もしもゼオンが魔界でガッシュと会っていたら   作:ちゃんどらー

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第六話:誰が為の雷

 イギリスに到着してまず行ったのは金策だった。

 当然の如く、ゼオンとデュフォーがイギリスまで船で来れたことの方が異常であり、答えを出す者(アンサートーカー)による交渉なくしてはなりえなかった。

 行く当てもない二人の姿と、デュフォーの作り話に感動してくれるような親切な船長であったのが幸いだった。

 

 到着し、船にいる間にゼオンが捕まえた大きな魚を売って僅かな金銭を入手し、デュフォーはそれを元に確実に金を稼ぎに行った。

 いつの世も単純にして短時間で金を稼ぐ方法は存在する。デュフォーの能力があれば、その程度は容易い。 

 

 一つの施設で、彼は伏せたカードをめくる。

 

「ストレート」

 

 そう、カジノである。

 生きる以上は拠点が必要であり、食事も必要だ。デュフォーは人間なのだから、生きる為には環境を整えなければならない。

 そも、これはイギリスに着いた途端に弟の元へ向かおうとしたゼオンにデュフォーが提案したことである。

 

 一つ……ガッシュと会うのに兄と兄のパートナーが汚れたままでは恰好がつかない。

 一つ……ガッシュにパートナーがいようとしばらくは共に行動をするつもりならば、人間界で動きやすいように先立つモノを用意するのは当然。

 一つ……ガッシュは奴隷の如き暮らしを強いられていたというのなら、その分沢山の美味しいモノを食べて柔らかいベッドで寝るべきではないか。

 

 王族としての気品を保つため、と言えば聞こえはいいが……デュフォーが無駄に能力で思考を確認した限りでは弟に少しでも兄としての威厳を見せたいという見栄もある。

 魔物の体力に人間がついていけるわけはないのだし、これからゼオンと共に戦っていくにしてもデュフォーとしては地盤を固めることを最優先としたかったため、それらしい理由を並べて納得させた。

 

 現在、本心がばれていることに気付いていないゼオンは、じっとデュフォーの所作を見て楽しんでいる。こういったゲーム等も初めての為、ゼオンにとっては新鮮で刺激的な時間なのだろう。

 

 数時間後、ポーカーに始まり、ルーレットやバカラ等でたんまりと稼いだ二人は、いったんデュフォーの提案で必要な分を残してそれらを宝石へと変えた。身元不明のデュフォーが銀行の口座など持っていないので、少しでも持ち運びがしやすいようにと考えてのこと。

 

 次に向かったのは服屋。ゼオンは親から贈られたマントがあるからそれだけでいいとのことだが、デュフォーの服を整える必要があった。

 その場で簡易なリュックも一つ。あとは現地調達でもいいだろうとデュフォーは判断し買い物を終える。人があまりいないオープンテラスで一息つくことにした。

 

「前準備はこのくらいでいいか?」

「ああ、いいだろう。これでガッシュを迎えることも出来る」

 

 オレが提案したことだが、とはデュフォーも言わない。無駄なことは極力口にしない。

 

「コインロッカーに宝石類や着替えは入れておいたし、ホテルのチェックインも済ませた。だが……本当に今から向かうのか?」

「当たり前だ」

「……今からだと、お前の小ワープを使ったとしても夜中になるぞ」

 

 誤算だったと、デュフォーは思う。遅い時間となれば夜を超えてから動くだろうと勝手に考えたのがミスなのだ。

 時刻は夕方。ガッシュのいる場所はもう把握しているが、その距離を移動するにも時間が掛かる。ゼオンの特殊なワープを使っても夜中……下手をすれば朝方になるだろう。

 ゼオンは一気に長距離を移動するワープも使うことが出来るが、知らない場所に行くことは出来ない。人間が使う電車や車という手段もあるが、ゼオン自身がワープを連続して使ったほうが断然早い。デュフォーの身体的疲労を無視すれば、だが。

 まだ人間と魔物の身体的性能差を気遣う心などあるわけがない。ガッシュの為の準備を終えたのだからガッシュを迎えに行く……ゼオンがそう考えるのは当然のことだったのだ。

 

 ゼオンは頼んでいた飲み物のカップを傾けて中身をグイと飲んでからデュフォーをじとりと見やる。

 

「ふん。なら聞くが……イギリスの郊外にある広い森に居るという、ガッシュの今の状態は?」

 

 問いを投げられて、デュフォーの頭に一瞬で答えが浮かんでくる。

 答えを出す者(アンサートーカー)の能力を持っていなくとも、ゼオンはガッシュの場所を確認したことで置かれている状況を予測していたのだ。

 だからこそ金銭を準備し、ガッシュを迎え入れる環境を整えることに賛同したということ。

 

 答えを出す者(アンサートーカー)は質問や疑問を浮かべなければ“答え”を出せない。ゼオンの言う言葉に問いを投げなかった時点で隠された意味に気付くことはない。

 ほう、とデュフォーは感嘆の吐息を漏らしてから、コップの中の飲み物を飲み干す。

 

「船に乗る前や買い物を済ませる前よりは考えるようになったんだな」

「バカが。あの時は気が逸っていただけだ。つまらんミスは二度としない」

 

 ふぅん、と小さくうなずく。

 

(弟のことで不可測の事態とか起こったらミスが増えるなんて“答え”が出てるが、黙っておくか)

 

 船に乗る時にだいぶと怒られたからと、デュフォーは返答を胸にしまった。

 はやく出発したいゼオンがそわそわしているのに対して、デュフォーは夕暮れ前のカフェテラスの景色を目に焼き付ける。

 

 人間らしい暮らし。人間らしい息抜き。人間らしい時間。

 

 感情があまり揺れ動くことはないとはいえ、こういった穏やかな時間を過ごせるのは悪くないなと感じる。

 それもこれも、目の前でこちらを睨みつけて早くしろと訴えかけてくる魔物の子の存在あってこそ。

 

 胸の内の憎しみは、思い出せば渦を巻いて心をどす黒く染め上げるだろう。

 母に売られた絶望の感情は、考えるだけでも未だに胸を引き裂くような痛みを齎す。

 

 大きな感情の津波を感じにくくさせてくれているのは、やはりこの紫電の瞳が自分を見つめて、あの時の温もりを思い出させてくれるからだ。

 

 そんなことを考えると胸に僅かに違和感が生じる。

 それに対しての“答え”もやはり出ない。

 今はいいかと、ソレを感じる度に彼は思う。無理やりに思考を切り替えて、結んだ契約を果たそうと口を開く。

 

「お前の弟に会いにいく前に、一つだけ提案がある」

「ほう? 金の準備以外にも何かあるのか?」

 

 つまらない話なら許さないと、その不機嫌な声と表情が語っている。

 そんなゼオンに驚愕を与えるには、これからデュフォーが話す内容は十分なモノだった。

 

「道中で聞いたお前の身体に掛けられている弟に近付かないようにする為の呪い。打ち消すことや解くことは出来ないが、身体に現れる呪いの効果を抑えることは出来るようだ」

「なにっ!? 本当か!?」

 

 魔界のことだとあまり正確な答えを出しづらいモノなのだが、呪いというモノに対してではなく身体的な効果なら打てる手があると答えが出た。

 

「魔力の流れを阻害する呪いらしいからな。それなら流れをよくするようにすればいい」

「どうやってだ!? どれくらい効果があるんだ!?」

 

 喰いつくように迫ってくるゼオン。その距離、もうすぐ鼻が触れ合う程。

 気にせずデュフォーは続けた。

 

「魔力の流れをよくするツボを押すんだ。そうすることで呪いによって乱される魔力を完全ではないが整えることが出来る。効果は……そうだな、意識を保つことは最低限出来て、動いたり無理に興奮して魔力を乱さなければ話すことも出来るかもな」

 

 お前の我慢強さ次第だが、と付け足した。

 紫電の瞳が喜びに輝く。ゆっくりと上がっていく口角。

 

「そうか……そうか……っ」

 

 嬉しそうに繰り返すゼオンは、頬を緩めながら椅子に座りなおす。

 自分が耐えれば弟と話せると太鼓判を押され、嬉しくないはずがない。

 

「ただ、圧すツボの場所と数の都合上、動いて魔力を乱させない為にもだが……お前には少し我慢してもらわないといけない」

「……?」

「ツボは此処と此処と此処で、お前にはこういう―――」

 

 つらつらと説明がなされていく。

 一つ一つと耳に入れて頭で理解していく毎に……ゼオンの表情が歪んでいった。

 

 そんなこと出来るかと怒鳴るも、それしか方法がないと言われてしまい彼は頭を抱えた。

 やるしかない。どれだけ羞恥に塗れようとも、それが弟と話をする為だというのならと……ゼオンは渋々頷くこととなった。

 

 夕暮れの太陽が朱色で世界を染めていた。

 デュフォーから見るゼオンの横顔は、世界の色付きよりもやや深く染まって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 闇が支配する漆黒の時間。

 たった一人で過ごすこの時間はその少年―――ガッシュ・ベルにとって恐怖の時間だった。

 魔界の王を決める戦いに参加することになって人間界に来てから、人間のパートナーが見つからず、この森を寝床として暮らして数日のこと。

 昼はパートナーを探したり、森の動物たちが遊んでくれるからいいものの、夜……夜になると、寂しさに心の奥底まで支配された。

 世界でたった一人になってしまったかのような夜の間は怖くて眠れず、陽がのぼり、空が明るくなった頃にホッとしてやっと眠れる。そんな日々。

 

 バサバサとフクロウの羽音が鳴れば身体をびくつかせ、ガサリと風が木々をなぞれば飛び上がる。

 

「!! ウヌゥ……」

 

 震えながら木の洞でじっと耐える。今の彼にはそれしか出来ない。

 

 魔界では明るく過ごしていた。同居人にいびられようと口答えせずに言われたことをせっせとこなし、学校でいじめられようと逃げるだけで反抗などせず……それでも笑顔を失くさず生きてきた。

 こんな時、いつも思い出されるのは一つの声。

 

“お前は……一人じゃない”

 

「レイン……シュナイダー……」

 

 魔界で居た数少ない友達の名前を口にして寂しさを紛らわす。せめて二人が傍にいてくれれば心強かったのにと弱音を零してしまいそうにもなるも、グッと、彼は唇を噛んで耐える。

 

 自分の人生を変えた日。絶望にくれていた自分を掬いあげた声。そのおかげで生きる気力を保てたから自分は両親と兄の存在を知り、前へ踏み出すことが出来た。そして日々を暮らしていく内に友が出来て、心の底からの笑顔を浮かべることも多くなった。

 

 思い出が自分を強くしてくれる。この寂しさを吹き飛ばしてくれる。ぎゅっと目を瞑って過去を、友達の声を反芻する。

 本当は怖い。一人はイヤダ。今も眠れない。でもこの思い出がなければ、もっと寂しくなっていただろう。朝方に眠ることすら出来なかったかもしれない。

 

 きっと頑張れば二人にも会えるのだと、ガッシュは己の心を震わせる。

 

 ただ……頑張る理由はもう一つある。

 

 あの仮面の少年に会いたいと、ガッシュはずっと思っていた。

 会ってあの時のお礼を言いたい、自分の世界を変えてくれたことにありがとうと伝えたい、そう思っていた。

 

 ガッシュはきっとこの戦いの最中に会えると確信していた。

 ずっとずっと考えていたことがあった。それが本当だったならと、ずっと胸を高鳴らせて想像してきたことがあった。

 

 

 ガサリ、とまた草の揺れる音がした。

 木の洞の中、ガッシュは身体を縮めて恐怖に耐える。

 何か大きなモノが近づいてくる気配がする。いつものように動物かもしれない。襲い掛かって来たら逃げるしかないが、出来る事なら争いたくなどないからと静かに息を殺して耐える。

 

 ゆっくり、ゆっくりとソレは近づいてくる。

 視線がこちらに向けられているのが分かった。早く何処かへ行って欲しいと、ぎゅっと目を瞑りながら祈る。

 しかしソレは全く其処から動くつもりはないようで、気配はいつまでたっても消えてくれなかった。

 

 さすがにおかしい。そう思ってガッシュは……目を開けた。

 

「ヌッ!?」

 

 暗闇の中、こちらを見つめる人影。暗闇で全く見えないソレは、ガッシュをじっと見つめるだけ。ただ……視線の数が二つ。

 顔の部分と胸の部分から視線を感じた。怪物だと叫びだしそうになるも、どうにか声を出さずに冷や汗を流しながら待つ。

 

「……ゼオン、少し我慢しろ」

 

 無機質な声。続いて小さなうめき声が上がり、影はごそごそと何かをしだした。

 恐怖はあるが、疑問の方が大きくなっていく。

 金属の当たるような音が響いたのちに……ポッと、光が灯った。

 

 突然の眩しさに目を細める。人影が動き、最初の立ち姿に戻った。

 目が慣れた所でよく見てみると……

 

「ん、んん……ど、どういうことなのだ??」

 

 其処には、切れ長の目をした青年が、ガッシュが会いたいと願っていた仮面の少年を……さながら幼子に抱えられるテディベアのように……腕に抱きかかえて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳が熱いのが自分でも分かる。

 羞恥に頭が茹だる。こんな屈辱は生まれて初めてだった。

 どうにか仮面を被っているから耐えられるが、よもや弟にこんな姿を見せることになるとは……せっかく会えたというのに最悪の気分だ。

 

 困惑して口を開けている弟が目の前にいるのだが。

 感動的な再会とは言わない。せめてもう少し風情のある再会をさせてほしかった。

 

 今、オレはデュフォーに両手で抱えられている。

 魔力の流れを整えるツボを押しながら動かないようにするには、こうするしかなかったのだ。

 デュフォーのおかげでガッシュとこれほど近付いても意識を失わずに頭痛と僅かな吐き気だけで済んでいるとはいえ泣きそうだ。

 

 お前のせいだ。おのれ、ダウワン・ベル。

 

 感情を揺らすなとのことだが……無理があるだろうに。

 

「おい、デュフォー。頼む……せめて、座って抱えてくれ」

 

 立ったまま抱きかかえられていると、幼い子供が抱えている人形のようで間抜けさが増してしまう。こんな姿を弟に見られているのはもう耐えられない。

 理解してくれたのか、器用にツボを圧したまま、ヤツはあぐらをかいてその上にオレを座らせた。

 言葉を発したことで頭痛が強くなった。ランタンを付ける為に下ろされた時より遥かにいいが、やはりデュフォーが居てくれなければ話すことさえままならなかっただろう。その点は感謝しよう。ガッシュの前で屈辱を与えた分は後で返させて貰うが。

 

 ゆらゆらとゆらめくランタンの灯りに照らされて、漸くオレはガッシュにちゃんと目を向けた。

 困惑し、警戒している。当たり前だ。オレだってこんな意味不明な状況になったらそうなる。

 

「お、おぬし……な、なぜ抱きかかえられておるのだ?」

 

―――話し方が独特だな? なぜこんな物語に出てくる王様のような話し方をしているんだ? 子供同士の中ではやっているのか?

 仔細は分からんが……うん、なかなかに似合っている。さすがオレの弟だ。様になっているじゃないか。

 

 質問に答えるよりもそんなことを思う。この数年で何があったかは分からないが、正す必要もない。

 デュフォーに両手で抱きすくめられているカタチなのが非情に不本意だが、せめて説明すべきだろう。

 

 そう思って口を開こうとすると、デュフォーが軽く手で待ったを掛けてきた。

 

「……ガッシュ・ベル」

「……っ。なぜ私の名を……?」

「オレがこいつのパートナーだからだ。こいつに聞いた。それよりも、少し話を聞け」

 

 どうやらデュフォーの方から説明する気らしい。オレを気遣ってのことだろうか。分からないが、今は少しでも呪いによる体力低下を抑えたいからありがたい。

 小さくうなずいたガッシュは、警戒を少し解いて座りなおした。

 

「こいつはとある魔物から呪いを受けていて、その影響でお前と長時間話すことが出来ない。本当ならお前に近付くだけでも気絶してしまうところなんだが、オレがこうすることによって呪いが緩和されてお前の目の前に来ることができた」

「わ、私に近付いたら……そんな呪いが……」

「そうだ。わざわざ呪いで苦しむのも分かった上で此処まで来た。お前に会いたいからと言い張ってな」

「デュフォー!」

 

 余計なことを! 大きな声を上げて制すると、ガッシュは驚いて身を縮めた。

 驚かすつもりはなかったのに……。

 

「どう、して……? 私が、何かした……のか?」

 

 ガッシュは話を聞いて、自分のせいでオレが呪いを受けたと考えたらしい。

 そんなわけがないのに。

 

「いいや、違う。お前は何もしていないさ」

 

 デュフォーの返答を聞いても、ガッシュはオレに哀しそうな眼を向けていた。此処からは、オレが話したい。

 デュフォーの腕を少し握って、それ以上はいいと伝えた。

 

「……お前が気に病む必要は何もない。オレがしたいようにやってきた結果で、オレの望みを叶えるのに必要なことだったんだ。それよりも……」

 

 仮面を外したいところだが、この羞恥で赤くなった顔を見せるのはイヤだ。

 仮面をつけたまま、オレはガッシュに出来る限り優しい声音で言葉を紡ぐ。

 

「また会えたな、ガッシュ。嬉しいぞ―――」

 

―――生きていてくれて。

 

 そう零すと、ガッシュは一つ息を呑んで俯いた。

 震えだす肩。響きだす嗚咽。今度はあの時とは逆に、ガッシュの方が涙を零す。

 

「ずっと……考えていたのだ」

 

 震える声が宙に溶ける。

 

「あの日……おぬしと会って数日後のこと。夜中におばさんが誰かと私の本当の両親の話をしておった。魔界の王様が私の父で、母と兄もいると、そう言っておった」

 

 消えそうな声。寂しい音が響く。

 

「その時に、私はおぬしの言ってくれた言葉の意味が分かった。私は……一人じゃなかった」

 

 少しだけ喜びの混ざった声がよく耳に響いた。ゆっくりと顔をあげたガッシュは……あの時のように微笑んで。

 

「そこから私は、いつか見つけて貰えると信じて、目に、耳に、よく響くようにと話し方も過ごし方も変えた」

 

 独白に、オレの胸がビシリと痛む。弟にそんな選択を強いてしまったという罪悪感が胸に刺さる。

 

「よいこともあったのだ! なんと、友達が出来たのだぞ! レインとシュナイダーと言ってな? 一緒にたくさん、たっくさん遊んだのだ!」

 

 オレの悲哀を察してか、それとも伝えたくて仕方なかったのか、ガッシュは楽しそうに二人のことを話す。

 そうか……友が出来たのか。

 この様子ならば、そのモノ達は信頼に足りるモノ達なのだろう。まるで自分のことのようにうれしくなった。

 

「辛いことも、哀しいことも、嫌なことも、確かにあったのだ。だけどレインとシュナイダーが居てくれたから、私は楽しく過ごしてこれた! あの二人とはこれからも、ずっと、ずーーっと友達だぞ」

 

 ニシシと笑うその表情が眩しくて目を細める。胸に来る大きな安堵は、弟の幸福な日常をしっかりと確認できたから。

 

「それもこれも……おぬしの……おかげだ」

 

 また俯いて、ガッシュはぽつりとつぶやく。

 

「私は……生まれてきた意味などないのだと思っていた。誰からも必要とされない、誰からも憎まれる存在なのだと思っていた」

 

 ドクリと心臓が跳ねる。

 違うんだ。お前は、違う。それは……憎まれるだけの存在は……オレなのに……

 

「あの時、おぬしが私に生きろと願ってくれなければ……一人じゃないと言ってくれなければ……そんな日々を見つけられたか分からない」

 

 ああ、違うんだガッシュ……あの時のオレは……違うんだ。本当は……オレがお前に助けられたのに……

 

「おぬしが会いに来てくれなければ、おぬしに会えなければ、私の日々は真っ暗なトンネルの中で終わっていたかもしれない」

 

 顔を上げたガッシュの目から、大きな涙がいくつも零れていた。

 

 立ち上がったガッシュは、一歩、一歩とオレ達に近付いてくる。

 呪いで頭が痛くなる。鋭い痛みに頭を押さえると、ガッシュは立ち止まってしまった。

 しかしデュフォーがガッシュに向けてコクリと頷くと、また一歩一歩と踏み出してくれた。

 

「ずっと……おぬしがくれた小さな光を頼りに、進んでこれたのだ。だから……」

 

 ぴたりと目の前で止まる。

 黄金の瞳が、オレの紫電を穿ち抜く。

 

 泣きながら綺麗に笑った弟に、オレの心が震えた。

 

「ありがとうって、ずっと伝えたかったのだ」

 

 呪いがこれ以上近づくなと警告を頭に響かせる。

 そんなモノは知るかと押さえつけてオレは手を伸ばそうとしたが……デュフォーに止められる。

 

「ずっと……ずっと考えていたのだ。最後に泣きながら言ってくれた言葉がなんなのか……どうして、私に生きてくれと願ってくれたのか……」

 

 仮面にガッシュの小さな手が触れる。

 

「必ず、“迎えに行く”って言ってくれた。こうして……迎えに来てくれた……だっておぬしは……」

 

 そっと外され、同じ高さで目を合わせてくる弟に、オレは何も言えなかった。

 

「お兄ちゃん、なのだろう? 私の……僕の……お兄ちゃん、なんでしょ?」

 

 わざと本当の言葉遣いに戻して、オレに問いかけられた。

 オレの弟は、どうやらずっと待ってくれていたらしい。

 

 降参だというように、オレは短く吐息を漏らして……頬を緩める。

 両の手を広げると、もうデュフォーは邪魔しないらしい。お前のおかげで我慢すればこうできる。ありがとうデュフォー。

 前とは違い、オレの方から抱き寄せる。昔と同じ温もりが、オレの心を暖めていく。

 

「ああ、オレはゼオン。お前の兄のゼオン・ベルだ。やっと会えたな、ガッシュ」

「……っ」

 

 待たせてすまないと言うと、ガッシュはオレの胸に顔を埋めて首を振る。

 

「うぅ……うぅううぅぅぅ!」

 

 震える身体で、くぐもった声で、弟は泣き叫ぶ。

 

「ずっと……ずっと会いたかった……っ! でも……でもぉ……」

 

 寂しかったのだと。苦しかったのだと。辛かったのだと。むき出しになった感情が溢れ始める。

 誰にも、友にすら吐き出せなかった弱音を吐き出せる場所が欲しかったのだ。

 

 それなのにオレの心配までするなんて……本当に、大バカモノだ。

 今度はオレが返す番。

 

 ゆっくりと背中を撫でて、出来る限り安心させてやれるように声を掛けながら、やっと出会えた弟の初めての甘えを、オレは静かに受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○△○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランタンの灯りはまだ煌々と燃えていた。

 デュフォーの腕の中で座るオレに背を預けて座るガッシュというなんとも妙な体勢であったが、二人に挟まれているオレが一番暖かくて心地いいのは少し気分がよかった。

 

 ガッシュは泣き止んでからずっと喋っていた。

 魔界でのこと。学校のこと。シュナイダーとの出会い。レインとの出会い。何をして遊んだか。何処を冒険したか。どんな人助けをしたか。誰が怖かった、誰から逃げた、誰からプレゼントを貰った……長い、とても長い話だった。

 

 今までの空白を埋めるように、オレもその話に聞き入った。

 デュフォーは眠そうにしながらもオレの呪いを抑えながらガッシュの話を聞いてくれている。なんだかんだで付き合ってくれるあたり、こいつは凄いヤツだ。

 

 楽しそうに話すガッシュとずっとこうしていたいのだが……これからのことも話さなければならない。

 

「―――それでまだシュナイダーとレインは一緒に遊んだことはないのだがな、きっと二人とも仲良くなれると思う!」

 

 また王様のような言葉遣いに戻っているが、きっともう昔の話し方の方が出にくくなってしまったのだろう。寂しいけれど、仕方のないこと。

 そろそろ一区切りとしよう。

 

「そうだな。きっと、そうなるだろう。さあ、ガッシュ。もう夜も遅くなった。このまま昔の話を聞いているのもいいんだが、そろそろこれからの話をしよう」

「う、ウヌ。そうだな! これからは一緒にいれるからまた話せばよいのだな! また、ぜ……ゼオンお兄ちゃんと!」

 

 気恥ずかしそうにそう呼ぶ姿に少し頭がくらっとした。

 どうやったらあの状況からここまで純粋で綺麗に育つんだ……。弟の心の眩しさにめまいさえしてしまいそうになった。

 

「ゼオン、お前……」

「うるさいぞデュフォー」

 

 どうせまた頭が悪いなとかいうつもりだろうに。先制で黙らせる。

 ダメだ。このままグダグダしてしまっては。

 

「ガッシュ、少し真剣な話をするから向かい合おう」

「ぅ……分かったのだ……」

 

 そんな切ない声を出さないでくれ。感情の乱れで呪いの頭痛が大きくなってしまった。

 名残惜しそうに離れたガッシュは、オレの方を不安そうに見つめていた。

 

 ただ……そこで何かを思い出したように、明るい表情に変わった。

 

「そうだ! 沢山話をしたくて大事なことをすっかり忘れていたのだ!」

 

 なんだろうか、と考える……前にデュフォーの気配が変わる。

 

「……まずい」

 

 疑問に思うも、オレは無駄に動くことは出来ない。その間にもガッシュは笑顔で懐からナニカを取り出した。

 

「魔界からこっちに来る前に、少ない時間だが私も父上に会ったのだぞ! あんまり……家族のこととかは喋ってはくれなかったのだが……」

 

 ゾワリ、と体中の感覚が逆立った。息が詰まる。

 その話だけは、ガッシュから聞きたくなどなかった。脳髄が警戒を上げろと囁く。

 

 どんな会話をしたのかとは聞けない。聞きたくない。これ以上聞けば、最悪なナニカが始まるという予感がしたから。

 

―――否、否だ。

 オレは些細ながら知っているはずだ。あいつは……父は……あの時なんと言った。

 

 初めから知っていたはずだ。碌なことにならないと。オレが今こうして弟と会っていること自体……封じられたことのはずなのだから。

 

 ガッシュが手に持っていたのは一つの水晶。魔力を宿した……中に雷の紋章が浮かぶ、最悪の証。

 

「父上がこう言っていたぞ。ベルの名を持つ魔物と出会ったらこれを見せろと。ゼオンお兄ちゃんは何か知って―――」

 

「それを直ぐに放せ! ガッシュ!」

「……っ!」

 

 声と同時に水晶から輝きが漏れ出す。

 この光は知っている。魔力のパターンも覚えている。オレが忘れるはずがない。

 不意打ちにしては上出来だ。デュフォーが警戒し始めなければ……巻き込むことになっただろう。

 

 オレはデュフォーを突き飛ばすも、ガッシュの手から水晶を奪うことは出来なかった。

 そうしてオレは、光に包まれた。

 

「くっぁ……あぁぁぁあああっ!」

 

 水晶から溢れて向かい来るのは雷。オレの身に幾度となく降り注がれた、悪しき雷の術。

 

 デュフォーから離れたことによってひどくなった呪いによる頭痛と、身体と心を貫く最悪の雷。今すぐにでも意識が飛んでしまいそう。

 

「ゼオン!」

 

 遠くで声が聞こえる。デュフォーがオレを呼んでいる。焦りの含んだその声と、ガッシュがどうなったかを確認しなければという思考によってオレの意識はどうにか繋ぎとめられた。

 

―――慣れている。大丈夫だ……初めから覚悟していた。

 

 バルギルド・ザケルガの痛みも、呪いによる意識の混濁も、ガッシュと会うと決めた時から覚悟していたはずだ。

 あいつはこう言っていたんだ。

 

“ガッシュにも細工をした”と。

 

 ただで終わるはずがない。すんなりと上手くなど行くはずがない。それなのに油断したオレのミス。デュフォーにさえそのことを話していなかったオレの落ち度。

 

 弟のこととなると頭が悪いな……と、デュフォーが言った通りだった。

 

「おぉぉおおおお! ガッシュ……ガッシュ!」

 

 雷に打たれながらもその方を見る。そこには……

 

 オレの心にまた、どす黒い感情が溢れかえる。

 

 悲痛な叫びが、その場を引き裂いた。

 

「ああぁあああぁああああぁあああああぁああああああああ!!!」

 

 ガッシュが上げる声はオレの比ではなく。

 不気味な輝きを放つ水晶の術が、ガッシュからナニカを吸い上げていた。

 

 

 これから、オレ達は共に歩んでいくのだろう?

 

 だから……だから……

 

 呪いと痛みで飛びそうになる意識を繋ぎながら手を伸ばす。

 

 届かない。届かない。

 

 やっと会えたのに。

 

 やっと分かりあえたのに。

 

 オレが救わないとダメなのに。

 

 オレが護らないとダメなのに。

 

 涙を流しながら伸ばした手が届かない。

 

 オレでは、どうしようも出来ない。

 

 

 

 絶望が胸を支配し始めた時……

 

「ゼオン! 掌を上げろ!! そのうっとうしい雷を打ち消せ! 弟の為だ! 呪いくらい耐えろ!」

 

 声が聴こえた。

 上げた手は宙へ。降り注ぐ雷の始点へ。絶対に外さぬよう、怒りと憎しみを込めて睨みつける。

 

「第一の術―――」

 

 ああ、そうか。

 

 俺ももう、一人じゃないんだ。

 

「ザケル!!!」

 

 天すら引き裂くように放たれたオレとデュフォーの初めての術は、誰かを救う為の怒りの雷だった。




読んでいただきありがとうございます。


今回の話まとめ
・デュフォーくんの最強能力の一つ「ツボ圧し」
・テディベア抱きされるゼオンくん
・オレの弟がこんなに可愛いわけがない
・始まりは第一の術「ザケル」

これからも楽しんでいただけたら幸いです。

下記のうちでどの魔物が好きですか

  • 弟にとっても優しいお兄ちゃん
  • モフモフな親友
  • 竜族こそ最強よ
  • 王をも殴れる男
  • ゴーーーーーー
  • 御意のままに!
  • 大・将・軍!
  • グロリアスレボリューション!!!
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