一人の男が気分転換で訪れたとある小道でのエピソード。

可憐な見た目、可愛らしい花言葉。しかし秋の桜は、意外と強い。

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秋の桜は意外と強い

 少し冷えて微かに煙の匂いが混じる秋の風に、背の高い花が揺れている。色は白と……ピンクといえば良いのか、紫といえば良いのか。一瞬迷う、そんな色だ。

 

 秋桜(コスモス)

 秋の桜の名を関する花の背は俺の胸元くらいまで。花だけ思い浮かべると華奢なイメージだけど、その全体像の背丈は存外高い。

 それに左右を挟まれた道を歩いていると、周りの景色から道と空だけが切り取られたように感じる。もちろん左右を見ればほかの景色も見えるのだが、俺の意識は道と空の境に向いていた。

 比較的どこでも見ることが出来る繁殖力の強い花も、これだけ集まれば圧巻だ。何の変哲もない一本道がひどく幽玄なものに見えた。

 

 どこへ続くか分からない道。

 ずっと歩いてゆけば、この花たちが自分をどこか知らない世界へとさらってくれるのでは無いか……そんな幼稚で取り留めもない夢想に取り憑かれる。

 

 

「いや、乙女かよ」

 

 

 つい独り言が零れた。声に出るとは思っておらず、慌てて周囲を見回す。

 幸いコスモスを挟んだ左右の土地の何処にも人影はない。夏の収穫を終えて少し寂しくなった畑と、穂先が重く垂れ下がる稲穂が田んぼで案山子に見守られている。

 

 俺はほっと息を吐き出し、そろそろ収穫時期だろうかと田んぼを一瞥してから再び歩き始めた。

 ……その瞬間ポケットの中でスマホが振動し、ビクッと肩が跳ねる。先程まで圏外だったため、油断していた。

 

 振動は数回続く。おそらく着信でなくLINEだろう。

 メールより便利なアプリケーションに馴染んでからもう長いが、この振動には未だ慣れない。特に今なんかは。

 

(通知なんて切っちまえばいいのにな)

 

 思いつつ、それが出来ない自分が嫌いだ。罪悪感にじくじくする胸を抱えて歩くのがひどく情けない。

 

 気分転換が下手だなと思いつつ、もう一度足を動かし始めた。一瞬でもスマホを手に取ってしまえばこの道は俺をどこかへ連れていってくれる特別なものでなく、ただの長閑な田舎道に変わってしまうだろう。

 きっと俺の思考も折り返して車まで帰る時間を計算し始める。それこそ御免だった。

 

 さらに道を行くと黄色のコスモスも混じり始めて、空ではぴ〜ひょろろと声を上げて、鷹だかトンビが飛んでいた。

 少し薄着すぎたかなと冷えた体をさするが、喧騒など一切ない空間で、余計なものが削ぎ落としてくれるような感覚は心地よい。

 

 再度スマホが振動するが、無視。罪悪感からは顔をそむけた。

 

 歩いていると少々余裕が出てきたようなので、俺は道脇のコスモスに近寄る。

 真っすぐな一本道を挟んで整然と並ぶコスモス畑。何も調べず赴くままに車を飛ばして辿りついた場所だが、これだけ立派な花畑だ。きっと町で観光用にきちんと管理されているのだろう。……その割に人っ子一人いないのは、交通の便が理由だろうか。俺としてはこの空間を独り占めできているようで気分いいけども。

 

「……ん?」

 

 花を楽しむなんてなかなか無いなと、上がり始めた気分のままに更に先へ進んだ。……すると、道の先で花以外の何かが目に入った。

 段々とそれに近づくにつれ、俺の足は小走りになる。最終的には全力疾走だ。

 

(人が倒れてる!)

 

 俺の目に映ったのはコスモス畑から突き出た二本の脚。華奢だし白いヒールをはいているから、おそらく女性。貧血だろうか。

 ここまで結構歩いたため車は遠いが、幸い電波の入る場所だ。緊急事態ならすぐに救急車を呼ぼうと女性に駆け寄った俺だが……まさか秒で後悔を味わう破目になるとは思わなかった。

 

「あの、大丈……ッ」

 

 大丈夫ですか。言いかけた言葉が止まる。

 

 

「好き、嫌い、好き、嫌い、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き

好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きあああああああああああああああ好きと言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 

 花占いでなく、花呪い。

 そんなイメージが脳を巡る。

 

 そこには念仏のような声を発しながら、手に持った花冠のコスモスを花びらどころか丸ごと食いちぎっては咀嚼する女が横たわっていた。鼻息は荒く目玉がぎょろぎょろと動き、血走っている。

 花冠はひとつではないようで、何故か両腕と首にみっちりと装備されている。そのうちいくつかはすでに食い荒らされた後だ。

 

 

「……………………」

 

 無言で回り右した俺は悪くないよな? 良くて不審者、悪くて怪異だもんこれ。

 

 しかし怪異はそれを許してくれなかったようだ。ああ、もうこれ怪異でいいよ。妖怪だよ。妖怪花食い女だよ。

 

 

 

「この状態のわたくしを放っていくだなんてあなた血は青色でして!?!?」

「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 声をかけられたうえに、ガッと足首を女性とは思えない力で掴まれて悲鳴が飛び出た。さっきまでのセンチメンタルな気分なんぞ空の彼方に飛んでったわ!!!! なんだこれ怖い!!!! 爪食い込んでる! 痛い痛い痛い!!

 

 俺はそのまま尻もちをついて、いよいよ逃げられない。田舎の妖怪に食われて死ぬんだと本気で一瞬そう思った。

 …………だが先ほどまでの迫力は何処へやら。

 

「うぇ、ぅえぇぇぇぇえええええええん」

 

 俺の足首を掴んでいた妖怪は、ぽろぽろと涙を流して子供のような泣き声を発し始めた。なんだ、俺を油断させる擬態か?

 …………いや、いい加減落ち着いてきた。

 

「人間……」

「ぅえええぇぇん。……は? 初対面でまず人間か確認されることってありますの???」

 

 泣いていたかと思えば、急にスンッと真顔で見つめられた。……この妖か、いや人間は思ったより美人だった。え、これさっきの妖怪と同一人物? 嘘だろ?

 ともかく落ち着こうと深呼吸してから、しかたなしに問いかけた。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

 

 頭が。という言葉は、ギリギリ喉の奥に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在俺は道端で花を食んでいた女性と並んで座っている。帰りたい。

 しかし俺の気持ちをよそに、女性はぐずぐずと鼻をすすりながら勝手に話し始めた。

 

「もうすぐ、けっこん、するはずでしたの」

「はぁ。おめでとうございます」

「するはずだった、と言ってますでしょう! なんとなくわかりません!? もう、空気の読めない方ね!!」

「ええ……」

 

 困惑しか口に出来ない俺を誰が攻められようか。とりあえず何かしないと八つ裂きにされそうな雰囲気だったのでポケットティッシュを差し出した。女性は「ありがとうございます……」と言うと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を整える。

 

「……でも、ふられました」

「……どうして?」

 

 相手の方が亡くなったとか、そういう重い話でないことにほっとする。そして問いかけ以外は許されない雰囲気だったので聞いてみた。

 すると彼女はすっとコスモスが長く長く続く道を指差す。そして……。

 

「この先に、私の生家があるのですけど……」

「はい」

「コスモスに囲まれたバージンロードに憧れて、これ全部植えましたの。何年もかけて」

「はい?」

「教会もわざわざ建てました! そこまでの道をコスモスでいっぱいに埋めたのに……!」

 

 そこで女性はわっと泣いて俺の胸倉を掴んだ。

 

「わたくしの愛、足りなかったのでしょうか!?」

「いや逆に重い」

「同じこと言われましたわぁぁぁぁぁ!!!!! うえぇぇぇぇぇぇん!!」

 

 再び女性が泣き止むまで、今度は三十分かかった。

 

 

 

 なにやら恐ろしい事を聞いた気がするなぁと思いながら、立ち去ることも出来ず俺は居心地悪く座りっぱなしだ。

 

「……ごめんなさい。初対面の方に、失礼なことを」

「いえいえ。なんかもう、今さらなんで……」

 

 ははっと苦笑いすると女性は気恥ずかしそうに頬を赤らめてうつむいた。そのしおらしい様子だけ見ると、やはり美人だと思う。

 

「…………誰かに話しを聞いてほしくて。そんなとき、ちょうどあなたが通りかかったから。甘えてしまいましたわ」

「甘えるなんて可愛いものでした?」

「ま、可愛いだなんて」

「都合のいいところだけ切り取るの得意なんですね」

 

 いまいち会話が成立しないなと思いつつ、気づけば驚きやら何やらで気分の重さは全部消えていた。思いがけずとんだ粗治療になってしまったな、とため息をはきながら、今なら見れるかなとスマホのライン画面を開く。

 そこには結婚式の打ち合わせをすっぽかした俺に対して延々と文句が続いており……けど、最後には「大丈夫? なにかあった?」と控えめに添えてあった。

 それを見たらへにゃりと眉が垂れ下がって、笑みが浮かぶ。勝手なもんだな俺も。後で謝らないと。

 

「まあ! 結婚式の打ち合わせをすっぽかすだなんて! 酷い人!」

「プライバシーって言葉知ってます?」

 

 堂々と俺のスマホ画面を盗み見たらしい女性がぷんすかと怒る。俺はといえば怒る気力もわいてこなくて、ただぽつぽつと話し始めた。これだけ付き合ってやったんだから、俺の話も少しくらい聞いてくれよって気持ちで。

 

「情けない事に、いざ結婚するとなったら急に息苦しくなって。考えること、決めなきゃいけないこともたくさんあるし」

「あたりまえですわ」

「ですよね。…………でも、どうにもね。いざ自分がとなるとうまく想像できなかった。家庭を作るってどんなことだろうって」

「幸せな事ではありませんか。ずっと好きな人と居られるんですのよ?」

「ああ、まあ、うん。一般的にはそうですよね」

「はっきりしない人ですわね」

「はは……」

 

 曖昧に笑って誤魔化す。振られたばかりのこの人に対して、俺は贅沢なことを言ってるんだろうな。

 

「色々考えてたら遠くへ行きたくなって……気づいたらここを歩いていました。まさかこの花畑が個人の手によるものとは思いませんでしたけど」

「頑張って育てましたわ!」

 

 えへんと胸を張る女性。それが少しおかしくて、笑った。

 女性はそんな俺を見ると少し考えてから、花冠をひとつ手に取って俺に渡してくる。

 

「失礼のお詫びに差し上げます。ご存知でして? コスモスの花言葉」

「いえ……」

「乙女の純真ですわ。わたくし、これをウエディングドレスに合わせてバージンロードを歩くのが夢でしたの」

「あなたのお相手と同じようにその純真を踏みにじった俺に渡すのは、なにか含みあります?」

「ええ。ですがそれはご自分でお考えになって。ああ、他には調和と謙虚なんてものもありますね」

「そうなんですか」

 

 持って帰るころにはしおれてしまっていそうだな、と思いつつも受け取る。どこかで新聞紙を手に入れて、濡らしてつつめば長持ちするだろうか。

 

 奇妙な時間だったが、まあ結果的に気分転換になったかな。

 そこでふと思い立って、色とりどりのコスモスたちを見渡した。

 

「でも花言葉のわりに、図太い花ですよね。どこでも自生するし、風になぎ倒されてもまた起き上がるし」

「…………。あなたこそ、なにか言いたいことがありまして?」

 

 俺が言う事じゃねぇなとは思いつつ、どうせもう会うこともないだろうしと最後に一言。

 

 

「これだけやり遂げた図太さと根性があれば、幸せになれるんじゃないですか?」

 

 

 無責任な言葉を投げかけて、コスモスの花冠を手に帰路につく。

 

 

 

 

 先ほど自分のことを乙女かよ、なんて言ったが取り消そう。

 乙女ってのは俺よりよほど強いらしいので。

 

 

 

 鱗雲がならぶ空の下の奇妙な縁を、可憐ながらも力強い秋の桜たちが見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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