もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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いつもありがとうございます。


第二十六話:称賛と最終線と

 

 まったくもって腹立たしい。

 

 どうにか感情を抑える術をデュフォーと訓練しているから抑えられたが、それでも出会った時から話している最中に何度も危うい所があった。

 自分の至らなさが情けない。

 こんな……こんな屈辱的な恰好までしてオレ達の計画を進めようと決めたのに……やはりガッシュのことを思えば自分が抑えられないことが有り得た。

 

 どうにか耐え抜いたのはデュフォーのおかげだ。やはりオレはまだまだだ。初めのチョップはまあアレだとしても、デュフォーが何度もオレに対してだけ気付くような合図を送ってくれたおかげで常に最低限は感情を抑え続けられたのだから。

 本当に頼りになる。質問をしている最中も、足音などでウソとホントをオレに教えてくれていたし、こうしてオレ達にとって一番欲しい情報を持っていそうな千年前の魔物と語る機会をしっかりと作りだしてくれた。

 計画通りに進めている安心感に心の内だけでほっとしていた。

 

 そう……今、坑道の内部の小さな小部屋の中で、ゾフィス達の創り上げた研究の最終結果が成されようとしている。

 

 オレとデュフォーが選んだ千年前の魔物は……星の使徒パムーン。

 

 過去の戦いに於いて竜族に次ぐ程の実力を持っており、心の在り方は騎士と呼ぶに相応しい清廉潔白さを持っていて、過去の魔界の事情にも詳しく“雷のベル”についての知識もある者。

 過去の戦いの情報や、デュフォーの能力での話を聞いて、オレの興味が一番向いたのがパムーンだったのだ。

 

 一応は石版に封じられたとされる時期が後半の魔物の内、他にも候補は居たのだが……魔界の有能な教育を受けたパムーンが一番の適任と見て保留とした。

 個人的には……友である月の魔物が封じられたことでその魔物を助ける為にと単身ゴーレンに向かったという、仲間想いのV字型の魔物とも話してみたいところだ。

 

 

 思考に潜る。

 

 こういう時、デュフォーの能力は便利だ。

 過去にあった戦いの情報でさえ、ほんの少し切片があれば“答え”として知り得てしまえるのだから。

 

―――心の底から有り難い。デュフォーに返しきれない恩が積み重なっていくな……。

 

 甘えているのだろうか。甘えているのだろう。

 今回のことだって一人でできなければならないことのはずなのに、デュフォーが止めてくれることを何処か当然と構えていやしないだろうか。

 結局オレがしたのはゾフィスに対して質問をしたことだけ。

 

 この筋道を決めたのはデュフォー。それに今は……他のことを任されて送り出してくれたカイルとレインも居る。

 

―――ああ……借りばかりが増えていく。本当に……

 

 腹立たしい。

 

 自分が。このちっぽけで矮小な存在が。

 

 弟一人を満足に守ることの出来なかった出来そこない(・・・・・・)の兄が。

 

 借りを返すことは出来るのだろうか。いつしか、あいつらにこの大きな借りを返せる時が来るのだろうか。

 

 そんな思考に潜っていると、デュフォーがバカにしたような顔を向けてきた。

 こいつは能力のオンオフが自在だが、今回はオレがゾフィスに対してなんらかの縛りを与えないかとオンにしているらしく、どうせそれでオレの思考の答えを出したのだろう。

 別にもう、こいつに心の中を読まれようが気にしない。そういう能力を持っただけのヤツなのだと理解すれば恐れる必要も起こる必要もない。重宝こそすれ、千差万別の魔物の国を治める王になるというのなら……この程度の能力(・・・・・・・)に色眼鏡を掛けて見ることこそ馬鹿らしいのだ。

 同じように、普通の奴らなら気味悪がるかもしれないけれど、オレが気にしないと分かっているからこいつはオレの目的の最効率の為に惜しげもなく使う。互いに理解しているから苦にならん。

 

 そうしてオレが今回のような卑下した思考をしていると……決まってこうやってバカにした顔をして見てくるのだ。

 いや、能力を使わずともこうやってバカにしてくるけれども……。

 

 次に口にする言葉は決まっている。

 

「頭が悪いな」

 

 睨んでやると、小さくため息を吐いて顔を逸らした。

 わざわざ口に出してくるのがこいつだ。

 オレが悩んだり、自分に苛立っていると、決まってこいつはそう言うんだ。

 

 最近気づいた。

 こいつのコレは、他のヤツ――特にシェリー――には理解が出来てない時にわざわざ口にして煽ることが多いけれど、オレに対しての場合はいつもガッシュ絡みやオレ自身が打ちひしがれている時に焚き付けるようにそう言う。

 

 分かっているさ。

 お前はこう言いたいんだろう?

 

 そんなくだらないことに頭を使っていないで先を見ろ、と。

 自分を卑下しているのならより高みを目指そうと切り替えろ、と。

 

 まったく……そういうところが余計に借りを作られていると感じるのだ。

 こいつが焚き付けてくれるからオレは早くに切り替えられる。

 とは言っても、口に出してやるのは腹が立つので別の話題を振ることにした。

 

「ふん……まあいい。それよりゾフィスは何やら手間取っているようだな」

 

 石版を渡してしばらく。準備をするからと奥へと消えてからもう数十分経っていた。

 投げかけた言葉にデュフォーはじっと奥を見やってから

 

「一応は何か怪しい動きをしているわけではないな。失敗は許されないからと全てを確認しているみたいだ」

「ほー、思いの他まじめなようで安心したぞ」

「さすがにあいつにとっての敵の情報が分からない内は余計なことはしないらしい。“雷帝”の二つ名が大きいんだろう。お前のことも警戒していることから、あいつは少なくとも二人の厄介な敵が相手だと誤認しているし、“その首飾り”によって魔力偽装も出来ているから下手な手出しはしてこないだろう。作戦はとりあえず成功だ」

 

 なるほど、と一人ごちる。

 確かに軍の魔物達と訓練をしていたから、オレの力量がどれくらいかは伝わっていたのだろう。

 女装は遺憾なことではあるが効果があったのなら呑み込んでやる。

 

「此処までしたのだから何も効果がなかったらさすがのオレでもキレていたぞ」

 

 またデュフォーを睨むと同時、ちゃらり、と首飾りが音を立てて揺れる。デュフォーの瞳が首飾りを追った。

 

「……ソレを使う時はまだ来ないな」

「分からんぞ? パムーンが石版の封印から解かれて暴れるようなら使う可能性もあるのではないか?」

「いいや、パムーンは素の力だけならお前よりも劣る。パートナーが居ない状態ならお前一人で十分だろう。だが、くれぐれもマントは使うなよ?」

「ならいいか、マントについては気を付ける。せっかくレインにも協力してもらっていることだしな」

 

 一応というように言って来たデュフォー。

 この“レインによって創られた首飾り”のおかげで身体周辺の魔力を誤魔化せるから瞬間移動等はどうにか隠ぺいできても、マントを使ってしまうと効果範囲を外れるのでオレの魔力がバレてしまうのだ。

 

 ベルの雷が少しでもバレてしまえば警戒心の強いゾフィスのこと、此処はヤツのホームであるのだから魔力パターンを記録されてガッシュの雷との波長の類似点などから関連性を暴いてしまうことだろう。

 そのくらいはオレでも考えつくし警戒する。敵の情報を知ることこそが戦いに於いての一番真っ先にするべきことであるのだから。

 

 故に、オレはレインに協力して貰って一つの策を講じている。

 首元でちゃらりと鳴るこの牙と爪の首飾りは……気恥ずかしいことだが、あいつとオレの二人で創り上げた“ガッシュの為の絆”だ。

 初めての試みが上手くいって嬉しい限り。デュフォーとカイルの協力あって出来上がったコレは俺達の自信作であり、必ずや、ガッシュの為に役に立ってくれることだろう。

 

 そうこう考えている内に準備が整ったらしい。

 コツ、コツと靴音を立てて坑道の奥から歩いてくるゾフィスは、仮面から見える瞳を怪しく輝かせてオレ達に笑った。

 

「準備が出来ましたよ、お二方。どうぞ、奥へとお進みください」

 

 少しの屈辱と、そして自らの手腕に対する自信をしっかりと持った声音。

 では、貴様達の研究の成果をしっかりとこの眼に見せて貰おうか。

 

 罠の危険性はないと、デュフォーが無言の中にオレにだけ分かる合図を指の動きだけで示して伝えてくる。

 コクリと頷いただけのオレを見て踵を返したゾフィスに続いて、オレ達は二人で奥へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坑道の地面にぽつりと置かれた石版の上にはいくつものスポットライト。

 

「上にあるのは私達が考案したゴーレンの術を疑似的に生み出すフィルターを付けたライトです。月の光という答えに行きつくまでに五百年、正体の解明に二百年、適切な数値の判定にも二百年、そしてこのフィルターを創り上げるのに実に百年の時間を要しました。

 本来、月の光は太陽の光を反射して生まれるモノですが、その太陽の光は月の光を反射した時にだけ特殊な波長を持つことが確認されています。私達は仮にブルーツ波と名付けました。

 そのブルーツ波は月の大小に関わらず満ち欠けによってのみ大きさが変わるのですが……満月の時のみ、1700万ゼノという単位を超えるブルーツ波が生み出されます。我らが魔界の月でも同様に。私達は満月のブルーツ波によってのみ、ゴーレンの術によってつくられた石屑に僅かばかりの変化が現れることを研究の末に発見し、このブルーツ波こそが突破口だと確信しました。

 計算と試行錯誤を繰り返した私達一族は千年かけて……漸く、ゴーレンの石化解除術と同等レベルのブルーツ波の数値を試算することに成功します。ゴーレンの石化を解除する術はその満月を遥かに超えるブルーツ波を生み出すことではありますが……多すぎた場合に石版を壊して魔物を殺してしまっては大変です。そういった最悪の事態も想定した上で、的確にして適切な数値を測りきることは必須でしたからね。なにせ……魔物の子供達の命が、掛かっておりましたから」

 

 つらつらと説明される中で、ゾフィスの声にはいくつも感情が浮かぶ。

 

 一介の研究者としての純粋な熱意や、己達の研究が如何に細やかで大変なモノであったか。

 単一個体であり既に消滅した魔物の術の解析から、試行錯誤を繰り返しての原因の究明、現物がない状態での手探りの情報解析に調査……まさに血の滲むような研究であっただろう。

 

 ゴーレンを消滅させなければこうはならなかった……と、単純に言えることではない。

 なにせ……曲がりなりにも魔界の王となりし男が、魔界の脅威と認めて消滅させた個体なのだ。しかも一人では勝利できなかったとまで聞いている。それがどれほど危険なことか分からないゾフィスではなく、サンプルが少ないことには一つも文句は言わなかったようだ。

 

 これこそがこの一族の長所。

 腹に一物を抱えているとはいえ、なんとも優秀な一族であることは間違いない。

 

 最後に付けたされた魔物の命という単語が少しばかり軽く聞こえるのも、研究者という立場にあれば少しは仕方ないことなのかもしれない。

 こいつらは命を普通には見れない。見てはならない。研究者という性質上、こいつらが見るのは多種多様な魔物を“識る”ことが必須なのだから。

 

 

――ある意味で、そういった意識というのは……生物の命を数として判定を下さなければならないという点に於いてだけは……王と同質、なのかもな。

 

 

 非情にもならなければ政事は回せない。オレの学んできた帝王学に於いてもそれは同じく。

 切り捨てることも必要だと頭では理解しているさ。最も、救える者を全て救う選択を見捨てることなど絶対にしないが。

 

「そして試験結果に於いては、一度石化を解いた状態から元に戻ることはありませんでした。ただそれはまず大前提としてサンプルとして渡されたゴーレンの術が掛かった物体が低級術であったことと、この石版になっている魔物達に掛けられたのがディオガ級であることの違いを無視してこそ出てくる結果です。

 魔物の術が等級によって威力が変わるように、ゴーレンの術も等級によって効果が変わることも考慮せねばならない。何が起こるか分からない現状、復活させたとしても石に戻る可能性すらありますし……ゴーレン自身の術でないのですから……最悪の場合……復活が不完全に終わる、もしくは復活してすぐに死に至る、ということも可能性の一つでしょう」

 

 真剣な光の宿る目は、これが真実であり己に出来る予測の限りだと伝えていた。

 こんなことでウソを言っても仕方ない。何より研究者という性質から、こいつは研究報告でウソはつかないだろう。

 

「可能な限り被験者達のリスクを減らすように最大限の研究を行って来たのが今回です。人間界に来るのも千年に一度とくれば……失敗は許されない」

 

 つーっとヤツの顎に汗が伝った。

 緊張しているのだろう。それもそうだ。ヤツらの千年の集大成を一身に背負っているのだからな。

 両肩に圧し掛かる重荷はとてつもなく大きいはず。

 

「例えば……」

 

 声を出すと、ゾフィスはビクリと跳ねた。

 

「石版にされている魔物の意識はどうなっているんだろうな?」

 

 質問を投げれば、ゾフィスはすっと目を細めて小さく息を吐いた。

 

「分かりません。そればかりは私も試験的に一体を復活させてから聞き込みを行うつもりでしたから」

 

 ウソはないらしい。デュフォーの合図で分かった。やはり情報を集めることを前提としているようだ。十全を整えてから魔物達の掌握に移るつもりだったのだろう。

 

「もし、魔物達が今現在も意識があるというのなら、この会話も聞いているに違いありません。そうかもしくは……音は聞こえず、僅かな感覚だけが残っているのかもしれません。それかやはり、意識が闇へと落ちていることも。復活させてみなければわからないですね」

 

 少しの焦りが見えることから、奴は其処を少し失念していたのだろう。

 石版の前で何かしらの語りをしたことがあるのかもしれない。

 

「そうか。なら……離れておけ」

「え……?」

 

 すっとヤツと石版の前に出て背を見せると、困惑の声が落とされた。

 

「千年間も意識があったまま放置されていたとするならば、だ。その理不尽に、その苦痛に、その絶望に……彼らは復活してすぐに暴れることもあり得るだろう。時間が止まったままならば……目の前のゴーレンに攻撃をしようとするかもしれん。

 だからこそ、壁くらいにはなってやろうというのだ」

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 まだ困惑しているのか疑問で返すゾフィスは、少しだけ離れたようで数歩下がった気配がした。

 術による攻撃がないのならば大丈夫だと思うが……何せ千年前の上級な戦士だ。油断はしてはならない。

 

「さて、お前達の努力の結晶……見せて貰おう」

「ええ、お納めください。では……行きますよ」

 

 バサリとマントを揺らして声を送ると、ゾフィスは返事と共にパチリと指を鳴らした。

 

「ライト!」

 

 音声か、はたまた魔力での認識か……それだけで点灯した多くのスポットライトに照らされた石版から、めきめきと音を立てて一体の魔物が這い出てくる。

 星を司る色。カタチを取り戻していく毎に溢れてくる強大な魔力。

 

 地に足を付けると同時……そいつは吠えた。

 

「ぐ……あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 宙を仰ぎ、喉が潰れてもいいというように大きな声を上げて叫んでいた。

 

「あああああああああああああっ……ぐっ、くぅううう!!!!!」

 

 次第に……次第にそいつの目から涙が零れ始める。

 

「あぁ……ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 頭を抱えて、苦しそうに眉を寄せて、そいつは地に膝を付き頭を垂れる。

 

 その声は……聞いていて心が抉られるような哀しい声だった。

 その声は……耳を抜けて苦しみを運んでくるような重い声だった。

 その声は……胸の内に穴をあけてしまうような……寂しい淋しい声だった。

 

 オレは息が止まった。

 その声に、心が震えてしまった。

 

 千年という時間は彼らをどれほど悲しませたことだろうか。

 千年という時間は彼らをどれほど苦しませたことだろうか。

 千年という莫大な時間の孤独は……彼らにどれほどの寂寞の絶望を与えたことだろうか。

 

 哀しいという想いが、苦しいという想いが、寂しいという想いが……彼の絶望が胸に突き刺さってしまう。

 

 ギラリ、とそいつはオレを睨んだ。

 それだけでオレの脳髄に、カチリと音が鳴った気がした。思考訓練の賜物から、意識が切り替わる。

 

 ふっと消えたそいつの身体。

 瞬間――バギリ、と大きな音を立ててオレは拳を受け止めた。

 

「……ふん」

 

 ギシギシと歯を鳴らすそいつと瞳を合わせると……その奥底にある感情に気付く。

 

――これは……恐怖か。

 

 怒りかと思ったが違った。こいつは恐れている。

 息荒く、そいつはオレを睨みつけてくるが感情は誤魔化しきれていない。

 ただ間違いなくこの力、オレでなければ受け止められなかっただろう。

 

「貴様は……“誰”だっ」

「落ち着け、パムーン」

「何故オレの名前を知っているっ!」

 

 呼びかけても今度は怒気を突きつけられる。

 混乱しているのではない。理性と知性がある瞳。

 現状を理解していないのはあるが……違うなこいつのコレは。

 

――ならこうするしかないか。

 

「……ダウワン・ベルからの言伝がある。落ち着いて話をするのなら伝えよう」

「なにっ」

 

 驚愕に目を見開いたパムーンは、拳に力を込めながらも漸く思考を巡らせ始めた。

 

 そっと耳元に口を寄せて呟く。

 

「お前、オレの本当の魔力に気付いているな? さすがは星の使徒。復活させたのは後ろの魔物だが……ヤツに気付かれない場所で語ろう」

「……いいだろう」

 

 さすがは上級の魔物。理解力も思考力も段違いだ。

 今のやり取りだけで状況をある程度理解したらしい。

 

 そうしてパムーンは……すっと、頭を下げた。

 

「すまない。混乱していた。そして……オレを石の呪縛から解き放ってくれてありがとう」

 

 オレとゾフィスに、彼は頭を下げていた。

 

「いいのですよ。長きに渡る呪縛……本当にご無事で何より。何処か身体におかしな所や異変を感じる所はありませんか?」

 

 研究者としての声音で語るゾフィスは、いたわるというよりも確認といった感じだった。

 それでもその声の真摯さは確実で、パムーンは己の身体を見回しつつ動かしてから、ふっと口元を緩めた。

 

「ありがとう。どうにか良好なようだ」

「二、三の質問をしたいのですが構いませんか? 質問の内容は少し貴方の心に負担を掛けるかもしれませんが……」

「ああ、構わない。呪縛から解放してくれた恩人だ。答えられることは答えるさ」

「ありがとうございます。では……石化時から今までの記憶はありますか?」

 

 ビクリと震える身体。そして引き攣る頬。

 瞳が恐怖に濁ったのを、ゾフィスもオレも見逃さなかった。

 

「……漠然とした感覚だけはあった。視覚も聴覚もぼんやりとはしていたからはっきりとは……。雨や風を受けていたり、冷たい土、雪、石の中……波の感覚……人の声」

 

 それでも答えてくるパムーンは、やはりというかまじめで律儀な男。

 

「一番印象に残っているのは最近のことだ。記憶に新しいからな。変な人間に触られて変な声を出されたり、氷河に浸けられ、熱湯を掛けられ、粉を掛けられ、魚でビタンビタンとビンタされ……何時間もあらゆる、あらゆる意味がわからない変なことをされて……きゅっきゅと、顔と身体に何かを……何かをっ!!! くそぉっ!」

 

 わなわなと震え始めたパムーンは、怒りと屈辱からかダンダンと大地を叩いて悔しがり始めた。

 

――子供の悪戯にしては悪質でわけがわからん。誰だそんなことをこいつにしたのは。イカレてるのか? とても人間の所業とは思えん。動けない時にそんなことをされたらオレでも屈辱で怒る。

 

「……っ」

 

 隣で、デュフォーが震え始めた。わけがわからん。しかも何かを堪えているようだ。

 あれだ……オレがカツオブシを食べているのを見ている時と同じ目をしてる。これは……その人物の行動を答えとして出したな? そしてその答えに面白いと思っている。そういうこと。

 

「そ、それはとても……その……とても恐ろしい目に、あったのですね……」

 

 どう反応していいかわからずにゾフィスすら困惑しているが。

 同情の眼差しも送っている。パムーンは悔しがることに必死で気付いていない。

 

「あ、あの……次の質問いいでしょうか?」

「……スゥーっ……ああ、いいだろう」

 

 どうにか抑え込んだパムーンが取り繕う表情で立ち上がりつつ頷き腕を組む。もうキリッとした顔をしても遅いと思うぞ。

 なんだろう。少しイメージと違う、かもしれない。もっとこう、カッコイイ凛とした騎士な男をイメージしていたんだがな。ちょっと親しみやすさがあるじゃないか。

 まあいい。

 

「復活する前後で私達の存在には気づき、復活させて貰えるということを理解していましたか?」

「ふむ……漠然とした感覚だったからな、誰やらが話しているとは感じていたが、その内容まではあまり聞こえていない。ただ……先ほども言った通り、大声で何かを叫んだりすればある程度聞こえたりはするかもしれないな」

 

 その解答は、ゾフィスが他の魔物を復活させる上で重要な情報となるだろう。

 つまり事前に復活させることを知らせることが出来るということなのだ。先ほどのように突然襲われでもしたらゾフィスも不可測の事態となってしまうだろうし、当然の質問だろう。

 安全確保の方法を考えているのだろう、ゾフィスも顎に手をやって思考に潜っていた。

 すぐに頷いたヤツは、最後ににやりと笑ってこんな質問を投げた。

 

「では最後に……貴方の心にあるのは……怒り?」

 

 しん、とその場が鎮まる。

 くつくつと、パムーンは笑い始める。

 

「くくっ、はははっ! ああ……それは……」

 

 ゴッと、パムーンの身体から魔力が溢れだした。

 

「当然だろう? 不甲斐ないオレ自身と、こんな絶望を味合わせたゴーレン及びに戦いの管理者と、そして……千年も、放置されたという事実に!!! 怒りを覚えないで!!! いられるものか!!」

 

 ゾフィスが息を呑む魔力量。レインの本気と同等かそれ以上だなこれは。凄まじいの一言に尽きる。

 しかしすっと、魔力が収まった。

 

「なんてのは、オレは思わない。己の力量不足を悔やみこそすれ、他に当たるのはオレの信念に反する」

 

 誇り高き星の使徒は、はっきりと、きっぱりとそう言った。

 ただ言いながらも、その心の奥底に眠る恐怖をオレとゾフィスは気づいてしまった。

 千年という長きに渡る絶望の時間は、この誇り高き魔物の心に最悪の傷跡を残してしまったようだ。

 

「ただし、怒りをもっている魔物が大半だろう。オレみたいなのは稀有な例だ。千年も閉じ込められていた絶望と苦しみ、そして鬱憤を発散したい。そう、多くのモノは思っているはずだ。何せ……本当に苦しかったからな」

「なるほどなるほど。参考になりました」

 

 カタカタと手が震えるパムーンを見ながらにこやかに言うゾフィスは、己の計画が上手くいきそうだというようなことを考えているのだろう。

 止めないと言ったからには釘をさすこともしない。

 

 “ゾフィスに直接は”

 

「ロード、少しパムーンを借りて行くぞ」

「そう来ると思っていましたよ。どうぞどうぞ。どのみちバレるのでしょうから下手に監視等も付けませんが……警戒するのでしたら外ででも構いません。ただし……事後の経過観察も必要な為、彼を貴方のお供に連れていくのだけはご容赦を」

「分かっている」

 

 どうやらヤツも此処までは呑み込んだようだ。きっとオレが打つ手に対しての対策も講じてくるのだろう。

 すっと身体を寄せて、ヤツと最後に目を合わせる。今後の為に、そしてシェリーとの約束と、デュフォーの能力による把握の為の語りを一つ。

 

「よくやった。千年の長きに渡り、お前達一族の働きに王も魔界の魔物全ても感謝することだろう。その功績は魔界にて大きく評価される偉大なモノであり、語り継がれるに足りる素晴らしい行いである。一族だけではなく、貴様自身の能力も分析力、状況把握、リスク管理、工程進行、決断力、行動力、忍耐力、どれもが素晴らしいモノだ」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 少し面食らったゾフィスの目に、純粋な歓喜の色が浮かんでいた。

 そう、こいつの研究は正当に評価されるべき成果なのだから、ちゃんと伝えることはしなければならない。

 

「願わくば……本気でぶつかりあえる好敵手として戦いたいが……策を弄すのも王となるモノの嗜み。どうやってこいつらを説得し、こいつら本来の力を使うのかは知らんが……お前が成す策の全てを受けて立ってやろう」

 

 人間や魔物の心を操るなんていう、心の底から気に喰わないことをするヤツだが。王になろうという気概と、その能力は評価しよう。

 この語りと、それに対しての反応によってデュフォーの能力に“答え”が出る。

 一瞬だけ目が泳ぎ、ライトと石版とデュフォーを見た。

 

 月の光。ゾフィスの性格。石版の魔物からの情報、そしてオレからの語りへの反応。これだけの情報が出てくると答えを出す者(アンサートーカー)の答えが増えることになる。

 

 とんとん、とデュフォーが指で合図を送ってきた。どうやら出たようだな。

 

 

 人は変わるモノだ。オレだって変われたんだ。こいつもきっと、この戦いで何かを得ることになるのかもな。それがいい変化であることを願ってもいいかもしれない。

 

 

 だがもし……もし、こいつがオレの怒りの最終線を踏み抜いて来ることがあるのなら。

 

 

――ブラゴとシェリーの後で、オレからもじっくりしっかりと“教育”させて貰おうか。

 

 

 

 

 

 マントを翻して歩き出すと、パムーンとデュフォーがオレの後ろをついてくる。

 

 さて、オレに出来るイトをもう一つだけ張ってみようか。




読んで頂きありがとうございます。


ゾフィスくんいらんことしなかったら凄いことしてるよねって話。
月の光はドラゴンボールの設定が面白くて好きなので用いさせて貰いました。

パムーン……カッコイイはずなのに清麿くんのせいでちょっと可哀想なことに。

次はパムーンとのタイマンでお話と他のペアを少し。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。

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