシュを恨んだあの時のオレのように、お前は心を強くするべきだ。

 

 そう、思った。なってくれるだろうとオレは思った。

 

 

 だけれども……カイルは黒焦げだらけのレインの身体にそっと手を置くだけ。

 怒りを爆発させてくれると思ったのに、心の力を感じ取る魔本は沈黙を貫いていた。

 

―――まだ、足りないか。

 

 無言でカイルへと近づいたオレは、その頭を後ろからガシリと掴む。

 

「人間。お前が弱いからこうなった。お前が術を唱える勇気があれば、レインは本気で戦えたんだ。全てはお前が―――」

「……うん、そうだよ」

 

 ぽつりと零された言葉と、ぽっと小さく本に灯った光。

 

 やっと灯った感情。

 今度は、聞いやってもいい。

 

「ふん、此処までされて自覚するとは、本当に愚かだなお前は」

「……でもボクは、まだ分からなかったんだ」

 

 続いた言葉は、オレにとって理解不能なモノ。沈黙するとカイルはぽつぽつと話していく。

 

「魔物の術は怖くて恐ろしい。ボクは虫だって怖い、鳥だって怖い、動物だって怖い、人間なんてもっと怖い、魔物なんかもっともっと怖い」

 

 じわじわと光が強くなっていく本を見詰めながら、カイルの言葉に耳を傾ける。

 

「人が怒ってるのを見ると足が竦むし、哀しんでるのを見るとどうしていいか分からなくて怖くて、脅されたら逃げることしか出来ない……戦いなんて出来っこない。でも……その前に」

 

 涙声に滲む感情は、やはり怒りではなく。不思議な声音にオレの疑問は大きくなるばかり。

 

本当に戦うのが正しいのかどうか(・・・・・・・・・・・・・・・)ボクには分からなかったんだ」

 

 何を言っているんだ、こいつは。

 掴んだ頭を離すと、カイルはまた膝をついてレインへと手を置いた。

 ピクリと反応したレインは、話を聞いていたようで疑問ばかりが浮かぶ目をカイルへと向けていた。

 

「ごめん……ごめんね、レイン。本当にごめん。傷つけることになってごめん。助けられなくてごめん。でもボクは……ボクは……」

「……カイル?」

「……レインを彼と戦わせたくなかったんだ。でも、止めに入るのも、怖くて……キミが傷ついてからしか、こうやって気持ちを話すことも……」

 

 はっとしたような顔をしたレインは、しょうがない奴だなというように苦笑を零してから、震える手でカイルの頭を撫でた。

 自然に零れた微笑みは、何処か誇らしげだった。

 

「はは……いいって、ことよ。そうか、そうだよな。そりゃそうだ! はっはっ!」

 

 二人だけで通じ合う心。徐々に強くなっていく本の光。オレは思考を回すも答えは出ない。

 

「いいぜカイル。許す。気にすることはねぇ。こんなもんかすり傷だ。そりゃあそうだ。おいゼオン」

 

 ニィッと歯を見せオレに笑ったレインの目には、希望の光が溢れていた。

 

「こいつはな、今の今までまだ信じてたんだ。お前の言葉を、お前の話したウソを、お前が本当に弟のことを想っているんだと。だから反撃の術なんて唱えなかった……いや、唱えられなかった(・・・・・・・・)! ゼオンを傷つけてしまうことが怖かったから、本音を聞く前に傷つけたくなかったから。オレの術を見ちまったから、だろ? カイル」

 

 語られた答えに目を見開く。

 

「力に力で対抗しようとするんじゃないって行動で示しちまってたのは……オレじゃねぇか……ははっ……カイルは、それを見てきたから、迷っちまったってこった」

 

 心底おかしいというように笑うレインが言葉を続けていく。

 

「ははは! オレのせいでもあるなぁこれは! 戦うことが全てじゃないと、“銃弾を喰らって死にかけてでも人間と話し合おうとしたようなバカなオレの心を想って”そんな選択をした! こいつはお前と話し合うことを選んだんだ! お前のことも、オレのことも、本気で救いたかったんだよ!」

 

 向き直ったカイルの目は、真っすぐにオレの紫電に合わされる。

 今度は逸らすことなく、純粋に、真っすぐに、一直線に。

 

 そのキレイな瞳に一瞬だけ……ほんの一瞬だけ重圧を感じた。

 覚悟の籠ったその瞳は、オレに問いかけてくる。

 

「ゼオン……キミは本当に、ボク達をだましてたのかい?」

 

 単純に怒りに染まるでなく、真実を知ろうという問いに感情は孕まない。

 カイルという少年に起こった変化のきっかけは、既にあったのだ。それこそ初めてのレインとの出会いによって。

 

 力を持つモノでありながら力をむやみに振るわないその背中を、カイルはずっと見てきたのだ。

 

 力を振るえば助けられると知っていながら、カイル自身が乗り越えられるようにと支え続けてきたその温もりを信じたのだ。

 

 だからカイルは、オレに怒りを向けていない……今はまだ(・・・・)

 静かに、されども力強く、目を逸らすことなくオレは答えを返した。

 

「ああ。バオウというベル一族最強の術を手に入れる為に利用しようとした。使えないと分かったから処分しようとしているのが現在だ」

 

 ウソだと悟られないように、デュフォーに習った、抑揚や間の取り方などで細やかな心理誘導をいくつか仕掛けつつはっきりと言ってやる。

 数秒の沈黙が重い。

 嘆きの色が濃くなって、カイルは漸く視線をきった。

 

「……そっか」

 

 哀しみに揺れた瞳。引き結んだ唇。震える身体。

 本の光が、大きく増した。

 

「ごめんね、レイン。弱虫でバカなボクなんかがパートナーで。これだけのことの為に、迷ってしまって……」

「はっ……言ったろ、かすり傷だってよ。お前はさ、ガッシュとゼオンを本気で助けたかったんだろ? オレが願ったから、オレが望んだから、オレが助けてくれって頼ったから……だから迷って、考えがぐちゃぐちゃでどうしようもなくなって、せめてオレのことを信じて自分の目で確かめようとした。友達に想われて信じられるなんてよ、こんな嬉しいこたぁねぇや。オレの願いの為になることを精一杯考えて、オレの心も考えてくれて、そんでもってオレの願いも叶えようとしてくれたんだ……ありがとうよ」

 

 温もりを含んだその声に、カイルの目から涙が多く滴っていく。

 

「それに、“なんか”じゃない。お前となら……最高のパートナーになれるさ」

 

 荒い息を吐きながら、レインはゆっくりと身体を起こしていく。

 

「カイル」

 

 真剣な声は、暴虐の獣と化していたとは思えない穏やかさをも含んで。

 カイルはコクリと頷いてから……本を開く。

 

 オレは瞬間移動で少し距離を取ると、其処には狙ったようにデュフォーが立っていた。

 オレとデュフォーに言葉はもういらない。

 少しばかり想定外だが……狙った事象に辿り着けたのだから。

 

「もう一度、頼む。きっとこれからたくさん怖い思いをすることになるし、きっと傷つくこともあるだろう。それでも……オレの友達を助ける為に、困ってるあいつの力になる為に、一緒に戦ってくれないか?」

「うん。沢山助けてくれて、沢山支えてくれたレインにいっぱいお礼をしたいから……ボクはレインの力になりたい。まだ、怖いけど……怖くて仕方ないけど……それでも……絶対に強くなるから……家も取り戻して、これから、ううん、今から……」

「いけるか?」

「大丈夫……ボクは、変わるんだ。だってあいつらは、ボクの大切な友達を騙して、傷つけた。ボクは……レインともっと遊びたい、美味しいモノを一緒に食べて、一緒に話して、楽しい時間を過ごしたいんだ!」

 

 噴き出す光がまた強くなった。

 オレに憎しみを抱いているのではなく、許せないという気持ち。ただただカイルは、怒っていた。

 

 他者の為に怒れる心。

 カイル本人への侮辱など、いくら言葉にしても意味がなかった。カイルが怒っているのは友を傷つけられたというただその一点なのだから。

 

「ガッシュを傷つけてカイルを貶したあいつをオレは許さねぇ」

「レインを騙して傷つけたあいつをボクは許さない」

 

 お揃いだなと、レインが笑って拳を出せば、其処にカイルは拳を合わせた。

 オレを睨むカイルの瞳に強い意思が宿る。

 

『『だからっ』』

 

 

『ゼオン! お前を倒す!』

 

 ゴッと勢いよく、天をもつかんとする光。

 本から溢れる光は、あまりにも美しい輝きを宿していた。

 絆の光というモノは、オレにとってとても眩しく美しいモノだった。

 オレの頬が緩み、デュフォーから小さく嘆息が漏れる。

 

「さあ、此処からが本番だな」

「気を抜くなよ」

「誰に言ってる。このゼオンが……いや」

 

 言い直そう。

 

「オレとお前が組んで、負けるわけがないだろう?」

 

 ニッと笑いかければ、デュフォーはやれやれと肩を竦めて。

 オレ達の本から溢れる光りも、何処かいつもとは違う輝きを宿している気がした。

 

 

 レインとオレが。デュフォーとカイルが。

 互いに向き合い、見つめ合う。

 

 一触即発の空気の中、一陣の風が吹き抜ける。

 

 それを合図として、二つの術が放たれることで開戦となった。

 

「テオザケル!!!」

「アボロディオ!!!」

 

 

 最後の大詰めを迎えたこの戦いで、オレの心は弾んでいた。

 

 

 

 向き直る時に見えたデュフォーの口元が、微かに微笑んでいたから。

 

 

 

―――デュフォー、一つずつ、オレ達の欲しいモノを共に掴み取るぞ。

 

 

 そう心の中で呟いて、魔界でも見たこともないほど強大な術を放つ相手との戦いへと意識を集中させていった。




読んで頂きありがとうございます。
お待たせして申し訳ない。

カイルくんとレインくんを仲間にするのめちゃくちゃ難しいという話。
明確な強敵になってかつレインを追い詰めてこの先まで戦いを続けるモチベーションも上げてカイルくんの勇気を引き出しつつレインが傷つくことも看過出来るようにして術への恐怖も怒りで分からないようにさせて倒すっていう一つの目的に……その上で真実を理解してもらわないとダメという。


イラストの方は納得してまだ満足に出せるレベルではないのでもう少しお待ちを……。


これからも楽しんで頂けたら幸いです。

レインが持ってて欲しい術・使って欲しい術は下記のうちどれですか

  • 肉体強化系(例ラウザルクなど)
  • 部分強化系(例ディガル・クロウなど)
  • アボロディオ以外の衝撃波系
  • 種族特有の特殊攻撃系(デモルト等を参照)
  • 上の項目全部使うところが見たい
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