もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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ランキングを見て変な声が出ました。
皆さま、拙作を読んでいただきありがとうございます。


第三話:赤色の旅立ち

 運命の年が来た。ガッシュと出会ってから三年。心を決めてからの一年という月日はあっという間に過ぎ去った。文字通り血を吐いて高め、研ぎ澄ました雷のチカラでもまだ足りないと心に焦燥が募るばかりだが、向こうの世界で鍛え切るしかないだろう。

 

 ガッシュについての噂は聞いている。

 聞くところによると、魔界学校での成績はあまりよくないモノの、日常を過ごしている表情は明るさに溢れ、時に他の魔物を助けたりしているという。

 それを聞いた時は大きく安堵したモノだ。

 父にバレないようにこっそりと、三ヵ月に一度くらいで兵士に状況確認をしている中で、万が一ガッシュが絶望に暮れて自死などしてしまったらと戦々恐々としていたから、無事であったと知った時は拳を握ったほど。

 

 それに少しだけ嬉しい。

 もしかしたらオレの願いが届いたのかもしれないのだ。

 理想はあいつ自身の心で立ち直っていることだが、そのきっかけ程度にでもなれたのなら兄冥利に尽きるというもの。

 あまり多くの情報は聞けない中で、相変わらずあの醜い女の所で過ごしていることには腹が立つも、あいつの笑顔が保たれているなら直近で報復を行うことは我慢しよう。

 

 閑話休題。

 

 人間の世界へと旅立つまであとひと月。

 ガッシュの成績がよくないのは兄として思う所はあるが、厳しい王を決める戦いに参加できないのならまだマシだと納得させた。

 それでいい。

 “バオウ”という大きなチカラが利用されることなく、あいつ自身が傷つくこともなく、のんびりと魔界で平和に大人になっていって欲しい。

 迎えに行くのはオレだ。

 王となり、ガッシュが誇れるような兄として、父の全てを超えて、ようやっと迎えに行くことが出来るのだ。

 

 その時をどれだけ考えたことか。厳しい訓練の中での寝る前のささやかな楽しみは、兄の存在を知って驚くあいつの顔を想像することだった。

 

 きっとそうなるさ。

 否、そうするのだ。オレが、このゼオン・ベルが決めたことなのだから。

 

 

 

 

「おめでとうございますゼオン様。見事、魔界の王を決める戦いの百人に選ばれましたな」

 

 今は午後。訓練後に中将から渡された紙を眺めている。

 魔界の王を決める戦いに参加する魔物のリストであるそれは、まだオレだけが見ることが出来る極秘事項。

 先んじて己が選ばれた祝いを中将から述べられてしまったが、リストの一番上にあるのだから仕方ないこと。

 

 リストアップされた魔界の王を決める戦いに参加する魔物の子の名を一つ一つと確認していき、本にてその一族の特徴を復習していく。

 

 先頭であるオレの下に名前があったのは竜族の神童の一人、“アシュロン”。

 情報では竜族に伝わる伝説の“ヒヒイロの鱗”を持って生まれたらしい。

 翼竜種の魔物であり、噂に名高いその鱗の防御力は規格外。要注意すべき一人で、オレであっても覚悟を決めて挑まなければならない相手だ。

 歳が十ほど離れている分、その年月に相応しい研鑽を積んでいるだろう。

 

 ずらりと、その他も層々たる面々が並んでいる。

 

 同じく竜族の神童“エルザドル”、法の番人の一族から“アース”、守り人であるケンタウルスの一族から“リオウ”、同族の村を追い出されるほどに恐れられた一族の特殊個体の魔物“レイン”、王族に勝るとも劣らぬ特殊教育を生き抜いたと噂の“ブラゴ”、西のならずモノ達を悉く返り討ちにしている“バリー”……

 実力の高い魔物達との戦闘は苛烈なモノになるだろうが、オレとて研鑽を積み上げてきた……必ずや勝ち抜いてみせる。

 

 しばらく眺めているうちに幾人かは名前の聞いたことのないような魔物がいた。

 選考方法は不明だが、父が選んで入れたのだから王となれる才能はあるはずだ。

 

 パティ、パピプリオ、ビョンコ、モモン、レイコム、ゾボロン……シュナイダー、カルディオ、ウォンレイ、ダニー、ガッシュ、キース……

 

 ばっと、視線が戻った。その名を流しそうになりつつももう一度その名を見直す。

 

「ば、馬鹿な……。なぜ……どういう……ことだ……?」

 

 何度見ても、目を擦ろうとも、食い入るように見つめても、その文字が他の名に変わることはない。

 

―――なぜ……なぜガッシュの名が此処にある……っ!

 

 わなわなと震える手。

 控えている中将が不思議な様子で首を傾げてオレを見ていた。

 

「ゼオン様、どうされました?」

 

 しらじらしい。とぼけたような物言いにオレは一瞬で激昂しそうになるも、ぐしゃりとその紙を握りつぶすだけにどうにか堪えた。

 

「おい……」

 

 自分でも驚くほどに冷たい声が出る。

 この胸の内から湧き上がるのは、久しく封じていたどす黒い感情の渦。

 横目で中将を見る。睨みつけるカタチになっているだろうが、知ったことか。

 ギシリ、と歯を噛み鳴らした。

 

「なぜ、この百人の魔界の王の候補者の中にガッシュの名前がある?」

 

 声を発せば中将の身が凍り付く。

 今ではお前よりもオレの方が強いモノな。萎縮するのも当然か。

 優しく声を出すつもりなどない。しかしこの感情の全てをぶつけるのは……お前じゃない。

 

「……」

「父上は……オレを王にする為に厳しい訓練を課したのではなかったのか?」

 

 バチバチと無意識のうちに雷が漏れ出た。

 感情に比例して膨れ上がる魔力が体内で渦を巻く。

 どうにか抑えようとするが、それでも漏れるのはまだこの身の未熟ゆえか。

 

「ゼオン様……」

 

 哀れみか、哀しみか、中将の瞳に浮かぶ感情は今のオレには読み取りきれない。

 なぜだ父上。

 

「なぜガッシュをこの戦いに参戦させる必要がある?」

 

 疑問を声に出すと、鍛えた頭脳が勝手に予測を計算し始める。

 分かっているはずだ。ガッシュには、オレにはないモノがあるのだから。

 俯き、震える拳から漏れる雷が候補者リストの紙を燃やした。

 

「やはり父上は……バオウを持つガッシュを王にしたくなったのか……?」

 

 厳しい訓練を耐えたオレではなく、バオウを持つガッシュを王にする方向へと切り替えた……そうとしか考えられない。

 今になって惜しくなったか? バオウこそが王の証だとでも考えたか? それともこのゼオンを……。

 

 唯一つ確かなのは、バオウ以外、秘匿する為に城外へとわざわざ送った我が子を王の候補者として選ぶ理由がない。

 

 心の中で、どうしようもない黒い感情が渦を巻く。

 

―――オレに勝ってほしいというのなら貴方は……孤独に生きてきたガッシュが、オレという兄の存在に気付くことを知った上で、オレに叩き潰せと、そう言っているのか?

 奴隷のような暮らしを六年間も耐えて、それでも折れずに明るく生きている、他者を慈しむやさしさ溢れる弟と殺し合えと?

 どうしようもない兄であるオレにすら温もりを与えてくれた、オレにとってたった一つの真実である、大切な大切な弟と?

 

―――あいつを救う為に鍛えた

 

―――あいつを護る為の雷で

 

―――あいつを傷つけろと……そう言うのか???

 

 溢れる魔力が雷となって迸る。

 部屋の壁を焦がすが抑えきれない。

 

「ゼオン様……っ」

 

 

―――もし、捨てた我が子であるガッシュが勝ち残ったら、貴方はどうやって迎えるというのか。

 厚顔無恥にも、捨てた我が子に実の父だと言って抱きしめるのか?

 よくぞ勝ち残ったと、さすが我が子だと、諸手を上げて褒め称えるのか?

 

―――あいつの真実を知る兄であるこのゼオン・ベルの目の前で

 

―――兄を打倒した弟の心のことも考えず

 

―――捨てた事実さえも踏み倒してか???

 

 新しい術の変化のように、胸の内から溢れる感情に呼応するように、オレの紫電の雷が身体を包み込む。

 

 ぐつぐつと煮えたぎるコレの名は……ああ、そうか。

 

 これが憎しみか。

 

「ぜ、ゼオン様……この百人の子供達は王が一人で選別するわけではありません。いろいろな魔物の声を集めて……」

 

 何も言うな。

 視線だけを中将に向けると、それ以上口を開くことはなく。

 

 一分、二分……数分は沈黙していた。

 どうにか胸の内に留め始めた感情と雷。今、父上に会ってしまうとオレはきっと抑えられない。

 

「色々な魔物の声を……だと? ならばなぜバオウしか取柄のない、学校で落ちこぼれとされているガッシュが選ばれる?」

 

 正さねばならない。

 中将はオレがガッシュの現状を知っていることに反応したが、もはやいい。

 父上に報告すればいい。オレがガッシュのことを探っていたと。その程度もはや、意味はない。あいつと出会うことは必然なのだから、意味がない。

 

 ガッシュが戦いに参加するのなら、向こうでオレとあいつは出会うことになるのだから―――殺し合いをする為に。

 

 その時の事を思うだけで……胸が張り裂けそうだ。

 ギシリ、と歯が噛み鳴らされた。喉に込みあがってくるナニカ。目がしらに熱が灯り、視界がぼやけ始める。

 

「おのれ……おのれ……っ」

 

 自然と涙がこぼれてきた。

 悔しさから。哀しさから。虚しさから。

 

 

 ただ、あいつの笑顔を想って訓練してきた日々が思い出される。

 ただ、あいつとの未来を想って知識を詰め込んできた夜が思い出される。

 

 傷つくことなど、もはやあの時から苦ではなかった。

 血反吐を吐こうとも、傷だらけになろうとも、あいつと笑い合う為ならば耐えられた。

 

 オレが地獄のような訓練と教育の連続で過ごしてきた日々を知っていながら

 

 ガッシュが落ちこぼれと揶揄され肩身狭く暮らしていると知っていながら

 

 父は……王は……

 

「やはりオレは……」

 

―――オレ達は

 

「憎まれているだけの……子だったのかっ」

 

 反転して、オレの悲哀が憎悪に変わる。

 ガツン……と床に拳を打ち付ける。

 

「父上よっ」

 

 一度、二度と泣きながら拳を叩きつける。

 

「そこまでオレが憎いかっ! そこまで己の子に理不尽を強いるかっ! 其処までバオウが重要かっ!」

 

 ぽつりと零れるのは、最愛の弟の名。

 

「ガッシュ……ガッシュ……っ」

 

 父の全てが憎い。

 父の強いる理不尽がいつもオレとあいつを苦しめる。父の与えた術一つがいつもオレとあいつを突き放す。

 

 なら……どうすればいい。

 

 ああ、わかった。いいとも。分かっているさ。

 元々、オレを王とするなら越えなければならなかったモノなのだから、今更だった。オレがすべきことがまた増えただけだ。

 

「くそが……消してやる」

 

 越える、ではない。勝つ、でもない。

 

 消す。

 

―――バオウなど、存在するから不幸が生まれるのだ。だから……消す。

 

 立ち上がり、ぐっと涙をぬぐって中将を見た。

 畏れの見て取れる瞳に視線を向けて、宣言を一つ。

 

「父がオレを憎んでいようと、もういい。全ての理不尽を打ち砕き王となり、このゼオン・ベルが魔界を頂戴する」

 

 期待通りになどしてやらない。

 殺し合いなど、してやるモノか。

 だが弟に負けるわけにもいかない。

 しかし他の魔物に傷つけられるのも我慢ならない。

 

―――ならば……二人で蹂躙しよう。

 

 殺し合いなどしない。

 

 兄は弟を傷つけない。

 

 兄弟での王座争いがお望みだろうと、そんなモノはしてやらない。

 

 ガッシュと共に、二人でこの戦いを終わらせる。戦いたくない相手と戦わない。その選択もあるはずだ。

 

―――そうして最後に、ガッシュを父からのバオウの呪いより解き放つ。

 

 消す。微塵も残さん。父が与えたモノなど、ガッシュを構成する半分の血と肉以外は欠片も残してなどやらん。

 俺達は双子なのだから、きっと出来るはずだ。バオウを、ガッシュの中から消し去ってやる。

 この憎しみの力は父の全てにのみ向ける。

 

 しかして戦いを切り拓くのは、弟との未来の為に研鑽してきた兄としての想いとチカラだ。

 

―――ガッシュ……必ず、兄が護るからな。

 

 オレは燃え上がる激情を抑え込みながら、新たな決意を胸に一つ落とし込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ魔界を旅立つ時が来た。

 城の外では選ばれし子供達の一族達がそれぞれ候補者達を送り出す為に集まっている。

 一つ、一つと魔本が与えられ、残す所は人間界への転移のみ。

 

 オレは他の魔物達とは違い、父から別室へと呼び出されていた。

 

 白銀色の魔本を脇に抱えて待つこと数分。魔物達への顔見せと激励を終えた父と中将が部屋へとワープしてきた。

 大きな椅子に座る巨体。年老いていながらも力の漲る眼差し。じっとこちらを見下ろす父に、オレはすっと膝をつく。

 

「ゼオンよ……。この度は百人に選ばれたことに賛辞を述べよう。おめでとう」

 

 さらに深く頭を下げるだけでオレは何も言わない。

 昔なら胸が高鳴ったであろう父の言葉にも、オレの心は動かない。

 

「これから最後の一人になるまで過酷な戦いを続けることになるが、お前ならきっと勝ち抜くであろうと信じている」

 

 一寸だけ、感情が漏れ出しそうになったが抑え込んだ。

 ガッシュのことは聴かない。聞いてはならない。

 オレはもう、父には何も期待しない。

 

 父は其処で指を鳴らし、部屋の中に別の魔物の気配が現れる。

 

 不可思議な行動に疑問が浮かぶも、オレは顔を上げずに待った。

 愚かなオレは、待ってしまった。

 

 

「ゼオンよ……どうか、父を憎め」

 

 

 唐突な言動にオレは顔を伏せたまま頭が真っ白になる。

 顔を上げることが出来なかったのはオレの失態。

 ズシリと、身体に圧力が掛かって身動きが取れなくなった。

 

「な……何を……」

 

 これは中将の術。拘束されたオレの耳に、怪しげな声が聞こえてくる。

 

 ズキリと、頭が痛んだ。

 

「ぐ……ぅ……あぁぁ」

 

 声にならない声が漏れ出る。

 次第に強くなる頭の痛み。耳に響く声は次第に大きくなっていく。

 

 ようやっと回りだした頭が、その単語の羅列を知識と結びつけた。

 

―――これは……守り人の一族の……呪いかっ

 

「うぅぅあぁぁぁぁ!」

 

 額が熱い。

 熱が上がっていくと同時に痛みがどんどんと増していく。

 脈と同時に頭が痛む。ズキリ、ズキリと拍動が頭蓋の内側から叩きつけられる。

 

 頭が……割れそうだ……。

 

「よく聞くのだゼオン。これは呪い。お前の人間界での行動を縛る呪いだ。

 通常の魔物との戦いには全くの支障は出さないが、残りの魔物が数体に減るまでに、とある一体の魔物(・・・・・・・・)に近づくとこの呪いが発動するようにした」

 

 遠くで父の声が聞こえる。

 吐き気さえ伴ってきた頭でどうにかその内容を取り込む。

 何故こんなことをと問う余裕さえもない。

 

「呪いの効果は術式構築の阻害と今受けているような痛苦。魔力の健全な流動不全を起こすため、術も能力も使えずに苦しむことになる」

 

 過酷な戦いを行うというのに与えられるデバフ。

 痛みが強くなるのと同じように、オレの心の中から黒い衝動が溢れ始める。

 次の父の言葉は―――

 

「そのとある魔物とは……ガッシュ・ベル。この戦いの最終盤まで、お前がガッシュに近づくことを禁ずる」

 

 呪いの痛みさえ超越させ、オレの怒りを爆発させるのに十分だった。

 

「がっ……ああああああああああああ!!!」

 

 無理やりに立ち上がり、胸の内から溢れる感情をそのままに父を睨みつけた。

 肩で息をしながらも、オレの身体からは白銀の雷が大きく迸る。

 

「なぜだ父上っ! なぜ! オレの邪魔をしようとするっ!」

 

 掌を向けても父の表情は動かない。

 鉄のように無感情な王の顔が其処にあるだけ。

 パチリと、父が指を鳴らした。

 

 また一体、魔物が部屋に現れる。

 

『ビドム・グラビレイ』

 

 ズシリと、中将の術とは違う純粋で強力な重力の術がオレの身体に圧しかかった。

 どしゃりと這いつくばりながらも、父を視界から外すことだけはしない。

 

「ぐ……ぎ……答えろ……答えろっ! 我が父、ダウワン・ベルっ!」

 

 あらんかぎりの力を振り絞って重力の術に抗い、またオレは、身体をゆっくりと起こし始める。

 どれだけ術を強くされようが、そんなモノに屈してなるものか。

 

 父は質問には答えず、焦ることもなく、目を細めながら違う言葉を口にした。

 

「ふむ、この距離なら余裕があるか。

 今、この部屋の隣にガッシュが寝かされておる。お前に掛けた呪いは距離が近づく毎に強くなり、触れ合う程の距離となれば意識を奪う。今のように抗おうとて、抗うことは出来ぬ。魔本に術の魔力が封じられる以上、チカラの源である雷に頼ることも出来ぬ」

 

 いつも通り、父はオレの話など聞かない。

 重力に抗い、両の足で地に立つ。

 父以外の三つの気配が恐怖で下がるのが分かった。

 それでも何も、状況が変わることはない。

 

「もう一度言う。ガッシュに近づくことを禁ずる」

 

 ギシリ、と歯が鳴った。

 オレは有らんばかりの声で叫ぶ。

 

「断るっ! オレは、もう貴方の言いなりにならないっ!」

 

 掌を父へと。否……オレの敵へと向ける。

 

 憎しみで溢れた脳髄が一つの思考で満たされる。

 

 王戦を勝ち抜くまで待つ必要などない。

 今此処で理不尽を打ち砕くべきだ。

 

―――上等だ。

 ハンデくらいくれてやる。

 相打ちになっても構わない。

 ここで果ててもいい。

 こいつだけは……この憎き敵だけはオレが打ち砕く。

 

 溢れたオレの雷が破壊の雷神を形作って行く。

 貯める必要などない。オレから直接供給されるのだから。

 

 幾年も溜めてきた憎しみを、オレの怒りを……その全てを悟りきったようなツラに受けるがいい。

 

「ジガディラスっ……ウル―――」

「させんよ」

 

 ふっと、展開されていた破壊の雷神が描き消える。

 同時に身体に掛かっていた重力すらも消え去った。

 

 そして最悪なことに……オレの身体が透け始めた。

 

 王の持つ王杖は、半径五十メートル以内の魔物の術をかき消すという。用意周到なオレの父は、オレが逆らった時の対処すらしていたのだ。

 そして呪いを掛けて抵抗されることも織り込み済みで、人間界への転移の時間すら計算の内ということ。

 

 在らんばかりの憎しみを込めて睨みつけても、父の表情は揺らがない。

 

「……私を憎め、ゼオン」

「ああ、憎むぞ父よ」

 

 残されたわずかな時間に少しでも呪詛を。

 あいつに、あいつだけに……

 

「生き残り、王となり、私を消せ」

 

 轟とまた胸の内で怒りが燃え上がる。

 

「ふざけるなよ……オレは貴様とは違う! 王の特権など使わない! 貴様は……貴様だけはオレがこの手でっ」

 

 その後の言葉は何故か口から出せなかった。

 憎いのに、そうしたいのに、まだ……オレには覚悟が……

 

 しかし次の言葉に、オレはその一線を超えることになる。

 

「それともう一つ。ガッシュにも……お前がバオウに関われないよう細工をした」

 

 ブチリと、オレの中でナニカが切れた。

 

「……ろしてやる」

 

 感情の高鳴りが止まらない。

 

「……ころしてやる」

 

 気づけばナニカが頬を伝っている。

 

「……殺してやるっ」

 

 ポタリポタリと落ちるソレは赤く、透き通ってはいなかった。

 

 もう転移されるという僅かしかない最後の瞬間に、オレはヤツへと宣言を一つ。

 

「首を洗って待っていろ! 貴様だけはこのゼオン・ベルが殺してやる!!!」

 

 父の表情は最後まで変わらない。

 だが一つだけ、言葉をこちらに投げてきた。

 

「……魔界を、頼む」

 

 オレやガッシュへの謝罪など、ヤツは口にすることはなく。

 血涙によって真っ赤になった視界の中で、最後の最後までオレに王として接するヤツを睨みながら、オレの視界が切り替わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤く、紅く、血の涙のせいでぼやけていたオレの視界に移り始めたのは白銀。

 

 まるでオレの感情を塗りつぶそうとするかのような白は、周り全てを凍り付かせるように吹雪いていた。

 

 

 もう雷が出ない。

 

 始まったのだ。

 

 オレの戦いが。

 

 弟を護ることすら邪魔をされ

 

 弟と共に戦うことすら否定され

 

 弟と話すことすら禁じられ

 

 それでも王になるしか、大切な弟の傍に在れる未来は掴めない。

 

 温もりが遠い。

 

 たった一度しか会っていない弟からもらった温もりだけが、

 

 オレの心の芯を崩さない最後の希望だった。

 

「うっ……ガッシュ……く……うぅぅ」

 

 血の涙が雪を紅く染めていく。

 

「ぐっ……あああああああああああああああああっ」

 

 オレの悲哀と憎悪に染まりきった慟哭を、まるで世界には届かせないというように、白銀の吹雪がかき消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼオンが旅立つ数日前。

 魔界の王、ダウワン・ベルは中将からの報告を聞いて頭を抱えた。

 己の行ってきた子への教育が、よからぬ方向へ行ってしまったことを確信したが故に。

 

「我が王……ゼオン様は……ガッシュ様を……」

「よい……いうな、わかっておる。ガッシュが選出されたのはあの悪趣味な魔本の勝手であろう。今、大切なのはゼオンのことだ」

 

 

 厳しい訓練も、行き過ぎた教育も、全ては王を決める戦いの為。

 バオウのない、さらには十年以上歳が離れた魔物の子すら参加するこの戦いをゼオンが生き残るには、過剰とも取れる訓練と知識を詰め込むしかないというのがダウワンの見解だった。

 

 今を生きる魔物達はその戦いの恐ろしさを理解していない。当然だ。もはや千年前の戦いを経験しているのは、王以外では長寿な一族である竜族などの魔物の、数えるほどしか残っていないのだから。

 

 突然変異の魔物の脅威は、魔界そのモノを滅ぼしかねない最悪で。

 多勢に無勢の戦いに陥れば、例え鍛え上げた王族や飛びぬけた優秀な魔物であろうとも呆気なく負けることもあり。

 人間という種族とのツーマンセルで戦うことの厄介さは、経験したモノにしか分からない。

 欲とチカラと不可測が渦巻く戦いを見越すのなら……一個人の強さを極限まで引き上げるのは当然。

 

 

 ダウワンとて、一人で王となったわけではない。

 ゴーレンという厄災レベルの魔物を倒すのに仲間と共に戦って勝ち、そして最後は仲間と互いに戦い、王となった。

 憎まれもしただろう。疎まれもしただろう。

 だが逆に、好かれもして、感謝もされたことだろう。

 

 その戦いの全てと、王となって過ごした千年間を、子供に直接みせてやれたならば話は違ったかもしれない。

 これから起こる苛烈な戦いと永い長い王としての未来を思えばと、親として、そして王としてを両立して出来ることを考えた結果が今。

 

 バオウのことにしても、彼自身しか知らない重大な秘密がいくつもあり、ソレを知っていることすら要らぬ問題を引き起こしかねないため、ゼオンには情報を与えない選択肢を取っている。

 

「ゼオンは感情に支配されやすい子だ。私の修羅の心を多く受け継いでいる。憎しみは……バオウの恰好のエサとなってしまうのだ」

 

 だが、ダウワンは気づかない。そのどれもが裏目に出てしまったことも、今も盛大な勘違いをしてしまっていることも。

 中将がゼオンの言葉からその内心を完璧に読み取ったわけではなく、ガッシュという弟への憎しみからあの激昂があったのだと勘違いからの報告をしたことに。

 哀しいことだが、中将は王の忠臣で、ゼオンのことを唯一、一番に心配していた魔物なのだ。バオウがゼオンに受け継がれていればという願いが、中将の思考を偏らせてしまうのも詮無きこと。

 ゼオンがガッシュを憎んでいると、中将は王にそう言った。

 消すという言葉も、弟の存在さえ消してしまうのではないかとの危惧にしか聞こえなかった。

 

 王は魔界の王として未来を想い子を厳しく育てた。それはきっと、正しかったのだろう。

 だがたった一つ―――ゼオンという子に父として接さなかった、厳しさのあまり愛を伝えることはなかった―――ミスを犯し、それが膨れ上がって此処まで来た。

 

「私の不徳の結果だが、もはやゼオンの行動を予測は出来ず、早期終結は不可能だろう。そもそも不可測がたくさん起こるあの戦いでは望み薄ではあった。ガッシュへの憎しみが募り、王の特権によって消してしまう可能性もある。だが……」

 

 信じたい。それが王の本音。

 親子の亀裂は手遅れだ。ダウワン自身が何をしても、ゼオンの目には猜疑にしか映らない。

 子を歪めてしまったという自覚はあり、自業自得であるからこそ、己は悪しき親をやりきるしかもう出来ない。人間と暮らす生活によっていい変化が起きてほしいと願うしかない。

 

「ガッシュに関してはせめて保険をかけよう」

 

 王とてこの千年で学んでいる。出来る最善を尽くしてもまだ足りないのが常である。

 いくつでも手を打っておかなければと、彼は中将に続きを語る。

 

「雷の力の継承は親から子だけでなくとも出来るかもしれん。ゼオンがガッシュからバオウを奪うことだけはなんとしても阻止せねばならん。幸いなことにガッシュの中で眠るバオウは雷の力の不足とガッシュの持つ憎しみに染まりにくい心により自分から目覚めることはほぼないだろうが、ゼオンがなんらかのカタチで雷の継承を行いバオウを手に入れてしまうと―――」

 

 水晶に映るゼオンを見ながら綴る。

 

「バオウに人格まで喰われかねん。そうなると人間界は滅び、魔物全ても滅び、我が魔界さえも滅びるだろう。あれは……やはり生み出してはならなかった」

 

 幾重もの後悔は先に立たない。

 術自体が意識を持つのは稀にだがあることで、バオウもその稀な例の一つだった。

 

 ダウワンは創りだした本人であるからこそ、バオウの貪欲さを知っている。バオウの意識に支配された己や子がどうなるかも理解している。

 

―――術と術者が入れ替わるという、在ってはならない禁忌。起こってはいけないチカラによる支配。安易に試すモノが現れないとも限らぬのだ。そんなモノ……情報の一遍すら表に出してはならぬ。

 

 支配されて闇に堕ちていく己の意識の感覚を思い出して身震いするダウワンは、子供達をそうさせまいとあらゆる手を尽くす。

 

「ゼオンを……ガッシュに近づかせない仕掛けを施す。ファウードの守り人たる一族は呪いの扱いに長けていたはず……奴らがコソコソと準備しているモノは目を瞑るからと、それと引き換えにゼオンに呪いをかけさせよ」

 

 瞳に浮かぶ感情は懺悔。せめて王である自分を憎んでくれと、ダウワンは心の内で唱える。

 

「呪いの効果は一つ。ガッシュに近づけば魔力が暴走し苦しむように。言葉さえ発せず、術さえ唱えさせぬよう」

 

 憎しみを受ける覚悟はできている。

 

 中将は絶句したあとに、悲壮な眼差しで王を見る。

 

「……ゼオン様は、我が王をも憎むでしょうな」

「構わぬ。もとよりこのような老いぼれ、次の王が決まれば滅びるべき存在だ。特権によって消されることも是としている」

「しかしそれではあまりにも……」

 

 救われないと、中将は言う。

 

「ゼオン、ガッシュ、そして我が魔界。全てが救われるならこの命など安いモノだ。悪趣味な魔本の主が我ら魔物に課す理不尽な試練を乗り越える為に必要ならばそれでいい」

 

 本当はこんな戦いなどなければいいのにと言いそうになって、彼はやめた。

 

「私は賭けるのだ。人間との出会いに」

 

 言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「ゼオンには、この戦いの最中で大きくなって欲しい。私のようなあやつの実力を伸ばすことしかしない最低な親とは違い……私の大切な友のような素晴らしい人間と出会って強くなって欲しい」

 

 遠き思い出を浮かべながら、彼は小さく吐息を吐く。

 

「憎しみは、魔物を強くする。ゼオンの持つ大きな憎しみはこの上ないチカラとなる。そして……それが強く暖かい絆によって想いの力へと転じた時……」

 

 静かに、目を瞑った。

 

「バオウすらも超え、私すらも超えるだろう」

 

 その姿を見るのが己の最後になると、ダウワン・ベルはぽつりと、枯れたように呟いた。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


絶対に兄弟を仲良くさせないマンへの怒りがついに爆発。
これよりゼオンの戦い(ベリーハードモード)が始まります。


バオウとシン・クリア、どちらも意思持つ術。
術自体が世界を滅ぼしにかかる。
術者でさえ制御できない可能性がある。
以上の原作での三つの点からバオウの設定をこうしました。


吹雪いてますので、次は彼が出ます。

下記のうちでどの魔物が好きですか

  • 弟にとっても優しいお兄ちゃん
  • モフモフな親友
  • 竜族こそ最強よ
  • 王をも殴れる男
  • ゴーーーーーー
  • 御意のままに!
  • 大・将・軍!
  • グロリアスレボリューション!!!
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