もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら 作:ちゃんどらー
遺跡から遠く離れた森の中。
コーラルQからの情報では、遺跡付近に電波妨害が生じていて通信機器は使えないとのこと。
あいつの術での映像にも若干のノイズが掛かり、音声の伝達などは行えずこちらから連絡を取る手段もない為、昨日のように情報を交換しながら状況を見守ることはできないらしい。
デュフォーは今日もガッシュ達のサポートとして同行している。あいつの
瞬間移動や記憶封印の他にも、特殊な魔力での術を覚えていたのが役にたった。
現在、“待ち人”と少し会話をする為にこうして遺跡から離れた位置に来ている。魔力感知をしたところ、戦闘になっているのが読み取れたので合流に少し時間が掛かるだろう。
“待ち人”に比べて敵の魔力の大きさはそこまで大きくない。アレならウォーミングアップ程度にしかならんか。
遺跡までの道に何体も魔物が配置されているのは知っている。わざわざ教えてやる義理もなく、“待ち人”からしたら教えられること自体に腹を立てるのが分かりきっているから朝も何も連絡せずに居た。
遠くで大きな魔力が溢れた。数か月前に戦った時より遥かに洗練された魔力の波動は、オレやアシュロンには届かなくともかなり大きなモノだ。
間違いなく、待ち人――ブラゴとシェリーがやってきたのだ。
魔力の流れから、感情の乱れは感じられない。
少しの高揚があるか? ブラゴも強者との戦いに心を躍らせているらしい。
デュフォーも特段あいつらには情報を渡すこともないと言っていたから、自力で辿りつくことに意味がある。
オレとデュフォーの見立て上、これからの戦いの為には、ゾフィスとの戦闘によるブラゴとシェリーの成長は絶対だ。
記憶を見て、そして実際にアシュロンと戦って分かった。
“クリア・ノート”はどんな手段を用いてでも倒さなければならない“最大の敵”だ。
オレ一人で倒せるなどと驕り高ぶるつもりはない。デュフォーの能力があれば絶対に勝てると楽観視することもない。
あのアシュロンが一方的にやられるのだ。その事実がある限り、呪いが解けてバオウからのデバフの無くなったオレですら勝利は難しいと思われる。オレの隣にデュフォーが居てやっと勝ちに手が届く程度。
敢えて勝ちの目を見るのなら、今の万全でないアシュロンと今の制限されたオレが組み、死を覚悟して戦って五分。だからこそ、“クリア・ノート”はオレとアシュロンの同盟に対しても動くことが無いのだとデュフォーからは言われているが。
それほどの相手だと、アシュロンの記憶を見てオレとデュフォーは確信している。
デュフォーという最高の切り札がこちらにあるから敵がどの程度の情報を持っているのかわかり、即座に対応できるようアシュロンとつかず離れずの距離を取っていることが“利いて”いる。
今は互いに駒を進めて陣形を完成させるよう動いている状態といえよう。
こちらは駒を集め、あちらは環境を整える。
こちらは持ち駒の強化を図り、あちらは十全に力を振るう為の準備を進めている。
お互いが目的のための脅威だと思っているからこそ、必滅出来る準備期間として動いている……というのがデュフォーの出した“答え”。
クリアについての情報開示をすることは得策ではない、とも言っていた。
何故ならば、あいつはいつでもこちらの同志の魔物を数体くらいは消せる手段を持っているらしく、ガッシュ達の成長に力を注ぎたいこちらにとって、先んじて消される可能性があるからだ。
ガッシュが近くに居る時に遭遇しては本気で戦うことなど出来ないからこそ、クリアに先手を打って攻勢を仕掛けることはせず、今はオレの周りとガッシュの周りの強化に専念しなければならない。
デュフォーが清麿を焚き付け続けているのも……オレとガッシュにとって最大の問題を解決する為に必要というのも大きな理由の一つ。
ブラゴとシェリーの重要性は此処から。
オレとアシュロンが定期で情報交換をするという状況的な睨みを利かせ、さらにこうして連携を深く取ってクリアを牽制している間に、ブラゴとシェリーには強くなってもらわねばならない。
あいつの潜在能力は高く、術の多様性も広く、そして何より“心が強い”。
レイン、アシュロン、エルザドル……あとはこの戦いが終わり次第勧誘に向かう“荒くれ者”を同志に引き込めたとしても、ガッシュの中に居るアレをどうにかするにはもう一つ保険を掛ける必要がある。
ブラゴは同志にはならない。だからこそ、“貸し”を返しに来る。
この戦いで少しでも関わることがあれば、以前に出会ったと言っていたガッシュと清麿にとってもいい成長の為の目標となることだろう。
さらに言えば、クリアからの奇襲に長い時間を耐えることが出来る実力者というのも大きい。
オレの大陸間移動とアシュロンの高速飛行を組み合わせることが出来れば、この星の全てに駆け付けられるのだから。
閑話休題。
時間にまだ余裕があるのなら……あっちにも連絡しておくか。
遺跡付近の強力な電波妨害だけで、此処はそこまで強くない。
懐から取り出したのはボロボロになった爪の首飾り。予備はもうなく、あいつらの場所が分かってもマーキング地点ではないから取りに行くことも出来ないし、あいつらも自分達の役割の為に動いている真っ最中だ。
万が一の時の為に取り置きしておいた予備をビクトリーム相手に使い潰すことになったのが誤算。しかしこれでより深くゾフィスのヤツにオレの術だという印象を与えられたことだろう。
小さなため息が出た。
取り出した端末の液晶を操作してビデオ通話をオン。数コール。
時差の関係で今あちらは夜。
この時間ならばあいつは自主トレーニングをしているやもしれんが……。
『おう、やっと連絡してきたか』
問題なく出た相手――レイン。パチパチと焚き火の音が聴こえる。声は小さく、きっとカイルが近くで寝ているのだ。
レインとカイルは現在、アシュロンとは別の竜族の神童、エルザドルに会いに行っているところ。
森の中に居るらしい相手を自力で探して見つけ出すのもカイルやレイン自身の成長の為だとして、デュフォーの力を使うことは無かった。
オレがチェリッシュの所で力を使った時と、昨日のビクトリームとの戦いの時に協力して貰っているのでこちらの状況は知っている。
「カイルは寝たか?」
『昨日、協力したのがこっちでは朝方だったからな、さすがに疲れが出たんだろう。今日はゆっくり休めと言って寝かせた。何かあったら起こすように強く言われてるが』
「……心配性だな」
『そりゃあそうだろう。オレ達の力を使って戦ったような魔物が他にも何体も居るんだろ? いくらバカつえぇお前とデュフォーとは言ってもさすがに心配くらいする』
オレも、カイルも。
そう言ったレインの声にウソはない。
心から言っているのが分かって少し胸が暖かくなる。
昔のオレならそんな発言をされれば見くびられたと思って不機嫌になったかもしれん。
今はまあ……
「ふ……一応の感謝くらいは言っておいてやる」
『お前ってやつはよぉ、ほんとに』
礼の言葉くらいは返していいと思えるようになった。
カイル相手ならば素直に口にしてもいいが、レイン相手ならこれくらいでいい。
苦笑を零している様子からも、いつものやり取りのままだと思ってくれているのだ。
このまま緩く会話を続けようかと思うも、遠くの方でそこそこの魔力反応が消えたことが感知されたので切り替える。
「時間が限られているから報告は短く行くぞ。こちらはつつがなく進んでいる。デュフォーの立てた作戦通りに、ゾフィスとの戦闘はブラゴ達に、人間達を縛っている月の石の破壊はガッシュ達に任せることで動き始めた。
ブラゴ達にはこれから合流し次第、移動しながら状況だけを伝え、あいつらには好きに動いて貰う。千年前の魔物の実力者の内、
オレはコーラルQという魔物のモニターを見ながら上空で待機。敵の策に雁字搦めにされているであろうパムーン、ビクトリーム、レイラのどれかの状況が最悪に傾いていると分かり次第、“リエム”として接近する」
つらつらと並べた流れに、じっとレインは聞き入っていた。
ガッシュ達には強力な魔物との戦闘経験を積ませる。敗北の心配は大いにあるが、此処で過保護を出してはあいつらは成長しない。籠の中で育てられる鳥ではなく、千尋の谷の底から這いあがる獅子になって貰う。万が一の為にデュフォーが傍に居る。あいつには負担を掛けるが……あいつにしか出来ないことで任せるしかない。
ブラゴは遺跡近辺の魔物の掃討をしつつゾフィス本人を目指すだろう。シェリーの望みがある限り下手な策や連携は不要。復讐と救済はシェリー自身の手で成し遂げられなければならないからオレも邪魔はしない。
そして最後……オレの動きだが……
『ゼオンお前……呪いはどうすんだ……?』
当然の疑問がレインから投げられる。オレに掛けられている呪いは、ガッシュとの距離が近づけば近づく程に強くなる。
遺跡内部に侵入した時点で魔力操作が不安定になり、近づくごとに意識が薄れていくことだろう。
厳しい眼差しはこちらを咎めているよう。事実、少しの怒気を孕んでいた。
画面の前に首飾りを持っていき、きゅっと握る。
「……死ぬ気で耐える。デュフォーの元まで」
幸いなことに、デュフォーの特殊な力があればガッシュの傍でも意識を失わずに済む。
あんな姿を再び他人に晒すのは自死したくなる程に嫌だが。ガッシュならばまだ……いや、やはり嫌だ。
本当に、本当に嫌なんだが……こればかりは他に手がないのだ。
「あくまでどうしようもない場合のことだ。パムーンやビクトリームがいい方向に動いてくれているのならばオレが介入する必要はない。それが最善で最高の展開だろう。
しかし最悪を想定し、この三体全員がゾフィスの魔の手に堕ちてガッシュ達に危害を加えるというのなら、奴らのパワーバランスの関係上、オレが出ざるを得ない」
『実力が制限されるお前が行ってどうなる?』
「デュフォーの元に辿り着くことが最優先となる。そうすれば魔力を安定させることは出来るから、ガッシュとよほど距離が近くなければ瞬間移動でパムーンやビクトリームを遺跡の外に誘導することは出来る。短距離ならば一度、いや、二度の瞬間移動なら成功させる」
強めの座標固定を遺跡の外に設置してあるため、国レベルの移動でなければ失敗は無い。
問題はガッシュとの距離のみ。
『……ガッシュをそんな簡単に離れさせられるか? お前が苦しんでたらあいつがどう感じるかなんて――』
「言うなレイン。そんなことは」
――分かりきっている。
あの優しい弟が目の前で苦しんでいる魔物に対してどんな行動に出るかなど聞くまでもないだろうに。
だからこそ言ってやる。お前は友だから、この感情が分からんのだ。
「オレは兄だぞ。あいつの前で無様に苦しんでいる姿など晒さない」
ビシリと言ってやると、呆気に取られたレインが眉を寄せて不安そうにオレを見詰める。
またデュフォーに抱き上げられている姿を見られるだろうが、もう二度目だからソレはいい。必要ならば許容してやる。
しかし、それでもオレは兄だ。間抜けな姿を見せても、無様な姿だけは見せてやるものかよ。
少しだけの間。
後に、レインが短く呆れの吐息を落とす。
『その女装は晒すことになるけどな』
「お、お前っ! 考えないようにしていたことを言うなっ!」
唐突に嫌な事実を突っ込んできたレインは続ける。
『おうおう、ガッシュはデュフォーに抱き上げられた可愛らしい“リエムお嬢ちゃん”を見ちまうのか』
「やめろバカ者! 想像させるんじゃない!」
目の前にガッシュと清麿が居てそんな姿を晒していると思うと……羞恥の思いで顔から火が出そうだ。
『記憶が戻ったらお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんって呼ばれちまうかもしれねぇんだなぁ』
「うぐぅっ!」
レインの獣の爪の如きその言の葉は、どんな術よりもオレの心に爪痕を残す。
(ゼオンお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだったのか!? ウヌゥ、じゃあこれからはゼオンお姉ちゃんって呼ぶのだ!)
鮮明に映し出された脳内のガッシュが太陽のような笑顔でオレに言う。
違うんだ。
違うんだガッシュ。オレは兄なんだ。姉じゃないんだ。頼む……違うんだ……。
放心状態になりかける程の衝撃がオレの脳髄と心に走る。
(ゼオンお姉ちゃん)
やめてくれガッシュ……その呼び方はオレに効く……。
兄なんだ。お兄ちゃんと呼んでくれ。
(? 人間界では女の子だったのに? じゃあお兄ちゃんなら、なんで女の子の恰好をして女の子として振る舞っていたのだ?)
事実は消せないとばかりに脳内のガッシュが純粋な瞳でオレを責める。
やめてくれガッシュ……その事実はオレに効く……。
(コーラルQという魔物からも写真を貰ったのだ! 楽しそうにおめかしをしてモニターを見てるやつ!)
お前だけは許さんぞコーラルQ。変形の途中でブリやカツオを挟み込んで魚臭いロボットにして猫の前に連れて行って毛だらけにしてやるからな。
ああ、ああ。物的証拠も揃ってしまってはもう事実が消せない。オレはもう……お姉ちゃんになるしか……
思考が脳内のガッシュで埋め尽くされそうになっている時に、レインは笑った。
『はっはっは! 冗談だ。ショック受けすぎだろお前……クク……』
膝を突きそうになった時の言葉に、オレは画面を思いっきり睨みつけてやった。
誤魔化すように頬を掻きながらのレインに、歯を剥きだしにして吠えた。
「……絶対に許さん。いいか、必ず……必ずだ! ガッシュには既にデュフォーが写真を見せているからこの姿が知られて手遅れとはいっても、貴様も弁明を手伝え!」
『ああ、分かった分かった』
「いいや! 分かっていない!! いいか! オレはガッシュの兄だ! 兄! お兄ちゃんだ! 決して! 絶対に! お姉ちゃんなどでは!! ない!!!」
『分かってるよ、この兄バカめ。約束するから落ち着け』
どうどうと、あやすように言い聞かせようと言葉を紡がれて、睨みつけながらもどうにか我慢してやることにする。
また、ブラゴの魔力が近づいた。
こほんと咳払いを一つして、オレは無理やり話を切り替える。
「……近いうちにお前の方も結果を出せるんだろうな?」
『問題ねぇな。隠してても隠しきれないプレッシャーがすぐそこに感じられてる。明日か明後日には目標の一体――エルザドルに接近出来るだろうよ。
あっちもオレとカイルの存在には気が付いてるんだろうが……隠れるつもりはねぇらしい。今日一日、そのでっけぇ気配が動くことは無かった。きっとオレ達と戦うことに決めたんだろ』
真剣な面持ちで語るレインは、どうやら既に覚悟を決めているらしい。
対クリア・ノートの為に模擬戦のみとなったアシュロンとは違い、エルザドルと戦うということはすなわち本気の本の燃やし合いをするということだ。
アシュロンから情報を聞いている限り、エルザドルは打ち負かすことでしか分かり合えない可能性が高い。
そも、アシュロンにしても、クリアという共通の敵から敗走していなければ同盟を結ぶことなどなかっただろうから、ソレに出会ってもいないエルザドルとは戦うことでしかオレ達の目的は果たせない。
「厳しい戦いになるぞ」
竜族の実力を肌で感じたからこそ言える。
如何な特殊個体のレインであろうと、アシュロンと肩を並べていたエルザドルの相手は一筋縄ではいくまい。
は、とレインが挑戦的な笑みをオレに向けた。
『だろうな。でもよ、カイルは少し緊張するだろうけど、オレは其処まで気を張ってねぇんだわ』
首を捻って疑問を示したら、レインはにっこりと笑った。
『だってお前とデュフォーのコンビより強ぇ相手なんていねぇだろ? なら、心配することは何もねぇや』
からからと楽し気に。
濃密な戦闘訓練と模擬戦を積んできたからこそ出た感想。
その言葉は、オレの口元も上げさせるには十分なモノ。
「一度も勝てないヤツがよく言う。そんな大言はせめてアシュロンのようにオレにジガディラスを使わせてから言え」
『オレ達だってお前らと別れてからのままじゃないんだ。あの時のお前ら相手なら……勝てるぜ、きっと』
「ほう、そいつは楽しみだ。その鍛錬の成果とやらは、エルザドルという証人を連れて帰ることで証明して貰うことにしよう」
『クックック、ああ、そうだな。任せとけよ。それに面白れぇことに……いや、これは帰ってからでもいいか』
いつもの煽り合いの会話に軽口で返して、最後に歯切れの悪いことを言ってレインは頭を振る。
言わないというのなら聞かずにいよう。
レインが面白いというのだから、きっと何かいいモノを持ち帰ってくれるのだろう。
また、遠くで一つの魔力反応が消えた。
どうやらあと残すは一つ。
ブラゴとシェリーの接近が思ったよりも速い。そろそろレインとの会話を切るべきか。
「……そろそろ時間のようだ。オレ達はオレ達のすべきことを終わらせて来る。状況によっては少し無茶をすることになるが、カイルには心配するなと伝えておいてくれ」
『おう。お前の兄バカは止めても止まらねぇのは知ってるから、オレの親友を助ける為に気張ってこい。こっちもやることを終わらせてくる。デュフォーにもよろしく言っておいてくれよ。土産も持って帰るから楽しみにしとけ』
じゃあな、と言って手を振るレインに名残惜しさを感じつつ、オレはどうにか通話を終わらせた。
まったくあいつは……と吐息を落としつつも、オレの口角は上がっている。
この胸の高揚はいつものことだ。
認めているさ。
オレはあいつとの会話を楽しんでいる。
これが友人との会話、というモノだと知った。
ガッシュも他の魔物達と楽しそうに会話をしていた。オレがレインと話しているのも、そういう風に見えるのだろうか?
そうだといいな。
いつかは、この会話の中にガッシュ達も入ってくれると、嬉しい。
「ただしコーラルQ、お前はダメだが」
『なんのことピヨ!?』
唐突に声を掛けてやれば、耳元に掛けた通信用の分離体から混乱の声が聞こえてくる。答えは返さない。
後で必ず隠し撮りが残っていないか確認しなければな。それが済んで潔白が証明されたなら、仕方ないから輪に加えてやってもいい。
直後、ズシリ、と遠くで重い音がした。
空中にすぐさま移動して音のした方角を見やると、森が一部更地になっている。
ジトリとした視線が一対。
どうやらご到着のようだ。オレが此処に居る意味を、あいつらならば気づくだろう。
○△○
愛らしい衣服に身を包んだ少年を、シェリーはよく知っている。
そも、彼が着ている衣服はシェリーが見立ててゼオンに渡したモノである。
なるべく本人だと気付かぬよう雰囲気が柔らかくなるように、その中でも気品と静けさを併せた優雅さを持たせ、帽子をかぶせることで愛くるしさを引き立たせることも忘れず。
更には、貴族の女児がどういった動きを教育されてきたかを教えることで、もともとの性別を少しでも感じさせないような工夫もするよう促した。
シェリーは森の中で自分達を待っていた彼を見て……似合っている、と自分の見立てが間違っていなかったことに大きく頷いた。
――黙っていれば貴族のお嬢様ね。これで女の子に似せた言葉遣いでもしてくれたらよかったのだけれど。
口にすれば間違いなく怒るであろうから言わない。
ブラゴの方はゼオンのその姿には一切突っ込むつもりがないらしく、不機嫌な空気をありありと叩きつけつつ口を開いた。
「何の用だ、ゼオン」
「なかなかの早さでの到着だな。内包された魔力も見違えたぞ」
「お前と無駄話をするつもりはない」
「そう言うな。せっかくだ、少し休憩がてらに話でも聞いていけ」
「断る。やっと骨のある戦いが出来るんだ。お前のお節介をこれ以上受けてたまるか」
「ふふ、まるで飢えた獣。まあ、分からんでもない。お前達に向かっていった千年前の魔物達もそこそこ強かったとは思うが……今のお前では相手にならんだろう」
舌打ちをしながら避けようとした所を、ゼオンはブラゴの前に立ちふさがり、下からその瞳を覗き込む。
「シェリーに協力しているのならオレの話は聞いておくといい。内部の魔物達でお前達の露払いをすると言っても、状況を知っているのと知らないのとでは不可測の事態への対処が遅れることになるぞ」
ゾフィス討伐に向けての進撃は余裕をもって出来ているが、彼がこうして途中で確かな情報をくれるというのなら受け取っておくべき。
腹立たしげにもう一度舌打ちをしたブラゴは、数歩横に逸れたあと、木に縁りかかって腕を組んだ。
我慢を強いていることに少しの申し訳なさを感じつつも、己の渇望の為だと気持ちを切り替える。
「いいわ、聞きましょう。そちらが把握している内部の魔物達の情報を教えなさい」
あくまでも対等。シェリーは自分達の立ち位置をそう示す。
ニッと笑ったゼオンはシェリーへと小さく手招きをした。
「頭を下げてオレの掌を額に当てろ。口頭での説明よりもこの方が理解しやすい」
ブラゴから、少しの威圧が流れる。
何をするのだろうと疑問に思ったシェリーは、言われるままにして……
「目を瞑れ」
「……っ」
「オレの記憶を映像として見せているだけだ。お前の境遇からこういう行いに嫌悪するのは分かるが呑み込め。正確な情報こそがお前の求めるモノだろう」
脳内に送られてくる自分のモノではない映像。
親友が洗脳されたことから嫌悪が湧き上がるも、シェリーはゼオンの言葉に歯を噛みしめて耐えた。
「お前達が気に留めておくべき敵は五体。ビクトリーム、パムーン、ツァオロン、ベルギム・E・O、デモルトだ。それらはオレとガッシュ達で片づける予定だが、万一の可能性が出てきている。
千年前の魔物達の中には、意識を奪われていないパートナーと組む魔物が居るからだ」
それぞれの魔物が映ったモニターの映像を見せられながらの説明に頷く。
「ビクトリームとパムーン、ツァオロンは確定。ベルギムは不明。デモルトはおそらくだが人間が操られてはいないとデュフォーが仮説を立てている」
「それは何故?」
「ゾフィスにとって最も重要な装置である月の石、それは多くの人間をマインドコントロールの支配下に置く為のモノだ。それを護る為に配置されている最後の砦がデモルトだからだ」
「一番重要なモノを護るのに万全を期している、ということね?」
「そうだ。此処までの情報から、月の石破壊を目的としているガッシュ達がデモルトと相対するのは必定。ありえない話ではあるが、ガッシュ達がデモルトを取り逃がした時だけお前達はデモルトと見えることになるだろう」
一つの映像がふっと消える。
「次にベルギム。こいつはディオガを使える魔物で千年前の特殊な個体だ。まだ歳も幼い為、保護者の役割として人間の意識を戻していることはあるかもしれないな。とはいっても……」
「……アイスクリームを嬉しそうに食べているわね」
「……まあ、ゾフィスもこいつと組んで戦おうとは思わんだろう。現れても魔力を見る限りブラゴの敵ではないか」
子供っぽくアイスを頬張っていたベルギムの映像も消えた。
連携を取ることも難しそうだなと考えつつ、次にピックアップされた魔物の映像を見る。
「ツァオロンはゾフィスの護衛を担当していたヤツだ。本の持ち主自体も武術をしているようで、事前情報からはツァオロンと模擬戦をする程の体術を扱う人間のようだ」
「人間も動ける、というのは確かに強みね」
「お前やデュフォーと同じくな。人間同士で相対するのは勧めない。ブラゴと特訓を積んだお前であろうと、付け焼刃で本職に挑むのは愚か者のすることだ」
「あら……別に私は人間に勝つことが目的じゃないもの。こういうペアとの戦い方なんて……いくらでもある」
事前にこの相手の情報を知れたことはシェリーにとって大きい。
人間も戦えるというのなら、戦略の組み立て方ががらりと変わってくるからだ。
「ならいい。ゾフィスが護衛として用いていたのもそういった点があるんだろう。体術と肉体強化を主体で戦う魔物は連携が取りやすく、人間が被弾する確率も少ないのなら後方で引きこもりたいあいつにとって最も頼りになる」
「……なら、こいつらが一番私達の邪魔をしてくる確率が高いってことね」
「ああ、よほどのコトがない限りはこいつを護衛に置いたままの可能性が高い。オレという不安要素への対抗策として遺跡内部に配置していなければ、だが」
「あの卑怯者がそんなことするかしら?」
「……それは次に紹介する魔物二体次第だ」
映像がまた一つ消えて、最後は二体ともがピックアップされる。
「星の使徒パムーン。千年前の魔物の中でこいつが一番初めに開放され、そしてオレと面識が出来たヤツだ。そのせいでこいつは他の魔物と馴染めずに孤立し、ゾフィスが魔物達を纏めるいい材料とされていた」
「心理誘導、あいつのやりそうなことだわ」
「ああ。ビクトリームは他の魔物に縛られずにパムーンと仲良くなった魔物。そして問題は……もう一体」
二体の映像に重なるように、一体の女の子の魔物が映像に現れる。
「こいつはレイラという月の力を持つ魔物だ。どうやらビクトリームとパムーンはこいつのパートナーの人間の意識を開放したかったらしくてな……現代の魔物を一定数倒すことで解放するという取引をしていたようだ。
しかしそれが昨日失敗に終わり、ゾフィスの作業室へと連れていかれた。パムーンとビクトリームが何やら騒動を起こしたようだったが、ゾフィスの作業室は魔力妨害によって観測できずに詳細は分からなかった。
パムーンはデモルトと同等かそれ以上の力を持っている千年前の優勝候補だった。ゾフィスはその力と忠誠を欲し、屈服させようとしていたから……何が行われて今どういった状況なのかは大方予想がつく」
不快げに顔を歪めて説明したゼオン。
シェリーの声も、すっと冷たく凍った。
「ええ、ええ。あのゲスならそういった方法を取るでしょう」
「そういうことだ。だから……パムーンとビクトリームがどういった配置のされかたと使われ方をするかによってツァオロンの配置も変わる。ゾフィス側も突入してきた魔物がどういった奴らなのかを見極めて配置してくる。今どういった状況なのかはもうしばらくしたら明らかになるだろう。
パムーンの現状はオレが原因と言っていい。だからこいつとビクトリーム、そしてレイラの問題に関してはオレとデュフォーが直接対応する」
そうして手を放されて、目を開けたシェリーはゼオンの瞳をまっすぐに射抜いた。
「一つ言っておくけれど……私達の目の前にそれらが現れても当然消すわよ」
邪魔をするなら何であっても排除する。
ずっと前から言っていたこと。釘をさす意味でも口に出せば、ゼオンは笑うことなく真剣な面持ちで言う。
「逆だ。オレとデュフォーがそいつらを救うと決めたんだぞ。その時は巻き添えでゾフィスが消えてしまう前に連れ出すんだな」
翡翠のカラーコンタクトの奥。紫電の輝きを幻視する。
冗談の類ではないゼオンの言の葉にもシェリーは引かず、見つめ合うこと数瞬。
視線を切ったシェリーはブラゴの元へと歩み寄る。
「わざわざ弟くんのことに掛かりきらずにこんな場所で待っていた理由はそれなわけね。いいでしょう。パムーン、ビクトリーム、レイラの三体に対しての対応は少しくらい頭に留めておいてあげる。情報はそれだけ?」
「ああ。ガッシュ達の詳細などお前らは興味ないだろう?」
「そうね。貴方を含めて誰が消えようと、ゾフィスに手を出さない限りはどうでもいいわ」
背中越しの声。返しは淡々と。
彼の強さは知っている。
シェリーとしては、自分達の目的を理解した上で譲歩をしてくれているのも分かっている。
まだその程度だと言われているような気がしたからこそ、少しのピリピリとした返しをしてしまった。
己の不甲斐なさに苛立ちが募る。
ブラゴも思うところがあったのか、ゼオンに視線を向けていた。
何かを口に出すかと思えば、ブラゴは何も言わずに目を伏せた。
「シェリー、話が終わったなら行くぞ」
彼女と合されたブラゴの目には憤怒と苛立ちが燃えている。
感情に乗せて何かを口に出すことが安っぽく感じた彼は、今は敵わない小さな雷帝を見返すその時まで口を噤むことにしたのだろう。
「分かった。じゃあね、ゼオンくん。いい情報をありがとう」
そんなブラゴの想いを感じ取り、つい、とドレスの裾を摘まんで一礼をして……
「いえ、そういえば今は違ったかしら?」
思い出したというように一言。
「私が選んだモノではあるけれど……その姿、とても似合っているわよ。
少しだけ意地悪したくなったから、プライドの高い彼に向けて意趣返しの言の葉を投げやった。
ひくり、と口の端を上げて引き攣った彼の顔を見て少しだけすっきりとしたシェリーは、ニッコリと笑ってゼオンの横を通り過ぎる。
振り返ることも止まることも此処からはしない。
シェリーとブラゴは、遠くに見える遺跡に向けて……彼女にとって最も憎き宿敵の元へと駆けだした。
すぐに見えなくなった背中。
置き土産の言葉に激昂することをどうにか堪えたゼオンは、コーラルQへと話しかける。
「……現状は?」
「遺跡内部の魔物を蹴散らしながら頂上へと向かっているピヨ。とはいっても、配置されているのは雑魚ばかり。ブラゴとお前への対策で特別な魔物以外の強い奴らは上階に待機させてる。
デモルトは月の石の部屋。ベルギムは上階南の部屋。ビクトリームとレイラは昨日ゾフィスに連れられた作業部屋からずっと出てきていない。内部には入れないから情報は相変わらず無いぞ」
「……パムーンとツァオロンは?」
「パムーンはさっきゾフィスから指示を受けて動き始めた。階段上部の部屋だ。ツァオロンは……上階北の部屋に移動中」
ほう、と一つ。
「動かしてきたんだな。ゾフィスと行動を共にするとばかり思ったが……」
「ゾフィスも何か準備をしてるみたいピヨ。パートナーを連れて階段付近で状況を確認中。あー……これは」
「なんだ?」
「ガッシュ達を階段の場所で一網打尽にするつもりピヨね。パートナーと話してたぞ」
「その程度ならデュフォーが状況を好転させるだろう。ガッシュ達が強くなる為にも強者との戦闘は必須だからな」
「あ、もう一つ」
デュフォーのプラン通りに進みつつある中で、最後にコーラルQが付け加える。
「“あの銀髪の人間だけは階段の所で殺します。パートナーの危機に魔物が来ないわけがありませんからね。そうでしょう……リエムさん?”と私の端末に目を向けて言っているが?」
目を丸くしてから、少しだけの間を開けて、くつくつと喉を鳴らす。
こちらからあいつに言葉を伝えられないのが残念だと零してから、ゼオンは言った。
「お前の言っていた通り……どうやら面白いことになりそうだな、デュフォー」
読んで頂きありがとうございます。
遺跡の外での出来事。
レインとの連絡、ブラゴ・シェリーへの情報提供、内部の状況確認。
ある意味兄の立場のピンチ。
ゾフィスくんは何やら策があるようです。
これからも楽しんで読んで頂けたら幸いです。
下記の内で好きな魔物は誰ですか?
-
リーヤ
-
リオウ
-
ザルチム
-
ファンゴ
-
カルディオ
-
チェリッシュ
-
ギャロン
-
ジェデュン
-
ロデュウ
-
ブザライ
-
キース
-
テッド
-
モモン
-
アース