もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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いつもありがとうございます。


第二十二話:不器用の端っこ

 

 

 ティーカップを傾ける仕草は優雅さに溢れ、非の打ちどころのない美しさを持っていた。

 数度目かの遠征を終えたシェリーは一時の休息の時間をゆったりと過ごす……はずだった。

 

 まだ家を継いでいるわけではなくとも、彼女は既に家の仕事も手伝い始めていて、それを疎かにすることはない。

 ブラゴと共に行う修行や未来の為の勉強、世界での魔物の情報の捜索など毎日が分単位の過密スケジュールで過ごしている。

 

 忙しい中での紅茶を嗜む一時だけは、彼女が唯一全てを頭の隅に追いやって過ごせる優しい時間。

 ブラゴは紅茶に対して腹に入ればどれも同じのような考えを持っていた為に、共にその時間を過ごすことはなく……少しだけ、ほんの少しだけ残念に思っている。

 紅茶を楽しむこの時間を理解して貰えないので、いつも通り爺やとティータイムを楽しむしか出来ない。今回もそうなると思っていた。

 

 ただ、驚くことに今回はそのブラゴが同席している。

 不機嫌そうに眉間にしわを寄せながら椅子に座って、偶にお菓子を食べては紅茶を傾けていた。

 

 そんな隣のブラゴを横に見つつ、シェリーは対面席で爺やと話している特殊な同席者を目を丸くしながら見ていた。

 

「ふむ……今回はどうだ?」

「はい、それはもう。以前よりも格段に上達しておいでですよ、ゼオン殿。茶葉の扱いから茶器の使用、一つの所作をとっても思考錯誤しつつ日々精進されているのがよくわかります。思いやりが伝わってきますとも」

「そんなことまで見抜くか執事。さすがだな」

「ほっほっ、年期が違いますからなぁ。そういえばこの前デュフォー殿から届けて頂いた茶葉、いつもとは違った味わいがあって面白かったですが……」

「ああ、いつもの隠れた名店的なモノではない。名の知れていない職人が作ったモノではあるが、味は保証出来るだろう。オレとデュフォーも最近少し他者と茶会をする機会が増えたから新規開拓ついでだ。東南アジアのとある店の―――」

 

 紅茶トークを繰り広げているのは己の執事と、魔界の王族で強敵でもあるゼオンであった。

 一応、シェリーはゼオンがたびたびこの屋敷に訪れて爺やからティータイムについての勉強を受けているのは知っていたし、一度だけ同席したこともある。

 ゼオンはブラゴに気を使ってか、ブラゴが居ない時にしかこの屋敷に訪れない。情報交換についてもデュフォーとメールでのやり取りをしている為、ゼオンからは他愛ない話や彼の弟との思い出話以外を聞くことはなかった。

 

 そんな彼が、わざわざシェリー達が揃って居る時を見計らって訪問してきたのだ。何かあるに違いないと思ったブラゴが席に着いたのも頷ける。

 

「ほう、やはり東南アジア産でしたか」

「知っているのか?」

「私が若い頃にその辺りの地域での紛争に参加していたことがありましたからな。あの時代の数少ない嗜好品の一つで高級品でございまして、幸運なことに頂いた立場としましては思い出もひとしおというモノ。復興時に現地の人々からありがたく頂戴したことは忘れられませんよ」

「なるほどな。この茶葉は執事の元に巡り巡ってやってきた思い出の味、というわけだ」

「嬉しいこともあるモノですなぁ。数奇な運命に感謝を」

「くっくっ。そういうことか。デュフォーのやつめ。いや……そうだな。デュフォーにも礼を伝えておく」

 

 嬉しそうなゼオンの表情は、自分のパートナーへの思いやりに溢れていた。

 暖かな時間にシェリーは少し呆けそうになる。

 魔物同士が出会えば戦いしかないはずで、こんなにも穏やかな刻を過ごせるのは通常では有り得ない。

 

 互いに全うすべき目的があると語り合った間柄とはいえ……この状況が崩れることがないのはひとえにゼオンという魔物が強大な力を持っていて且つ、今は互いにぶつからないという協定あってのこと。

 

「ちっ」

 

 ブラゴが明らかに不機嫌になっているのはそのせい。

 何か話があるんだろう、情報を吐いてさっさと出ていけとでも言えばいいのに言えない。

 ゼオンは流儀や様式に拘るところがあるということや、茶会という……ブラゴが苦手とする、話術を以って情報を奪い合う戦場の練習をしていると爺やから聞いたからだった。

 デュフォーからの高度な戦闘能力向上の情報や怨敵の情報の対価として、ゼオンの勉強(・・)を邪魔しないという条件が付けたされているのだ。

 

 そも、ゼオンはこの戦いに於いて自分を磨くことに余念がない。

 それは戦いだけではなく、国の特色や暮らしを見ていることで社会を、新しく出来た友や爺やとの茶会で話術を、デュフォーの資金管理を見て経済を……本当にいろんなことを学んでいるのだ。

 元から詰め込んできた知識や帝王学などの土台の上に、自分自身でソレを体感するという本格的な実地での学習も行う。

 

 そんなゼオンに対して……ブラゴ自身、強圧的な態度を取ることは己のプライドが許さなかったのだった。

 

 どの魔物とも見据えている先が、観えているモノが違うのは……言うなれば、王族だからこその思考。

 

 ブラゴもそうだが、他の魔物は“王になるため”にこの戦いに参加していて、毎日を暮らしている。

 ただ一人、ゼオンだけが他とは違い……“王になった後のため”にこの戦いを過ごしているのだ。

 

 それが許される実力を実際に体感して、ゼオンが持つ“魔界の王としての自分に対しての貪欲さ”を評価しているからこそ、ブラゴは不機嫌になるだけに留まる。

 ブラゴの不器用さが出て、柔軟に自分も茶会をとはならないのも理由の一つかもしれないが。

 

 彼の心にいつも浮かぶ感情は……焦り。

 ブラゴはゼオンを知った。知ってしまった。その背中の遠さを知ったからこそ、彼の内心はあの時から焦りに支配されている。

 

 シェリーはそんなブラゴの焦りを理解していたし、その高い実力に見合えるよう苛烈な訓練の毎日を過ごして尚、遠くに居る雷帝の背を見据えて実力を高めてきた。

 デュフォーと知り合えたのは僥倖だったと今なら言える。

 ゼオンという特別な魔物のパートナーであるのなら、きっと求められる水準も高いだろうとメールで聞いてみたのは随分と前のこと。

 

 返ってきたメールの返事は口調的に腹の立つモノが多かったが、内容としてはシェリーにとって必要不可欠なモノばかりだった。

 例えば呼吸のこと。例えば効率的な体力回復の方法、例えば身体訓練のメニュー……あげるだけでも十はくだらない。

 ブラゴにも使えるとのことで、情報源は秘密にして教えたりもして、一段階レベルアップしたのを実感した。

 

 そうして知るのは……やはりゼオンとデュフォーというペアがあまりにも途方もない実力を持っていること。

 

 シェリーは己で分かっている。きっと今はまだ、ゾフィスの打倒という目的があるから自分はそこまで焦っていないのだと。

 

 これはシェリーにとっては悪いことだったのかもしれない。

 ブラゴがゼオンという高みを知ってしまったことによって、ブラゴ自身がゾフィスをそこまで深く見れなくなってしまったことは。

 この目の前で紅茶について楽しく語っている少年に負けているという焦りが、これからの戦いに支障を来すかもしれないのだから。

 

 不安がよぎることもある。ゼオンという少年程ではないにしても、千年前の魔物だけでなく、ゾフィスがこちらの思いもよらない力を蓄えていたなら、と。

 

 漠然とした状況をどうにかしたいと思っている現状で起きた今日のこと。これはきっと好機だと、シェリーは思った。

 

 爺やに目配せを一つ。意図を察した彼はコクリと小さく頷いた。

 

「それではゼオン殿、お嬢様もブラゴ様も一息つけたご様子。そろそろ本題に入られては……」

「ん、おお。そうだな。待たせてすまない、ブラゴ、シェリー」

「では私はこれにて」

「また頼むぞ、執事」

 

 すっと一礼をして下がる執事を目で見送ってから、シェリーはカップを皿に置く。

 

「今回はどうしたのかしら? “あいつ”について新しい情報でも?」

 

 シェリーが立てた予測としては、今回の訪問はゾフィス関係だと中りを付けている。

 口約束ではあっても互いに不干渉と言っている為、動きがあったからブラゴと自分が揃っている時に伝えにきたのでは、そう考えて。

 

「ああ、近いうちにオレはそいつらの所に“挨拶”に行く。ゾフィスに手は出さないと言ったからには、一応報告しておかねばならんだろう?」

 

 目を見開くシェリー。ブラゴも興味をひかれたというように気が強くなった。

 

「それは……居場所が分かっている、ということかしら?」

「ああ、そうだ。オレとデュフォーは既にあいつらの所在を特定している。オレ達とブラゴに捕捉されたと知ればあの臆病な一族のことだ、逃げてしまうだろう。だから時機が来て確実に叩き潰せる状況を作り次第、居場所を教える」

 

 空気が一段階冷えた。

 紫電に含まれる感情は読み取れないが、シェリーの瞳に闇が滲む。構わずにゼオンは続けた。

 

「まあ落ち着けシェリー。情報は隠さずに教えるぞ。まだ復活させてはいないようだが、奴の配下に加わるだろう千年前の魔物の数は四十弱。内の五体はディオガ級を使いこなせる魔物達だ」

「ディオガ級を?」

「そうだブラゴ。お前と同じく(・・・・・・)ディオガを使いこなせる魔物達だな。昔に見た千年前の戦いの情報と照らし合わせて見ても五体の内の二体はただディオガを持っている程度では相手にならん実力だろう」

「ちっ……お見通しとは……しかしそれはまた喰いで(・・・)がありそうだな」

 

 嬉しそうに笑うブラゴは、己の力を高める為の標的が居ることに喜ぶ。

 

「ふん、倒してきた魔物は大したことがなかったか?」

「ああ、お前と比べれば……いや、それぞれに……手こずる要素はあった」

 

 言葉が詰まって途中で言い換えたブラゴにゼオンもシェリーも少し驚く。

 あのブラゴが、負かした相手を評価したのだ。其処にどんな心境の変化や成長があったのかは、ブラゴのみが知るモノ。

 自分と同じで、出会いで成長しているのかとゼオンは思い、口をほころばせ。

 普段の寡黙な彼からは知り得なかった心の一端を知って、シェリーはどうしたらいいのか分からず。

 

「へぇ、いいじゃないか。目的の為に術と魔力操作の制限を掛けていたとはいえ、オレもこの前に大怪我をしたし、オレもお前もこの戦いで何かしらの成長をして強くなっているようだな」

 

 唐突に投げ込まれた爆弾発言。

 その言葉は、シェリーとブラゴを固まらせるには十分だった。

 

「お、お前が……」

「大怪我を???」

 

 戦ったからこそ分かるでたらめな実力を持つゼオンがそんなことを言えば、彼女達が驚かないはずがない。

 楽しそうに笑みを浮かべた彼が語りを紡いだ。

 

「クク……あいつらは強かったぞ。ブラゴなら知っているだろう? 森の外れの一族で特殊個体が出ていたことを」

「まさか……レインか?」

「そうだ。オレはあいつと戦った。マントと魔力操作の防御を抜きオレに血を流させ、瞬間移動にすらついてきて投げ飛ばし、術無しでも術ありでも肉弾戦で五分を刻み、ディオガ級を超えるオレの術すら打ち破ってきた。

 パートナーの人間にしてもそうだ。オレとそう変わらない歳だというのに魔物の術に震えながらも隣に立ち、レインと通わせた心から最適な術を幾度も繰り出し、レインの潜在能力があるとはいえ心の力によって一層強化された術を生み出す。胸に溢れる想いの力はオレでさえ感嘆を示さずにいられなかった。

 こちらが今後の為の制限ありきで戦闘遅延を行いつつ最大術を使わなかったとはいっても、オレ自身はほぼほぼ本気で戦った。戦い慣れしていない状態でそれだったのだ、如何なオレとて体内魔力が底を付けば危なかっただろう。まだまだオレ自身の身体の小ささによる体力の差が大きかっただけだとしても、デュフォーと二人で戦っていなかったとしても、だ」

 

 壮絶な戦闘であることが予測される内容が語られ、ブラゴの拳がギシリと鳴る。

 また、自分よりもレベルの違う経験を積まれたことが悔しくて。自分が敵わなかった相手に喰いついた魔物が居ることが悔しくて。

 ブラゴ自身も片手を失う程の強者や数日をかけるほど苦戦する相手と戦ってはいたのだが、ゼオンというランクが上の魔物が苦戦する程の……それこそブラゴが死の寸前まで追い込まれるであろう程の戦いはしていないことが更なる焦りを生む。

 

 そんな彼を見たゼオンは、口を引き裂いてブラゴへと紫電を向ける。

 

「戦ってみたいか? ブラゴ」

「なに……?」

「ふふ、レインのヤツは強いからな。オレの目的の為に協力してもらうことになったんだ。だから……今もこの人間界に居るぞ」

 

 挑戦的な視線を向けられて、ブラゴは目を細めた。

 沈黙が僅かに。

 

「徒党を組むタイプではないのは知っている。オレだってきっと弟と出会わずにこの戦いに参加してそんな提案を投げられればプライドが許さなかったに違いない。

 お前はお前の思い描く方法で強くなりたいはずで、他者からの助力などそれこそ気に喰わんはずだ。それも特に……オレからならばな」

「……ちっ」

 

 内心を言い当てられて、ブラゴは舌打ちを一つ。

 

「しかし……歯痒い気持ちも分かるんだ。歯ごたえのない相手と戦い、逃げるだけの者を追い立てるだけで、本当の実力を持った者と本気で戦うことをほぼしておらず他者はそういった経験を積んでいる。

 日に日に募っていく焦燥感、己の力量に対しての疑念、このままで本懐を果たせるかという己への苛立ち。ああ……そうだ。きっとお前とも同じのモノだろうな、シェリー」

 

 紫電に影が渦巻く。

 この頃はずっと胸の奥に封じ込めて出していない感情も、友でもないパートナーでもない相手ならば少しくらいは見せてもいいかと零したモノ。目の前に同じように憎悪と復讐に燃えるモノがいるからこそなのだろう。

 

 深い深い、これでもかと練り込まれて熟成された憎悪の感情の全てを表に出すことはない。ただ一端が見えるだけでもシェリー達にとっては説得力を持たせる要素となる。

 

「どうだ? あいつもオレとばかりではクセを読むことさえできてしまうから単調だろうし、お前達ならばレインのいい訓練相手にもなると見込んでの誘いだ。こちらとしてもレイン達の実力を上げられるしいい提案だと思うんだが……」

「そうね……」

 

 シェリーはその有用性を見越して少しだけ思考に潜る。

 だが……ブラゴは……

 

「断る」

 

 はっきりと、きっぱりと突き放した。

 

「……強くなるチャンスでも? こうも魔物に逃げられてばかりでは貴方も鈍ってしまうだろうけれど」

「……」

 

 シェリーの問いかけに黙した彼は、真っすぐにゼオンの紫電を見据えるのみ。

 そんな彼の気迫に、シェリーは圧されることなく同じようにゼオンを見る。

 

「……パートナーのことを考えての拒否か? それともお前の誇り故か?」

「シェリー」

 

 すっと、ゼオンの問いかけを受けて逸らされた目は、シェリーの瞳を覗き込む。

 

「お前の願いをより確実にする為ならば、こいつの提案に乗るべきなのかもしれない」

 

 重い声。ゆっくりと綴られる言葉は自分にも言い聞かせるように。

 

「だが……それではオレもお前も……“こいつの下”か、“こいつの仲間”になってしまう」

 

 断固たる意志を宿して語られる声はぶれることなく、芯を以って場に響いていた。

 

「基礎能力向上の訓練メニューへの介入程度ならば……腹立たしいことだったが許した。だが……その提案とやらを受けて、こいつにそんな“でかい借り”を作るのだけは、願い下げだ」

 

 気づいていたのかという驚きと、ブラゴの言葉に隠された不器用な心遣いをシェリーは理解する。

 

 彼はこう言っているのだ。

 

“いつか倒すべき相手から与えられた甘い餌に喰いついて、それで追いつくとどの口が言うのか”

 

“お前の秘める想いは、誰かの手を借りて叶えたいモノなのか”

 

 ゼオンと初めて会った時に語ったことを、ブラゴも忘れていない。

 己の譲れないモノとシェリーの想いを加味した上で、彼は即座に返答した、そういうこと。

 

 そんな彼の言いたい事を理解して、シェリーはふっと口元を緩めた。

 

「ふふ……ええ、そう。ゼオンくん、悪いけれど訓練というのなら(・・・・・・・・)お断りするわ」

 

 躊躇って腑抜けた思考と思われる隙を一瞬でも見せてしまった自分に恥じたシェリーは、鋭い眼光をゼオンに向けつつ告げる。

 今のままでは確かにダメだという焦りは持っていても、己の心の底で燃ゆる憎しみの炎を侮られるわけにはいかない。

 

「貴方の協力者と本気で本を燃やし合っていいというのなら、喜んで受けましょう」

 

 ゼオンからの提案を受けるのならば、ブラゴ達はブリーダーに躾けられる走狗のようなモノに成り下がってしまう。

 いくら親友を救う為に何をしてもいいとは言っても、彼女は誇りだけは失ってはならない。胸を張って親友ココの隣に立っていていいと納得できる自分でなければ、彼女は自分自身を許せない。

 強大な相手とはいえ、あくまで自分達は対等。餌につられて手を結ぶつもりはないと、彼女もきっぱりと拒絶した。

 

 瞳に浮かぶ決意と覚悟の光を見て、ゼオンは緩く吐息を零した。

 

 

「ふっ……お前達の誇りを蔑ろにするつもりはなかった。すまんな、失言だった。なかったことに……というのは些か都合が良すぎるか。その分の対価は払おう」

 

 友を得たことで少しばかり気が緩んでいたのかもしれないと、ゼオンは己を戒める。

 思い返してみてもぬるい提案だったと彼は思う。そもそもブラゴ達は同志ではなくただの協力者なのだ。共通の敵であるゾフィスを倒した後ならいざ知らず、今は互いに情報を共有しあうだけの同盟のようなモノに過ぎない。

 

「一応聞いておく。お前達はオレの目的である……“ガッシュの手助け”に協力してくれることはあるか?」

 

 なんのことはなしに告げられた彼の本懐に、シェリーとブラゴは首を振る。

 

「ないな。オレは誰かと手を組む気はない」

「ええ、邪魔をしたら貴方を敵に回すことになっても圧し潰すだけ」

 

 本気で実行するだろうという気迫が二人から溢れていた。

 当然か、と納得したゼオンが薄く笑う。

 

「それでこそブラゴとシェリー。己の道の最中で背を振り向けば強敵が居るというのも……クク、なかなかいいモノだ」

 

 余裕をもって語る彼は、実力ではなくその心を見て、己に追いついてくる敵だと彼らを見定める。

 こういった相手がいるのもいいことだと特段悔やむことなく。

 

 例えるならば彼らは他国の王。同一の目的の為には足並みを揃えようと、競い合うことも必要な相手。

 

 そも、彼は全てを味方に引き入れる気はなかった。シェリーとブラゴならば断ると、何処かでは分かっていたのだ。

 ただ甘い提案をしてしまったのは万が一の可能性を求めてみた為だ。“ガッシュの為にブラゴという強者と肩を並べて切磋琢磨しあう”……そんな“もしも”を。

 

―――オレとデュフォーが求める三体の内の一体となってくれればよかったが……難しいものだ。

 

 すぐに上手くいくわけではないからと、ゼオンも今はまだと諦める。

 

「今回のことでも貴方に受けた情報の借りは何処かで必ず返すわ。他の子が千年前の魔物の相手をしてうざったい手間を少なくしてくれる分もね」

「ふん……オレは別に全てが相手でも構わんが」

「ええそうね。本当ならあいつの計画なんて、私達で全て潰してやりたいもの」

 

 借りを作ったままにしないというのもゼオンにとっては高評価。楽しそうに二人を見るゼオンは、彼らに先ほどの分の対価を渡すことにした。

 

「なら此処からは先ほどの対価として聞いてくれ。ブラゴにとっては別に取るに足らないかもしれないが……千年前の魔物のパートナーについて」

「……あ」

 

 そうか、と声を漏らしたシェリー。失念していたと彼女の表情が曇る。

 

「当然、千年前の人間など生きているはずがない。ならばどうやって千年前の魔物を配下に加えるか……おのずと答えは出てくる」

「……子孫、ね?」

「正解だ。だがそれだけでパートナーになれるというなら選ばれた人間の家族でも本を読めるはず。それがないということは?」

 

 ギリ、と歯を噛みしめる音がした。

 大きな覚悟を宿していようとも、シェリーは思いやりの深い人間。だからこそ、気付いた答えによってまた憎悪が深く色づいた。

 

「……心の操作」

「間違いなくな。四十弱モノ人間全てが、魔物の戦いに喜んで参加するとは思えない。何よりあの一族の魔物であれば、そんなイレギュラーな要素を己の配下に加えることはないだろう」

「解せんな……たかだか魔物の子一人で四十もの人間を能力で操れるか?」

 

 腕を組んで聞いていたブラゴの言葉に、ゼオンは嬉しそうにそちらを見た。

 

「ああ、お前の言う通りだ。だからこそオレは“ソレ”も確認しに行くんだ。どうやってそいつが多くの人間を操るのか、どうやって千年前の魔物達を従えていくのか、その全てをな」

 

 二人は紫電の中の光に、昏い輝きを見る。

 

「もし、オレとデュフォーの予想が正しいのならば……細胞の一片すら残したくない程に苛立つかもしれんが、約束通りに手出しはしない。其処で得た情報の全てをお前達に教えることも約束しよう。さらにはデュフォーの“ツテ”でその人間達全てのアフターケアをすることもな」

「……アフターケアについて聞かせて貰っても?」

 

 僅かに逡巡したシェリーは、真っ直ぐにゼオンを見る。親友のその後を気にしている彼女にとってもいい情報だと考えたからだ。

 

「行方不明となっている人間の身辺情報の調査、家族の生活の保障、国際的な犯罪組織に誘拐されたという社会生活への理由づけ、“心の操作による後遺症の有無の確認とオレの記憶を奪う術による対策”、大きいところではそれくらいか」

「あなた……記憶を消せるの?」

 

 もし、と思うことがあるからシェリーは尋ねた。ゾフィスにさらわれた親友が、もしかしたら最悪の状態で帰ってくることもあるから、と。

 だがゼオンは首を振る。

 

「消せると言うか奪うというのが正しい。あくまで応急処置程度でしかないし、オレの中に眠らせるようなモノだから出来れば使いたくない。もしそういった後遺症があれば、オレが記憶を一時的に奪っておき、ゾフィスを帰らせる前に奴を従わせてこの戦いに関しての記憶をしっかりと消してやるつもりだ」

「そう、なのね」

 

 簡単にはいかないのだと、シェリーはがっくりと肩を落とす。だがすぐに覇気の籠った目でゼオンを見た。

 

「ゾフィスを従わせる役割……私達に任せて貰えないかしら?」

「ほう、なぜだ?」

「あいつを心の底から反省させないと……気が済まないのよ」

 

 力の差や権力の差、そういったモノを使えば簡単に従わせられるかもしれない。

 ゼオンであればきっとゾフィスにいう事を利かせられるのは容易だろう。

 しかしそれでは……やりきれないナニカが残る。シェリーの心の何処かに棘を残し、自分達の力で親友を救ったという結果を心の底から受け入れることは出来ないのかもしれない。

 

 少しだけ考えたゼオンは……大きく頷いた。

 

「よし、任せた。ゾフィスについては完全にお前達に委ねるとしよう。代わりと言ってはなんだが千年前の魔物のパートナーにされた人間達のケアに一枚噛んでくれ。デュフォーとオレと……最近出来た人間の有力な協力者だけでは世界中の人間のフォローは難しいんだ。千年前の魔物達の帰還やゾフィスの確実な撃破、ガッシュ達の成長など、オレ達の目的に巻き込んで救出を遅らせてしまう以上、最大限のバックアップをしておきたいんだ」

「願ってもないことよ。確実に潰す為という理由があってもその人達を巻き込んでしまうからには、せめてもの罪滅ぼしはさせて貰うわ」

 

 ゼオンにとってはガッシュの成長、シェリーにとってはゾフィスとの因縁の為、それぞれの目的の為に被害者の人生の時間を利用する。

 ゾフィスという狡猾で臆病な魔物の油断と慢心を引き出して逃がさず確実に倒す為には必要な事柄であっても、被害を受ける人間の苦悩と苦痛を思えば出来ることはしたいというのがゼオンとシェリー揃っての見解。

 

「……」

 

 二人のやりとりを見ていたブラゴは、ゼオンの瞳をじっと見ていた。

 気づいた彼が紫電を向けると……

 

「……ゾフィスは任せろ。オレ達(・・・)が必ず叩き潰して……ヤツに後悔させて見せる」

 

 呆然と。

 シェリーはブラゴの言動が信じられなくて口を開ける。そんなことを彼が言うはずがないと思っていたと顔に描いてある。

 ふいと顔を逸らしたブラゴはもはや何も言うまいと無言を貫く。

 

 くつくつと、ゼオンは笑った。

 

「ふふ、不器用な男だな」

「……」

 

 ニンゲン達のことまで考えていたシェリーとゼオン。自分は何が出来るか、と考えてブラゴはわざわざ口に出してソレを言ったのだ。

 そんな彼の新しい一面を見てシェリーは優しい笑顔を浮かべた。

 

―――ブラゴも日々変わっていっている……か。私も頑張らないと。

 

 無口で不愛想な彼の不器用ながらも優しい想いの欠片に触れたことが今回の一番の収穫かもしれないと、シェリーは嬉しくなりながら紅茶のカップを傾けるのだった。

 

 黒の不器用の端っこが知れた午後のこと。

 他者の心を操る魔物の計画が進むにつれて、他者の心を想う者達による戦いへの準備は着実に進んでいく。





読んで頂きありがとうございます。

黒とのお茶会リターン。
知らない内に進んでいく銀本組と白黒によるゾフィスくん包囲網。
心を操るとか絶対許さないお兄ちゃんによる人間達へのケア計画(提供デュフォー・アポロ・シェリー)

ゾフィスくんが逃げたりして被害が増える可能性もあるので泳がせて一気に潰す方向。ゼオンくんにビビッて逃げないようにするのが一番の課題だったり。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。

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