もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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いつもありがとうございます。


第四十六話:戦いの前夜に

 

 てくてくと歩く。

 決して急ぐことのない足取りでの歩みは、とっぷりと沈んだ夜によく映えた。

 星と月が照らす歩道で、片方の手をポケットに入れてあくびをしながらゆっくりと。

 

 ゼオンは街の外れにてコーラルQと共に遺跡内部の監視と情報収集をしており、此処にはいない。

 コーラルQの送り込む超小型の情報収集端末は攻撃こそ出来ないが、多数の魔物が入り乱れる遺跡内部に於いては自然に紛れ込むことが出来る為、ゾフィス達の動きや作戦の詳細を余すことなく聞き取ることが出来るようだった。

 

 ただ、ゾフィス本人の私室と月の石本体のある部屋は別らしく、特殊な魔力装置によって魔力干渉が外部から出来ず、コーラルQの術により生み出された端末は忍び込めなかったとのこと。

 

 それでも十分すぎる情報を得られると確信したので、デュフォーは一人、清麿やガッシュとの約束を果たす為にと宿に向かっているのだった。

 

 いい夜だ、と思いながら歩くこと十数分。

 宿の前で見上げるとテラスにて一人で星空を眺める清麿が居た。

 

 すぐにデュフォーの存在に気付いた清麿はハッとした表情に代わり、慌てた様子で部屋に戻っていった。

 誰かを起こして来るか、はたまた一人で此処まで来るか。

 

 アポロはビクトリームとの話の途中で清麿達に合流させており、デュフォーが手ずからに調合した疲労回復や休息を促進する薬などを渡しておいた。

 今は夜半過ぎ。薬を信じて使ってくれているなら皆は寝静まっている頃だろう。

 

 デュフォーは夜に必ず、と言ったがあくまで何時かは指定していない。

 不信感を与えることも厭わずに時間を遅くしたのには理由がある。

 

 息を切らして下りて来た清麿は……ナゾナゾ博士を連れてきていた。

 

――ちょうど清麿に話しかけようとしていたDr.ナゾナゾだけか。それならいいだろう。

 

「デュフォー!! 無事だったか!!」

 

 アポロが戻る時に、ビクトリームと戦闘を再開したと伝えてくれと指示していたから清麿から心配の言葉が飛んでくる。

 ビクトリームの強さを見た清麿であれば、苦戦していたり激しい戦闘の後だから来るのが厳しくなったのではないかと予測するのは当然。

 埃や汚れを付けた服を着たデュフォーが歩いて来ればそうなる。

 

 一応本を持ってきたことで負けていないことをアピールするのも忘れずに。

 

 ただ、隣にいるナゾナゾ博士だけは冷や汗を浮かべてこちらを見ていた。

 

「大丈夫だ。いろいろと相手の魔物の事情も聴くことが出来たが、他のことに対する手間がかかってこんな時間になった。許せ」

「!! いいよ、無事ならそれでいい! すまない、結局あんたとあんたのパートナーの魔物に頼ることになって――」

「問題ない。オレ達もオレ達の目的の為に必要なことだっただけだ。お前達が仲間を誰も失わなかったのなら最善の選択だろう?」

 

 肩を叩きながら元気な様子を示せば、清麿は漸くほっとした表情に変わった。

 次にナゾナゾ博士に向き直り語りだす。

 

「久しぶりだな、Dr.ナゾナゾ」

「……うむ。まさかキミが直接手助けをしてくれるとは思ってもみなかったぞ。こうして実際に見るまで半信半疑だったほどじゃ」

「こっちも事情が変わったんでな。アポロやシェリーが居れば大抵の相手に対応できるとはいえ、少々厄介なことになった」

「清麿くんから聞いておる。まさか意識を持ったまま協力しているパートナーがおったとは……」

 

 難しい顔に変わった清麿とナゾナゾ博士。

 夜遅くまで続いた明日の作戦会議は終わっている。ビクトリーム並の戦力があと四体居るという事実を込みで、どうにか、か細い勝機をつかみ取る為の策を練ったのだろうということがその表情から分かる。

 

「デュフォーと別れた後、違う魔物との戦闘になってさ。其処に一緒に来ていたレイラという魔物から聞いたんだ。

 千年前の魔物の中にも自分達が良くないことをしていると分かっている魔物は居るって。無理やり人間を巻き込んで戦うのはダメなことだってその子は気付いてた。それでその子がオレ達を逃がしてくれて、今その子は一人でゾフィスに対して情報の攪乱をしてくれてる」

 

 概ねそうなるだろうと思っていた結果を聞いて、“答え”から外れていないことを確認。

 

「ビクトリームは……どうなった? その……レイラって子と友達だって言ってたから……」

 

 引き受けてもらったという負い目もあるだろう。清麿は言葉に詰まりながらも言った。

 

「あいつは遺跡へと戻した。レイラという魔物の言う通りに、千年前の魔物達の中にもゾフィスに反抗的な魔物は居る。ビクトリームが戦っている理由も聞いた。あいつも友達の為に戦う魔物の一人だ」

「なんとっ」

「そ、そうなのか! ならっ」

「お前達の予想の通り、ビクトリームはレイラと同じく敵ではない」

 

 ほっと大きな息を吐いたのも束の間、デュフォーは、だが、と続けた。

 

「味方にもならない。正しくはなれない、というべきか」

「それは、どういうことじゃ……?」

「……」

「ビクトリームとモヒカン・エースはゾフィスと取引きをしていた。現代の魔物を一定数倒すことでレイラのパートナーの意識を戻すという取引きだ。ただし、意識を戻しても制限と制約を付けて配下として共に戦うのが条件。それ以上細かく聞くことが出来なかったが、レイラと共に配下に加わる条件は別の魔物に対する足枷の役割が大きいだろう」

 

 淡々と語られる内容に、二人は思考を回す。

 

「千年前の魔物の中に一体、ビクトリームを超える強力な力を持ちながらも正義の心をもったヤツが居る。ゾフィスがビクトリームとレイラへ掛ける制限と制約はそいつの自由を縛る鎖だ」

 

 驚愕に目を見開いた二人に向けて、デュフォーは指を一つ立てた。

 

「そいつは仲間を見捨てられない。

 そいつは他の魔物達を自由にしてやりたい。

 そいつは新しく出来た友達を救いたくて仕方ない。

 その魔物の名前はパムーンという」

 

 一拍の間。何かを言おうとした清麿だったが、一瞬の逡巡をして真剣な面持ちに変わった。

 

「ナゾナゾ博士」

「……何かね?」

「あんたはなんでも知ってる不思議な博士だ」

「……そうだよ。私はなんでも知ってるナゾナゾ博士だ」

「じゃあ……あんたとデュフォー、どっちが魔物や魔界、この戦いについて物知りなんだ?」

 

 言葉は紡がれない。

 シルクハットで目元を隠したナゾナゾ博士の行動こそが答えだった。

 

「……夜に説明してくれるって約束、覚えてるよなデュフォー。あんたはなんで其処までいろいろなことを知ってる? ナゾナゾ博士はオレ達の一歩や二歩先で情報を掴んで動いてくれてるのは分かるし理解出来るけど……あんたは博士とはわけが違う」

 

 疑念も疑問もある。

 

「敵の情報を知りすぎていることもそう、敵の拠点の動きに完璧な対応を組み立てていたこともそう、オレ達がどんな術を使ってどんな連携をするかも全て理解していたのもそう、そしてゾフィスの企みをいち早くに気付いて動いていたことも……」

 

 異常すぎる、と。最後まで言葉を流すことなく。

 

 聞いてくるだろうとは分かっていたから、デュフォーはなんでもないことのように頭を掻いた。

 

「ゾフィスが何故、千年前の魔物を蘇らせることが出来たのか……ソレを突き詰めて考えることはしなかったんだな」

「それは……王になる為に――」

「じゃあなぜ、千年前に石版の魔物達と親交のあった他の魔物達はそいつらをその時に復活させなかった? ゾフィスが人間界に来てこの数か月という短時間で出来たなら、千年前の魔物達も死にもの狂いで解決策を練って石版の封印を解いているはずだろう?」

「……」

「“答え”は一つ。王になった魔物でさえ、魔界の王という圧倒的な力を得たとしても、出来なかったんだ」

 

 虚を突いた質問により、二人はすぐに思考を回していく。

 

「誰も解くことが出来ない術に縛られ、戦いが終わっても取り残された魔物達。魔物達にも親は居るし友達だっている。本当なら戻ってくるはずの子供達が戻らず、戻すこともできず、そんな中でも王となって魔界を治めなければならなかったのが魔界の王だ。

 子を失った親はその王をどう思う?

 子を還してくれない王を、親はどう思う?

 千年前に王となった魔物は……それをどう考えたと思う?」

 

 あ、と声を漏らしたのは清麿。ナゾナゾ博士は苦く歯を噛みしめる。

 

 それは誰も気付くことのない千年前の出来事。

 

 其処にはどれほどの悲哀が溢れ、其処にはどれほどの悪感情が渦巻き、其処にはどれほど大きな弾劾の声が上がったことだろう。

 

「千年。千年だ。膨大な時間を掛けて準備をし、もう一度人間界と関わりが持てる王を決める戦いの機会に合わせて、万全の準備を整えた。幾千幾万という試行錯誤の果てにゴーレンという魔物が掛けたイカレた術を解明し、復活の方法を見つけ……そうして、一人の魔物にその結末を託した」

 

 顔を青褪めさせた二人は、特に孫の命を己の手で失ったナゾナゾ博士は顔色がみるみる悪くなっていった。

 

「ゾフィスは千年前の魔物達を救う為の研究をしていた一族の魔物。そしてオレのパートナーは……魔界の王からその研究の成果を見届けることを課せられた魔物だ。

 千年前の魔物達が一人残らず復活出来るように、間違っても壊されたり利用されたりしないように、ゾフィスとオレのパートナーにしか石版の情報は教えられなかった。

 千年……それがどれほどの年月かは奴らと王にしかわからない」

 

 その答えに、ふるふると震えた手でナゾナゾ博士が顔を覆う。

 

「魔界に帰っても、あの子達に居場所は……あるのかね?」

 

 苦しそうに紡いだ声に、デュフォーは無機質な答えを返した。

 

「ない。石版の魔物以外で千年前から現在も生きているのは魔界の王だけだと言っていた。家もなく、途絶えた一族も居て、昔の友や家族は誰一人いない。魔物達の境遇は、千年前の人間が現代にやって来て暮らせと言われるようなモノだ」

「なんという……あまりにも……あまりにもそれは……」

 

 声なき声が消え行く。

 清麿は、其処で気付く。

 

「あの時、イヤホンを当てて帰る魔物達に声を掛けていたのは……そういうことか」

「寄る辺なき魔物の子達が帰っても迷わないように。魔界の王が何かしらの対策をしているかもしれないが、こちらからも打てる手は打っておくべきだからな。

 お前達が“人間達”を救う為にと力を合わせて集まったように、オレ達は“千年前の魔物達”を救う為に計画を立てて進めてきたというわけだ」

 

 清麿は漸く、腑に落ちたといった表情で吐息を落とす。

 清麿達が見ていたのは人間達。しかし遺跡で戦ったことで魔物達の心の中も知れた。

 初めから魔物達の置かれた状況も何もかもを理解している魔物が居て、それを救おうとしていたというのなら……デュフォーの動きは、間違いなくそういった動きだと理解出来たのだ。

 

「魔界側の状況……戦った魔物の子供の感情もあの時になるまで分からなかったし、其処までは考えられなかったなぁ」

「確かにそういった情報を先んじて手に入れておったのなら私達よりも何歩も先を進んでいることも納得じゃな」

 

 ふいと視線を切りつつ言う博士は、デュフォー本人の異常性は敢えて話題に出さず。

 しかし、裏社会を操る“D”としての恐ろしい能力の使い道がパートナーの魔物に対しての助力だったのだと理解を置き、少し彼のことを知れたことで大きな安堵も得た。

 

 冷たい眼差しの奥に、一筋の暖かさを宿す。そんなデュフォーの瞳としっかりと視線を結んだ清麿は、手に持っていた石を掌に乗せてデュフォーへと差し出す。

 

「明日の作戦、オレ達は月の石本体の破壊を目指して動く。一つのチームとして動きながら上を目指し、攪乱されても必ず二組になるようにして戦っていくつもりだ……デュフォーならそれくらい予想してるんじゃないか?」

「操られている人間達を解放すれば千年前の魔物達の戦力はほぼ無くなる。ビクトリーム以上の魔物や複数の魔物に対しては個別に対処できないから生存率を上げる為に二組以上で動く、お前達にはそれがベストだろう」

 

 当然とばかりに言葉を並べれば、清麿は大きく頷いて先をつづけた。

 

「アポロに頼んでインカムも揃えて貰った。これで別れても互いの状況が分かるし――」

「残念だが、人間の通信機器は明日は使えない」

「え――」

「今日が不意打ちだったから成功しただけで、明日は本腰を入れて防衛しに来る。現代の地球の技術力も把握していることはゾフィスの頭脳を考えればほぼ確実、電波妨害を起こして通信による情報交換の阻止は間違いなく行うだろう。

 お前達が威力偵察をしたように、ゾフィスもお前達の実力を測っていたということだ」

 

 顎に手を当てたナゾナゾ博士がすぐさま返した。

 

「つまり……わざと見逃した、とそういうことじゃな?」

「ビクトリーム程の魔物との戦闘をゾフィスが気付かないはずがない。内部の魔物による報告を差し止めていても、遺跡外部を巡回している魔物だっている。オレ達が通信を使えたのならば相手も使えるということを忘れてはならない」

「……対策は必ずしてくるかな? 相手にとっても通信での情報交換は重要じゃないか?」

「相手は人間の意思を奪っている。情報を用いた戦闘状況の整理は魔物だけでするのと人間が担当するのとでは動きの質が変わってしまう。相手の方が正確に情報のやり取りを出来ることを許すような魔物じゃない」

「……敵の方の利が高く大きくなるというならばゼロにしてしまおう、と?」

「そうだ。ゾフィスの性格、思考、そういったモノを加味しても通信規制を行ってくることは間違いない。あいつは己が有利な状況で立ち回りたいタイプだろう。オレのパートナーに釘を刺されているからそれも恐れて余計にな」

 

 デュフォーの口ぶりに、清麿とナゾナゾ博士は驚きに表情を染めた。

 

「ゾフィスを知ってるのか!?」

「ああ、一番最初の魔物の復活に立ち会った。王からの伝言を伝え、ゾフィスの一族がしてきた仕事の成果を確かめ、千年前の魔物達が確実に生還出来る確証を得る為に直接会うのは当然のことだ」

 

 当たり前だと、デュフォーは自然に言い放つ。

 

――甘いな、清麿。その甘さには、少し現実を教えることも必要か。

 

 冷たい目には、先ほどまでの僅かな暖かさはなく。

 

「お前達はこう思っているな?

 その時には既に沢山の人間がひどい目に遭うことを予測していたんじゃないのか。

 ゾフィスを止めることは出来たんじゃないのか。

 監視を付けていればこんなことにはならなかったんじゃないのか……と」

 

 凍てつく目からは、一切の感情が排斥されている。

 

 デュフォーの放つ圧力は、今まで感じたことのないようなナニカ。

 心の中の疑問を言い当てられて二人は何も言えない。

 

「いいことを教えてやる」

 

 ぽつりと落とされた。

 一拍を置いて、デュフォーが冷たい現実を投げ入れる。

 

「ゾフィスの計画はこれでまだ第一段階だ。千年前の魔物という手駒が揃い、駒の実力を把握しているだけ。あいつの一族は千年の記録を持っているから、“魔界を滅ぼす二つの脅威”の存在も把握している。

 第二段階はその内の一つを手中に収める為に動く。お前達が遺跡に来たのを迎え撃つことにしたのはいわばその為の前哨戦、そしてパムーンやビクトリームという強力な魔物を完全に支配下に置く為の機会にし、オレのパートナーやブラゴなどの強力な魔物を倒す力を得る為の足掛かりにすぎない」

 

 デュフォーが求めた問いに、“答え”は出ていた。

 

 雷帝ゼオンが介入した時点でゾフィスにはもう後に引けない理由が出来た。

 アシュロンとの戦闘の魔力に怯えただけではなく、一族の情報にある“バオウ”の存在も対策せねばならなくなった。

 竜族と王族が潰し合ってくれるのならばいい。出来れば自分のことを知られている雷帝に消えてくれと彼は願った。

 しかしそれが臨めない可能性があるのなら、更なる力を求めるのは当然のこと。

 

 ゾフィスは研究者の一族であり、王にも近しい立場であった。

 だからこそ、彼は今回の戦いに於いてもう一つ大きな計画を進めている一族の情報を持っていた。

 

 デュフォーは其処までは言わない。

 今はまだ、その時ではないのだ。

 

「オレ達がゾフィスを止めていないのは……オレ達ではなく、お前達とブラゴがゾフィスを止めることでこそ、“この次”に繋がると思っているからだ。

 ガッシュ、ロップス、ティオ、キャンチョメ、ウマゴン、キッド。そしてここにきているウォンレイ。それぞれが苦難を乗り越えることで大きな力を得ることになる。

 人間達の被害を良しとしたことを非難するのならしてくれていい。必要な犠牲を強いた非情な心の持ち主だと嫌悪してくれて構わない」

 

 思い浮かべるのはゼオンの表情。

 石版の魔物達を救えないと悲しんでいる彼の心を想えば、デュフォーの心にも影が落ちる。

 

 それでも、と覚悟を決めているのがゼオンだから。

 デュフォーも同じ気持ちで清麿達へと言い切ることにした。

 

「“魔界と人間界を滅ぼすほどの脅威”が育ちつつある。それを防ぐ為に動いているのがオレ達だ。贖罪や懺悔で地に伏すよりも、怨嗟と憎悪を向けられても歩み進むことを選んだ」

 

――全ては、“あの夜に失われた温もり”の為に。

 

 続きの言葉を呑み込み、ふいと、デュフォーは拳を上げる。

 それはいつもゼオンがするモノ。レインや認めた相手に対して行う一つの仕草。

 

 トン、と清麿の胸に拳を当てた。

 

「“オレ達の敵”は、“お前達とでなければ倒せない”。ゾフィスの野望を砕け、清麿。そして全員で強くなれ。お前達の力がオレ達には必要だ。明日も、そしてこの先も」

 

 真っ直ぐに射抜いてくる瞳の奥には、覚悟の炎が燃えている。

 

 先ほどまでの凍てつきとは全く違う、静かで……そして想いに溢れた炎があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去っていく銀の背を見送って、その場に取り残された清麿とナゾナゾ博士。

 

 しばらく、ほんの数分の無言の後に清麿が大きく息を吐き出した。

 

「……なぁ、ナゾナゾ博士」

「なにかね?」

「デュフォーは……あんたと同じことを、敵を使ってしようとしてるんだな」

「……そうじゃな」

 

 前に会った時は感情と心の奥底が見えなかった。

 今回はその心の内と思考の断片を語ってくれた。

 

 ナゾナゾ博士はデュフォーについての見識を広げる。

 

 

 胸に拳を当てて、清麿はじっと心を覗き込むような表情をしていた。

 

「全部は教えてくれなかったけど、教えて貰ってばかりじゃダメだよな」

 

 トン、と胸をその拳で叩く。

 

 受け取った熱が一つ。

 必要だ、とあれほど真っすぐに言われて灯った熱が一つ。

 

 パチン。頬を叩く音が響き、清麿は気合いを一つ入れた。

 

「ありがとな、博士。心配して様子を見にきてくれたんだろ? デュフォーと会うのに一緒に来てくれて助かったよ」

「フフ……彼が苦手か?」

「いや……その……一人だと緊張しちゃって、あんな風に深くまで聞けなかったと思うんだ」

「それを言うなら私もじゃ。彼と初めて会った時などシェリー嬢と同じくらい恐ろしい空気じゃったからな。清麿くんが居てくれて彼のことや魔界のことが多く理解出来た」

「ならよかった」

「ま、少し苦手なのはあるけれどな?」

「……オレも今は、な」

 

 互いに笑い合って頷き合う。

 

「いつか、キミと彼は腹を割って話せるじゃろう。私にはそう見えたよ。彼は……どことなくキミに似ておる」

「オレに、デュフォーが?」

 

 ないないと首を振る清麿。苦笑を落とした博士は彼の背をポンと叩く。

 

「さあ、もう寝なさい。皆で立てた明日の作戦は過酷じゃぞ。レイラという子や人間達を助ける為には体力を蓄えねばならん」

「ああ、そうだな。もう寝るよ」

 

 背を押されたまま、清麿は建物に向けて歩き出す。

 

 ふと、足を止めた彼が振り返った。

 

「博士。明日が終わったら、キッドと一緒にウチにまた遊びに来てくれよ。ガッシュも遊び相手が欲しいだろうし……」

 

 ぽりぽりと頬を掻いて、彼は恥ずかしそうに言う。

 

「強くなる為には……なんでも知ってる不思議な博士に、オレも習うことがあると思うから、さ」

 

 

 それだけ! と子供っぽく言った彼は、返答も聞かずに建物へと入っていった。

 

 その背を見送りながらナゾナゾ博士は優しく笑う。

 

 

 

「ああ……そうじゃな。キッドと私で……共に……」

 

 

 

 空に浮かぶ三日月だけが、その約束を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡の中、ゾフィスの研究室の近くの部屋。

 夕暮れ時に遺跡の外で大きな魔力を感じたことで、探索に出て帰還した所である。

 

 探索の結果は見ての通り。

 ボロボロになったVをかたどった魔物と、自慢のモヒカンがひしゃげてしまったモヒカン・エースと呼ばれる人間。

 天井に空いた穴の隙間から漏れてくる月の光で傷ついた身体を癒しつつ、ビクトリームがパキパキと間接を鳴らして伸びをする。

 パムーンはビクトリームが魔界へ還らなかったことにほっとしていた。

 

「しかし驚いたぞビクトリーム。大きな魔力を感じたと思って其処に行けばお前の最強術が飛んでくるんだからな」

「ふん、それほどまでに敵が強かったのよォ。貴様が来たと気付いて去っていったが、アレは二対一でも勝てたか分からんなァ」

「だな。肉体強化だけでアレだ。相棒が奥の手を出さなきゃやばかったぜ」

「レイラかパムーンのどちらかがおればもう一つの術も出せたが……それでもせいぜい引き分けだ。あの人間が動き出してから明らかに動きが変わった。パートナーでもない虫の小僧と厄介な連携をしていた所を見ても、あの人間が魔物の力を十全に引き上げているのだろう」

「それほどの魔物と人間か。もしや……黒髪の少女のような見た目をしていたか?」

 

 腕組みをしながら問うと、モヒカン・エースが頷く。

 

「ああ。リエムって名乗ってたぜ。敵の網に捕まってからぶっ飛ばされて、“ちょっと気を失ってたところに相棒が攻撃を受けてすぐに戦闘”に突入した。

 電気みたいなバチバチした何かを受けてオレも相棒も目が覚めたんだ」

「寝ていた私達が悪いが、本を燃やさなかったのは私達の実力を見るためだろう。我らの戦力を確認しにきて、増援が来たから引いたといった所か」

 

 彼らの話を聞き、パムーンは首を捻る。

 

――どういうことだ? ベルの一族なのだからパートナーの意識のあるこいつには話をしていてもいいはずだが……。

 

 件の人物と出会えたのなら違う流れになると思っていたのに、パムーンの予測とは違う結果に終わっている。

 考えても答えは出ない。

 

「そういえば……去り際に不思議なことを言っていたな」

「ああ、あれか。なんなんだろうな?」

 

 ふと、二人が言葉を零して思考を会話に戻す。

 

「なんて言っていたんだ?」

「確か……」

「“借りたモノは必ず返しに行く”……だったか」

「やられちまった借りを作ったのはこっちだけどな!」

「フハハ! 次に出会った時はこの私の美しく華麗なるパワァで勝利のVを刻んでくれるわ!」

 

 ますます謎が深まる答えだと思うが、いつもの調子を取り戻したビクトリームに苦笑を一つ。

 

「私とレイラとパムーンが揃えば竜族にだって負けんからな! さあ、パムーンよ! 今から夜空の星に向けてVの鍛錬へと赴くぞ!」

「ふふふ、またか? 初めてした時はレイラも混ざってきたよな。あいつだけ置いてけぼりだと後が怖いぞ?」

 

 ビクトリームと打ち解けた初めての夜のことを思い出して、パムーンはやれやれと首を振る。

 そうして部屋を出て行こうとした時に、

 

「……? 貴様とVを刻むのは初めてのはずだがァ……」

「え……何を――」

 

 後ろから掛かった声に呆然として、

 

 

 

「やめてぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!

 イヤァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

 

 

 突如、隣の部屋から女の子の絶叫が鳴り響く。

 

 その声に覚えのあるパムーンとビクトリームは、跳ねるように部屋を出て隣へと駆けこむ。

 

 其処で見た光景は……あまりにも悍ましいモノだった。

 

「おや? 来てしまったのですね? お二方」

 

 にやりと笑ったゾフィスが手を翳している相手は、彼らの友である月の少女の魔物、レイラ。

 

 パキパキと音を立て彼女の手足が石へと変わっていっていた。

 

「やめてっ! やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 いやいやと首を振ることしか出来ない彼女は、叫ぶだけで恐怖により暴れることもできず。

 瞬時に動こうとしたパムーンをツァオロンが、ビクトリームを他の四体の魔物が抑え込んだ。モヒカン・エースは一体の魔物に拘束されてしまった。

 

「ゾフィス!!! 貴様ぁ!!!」

「レイラッ! ヌゥゥゥウウウウウウウウ!」

 

 引き倒された状態で叫んでも、魔物達は強化の術を唱えていてびくともしない。

 

 にやにやと厭らしい笑いを浮かべたままゾフィスが言う。

 

「ビクトリームは月の石の部屋へと連れて行きなさい。今日の戦闘の記憶を見せて貰い……王家の使者との接触が本当に戦闘だけだったかを記憶から調べさせて貰います」

「ゲロッパ! 了解ゲロ、ロードゾフィス!」

 

 まとめ役の魔物のビョンコが返事をして、ビクトリームが連れていかれる。

 

「レイラァ!」

「いやっ、助けて! ビクトリーム! パムーン!」

 

 滂沱の涙を見ながら手を伸ばしても、ビクトリームの手は届かなかった。

 閉められた扉は無慈悲に。

 

「お静かに、レイラ、パムーン。そうでなければ、私がさじ加減を間違えて完全に石へと戻してしまうかもしれません」

「ヒッ」

 

 ビクリと大きく震え、小さく、浅く、彼女は呼吸をするだけになる。

 その間も恐怖で涙が止まらない。

 見つめる先のパムーンは、助けを求められているその視線に心が引き裂かれてしまいそうだった。

 

 ぎりぎりと歯ぎしりと音を鳴らしゾフィスを睨んでも、薄ら笑いが途切れることはない。

 

「……離せ、ツァオロン」

「動くなパムーン。今はゾフィスの話を聞け」

 

 恐怖の汗を流しているのはツァオロンも同じ。

 如何に強い魔物であろうと、やはり千年の石の呪縛を間近に見ると心が恐怖に染まるのは抑えられないらしく。

 しかして、術の強化でどうにかパムーンを抑えることに成功していた。

 術を唱えている玄宗は一人、行われている非道な出来事を見ることなく背を向けていた。

 

「そうそう。パムーンのパートナーですが、無事に意識を取り戻す約束は果たしました。此処からは契約通り貴方のご自由に……と言いたいところですが、貴方たちが求めた“賞品”がどうやらおいた(・・・)をしたようでしてね。

 せっかく一網打尽に出来そうだった敵をわざと逃がし、共に戦う仲間であるはずの魔物を見殺しにし、あまつさえこちらの情報を教えてしまったそうなのですよ」

 

 紡がれる説明にも、パムーンの心は動かない。

 敵意と殺気を込めてゾフィスを睨むだけ。

 

 ふん、と小さく鼻を鳴らしたゾフィスが指を鳴らす。

 

 瞬間、パキパキとレイラの身体に石が広がっていく。

 

「イヤッ、いやだっ! 助けて! 助けてっ、パムーン! アルベール!」

「やめろォォ! ゾフィィィィス!!!!」

「ゴウ・エルド」

 

 首元まで石化が進み、恐怖でレイラの心は支配されていく。

 弱い術のままでは動かれると察した玄宗がさらに術を唱えて、パムーンの拘束は強化された。

 

 スーッと近づいてきたゾフィスが、しゃがみこんでパムーンの瞳を覗き込む。

 

「魔界軍でも軍規を乱したモノは処罰が待っています。裏切りと情報漏洩の利敵行為など、通常は死罪です。それを再びの石化だけに留めてあげようというのですから感謝してほしいモノですね」

 

 三日月のように割いて嗤う口。

 わなわなと震えるパムーンは怒鳴りつけてやりたいのをどうにか堪える。

 

「何が……望みだ……ゾフィス……」

 

 怒りでどうにかなりそうになりながら言葉を紡ぐ。

 

「おやおや、私は貴方には自由を約束しているのですよ? ビクトリームやレイラのパートナーの解放も、あくまで貴方が提案してきたことではないですか?

 それではまるで私が貴方を脅しているようでしょう? 心外ですねぇ」

 

 首を横に振りながら言うゾフィスは愉悦に顔を歪めていた。

 

「リエムという王族の使者の情報はビクトリームから得られるでしょう。ゴーレンと最後に戦った魔物であるビクトリームとの接触が戦闘だけで終わるはずがありませんからね。なので……私が貴方からあの魔物の情報を得ようとすることはもうないんです。

 ツァオロン、喋れないようにしておいてください」

 

 指を目の前で振って、また笑う。

 すっと立ち上がったゾフィスは、またレイラへと近づいて行った。翳された手が、薄く光る。

 

「ヒッ、や、やめてっ! アルベールッ! アルベール助けて! 怖いの! 石に戻りたくない! もう一人になりたくないのっ! まだ、貴方と、おしゃべりもしてないのにっ! アルベール!!!」

 

 パムーンも動けないと分かってしまったから、レイラは傍に立っているアルベールへと助けを求めた。

 無表情で感情の宿らない人形のような彼は、名前を呼ばれてレイラの方を向くけれど何もしない。否、出来ない。

 助けてと言われても、彼は困ったように眉を寄せることしか出来なかった。

 

「お願いっ! アルベール――」

「とりあえずうるさい口は閉じてしまいましょう」

 

 石化が口まで進み、目と耳だけがレイラに許された感覚となった。

 涙は止まらない。悲鳴はあがらないが、その表情だけで何を求めているか分かる。

 

 どれほどの恐怖だろうか。

 どれほどの絶望だろうか。

 

 それが分かってしまうからこそ、パムーンの怒りが募っていく。

 

 ゾフィスは、呆れたように吐き捨てた。

 

「希望など見せるから。だから絶望がより深くなってしまうんです。パムーンが行って来たことは貴女の失態一つで無駄になりました。失意の底で反省しなさい、レイラ。もし、救われることがあるのなら、その救ってくれた相手の言うことは今度こそちゃんと聞くことですね」

 

 ぱちり、と。再び指が鳴らされる。

 涙を流す彼女の顔を、パムーンは最後まで視界から外すことは無く。

 バキバキと、石化が進む音がした。

 

「――――――――っ!」

 

 声なき声を上げるパムーンから魔力が溢れる。

 

 すっと音もなく近寄ったゾフィスは、懐から一つの機械を取り出して彼の首に当てた。

 意識を断たれたパムーンは力なく崩れ落ちる。

 

 静かになったその部屋で、全てを見ていたモヒカン・エースの怒りに満ちた鼻息が大きく響いていた。

 

 けっ、と。玄宗が嫌なモノを見たと声を短く吐き出す。

 

 仕事は終わったとばかりに、恐怖で流れた冷や汗を拭いながらツァオロンが玄宗の横に並ぶ。

 

「何か言いたいことでも?」

 

 短く告げたゾフィスの声に、喋れるようにされたモヒカン・エースが声を上げた。

 ただし、相手はゾフィスではなく。

 

 

「お前は……お前はそのままでいいのかよっ!! アルベール!!!」

 

 

 怒りの声は、きっと何かを動かした。

 

 パタリ、パタリと落ちはじめた涙の雫と。

 

 大切な宝物を扱うように抱きかかえたその腕。

 

 今更おせぇよ、このバカ野郎が……そう言いながら、モヒカン・エースは泣き崩れる。

 

 

 

 

 

 

 一人の少女は、目を開くことはなかった。

 

 

 

 

 にやりと笑ったゾフィスだけが、ゆるりと声を部屋に響かせる。

 

 

 

「フフフ、王族の使者を倒して貰うのにパムーンを縛り付けられればと思いましたが……これはもっと面白いことが出来そうですね」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~蛇足~ 知らなくとも、届けたくて

 

 

 

 

 

 日が明けるにはまだしばらく。

 

 誰に気付かれることもなく忍び込んだ一つの部屋。

 

 渡した薬の効果もあって朝まで誰も起きることはないだろう。

 

 触れることは許されない。

 

 起こすことは許されない。

 

 抱きしめることも、頭を撫でることも、何もかもが許されない。

 

 ほんの少しなら大丈夫だろうと、“答え”が出たから。

 

 呪いの痛苦を和らげて貰いながら愛しい弟の前に来た。

 

 どれほど願っただろう。

 

 強くなったな、とか

 

 元気にしているようだな、とか

 

 そっちでの暮らしは楽しいか、とか

 

 そんなことを話したいのに。

 

 こんなにも近いのに、すぐ傍にいるのに、何も出来ないことが苦しくて仕方ない。

 

 

 わがままを言った。

 

 どうしても

 

 どうしても

 

 知らなくても

 

 聞こえなくても

 

 届けたかったから。

 

 

 

 

 愛する弟の耳元に、静かに言の葉を置いておく。

 

 

「がんばれ……ガッシュ……」

 

 

 それだけを、届けておいた。




読んで頂きありがとうございます。


清麿くんとデュフォーくんとナゾナゾ博士の会話。
この先の戦いの示唆と少しの情報開示をデュフォーくんが行いました。


後半はゾフィスくんです。作者はパムーンのように怒りを募らせながら書いてました。
最後のは蛇足です。どうしても書きたいシーンだったので。

これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。

下記の内で好きな魔物は誰ですか?

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  • リオウ
  • ザルチム
  • ファンゴ
  • カルディオ
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