もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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いつもありがとうございます。


第三十六話:未だ定まらずとも

 

 

 

 呼吸は小さく浅く。

 誰にも気取られることのないように儚く薄く。

 スコープを覗く瞳は鋭く獲物を見据え、殺気や敵意すら出さずに頭を静かに冷やしていく。

 

 ぴたり……と止めた呼吸。照準は決してぶれず、確実に獲物を狙えば。

 銃声と共に放たれた弾丸はまるで定まっていたかのように目的の場所へと向かい行く。

 

 見事に、一発の銃弾は右足の太ももを掠めた。

 非道な略奪者は蹲る。べしゃりと膝をついた先は血だまりの中。

 辺りに散らばる動物たちの死骸は無残に残酷に。撃ち抜かれたモノが欲望をもって奪った命たちはもう還らない。

 

 希少動物の特殊な部位は高値で売れる。例えば虎の毛皮であったり象の牙であったり。

 鳥獣保護区に於いての敵は人間。金と欲望に目が眩んだ薄汚い人間達である。

 

 撃たれた一人の叫びによって仲間達が駆けつけてくる。

 

 レンジャーの仕事は保護や保全。

 銃の扱いにしても、外来動物の駆除などの目的の為に覚えているのであって、本来は密猟者を駆除する為ではない。

 

 そも……多勢の密猟者を見つけた時に個人で対応するのは無理なこと。

 いかにニコルという人物が優秀で正義感に強い人物であっても、である。

 

 ただ……今回は少し特殊な状況だった。

 いつもなら密猟者の存在を察知した時に機関へと報告して対応を待つだけの所を、とある人物の助言によって今回の作戦へと移ったのだ。

 

 銃撃を行ったのはニコル……ではなく、銀髪の青年だった。

 

「ほう……この距離をよく当てるモノだ、デュフォー。最小限の傷で足手まといを一人作れば警戒と保護の数人も釣れる」

「怪我人を抱えての防衛ほど厄介なモノはないからな。戦争に於いても殺すよりも怪我をさせる方が有効なことは多い」

「残りはどうだ?」

「作業終わりの連絡がなければ運搬トラックの運転手は来ない。警戒要員も離れた所にあと三人程度だ」

「レンジャーを警戒して目立たないようにと取っていたヤツらの行動は普段なら正しいが、“襲撃される側”になった場合は逃走の困難さから悪手となるか」

 

 銀髪の青年と紫電の瞳の少年は銃のスコープと双眼鏡をのぞきながら互いに語り合う。

 銃の扱い方のプロであるニコルをもってして、デュフォーと呼ばれる青年の技量に驚愕しかない。

 彼の瞳も、彼の所作も、彼の息一つでさえ、まるで精密な機械のように相手への心情を映していない理想的なモノ。余計な感情を排し、余計な力みもなく、余分な呼吸もない……狙撃の理想像だった。

 

 決して密猟者達に聞かれることのない声量での会話に、覗いて居た双眼鏡から目を離したニコルは、そんなデュフォーの冷たさに震えそうになる身体を抑えて、小さく息を付いてから二人をジトっと見つめた。

 

「……本当に上手くいくのか?」

 

 不安の混じった目。

 ニコルはカバンに入れていた本を出してそう言う。

 

 感情を映さないデュフォーの瞳が、ニコルの目をまっすぐに穿った。

 

「お前のパートナーを信じろ」

 

 短い言葉に込められているのは信頼か、信用か。

 ニコルにとって分かるのは、デュフォーは決して自分のパートナーの力を疑わないだろうという確信。

 

「……信じているさ」

 

 自分が一番“彼女”を信じていると理解しているから、ニコルは苦笑と共に本を開く。

 なら大丈夫だというように、デュフォーはもうニコルの方を見ることはない。

 

 すっと上げられた指と、同じように上げられる小さな手。

 

 遠く……ニコルの目に映らずとも姿を認識出来たのは、しっかりと狙いを定めているニコルのパートナーの魔物――チェリッシュ。

 

「ゼオン……3、2、1、GO」

 

 ひらりと、ゼオンの手が指示する通りにマントの一部が空へと放たれる。

 伸縮自在のそのマントは、ゼオンとデュフォー以外にその用途を知れるモノはおらず。

 

 マントが繊維で出来ているのだから、“ほつれさせる”ことも可能ということ。

 創意工夫を凝らせば万能と成り得る魔法のマントは……答えを出す者(アンサートーカー)という反則的な能力によっていくらでも強化されていく。

 

 つながった糸が魔力を伝え、本来なら千切れればそのままのマントが空でカタチを変えていく。

 大きく大きく、より広く、と。太陽の光を遮断するほどに広がったマントは、ゼオンという雷の子の魔力が通っているからか、人間達の扱う電波を妨害する効果を持っていた。

 

 銃撃で混乱した後であっても、昼時に光を遮られれば人間達の意識がそちらへと向かうのは必至。

 

 ならばあとは……ニコルとチェリッシュが仕事を完遂するのみ。

 

「ガレ・コファル!!」

 

 それぞれの指から放たれた宝石の結晶達は人間達へと向かい……彼らを無力化することに成功する。

 

 ほっと一息ついたニコルと、当然だといつも通りなデュフォーとゼオン。

 ふっと姿を消したゼオンは、チェリッシュの元へと瞬間移動しつつマントを伸ばす。

 絶妙な力加減で打たれた宝石の術で人間達は動けないでいるが、反撃をしてくる可能性はある。

 

 初めから自分が出ていれば一瞬で片付く事案であっても、ゼオンはチェリッシュとニコルがことを治めることを選んだのだ。

 視覚も聴覚も奪うようにマントで拘束し無力化。これで一件落着としていいだろう。

 満足したように頷いたゼオンが労いの言葉でも掛けようとチェリッシュに顔を向けると、浮かない顔をした彼女が居た。

 

「どうした?」

「ちょっとね……」

 

 血だまりの中、屈んで見やる先にあるのは動物たちの亡骸。

 光を失った瞳で虚空を見詰める生物達のその姿にチェリッシュは何を思うか。

 

「“ゼオンの坊や”はどう思う?」

 

 未だに正体も実力も明かしていないから、坊やを付けて呼んで来るチェリッシュにはもう慣れた。

 

 ピクリとも動かない動物たちの亡骸を見回せば、鉄錆びた血の匂いが強くなった気がした。

 

 ゼオンは考える

 

――どう思う、か。それは人間達に対してか? それとも動物たちに対してか?

 

 非道な行いをした人間達はこれから罰されるだろう。

 しかし失われた命が戻ることはもうない。

 

 密猟者を捕まえる前に義憤に燃えていたチェリッシュとニコルの心を、ゼオンは何処か客観的に観てしまっていた。

 悪いことをしたモノは罰されて当然だとは思った。故に彼は手伝い、こうして結果が残った。

 

 何故、と彼は思う。

 

――チェリッシュやニコルのように憤怒を持って人間達を見れなかったのはどうしてだろう。

 

 許せないことだと怒り、必ず止めると決意し、そしてどうすれば止められるかと試行錯誤したのは彼女達だ。

 ゼオンやデュフォーはそれを手伝っただけ。

 当事者でないのは自分達も同じなはずなのに、止めるのは当然だと考えて行動したとしても彼女達のように感情を伴って動けなかっただろうと確信している。

 

――被害に遭っていたのが動物だからか? それならば蹂躙されていたのが人間だったなら……それでも変わりない。では……魔物ならば……知り合いなら……

 

 他ならばどうか……まで考えて、ゼオンは小さく吐息を落とす。

 

 深い思考に潜っていきそうになった。

 “心が動く相手”まで行きついた時点で、自分の気持ちが沈んでしまったことに気付いた。

 そうしてもう一度動物たちを見ると……きゅうと、胸が締まった。

 

 頭を切り替えて彼は答えを返す。

 

「……オレは……そうだな。人間達に相応の罪を償わせるべきだと、そう思う」

 

 素直に、ただそれだけを述べた。

 動けなかった心を偽ってまで、動物たちに対して“かわいそう”という言葉を吐くことが彼には出来ずに。

 

 

 王になる為の教育を詰め込んで無理やり成長させたかのようなゼオンの心は、その年齢の子供のように直情的になることが弟のこと以外ではほぼ無い。

 冷めた目で、メリットとデメリットを見比べて、利害を判断して、理想的な結果を求めることを最善としてしまう。

 

 人間界に来てすぐの頃の彼であれば、であるが。

 今はきっと……そう、少しだけ違った。

 

 その切なく締まった胸に引きずられて、彼の表情が変わっていたから。

 

 じっとゼオンを見詰めてくるチェリッシュの目。

 きゅっと、彼女の眉が寄った。

 

「哀しい?」

 

 鈴の音のような声で紡がれる言葉が耳に流れる。

 言われて、ゼオンは自分の口がきゅっと結ばれていることに気付く。

 

 そんな顔をしていたのかと、自分でも驚いた。

 

 チェリッシュはゼオンの方へと近づいて、彼の隣で屈んで死に絶えた動物を見る。

 

 小さな動物の子供の目が、虚ろに空を見上げていた。

 そっと彼女がその瞼を下ろしてやって、動物が空を見上げることはなくなった。

 

 せめてもの手向けの行動がゼオンの心に波紋を齎す。

 

 焦燥のような、不安のような、苛立ちのような、そんな気持ちがどんどんと胸に沸いてきた。

 初めからあったモノが大きくなっていったような。

 不快なその気持ちは……後悔と呼ぶべきだった。

 

――オレなら救えたんじゃないか。

 

 ゼオンにとって、生命活動に必要のない生き物の生死に触れるというのはこれが初めてのこと。

 守らなければ、救わなければ、助けなければ……そんな“想い”が浮かんでくる。

 

――手の届くモノを救えなくて、弟に……ガッシュに誇れるオレだと言えるのか?

 

 

「……」

 

 チェリッシュは何も言わず、くしくしとゼオンの髪を撫でやる。

 孤児たちが初めてのことを経験する姿を彼女は多く見て来たから、ゼオンが何かを感じ取ろうとしているのだと悟って彼自身に任せる。

 

 ほんの少しの時間だけ、ゼオンは動物たちへと祈るように目を瞑って頭を下げた。

 その行動になんの意味があるのかは、彼だけしか知らない。

 

 デュフォーと共に過ごすだけでは気付かない一つ。

 そんなゼオンを見やりながら、デュフォーは昔のことを思い出す。

 

 ずっと昔に、実験漬けの毎日の中で大切にしていたネズミのことを。

 

 憎しみに沈み込んでしまっている記憶の一つ。デュフォーの心を憎しみに染めて能力の開発を行う為にと理不尽に奪われた小さなイノチ。

 あの時の激情は……きっとニコルやチェリッシュが抱いていたモノと同じはず。

 凍ってしまったデュフォーの感情の僅かな一つを、ゼオンが瞑目している姿を見て思い出したのだ。

 すっと目を細めた彼にとっても思うことはあるらしく、ゼオンに並んで彼も目を瞑る。

 

 四人で奪われた命達に黙祷を捧げた午後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滞在して十日ほどになる。

 チェリッシュやニコルと共に過ごしている日々は悪くない。

 

 アシュロンと模擬戦をしてからずっと力を隠している中で、オレの魔力を追いかけて来たようなヤツはまだおらず、チェリッシュ達が狙われることもない。一応はレインと作った首飾りで魔力偽装はしているがな。

 件のクリアであればオレとアシュロンが手を組んだことには気づいただろうが、二体が近くで連携を取れる今の状況で仕掛けて来ることはあるまい。

 他の魔物にしても、観察くらいはしても手は出してこないだろう。デュフォーであればそれも気付いてくれるし、オレの感知の修行になる。

 

 密猟者達の引き渡し他の組織等とのつながりなどの調査の為にと彼女達はしばらくこの街に滞在することになった為、オレとデュフォーもそれまではと一緒にいることにしたのだ。

 ガッシュ達が動きを見せればこちらも動くつもりだが、大きな敵を相手取る為にと万全の準備をしているのだろう。ナゾナゾ博士やブラゴの方ももうすぐ準備が整うと言っていたからそれまではオレもチェリッシュから新しいことを吸収させてもらっている。

 

 一つは大所帯での共同生活だ。

 魔界で孤児の面倒を見ていたというチェリッシュは、ニコルと共に話を付けて宿泊の対価として街の孤児院での手伝いをし始めた。

 デュフォーの提案でオレ達も手伝うことになったのだが、年上から年下まで十数人の子供と職員が暮らす施設での生活はなんとも目まぐるしいことこの上ない。

 

 魔界では訓練以外をほどんど一人で、人間界に来てからはデュフォーとずっと過ごしていたから……集団で生活するというのはどうにも慣れない。

 

 オレより年上の子供が余所者が気に喰わないと突っかかって来て、それを片手でひっくり返してやったのを見たオレより年下の子達が毎日のように遊んでとせがんで来るようになって、突っかかってきたヤツもカツオブシチップスを分けてやったらオレに特訓に付き合えと言ってくる始末だ。

 とりあえず構えと奴らは集まってくるから、日中にオレ個人の時間があまりにも取れない。そのせいで夜中に修行もしているため、厳しい訓練の日々と同じくらい睡眠時間が少なくなっているのはあまりよくないことなんだが……まあ、其処はデュフォーのツボ圧しなどのおかげで助かっている。

 

 そんなオレを見て、チェリッシュとニコルは何故かニコニコしていた。

 ガキ共に集られて忙しなく日々を過ごしているオレが滑稽か? と問いそうになったが、デュフォーがやけに真剣な目で気にするなと言って来たから言わない事にした。

 いつもならバカにして来るはずの奴が真剣だったから……これも必要なことなのだろう。

 

 孤児院で過ごして今は七日目。

 いつもの通り朝は他の子どもより早めに起きて朝食の準備をチェリッシュやニコルとした。今日のデュフォーの当番は夜だ。

 食事が終われば片づけを子供達と共にして勉強。とはいえ、オレに学ぶことなどもうないので、教える側というなんとも変なことになっているが。

 昼前からニコルはデュフォーを連れてレンジャーの仕事に向かった。能力のことは話していなくとも、デュフォーならニコルにとっての最善を導き出していいようにするだろう。

 勉強は街にある学校と同じように行われ、合間の休憩時間には外で遊ぶことが多い。遊べと集ってくる奴らを適当にいなしながら過ごすのもこれで五日目になるか。今日は砂の城を作るつもりらしい。

 

 城作りと勉強をして昼。

 昼食はチェリッシュが軽食を作っていた。

 皆で食べる食事はこれで六日目になるが……まあ、そこそこだ。オレの分を奪おうとしてくるバカからはデザートを奪っておく。

 

 昼下がりに勉強も終わり、小さいやつらを昼寝の時間で寝かしつけ、バカに少しの特訓を付けてもう夕方。昼寝をしていた奴らが起きてきてまた遊べとせがまれる。

 

 チェリッシュも加わって今日はドッジボールとやらをすることになった。

 魔物のオレとチェリッシュはある程度力を抑えてするしかない。

 体格差も力の差もあるが……そういうやつらはなんだかんだ小さい奴らに華を持たせる為に手を抜いているので、オレ達も同じということだ。

 

 そうして夜。

 

 ニコルとデュフォーが帰って来て、四人で夕食の準備を始める。

 前までなら職員たちがいつもしていることなのだが、孤児の経営というのは大変なことが多く心休まることも少ないからとデュフォーが話を付け、オレ達が滞在している間に彼らは交代で休暇を取ることにして出勤している者の仕事も最低限にしたらしい。

 ニコルの国際的なレンジャーの身分と、デュフォーの力がなければそんな上手く話しは進まなかったことだろう。交渉としてはどちらも得をしているからいいことではあるか。

 

 そうして皆で食卓を囲む。

 今日はビーフシチューになった。鍋物は大人数で食事をするのに効率的で便利だからいいな。同じモノを食べているというのも子供達にとっては嬉しいらしい。

 

 口の端を汚しているヤツを布巾で拭って、お代わりを要求するヤツにはよそって、今日の話を口々にしてくるヤツらに相槌を打って……。

 視界の端で口論をしている奴らが居たが、チェリッシュが互いの頭にげんこつを落として黙らせていた。

 曰く、食事時は喧嘩するなと。メシを食ってから外でやれと。気迫が違う。いや……食い物の大切さをいやという程分かっているからこそのあの怒りか。

 

 チェリッシュはこえぇなと、ちょっかいばかり掛けてくるバカが小さくオレに囁いてくる。あいつは耳がいいから聞かれているぞと言ってやると、冷や汗を流し驚愕に顔を歪ませながらビビッていた。まるで般若のお面のような形相をしたチェリッシュがバカの方へと向けば、バカは全力でシチューを掻き込んで逃げ出した。

 

 後で言っておいてやると言えば、チェリッシュは任せたよとオレにかえして子供達の世話に戻る。

 チェリッシュは誰に対しても平等だった。

 この七日ほど、オレの知見を広げる為に彼女のことを見て来た。

 

 叱る、という事柄を知った。

 怒る、とは違うのだ。相手のことを思って、相手の気持ちを汲みつつに行われること。

 

 代わりばんこに風呂に入れて、子供達を寝かしつけ、ようやっと一日が終わったオレは食堂に入った。

 夜に訓練をするオレと、夜に世界の情勢を動かすデュフォーはまだ眠らない。その為に一杯のコーヒーで一区切りをつけるのがここ数日の日課となっており、今日はデュフォーがコーヒーを淹れる番。

 

 ゆったりと椅子に腰掛けるデュフォーは、オレが来るのが分かっていたようでちょうどオレの分を注いでいた。

 二人だけ……だと思った。いつもならそうだった。しかし今日は違った。

 

「いらっしゃい。遅くまでご苦労さま」

「よく頑張るな、キミは」

 

 穏やかな声が二つ。二人が此処に居るとは思わなかった。

 

「ああ、お互いに。お前達もお疲れさま、だな」

 

 労いを一つ。

 クスクスと笑うチェリッシュは、未だにオレのことを子供として見ているからか、むず痒い対応をしてくる。

 ため息は小さく。何か意味があってこの席に着いたのだろうから、今は不問としてやろう。

 音を立てずに椅子に座れば、デュフォーも同じように席に着いた。

 

「何か話があるのか?」

 

 く……と一口コーヒーを飲む。

 

 質問に対して、コクリと頷いたのはニコルだった。

 

「ああ。昼にデュフォーには伝えたんだが、改めてキミにも礼を言っておきたくてね」

 

 言いながら、ニコルは今までオレ達の前で一度も外したことのない帽子を……すっと外す。

 するりと落ちた絹のような長い髪。

 オレは驚くことなく、“彼女”の瞳をじっと見るだけ。

 

「隠していたわけじゃないけど、私は女なんだ。女の二人旅は何かと危ないから」

「ふん。別にお前の性別がなんであろうとお前はお前だろう」

「ふふ、そうだな」

 

 気付いていたがとは答えない。当然だと答えてやると苦笑を零した彼女が続ける。

 

「保護区の協力のことももちろんだけど、チェリッシュのことについても礼を言う。キミ達と出会えたから、敵と戦ってばかりだった私もチェリッシュも随分と落ち着くことが出来た。ありがとう」

「なんだ、そんなことか?」

 

 拍子抜けな答えに眉を寄せて二人を見る。

 しかし、彼女達にとっては違うようだ。

 

「いいえ、大きなことよ、ゼオンの坊や。周り全部が敵で、いつ誰に狙われるか分からない、頼れる者も居ない状況だと思ってたから……こうやって笑って生活が出来たのなんて魔界以来だもの」

 

 コクリと紅茶で唇を潤したチェリッシュが続ける。

 

「ニコルにも大きな負担を掛けていたわ。魔物との戦いに巻き込んで迷惑かけてばかりだった私が、やっとニコルの為に役に立つことも出来た」

「密猟者達の件か。まあ、オレもデュフォーには世話を掛けてばかりだからその気持ちは分からんでもない」

 

 パートナーに恩を返したいという気持ちは分かる。

 オレとて、デュフォーにいつも助けられているからな。

 

「だからね、助けられた分、何かあなた達の手伝いも何か出来ないかなって思ったのよ」

「そんなモノは不要だ」

 

 ばっさりと言い切ると、だと思ったとばかりにチェリッシュはため息を吐く。

 

「そう言うわよね、ゼオンの坊やなら」

「ああ、そう言うぞ、坊やだからな」

「またそうやってお前はゼオンをからかって……」

 

 コーヒーを楽しみながら同意を示すデュフォーの発言に怒りそうになるが、ニコルがデュフォーを少し咎めてくれたから睨むだけで済ませる。

 

「しかし、キミ達はこれから多くの敵と戦うんだろう?」

 

 続けたニコルの言葉に、今度は睨むではなく咎めの視線をデュフォーへと送った。

 デュフォーは何も言わない。自分で意図を読んでみろというように。

 

 いいだろう。それについてはオレもこの数日で考えていたんだ。

 チェリッシュ達を仲間に入れるかどうか、戦力として扱うかどうか、オレ達の目的に巻き込むかどうかを。

 

「デュフォーから聞いたんだな?」

「千年前の魔物達が復活して現代の魔物達を襲っていると聞いている」

「それに主犯の魔物は人間を操って無理やり戦わせているんだってね? そんな下劣で卑怯なヤツ、魔界の王にさせるわけにはいかない」

 

 真剣に語り掛けてくる瞳からは正義感が溢れている。

 

「キミとデュフォーは幾人かの魔物と結託して千年前の魔物達を魔界に返す計画を進めているんだろう?」

「ああ、そうだ」

「だったら……私とニコルもその手伝いをさせて。一組でも多くの力があれば、犠牲になる人間も魔物も少なく出来るだろうし」

 

 全ては言っていないということか。

 あくまでも目の前の敵――ゾフィスだけ。

 

――魔界と人間界を破壊しつくす脅威であるバオウ、そして守り人の一族の計画であるファウード、最後に最悪の魔物であるクリア……この三つに関して話していないというのなら、オレの考えとデュフォーの思考は同じだ。

 

 ならやはり……

 

「それに……放っておけないのよ。あなたみたいな子のこと」

 

 少しだけ、思考に空白が差した。

 弱いから、と言っているわけではない。そんな浅はかなことではなく、彼女が言いたいのは心のこと。

 見つめてくるチェリッシュの瞳には、あまり見たことのない感情。

 オレはこの瞳を向けられたことが……ある。

 

 こういう時にどう返せばいいのかは、今なら分かる気がする。

 

「……ありがとう」

 

 チェリッシュの向けてくれる感情は心配。

 ガッシュが魔界でオレに出会った時に向けてくれたモノと同じ。

 相手を思いやればこそ出てくる感情で、オレが今まで少ない数の対象にしか向けられなかったモノだ。

 思いやりがるから心配するし叱ることも出来る。動物たちへの理不尽に怒ることも出来るしパートナーを大切にも思える。

 オレはその範囲が狭くて、広げる方法が分からない。

 でも真っ直ぐに思いやりを向けられるというのは……心地いいモノだな。

 

 前までなら、心配を侮辱と取っただろう。

 

 今のオレがどんな顔をしているかは分からない。真っ直ぐにチェリッシュの瞳を見詰めて、オレは答えを返していく。

 

「しかし不要だ」

「でもっ」

「心配してくれてありがとう。だがオレとデュフォーの計画にはお前達の協力はなくてもいい。そもそも……」

 

 後は引き継ぐというように、デュフォーがオレの後を繋いだ。

 

「ゼオンはその戦いに参加できない理由があるんだ。これについてはゼオンよりオレから説明しよう」

 

 いいか、というような態度にコクリと頷く。

 オレの対応はデュフォーが言葉を継ぐ程に何か変化があったらしい。

 なら、あとはデュフォーに任せよう。ただ……オレはこの選択をすぐに後悔した。

 

「こいつを見てくれ」

 

 そう言って取り出された端末には……オレの頭を真っ白にする写真が写されていた。

 

「この子の名前はガッシュ。見たら分かると思うが……ゼオンの弟だ」

 

 画面いっぱいに映っている写真には、ピースサインで笑うアポロとロップス、そして楽しそうに食卓を囲んでいるガッシュと清麿が居た。

 

「写真を撮っているのがオレ達の知り合いなんだが、ゼオンは少し理由があってガッシュに近付くことが出来ない」

「え……」

「弟なのにか?」

 

 話し始めた三人を置いて、オレはデュフォーが机に置いた端末をすぐに取り上げた。

 

 まじまじと、穴があくほどに画面を見詰めた。

 画面の中で美味しそうに魚を頬張って笑うガッシュ。久しぶりに見た弟の姿に唇が震えた。

 

「魔界での魔物同士の関係性にはいろいろあるのは分かるだろうチェリッシュ。例え同じ一族だったとしてもだ」

「……何か深い事情があるのね」

「ゼオンが望んでいることではない、というのは言える。というか見た通りだ」

「あっ」

「なるほど……」

 

 チラリと三人がオレを見ているようだがそんなモノはどうでもいい。

 戻る、のボタンを押す。そうすると違う写真が映し出された。

 

 作戦会議をしているガッシュ達。机を囲んで真剣に話し合っているその姿が誇らしい。

 我が弟は巨悪相手であろうと戦うことを決め、勇敢にも知恵を振り絞って己達の力で打倒しようというのだ。

 

「込み入った事情から、ゼオンはガッシュに自分が兄であるということを明かせないし関わることも出来ない。つまり……」

「そのガッシュっていう子が千年前の魔物を操ってるゲス野郎を倒しに行くから……ってことかい?」

「そうだ」

「本当に出来ることは何もないのか?」

「無い。だからこそ、オレとゼオンは知り合いに任せて影からのサポートに徹することにしている」

 

 次を押す。

 なんということだろうか。

 ガッシュとロップス、そしてシュナイダーと思われる馬型の魔物が同じベッドで寝ているではないか。

 穏やかな寝顔は、きっと友と共に夢を見ることが出来ての幸せからに違いない。指が震える。

 どうしてだ……どうしてオレは……この写真を眺めるしか出来ない。

 写真をなぞる指先はガッシュの頬を撫でているはずなのに、なにも温もりをくれない。

 

「……ガッシュ」

 

 次へを押してぽつりと零れた言葉。

 ガッシュと清麿の写真を見て、無意味な言葉が出た。

 満面の笑顔。何かを伝えたいというような二人の表情。

 送られた写真に付随のメールの文面にはこう書かれていた。

 

『親愛なるDへ。心強い味方がキミ達に感謝を伝えたいと言うからメールを送る。

 ナゾナゾ博士の他にボク達をサポートしている存在が居ることが清麿に突き止められた。

 シェリーともう一人いると言えば驚いていたけど、何かお礼がしたいというから二人の笑顔の写真を撮らせてくれと言っておいた。

 “ありがとうなのだ。共に頑張ろうぞ”……だってさ』

 

 ああ、ああ。

 お前ならそう言うだろうな。

 

 喉の奥が熱くて、目がしらも熱くて、胸が苦しくなってしまった。

 

 次へ、を押してももうなかった。

 どうしてだ。

 もっとお前を見せてくれ。もっとお前の元気な姿が見たいんだ。

 

「こうなるから見せたくはなかったんだがな……」

「……バカものめ。なぜ、もっと早くに見せなかった」

 

 声が震えてしまう。

 

「届いたのは昨日の夜中だ。子供達にお前が目を腫らしているのを見せるわけにはいかないだろ?」

「……」

 

 嗚咽が漏れそうになるのを堪える。その通りだ。ガキ共の前でオレが無様を晒してなどなるものか。

 たまらず、というように立とうとするチェリッシュを手で制した。

 

「心配はありがたいが……写真とはいえ、弟の前だ。オレは兄でいたい」

 

 きっとお前は抱きしめてくれるんだろう。その母性でもって、オレの心を癒してくれるかもしれない。

 子供達にするように、きっと魔界でお前が孤児たちを癒してきたように……。

 しかしそんな無様をオレは許せない。譲れない意地だ。

 そんなオレの頭にデュフォーがポンと掌を置く。

 

「正体すら明かせない。それを心に留めておいてくれ。もし……お前達が万が一ガッシュと出会うことがあっても、ゼオンのことは口外しないと約束して欲しい」

「……分かったわ」

「約束しよう」

 

 一つ、二つと大きく呼吸をしていく。

 心を落ち着かせる呼吸法を学んできた。それでも抑えるのに苦労する大きな感情の渦がある。

 

 目から雫が零れるのは阻止出来て、声が震えることもどうにかなさそうだ。

 

「落ち着いたか」

「……後で写真はプリントアウトしておけ」

「額縁へ飾るのはダメだ」

「バカめ。アルバムを作るんだ。今のガッシュの姿を保存しておけるのは今しかないんだぞ? アポロには定期的に写真を送らせろ」

「……まあ、それくらいならいいか」

「保存用と観賞用は最低でも必要として……あとは高性能のカメラと……そうか……動画という手も……?」

「前言撤回だ。アルバムは一つだけ許す。動画はお前が入れ込んでしまう可能性を危惧して禁止だ」

「貴様ぁ……」

 

 無慈悲な制限に沸々と怒りが沸いてくる。

 デュフォーはことの重大さを理解していない。ガッシュの今がどれほどの宝なのかお前は分からないのか?

 

 そんなオレたちを見て、チェリッシュとニコルが噴き出す。

 

「ふふっ」

「ふ……そうか、ゼオンはそういう子なんだな」

「弟くんの為……そういうことだったのね」

「どうりで、小さい子達が甘えるわけだ」

「ええ、お兄ちゃんな所が分かっちゃうんでしょう」

 

 何かとチビ達がくっついてくる理由を、チェリッシュ達は漸く理解したというように頷き合っている。

 確かに小さい頃のガッシュと遊んでいたらこんな感じだっただろうかなどと考えていたが……。

 少しばかり気恥ずかしくなって顔を逸らす。

 

「“坊や”じゃなかったんだね」

 

 クイと帽子を整えたチェリッシュは、オレへと言葉を投げかける。

 

「男の子が自分で守るって決めたんなら、放っておけないなんて言うのは余計なことってもんだ」

 

 ランタンに照らされた髪がキラキラと光っていた。

 

「あんたは守りたいモノをしっかりと分かってる一人前の男の子だ。理不尽にさらされた子達に哀しむ心も持ってるいいヤツで、面倒見のいいアニキなんだろう」

 

 ニッと歯を見せて笑う彼女は、もうオレのことを子供扱いなどしていない。

 守るべきモノに対してではなく対等なモノへと向ける表情。

 

「“ゼオン”……あんたの戦いを私は邪魔しない。それでいいかい?」

 

 芯を持つ彼女の心は、きっと誰にも砕けないダイヤモンドの輝きを持っている。

 言葉だけじゃ無粋と思い、オレは彼女に拳を向けてみた。

 

 同じように拳を向けて、コツリと合わさって想いが交わされる。

 

 笑みを向ければ、彼女はクスクスと悪戯っぽく笑った。

 

「それでいい」

「助けてほしい時は言いな。同じメシを食った仲だからね」

「そっちこそ、何か必要なことがあれば手伝おう。魔界の暮らしを聞かせてくれた対価もある」

「うーん、昔話をしただけなんだけどね……あ」

 

 思い出したというように手を叩いた。

 

「じゃあ、“テッド”っていう私の家族に出会ったら伝言を頼める?」

「いいぞ。ガッシュのことを黙っててもらう代わりにもなる」

 

 共に並び立っていた家族のことは聞いている。オレは伝えることも出来ないけれど、チェリッシュの想いはそいつに伝えておこう。

 

「“チェリッシュが探してる。私は敵じゃない”って」

 

 ああ、と心で嘆息が出た。

 その言葉は、とてもいい。

 オレもガッシュにそう言えたならどれだけいいだろうか。けれど……オレにはオレの戦いがある。

 

「承った。必ず伝えよう」

「出会ったら、でいいからね。探すこともしなくていい。どうせバカばっかりやってる世話の掛かる子だから私が探す」

「ふっ、分かっている。それだけ強固な絆があるのなら、きっとお前とテッドは必然的に出会うだろう」

 

 よほどの信頼があると見える。

 オレもその魔物と会ってみたくなった。

 

――出来ればガッシュと二人で、チェリッシュとテッドとこうして机を囲んでみたいモノだ。

 

 目に入った端末には、ガッシュが仲間達と食卓を囲んでいる写真が見えた。それが現実に此処に在ったならどれほど尊く、素晴らしい光景だろうか。

 この大きな机に四人だけでは寂しいなと、そんな感覚が沸いてしまった。

 数日の間、声が堪えることのなかった食堂で、たった四人で良いだろうか。

 

 否、だ。

 

――出来ることなら……この数日間の子供達との時間のように、魔界でチェリッシュとその家族達、オレが出会った魔物達とも……ガッシュと一緒に過ごしてみたい。

 

 此処での数日間が楽しかったから。オレの初めての経験が山ほどあって、その楽しい時間が出会った魔物達の周りにあるというのなら。

 

 それを守るのも、オレがこの先にするべき……いいや、“したいこと”……か。

 

 すっと、心に引っかかっていた何かが抜けた気がした。

 アシュロンの問いかけの“答え”の一端が……きっと見えた。

 

 コーヒーを呷って、一息。

 

「チェリッシュは……魔界が好きか?」

「なんだい、突然に」

 

 苦笑を零した彼女は、キラキラと光る瞳で答えた。

 

「辛いこともあるけれど、私は坊や達と暮らす魔界が好きだよ。だから王になって……親のいない私達でも幸せになれる国にしてやんのさ」

 

 そうか、と声が出た。ゼオンは、と聞かれた。

 

 オレの“答え”の一端は――

 

「好きになる魔界を作る……予定だ」

「ええ……なぁにそれ」

「まだこれでいいんだ。きっとな」

 

 そう、まだ決めなくていい。

 

――何せ……オレが好きな魔界だけじゃなくて、ガッシュやお前達の好きになる魔界にしなければならないのだから。

 

 他の魔物や人間達と楽しそうに食事をしているガッシュの写真は一つの理想。

 オレも、もしかしたらこの食堂でこんな顔をしていたんだろうか。

 

 それならいいなと、そんなことを思った。

 

 

 

 考えに耽っていると、ふと、デュフォーがオレへと合図を送る。

 

 唐突な、本当に唐突な出来事。

 魔物が来たと、そう伝えていた。

 

 

 

 

「チェリッシュ、ニコル。話は此処までだ」

 

 立ち上がっていうデュフォーに、二人は不審に眉を顰める。

 

「せっかくだ……オレの実力を少しだけ見せてやろう。客人が来たようだからな」




読んで頂きありがとうございます。

ガッシュ2モ・ポルクやばいですね。
チェリッシュとニコルペア、いい感じに描けていたらいいですが難しいですね。

孤児院の子供達の面倒を見るゼオンくんは描いていて楽しいですね。

アポロくんから送られて来るのはメシテロならぬガッシュくんテロになります。


これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。

下記の内で好きな魔物は誰ですか?

  • リーヤ
  • リオウ
  • ザルチム
  • ファンゴ
  • カルディオ
  • チェリッシュ
  • ギャロン
  • ジェデュン
  • ロデュウ
  • ブザライ
  • キース
  • テッド
  • モモン
  • アース
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