もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら 作:ちゃんどらー
仮面で隠ぺいしていたとはいえ、オレは選択を誤ったかもしれない。
中将にはバレてはいないようだが、もしガッシュが喋ったらと考えると身体にあの雷の痛みが思い起こされる。
ガッシュを見に行ってから数日が経った。
まだ心の整理はついていない。
オレが望んだ姿は其処にはなく、オレが割り切るはずだった存在も其処には居なかった。
あの絶望を落とし込んだような暗闇を閉じ込めた目が頭から離れない。
全てを諦めてしまったか細い声が耳に残ってしまっている。
それでも……他者を慈しむように浮かべた笑顔が心に刻まれてしまった。
あいつが小屋に帰る森の中で、どうしてと反射的に出てしまった疑問の声と、目の前に来たあいつの痛々しさに思わず動いた身体。
自分の方が苦しいはずなのに、自分の方が痛いはずなのに。
あいつはただ、胸の痛みに泣くオレを心配していた。
あれがオレの弟。父の顔も母の顔も……いや、存在すら知らずに生きるオレのたった一人の弟。
どうしてだ。なぜだ。なぜ……ガッシュはあのような暮らしを強いられている?
オレが羨んでいたように、貧しいながらも自由に生きているはずだったのではなかったのか?
王族の責務を離れ、父から最強の呪文を受け継いだことすら知らず、民の中で慎ましくも朗らかに暮らしているのではなかったのか?
数日間ずっと考えた。
倍に増えた訓練の最中も、より一層本格的となった教育の最中も、何をしている時もガッシュのことばかりを考えていた。
そうしてふと、一つの予測が立った。
“バオウ”
そうだ。それしか有りえない。
父が生み出した雷の最強術であるバオウを受け継いだガッシュ自身は目立ってはならない。外部の魔物にバオウの所在がバレてはならないのだ。
千年周期で訪れる王を決める戦いがあと三年後と迫っているこの時期に、バオウの存在が悪しき心を持つ野心家の一族などに知られてしまえば……利用されるのは目に見えている。
最悪の場合、王を決める戦いの前に魔界自体を混沌に落とすことすらできるだろう。小耳にはさんだ程度だが、竜族の神童と呼ばれている二対の魔物などを先んじて消そうなどと考えたりもするのではないか?
―――いや……さすがに父が健在である間にそのような暴挙にはではしないか。
さしずめ有りえるとすれば、ガッシュ自身を自分達のいいように扱えるように支配することだ。
あの状況を見ればよくわかる。ガッシュは住居を提供しているだけのあの醜い女にすら逆らえないのだから、精神的な強度はそれほど高くないはずだ。
生まれてから常に虐げられてきたのだろう。逆らうことすら出来ないほど、心の芯と呼べるモノを持たされていない。
そこまで考えてギシリと歯を噛みしめている自分に気付く。無意識に握りしめられている拳も、食い込んだ爪が掌を破って血が出ていた。
見た目のそっくりな双子の弟が、今この時も虐げられていることを考えると胸の内の炎でこの身が焼けつくされそうだ。
その上、あのような境遇にいる弟が譲渡された術の為に誰かに利用される?
考えただけでも叫びだしそうな、部屋全てに雷をぶちまけてしまいそうな程の怒りが込み上げてしまう。
どす黒い衝動が溢れだしそうになるも、どうにかそれを抑える。
オレに出来ることは、現状では皆無だ。
ガッシュに会いに行ったオレの行動が父にバレている可能性がある。ラジン中将は父の忠臣で、バオウの存在の脅威を理解していないはずがない。父がオレのわがまま故の行動を知っていたなら、オレから父にガッシュのことを更に問いかけた後に、ガッシュ自身にどんな対処をされるのか分からないのが恐ろしい。
もし、中将がオレに対しての負い目で父に報告していなかったとしても、オレからガッシュのことを話に出してしまえばそこから疑念を持ちオレの行動がバレるのは明白。つまりはガッシュのことを話題に出してしまえば不可測の事態にガッシュを巻き込んでしまうことになる。
本来ならばこの兄が、母や父にあの状況を訴えて弟を助けるべきだと言わなければならないのだろう。
だが……何度も考えた。
国王である父が、あのようなゲスな女に王族の子供を任せるか、と。バオウという特大の国家機密を抱えた弟を、あのようなクズの元で育てさせて何がしたいのか、と。
父の考えが分からない。一つ確実なのは……オレに対しての教育の日々。
初めての贈り物は雷の拷問。苛烈な教育と訓練で休まる事のない毎日。会う事すらしない。母にも会わせず、逆らえば雷が降ってくる。
本でしか知らない家族の絆とやらは……どこにあるのか。
考えたくはない。
だが、もしかしたら、と思う。
―――父は……オレ達兄弟が憎いのではないか。
隠れて読んだ絵物語では、親というモノは子を愛するモノだという。
オレは親から受ける愛というモノを、厳しさと雷でしか知らない。
愛されることは幸せなのだという。
子の幸福を願っているのもまた愛なのだと、大人の魔物達は言う。
―――本当に?
あの絶望に堕ちた瞳が思い出される。
オレのことはいい。バオウの継承されていないオレに対しての厳しい愛のカタチだと割り切ることはどうにか出来る。
だが……だが、しかしだ。
また胸の内に燃え上がる炎を感じる。
―――ガッシュは、オレの弟は、ただ一人で、孤独に、あのようなクズの元で、奴隷のような扱いを受けているというのに?
ズクリ、と胸が痛む。
思い出されるのは一つだけ。
親の愛を、厳しさでしかオレは知らない。
だが……別のモノをオレは知ることが出来た。
ぎゅうと自分自身の身体を抱きしめる。
大丈夫、大丈夫だ。
記憶にも、この身体にも、しっかりと覚えている。
―――例えあいつがオレのことを兄と知らなくとも、あいつはオレに……
この温もりだけが、あの瞬間から真実となった。
そこで気付く。
この温もりこそが真実なのだ。
オレは、あいつにあの時なんと言った?
オレがすべきことを理解する。同時にこなさなければならない課題も出来上がった。
ベル家の嫡子として、魔界の王となる後継者として、そして……ガッシュの兄として。
どす黒い感情の奔流を飼いならすことは難しい。
しかしこれを押さえつけなければ課題は達成できない。
オレとガッシュが受けているのが愛だというのなら、“相応のお返し”をするのが親孝行というモノだろう。
あの時にガッシュに会うことが出来たのは僥倖だった。
きっと会わずに暮らしていたのなら、ガッシュという存在に憎しみを募らせながら日々を過ごしていたに違いない。
―――許せ、ガッシュ。兄が、愚かだった。
もう二度と間違わん。
オレがすべきことは、たった一つ。
「必ずお前を迎えに行く。王となり、父を説得し……それが無理なら父を倒し、必ずお前をオレの弟としてこの魔界全てのモノに認めさせて見せる。すまない……それまで耐えてくれ」
決意を胸に留めれば、もはや何を苦痛と思うこともない。
あらゆる障害を撃滅しよう。立ちふさがる敵は焦がしつくそう。それがたとえ実の父であろうとも。
子が父を超えるのだ。これほどの親孝行もあるまい。
受けたモノは全て返すぞ、父よ。
その為には……全て利用させて貰う。
「待っていろ、ガッシュ。お前を必ず幸せにしてみせる」
あの時に受け取った温もりを胸に抱いて、オレは窓の外の星に手を伸ばした。
○△○
訓練と勉学で忙しい日々。
己の実力が上がっていくのは二年を過ぎてから実感していた。
掌から出る低級術である“ザケル”が、歴代でも一般的とされる威力を超え始めたのだ。
雷の一族に伝わる……きっと初めに生まれた雷の魔物が作ったであろう術は二十に近く、世代を重ねる毎に効率化と取捨選択を繰り返して基礎と呼ばれる術式が出来上がっている。オレ達のような後継はそれをなぞって術を覚えるのだ。
魔物の術式の理論通りの術は当然にして、我ら雷の一族だけの派生系もある。意思を持つ生物的な術もあれば、術者の意思で動かすだけの無機物なモノもあり、エネルギーを飛ばすだけのモノだってある。
一つ、二つと使える術が増えていくのは嬉しい。多種多様な魔物との戦いにも対応できるようになっていくだろう。
ただ、鍛錬を積んでいる間に知らされたことがある。
『術は魔物それぞれの個体ごとに違うモノとなる。お前のモノと我が術でも違うモノが出来上がるだろう。しかして魔物の術は例外なく基礎を磨き上げた大きさによって最終のチカラが増すのは変わらない。故に鍛錬せよ。修練せよ。磨き上げ、研ぎ澄ますのだ』
その言葉通りに、オレは毎日必ず第一の術の鍛錬だけは欠かさない。
未だオレが求める……“父をも倒しうる雷の力”は決まっていないが、いつの日かそれを創り上げる為に基礎だけは鍛えに鍛えている。
慢心もしない。まだ到達点は遥か遠いのだから。
戦闘の幅も広げた。
剣術、槍術、棒術……ありとあらゆる武器を扱い、ありとあらゆる武器との戦いを想定して訓練を行っている。
それに伴って身体能力が増していく。
こればかりは王族の身体というモノに感謝だ。
鍛えれば鍛えた分だけ強くなれるのだから。
一般的な強化術式程度ならば、この身体一つで対処できるようにもなってきた。
大人の兵士、それも手練れにも勝てるようになってきたが、たかだか兵士だ。王の術一つで消し炭になる程度の兵士に勝っても価値などない。
周りが褒め称えようとオレの心に嬉しさなど微塵も湧かなかった。
―――まだ、まだ足りない。
知識も蓄えた。書庫の本を読み漁り、思考訓練を積み、帝王学を学び、教育係が必要ないほどにと寝る間を削ってでも詰め込み、積み上げた。
禁書庫にも入れる許可が下りたのはつい最近。あの時見たバオウの禁書はもはや隠されていたのは遺憾だったが、もう一つの脅威である“ファウード”まで知れたのは良かった。それすら打倒するチカラを大人になるまでに鍛えねばならんという目標が出来たのはうれしい誤算だ。
ありとあらゆる魔物の知識を得られたのも大きい。
ただし、不可解な点は其処にもあった。千年前の戦いに於いて、最も多くの魔物を倒したはずの魔物の情報がないのだ。
隠されているのは仕方ないが、次の戦いの参考にするためには知っておくのは必須。どうしても、と父に尋ねると……オレの心を震えあがらせる答えが帰ってきた。
曰く、ゴーレンという者が千年前の戦いで最も魔物を葬った魔物なのだという。魔界の王である父でさえ、他三体の魔物と共闘してやっと倒したらしい。
曰く、その魔物の情報は“とある一族”以外の者の記憶から抹消されているのだという。爆発を操るその一族は、“ゴーレンの残した厄介事”を解決する為に記憶は消されなかったとのこと。
曰く、ゴーレンに後継者はなく、そもそもが存在そのモノがこの世界から消えたという……父が……“王の特権”とやらで存在を抹消した、と。
魔界の王を決める戦いで最後の十人となった時、“王の特権”が知らされる。
それはこの魔界の全ての魔物を選別する権利。
全てはよりよい魔界を作る為。
恐ろしい……否。
悍ましい。
オレはその話を聞いて、より一層に父の存在が分からなくなった。
この魔界は確かに平和だが、そんな悍ましい方法で一体の魔物を消したという事実が、オレにはどうしても納得できなかったのだ。
磨き上げた“バオウ”というチカラがあったはずなのに、なぜ、と。
尋ねることが躊躇われたが、父はその時に一つ語った。
『この魔界には、突然変異と呼んでいい魔物が生まれることがある。そ奴らに知性はあるモノの通常の魔物とは一線を画す思考を持っている。魔界の魔物達など、そ奴らにとっては心底どうでもいいのだ。あの時に生まれた突然変異はゴーレンだった。成長途中に負かしてしまえばまだ救えたかもしれぬが……王を決める戦いの最中に成長した奴は王とならずとも魔界の脅威となるのは必定であった。
故に我は王の特権を使い、その脅威を葬ったのだ。あの頃の魔物達からその記憶すら奪い取ってな』
大きな、とても大きな情報だった。
父の声に後悔はない。王というのは非情な判断も時にはしなければならないのだと、その声が語っていた。
なるほど……初めて父の王としての側面の一端を理解出来た気がする。
冷たい選択の連続を乗り越えて今の父があるのだろう。
『デモルトを負かすもっと前……せめて星の使者パムーンが負ける前に間に合っていれば……いや、過ぎたことだ』
小さな声で語られた後悔は己の行いではなくその時の状況に対して。
父にとっては、ゴーレンという魔物に対してはもはや感情などないのだろう。
『心せよゼオン。突然変異の魔物の対処は我ら王族の使命である。例え魔界の王にまだなっていなくとも、雷のベル一族としての義務を果たすのだ。
王の特権による存在の消滅の恐怖を乗り越えられるだろうと信じてお前にこの話をした。よいな? 胸に留めておけ』
ふいと、オレは無言で頭を下げて膝をつく。
これは王命。嫡子として、それは受け取らなければならないモノ。
思う所はあるが、王としての父は尊敬しよう。
父は、確かに魔界の王なのだろう。
見習うべき所は見習わなければならない。
魔界の平和の為に斬り捨てる命。“本当に必要ならば”オレもそうしよう。
どうしようもない純粋な悪か、自然災害のような心なき暴力か、魔物を内から滅ぼす癌のような自己崩壊因子か……どれであれオレが直接判断せねばなるまい。
「必ずや」
短く一言。心に留める。
父はそれで話を終え、オレはそれを感知して立ち上がる。
魔界も守らなければならないのは当然のこと。
オレの希望の為には、その突然変異とやらは邪魔でしかないのだから。
それとは別に、父には言わなかった心の内をぽつりと零す。
「父よ……ならば貴方は、もし、王を決める戦いがまだ先だったとして……バオウを与えたガッシュが脅威となったら滅ぼすか? オレが悪に染まったならば存在を消すか?
その答えは、オレが王になってから答えて貰おう」
貴方がオレ達をどう思っているのか、ただその答えが知りたい。
己の消滅の恐怖などはもうない。
恐ろしいのだろうが、そんなモノは乗り越えて当然だ。勝つことが当然。オレの願いは戦いを勝ち取った後にある。
―――大切な弟が幸福に生きていける魔界を作る為なのだから。
非情な決断などいくらでもしてやろう。
だが、それは最後だ。
―――オレは父と同じにはならない。
そうだ。
二人で魔界のこれからを考え、二人で魔界を良くしていこう。
一人で決めるからダメなんだ。二人で決めていけばいい。
王となったオレと、共に暮らすガッシュの二人で。
あいつは優しい弟だから、きっとオレには出来ないことも考えてくれることだろう。
その時を想うと、自然に口が綻んだ。
○△○
どうして、と声が聴こえた。
呆然と立ち尽くす、仮面を被った銀髪の子供の声。
森の中で、村への帰り道で。
家族ではない誰かが住む家に向かう途中のこと。
学校では見たこともない髪。聞いたこともない声。
何故だろう。
知らない子供のはずなのに、気にせず歩いて帰るだけでいいのに。
僕の足はその子の前で止まった。
仮面の穴に目を向ける。
僕とは違うキラキラした目があった。
紫水晶のように美しい輝きを宿したその瞳が揺れていた。
きっとこの子には、美味しいごはんを作って一緒に食べてくれるお母さんが居て、学校から帰ったらお風呂に入れてくれたり勉強を教えてくれるお父さんがいるんだろう。
もしかしたら……一緒に遊んでくれるお兄ちゃんもいるかもしれない。
ただただ、それが、いいなと思った。
ゆっくりと、僕の顔が笑顔になる。
今にも泣きだしそうなその子を安心させたかったからかもしれない。
そして、その子に僕の分まで幸せになって欲しいなって、どうしてか思ったんだ。
笑いかけると……その子はビクリと大きく震えて俯いてしまった。
どうしたの? どこか痛いの?
ぎゅうと胸を押さえ始めたその子の仮面の下から雫が落ちる。
泣いているんだと、ようやく気づく。
声を掛けようとしたその時に。
ふっと、身体が動いた。
無意識のうちに、どうしてか僕はその子を抱きしめていた。
自分でも分からない。
でも、泣いてほしくなかったんだ。
大丈夫だよって、身体で伝えたかったんだ。
何も言わないその子は、ただぎゅっと僕を抱きしめてくる。
ああ、あったかい。
優しく、優しく抱きしめかえしてくれた。
どうしてそうしてくれるのかは分からないけど、初めて抱きしめて貰った嬉しさで、僕の心もあったかくなったんだ。
「お前は……一人じゃない」
“お願い”が、とてもよく聞こえた。
「生きろ。生きてくれ。必ず……」
最後は涙と一緒に描き消えてしまったけれど、震える声で伝えられた“生きろ”って言葉が……泥の中に沈んでいたはずの僕の心に、小さな光を灯してくれたんだ。
読んでいただきありがとうございます。
補足説明を。
ゾフィスの一族だけが、とある目的の為にゴーレンの存在の記憶を残していた、という設定で描かせて頂きます。
ファウードの話もあるのでリオウの一族についてもそのうち出てきます。
ゼオンは虐待に近い訓練を受けていた描写があったのと、原作ラストでの過保護具合を鑑みて弟を第一に考えるお兄ちゃんになります。
王の特権を知っていた描写が原作にあるので、王から直接教えて貰ったという設定で行かせて頂きます。
カッコイイお兄ちゃんゼオンが描きたい想いで描き始めた物語ですが、
これからも楽しんで読んでいただけたら幸いです。
下記のうちでどの魔物が好きですか
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弟にとっても優しいお兄ちゃん
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モフモフな親友
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竜族こそ最強よ
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王をも殴れる男
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ゴーーーーーー
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御意のままに!
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大・将・軍!
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グロリアスレボリューション!!!