『光源氏♀』および『光の姫』が十二歳となり裳着を済ませたのち、彼女がその胸に秘めていた想いを兄に伝え、ついに二人が結ばれ叶った時期。
しかし轟々と流れる大河のごとく、他のライバルたちも兄の妻として立候補し、また必然的に結ばれていった。
一番目の妻という座をなんとか抑えた『光の姫』ではあるが、二番三番には従姉妹たちが、四番目には腹違いの姉すらも婚姻の儀をすでに踏んでいる。
これには『光の姫』ライバル出現の勢いが早すぎる! と思ったりもしたが、とはいえ本来、自分がこの座にいることすら奇跡なため大いなる心で受け入れていた。
それに、自分を除いた先の三人とは宮中で顔を合わすことなど、多々少々の交流が以前よりあったので、いざ婚姻後でも互いにばちばちすることはなく、むしろ共鳴して、“女子会”なるものを開く程度には仲が保たれていた。
そして今まさに、その女子会が開かれている最中である。
「それで、兄上は私に『九歳の愛おしい妹よ』と将来を誓ってくださったのです」
そこで話される会話の内容の大半は自分たちの思い出話である。
詩を歌うや小鳥を眺めるに遊戯を試してみるなどすることもあるが、基本自慢大会だ。
彼女たちは己がどれだけ慕う人から愛されているのかを恍惚とした表情で語る。
今さっきのは『光の姫』のターンであった。
「いいえ光の姫、それは違います。本当ならその時は、私とあの方との詩の時間で、貴方がそれを邪魔したのですから、あの方も困って適当に返したに違いありません。事実、例の事件のあとに私こそが帝から直々、正式に妻となることを認められたのです!」
そして『葵の上』によるカウンターが発動。
うぐぐと少し顔をゆがめる『光の姫』
「……葵の上、少し落ち着きなさい。彼はどちらの意味でも適当な方だから、それはあり得るかもしれません。でも、光の姫を愛していらっしゃる気持ちは確かに随一だったしょう? ほら、見合いの時にまでも自分の妹を連れてくる程のお方なのだから」
だが『頭の上』による援護射撃!
『光の姫』は嬉しそうにその言葉に頷き「でも……」かと思ったら言葉は続く。
「貴方たちは皆、受け身で彼からの愛を享受したのでしょうけど。私は、“彼の方から”襲われてしまったのよ? ああ全く、あの時の彼ったら本当に獣のようで……ふふふ」
『頭の上』は相手を擁護するとみせかけて全体にデバフをかけるタイプだった。
彼女は巧妙に自分が一番愛されているのだと誇示してくる。
兄と同い年である『頭の上』の自慢に、二人は納得とともに悔しげに扇を握る。
しかし未だ一人、余裕そうな表情を浮かべる淑女がいた。
「でも皆は、彼の“弟“になったことがないのでしょう?」
「……? どういうことです」
そう、強力なライバルである。
それは『光の姫』にとっては腹違いの姉であり、『葵の上』『頭の上』にとっての政敵。
外祖父は右大臣、母は帝にとって初めての最愛の人。
彼女こそがこのメンバーで一番未知数、その名は……。
「“朱雀の上”、どうやら何か言いたいことがあるようですね」
『頭の上』『葵の上』二人の従姉妹組は警戒感を露わに言葉を口にする。
名を呼ばれた当本人はにこりと微笑むと、ゆっくりと話を始めた。
「あなたと、あなたと、あなた。そう……私を除いた三人。その内の誰かが将来、兄様の子を産んだとしましょう。それは素晴らしいことで、でも残念ね。貴方たちの子供には兄様の血が通っているけど、貴方たち自身にはその尊い血が流れていないのよ?」
「何を……それは皆そうなのでは?」
「そうですそうです!」
すかさず『光の姫』登場。
「もし血の濃さの話をしているのならば、私が一番に違いはありませんが?」
「のぅのうのぉ」
「兄上の真似はやめてください」
――――。
雀がぴよぴぃと啼く。
辺りは静寂に包まれ、再び『朱雀の上』が話を続ける。
「私と兄様は過去、血の契りをしたことがあります」
「「「血の契り……?」」」
血の契りとは、男色文化において本来婚姻関係を結べない者たち同士が行う、互いの血を混ぜ合わせて真の家族となるという、なんとも呪術的な儀式である。
「私はもともと男子として望まれていましたから、兄様とは幼いころから何度も一緒にお泊まりをしましたし、小さな旅行にも参りました」
「でもわけあって女子として戻らなければならない時が訪れましたので、その前に兄様に契りのお願いをしたのです。すると兄様はなんなりと快諾してくださいました」
「つまり、私は兄様の尊い血をこの我が身に宿らせたのです。数年前のあの頃より私と兄様は文字通り一心同体で、兄様の身体の中にも今、私の血が流れているのでしょうね」
衝撃的な告白によりドン引きと嫉妬の目線を送る三人組。
これが彼女たち初期メンバー四人組による泥沼女子会の実態であった。
――パシッ。
話を切り上げ、扇を閉じるとどこか遠くを指す朱雀の上。
「しかし、どうやら最近は問題が発生したようですね」
彼女のかざす扇の先、少しばかし遠くの方に見える男女の陰。
四人にとって最愛の人が、どこの馬の骨か見知らぬ女性と、遠く廊下の上に立って談笑している姿。
そう、この異常事態こそが今回の女子会のメインテーマなのである。
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父(帝)から呼び出され見合いの提案をされた。
こちらも既に十六歳となり、適正年齢ではあるのだが、最近はいささか婚姻をしまくっている状況で自分でも理解が追いつかない。
とはいえ権力is パワーなので大人しく提案に従うことにする。
こういうのは大抵、政治的な決断なものでこちらの好き嫌いで跳ね返せるものではないのだ。
とはいえこちらも、最近、妻を四人も娶ったばかりであるので事情を聞くことにした。
言い訳の材料がないと刺されかねないからである。
「して、一体どうして急に見合いなのでしょうか」
「……欲しいからだ」
「え? なんとおっしゃりましたか」
「お前に、その娘を娶って欲しいからだ!」
……? どういうことだ、急すぎる。
「ええですが、どのような事情がありましてかを教えて頂かねば私も娶るに娶れません」
「うむ分かった。ならば……ちょっとこっちに来なさい、誰にも聞かれてはならぬのだ」
部屋の隅、木の柱の近くにしゃがむ親子二人。
父から話された内容は非常に個人的なものであった。
曰く、亡き母(桐壺の更衣)似の女性を見つけたので、入内させようか悩んでいたところ、それを今の妻(弘徽殿女御)に勘づかれてしまい、問い詰められたので、言い訳として『息子の見合いの話だよ〜』でどうにか切り抜けたから引き受けて欲しいとのこと。
「ええ……(困惑)」
「お前にしか頼めないのだ」
真剣な表情の父。
それはもうカッコよく迫力があるため本能で『ウン』と答えてしまった。
「今夜、その元に行ってきて欲しい」
「今夜⁉︎」
「今日行くと伝達してしまったのだ!」
だが念の為、確認をしておくことにした。
「その私が娶った女性は、帝の管轄ということで宜しいのでしょうか?」
「……いや違う。考え直したのだ」
神妙な表情の父上。
互いに向かい合い、座り、ようやく話し出した。
「お前が生まれた時、そして『光の姫』が生まれ時、私は天にも昇る気持ちであった。ゆえに周りを見ず溺愛してしまい、私……お前たちにとって大きな悲劇を起こしてしまった。ゆえに今度はそうならないよう、自慢の息子であるお前に託したいのだ。この未来を」
「ち、父上……!」
帝から任された、大いなる未来への使命。
抱き合う父子、これは感動の抱擁。
本当は……帝の個人的な事情を大いに語ってるだけだろうと内心考えているのは内緒に。
「ついでに、政治的にちょうどいいと思ってな」
「えぇ……(困惑)」
ほらやっぱり、裏があった。
ここからは帝による政治的な理由とやらの演説が始まる。
ちなみに会話内容は後でまとめるので聞き飛ばしてもらっても問題ない。
「いや息子よ、お前の肩にかかっている女性たちは帝、右大臣、左大臣の関係者なのだ。もしお前が帝となる時が来た時、今のままだと政治的に余計な不和が生ずる可能性が高くなり宜しくない」
「と、言いますと?」
「派閥の問題なのだ。今のお前の嫁のうち二人はその父が左大臣で、しかしまた一人は右大臣。ここは表向き和やかだがどちらにも傾倒してはならぬ。そして問題の帝の娘……お前の妹で私の娘だが、これは本来あり得ないことなのだ。もし代々の帝が自身の親族、それも直系の姉妹を娶り続けていたら、どうなると思う?」
「権力の一極集中でより政が円滑になる、ではどうでしょうか」
「その逆だ。確かに、権力の輪を一つに纏めることは合理的かもしれぬ。しかし人間の身体は一つだ。一代限りならともかく、数代に渡ってそれが起きてしまうとしよう。周囲の助けてくれる人間は徐々に減っていき、気づけば孤独になる。孤独は毒だ。反乱が起きてしまえば終わり、この平穏な世はいつのまに暴力的な治世へと生まれ変わってしまう」
「で、では一体私はどうすれば良いのでしょうか」
「そこでだ。ここに先帝の皇女を入れるのだ。先帝の皇女という立場ならば右大臣も左大臣も手を出せぬ。それに帝である私にとっても近すぎず、大っぴらに批判されることはないだろう。つまり今のお前の状況を中和するには最適な人物なのだ。公には言えないが、中宮にするなら彼女にしておきなさい」
そしてようやく帝の演説が終わった。
簡潔にまとめると、将来の中宮は四人の中から選んじゃダメだよ〜というわけだ。
確かに今の己の行動のままではこの国を乱すところであった。
ここは平安時代、絶妙なバランスで成り立った平安の時代。
父がこれほどまでに国の将来を、息子の未来を考えてくれているのだ。
元服したとは言え前世基準ではまだ未成年、大人しく大人の助言に従おう。
それにしても……亡き母似の女性、先帝の皇女とは一体誰なのか……。
私、気になります!(すっとぼけ)
――そして何周か月が満ちていき、夜が明けるように相手も明らかとなる。
彼女の名は『藤壺の宮』。
それはもうナイスバディで亡き母の生き写しのようだった。
とても似ているのは瞳の色で、深紫に高貴なそれは紫水晶(アメジスト)を思わせる。
その瞳には、彼女に轟きそびえ立つ双つの霊峰すら、視線の吸い込みには敵わない。
年齢はあちらも十六歳とこちらと同い年であるため会話もしやすく、その所作からはところどころ名家の気品を感じさせる。
道中で見つけたら一目惚れしてしまうこと必至な彼女を。
例えるなら、美化された過去の思い出が具現化してしまったかのような罪深い魅力で、その通りこちらにとっては記憶の中の母が若く顕現したようである。
とはいえ契ったのは一週間前ほどであり、まだ互いに知らないことが多すぎる。
そういうわけで、今は二人の時間をじっくり大切にしているのだ。
ξ
そして場面は女子会に戻る。
遠く仲睦まじい姿の二人組、それを見つめる美女四人組。
話題の焦点は“あの女が一体何者なのか”ということ。
あの女性が現れてから一週間ほど、四人の床に彼は突如こなくなってしまったのだ。
当然不満と疑問が溜まるわけで、どこかで聞いたことのあるような話の状況である。
「この四人のうち誰かが実際に兄様を尋ねるわけですね? あの女性について」
「でも、あの状況の彼のじゃまをしてしまうと淑女らしくないと思われるかもしれない」
「私は姉上に同意します。あの方に嫌われる可能性があるなら避けたいです」
議論を続ける彼女ら、すると一人沈黙を続けていた『光の姫』がすっと手を挙げた。
「私が行きましょう。問い詰めてやります」
立ち上がり、そそくさと二人の男女のもとに近づいていく。
『光の姫』は意を決し、仲睦まじく談笑している兄と見知らぬ女性のもとへ歩み寄った。
「兄上、少しお時間をいただけますか?」
兄は彼女に気付き、微笑みを浮かべた。
だがその表情には少しの戸惑いも含まれている。
「どうしたのだ、光の姫? 急に」
「その方はどなたですか? 私たちに紹介していただけますか?」
有無を言わさぬ直球的な質問。
兄はついくせのように頬をかいていた。
すると女性は柔らかな笑みを浮かべ、一歩前に出る。
「初めまして、私は藤壺の宮と申します。これから皆さんと一緒に過ごすことになるでしょう。どうぞ宜しくお願いしますね」
微笑む『藤壺の宮』に、『光の姫』の心はドキリと揺れる。
彼女は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに取り繕った。
「そうですか。藤壺の宮様、こちらもよろしくお願いいたします」
それはどこか兄に似ていて、朧げな記憶の母と重なっていた。
すると、兄が少し困ったように口を開く。
「実は父上の勧めで、彼女と私は婚約することになったのだ」
その言葉に『光の姫』は一瞬息を呑んだ。
しかし彼女は表情を崩さず、言葉を紡いだ。
「そうですか、それはおめでとうございます」
しかし、その内心は嵐のように吹き荒れていた。
なぜ私以外の女をまた妻に……。
彼女は兄への独占的な愛を感じつつ、また同時に困惑していた。
ああでも、どうしてか兄上と似た雰囲気を持っている。
『光の姫』は悲しみと喜びの両方を混在させつつ、その場を去った。
女子会に戻り、三人に報告すると、皆一様に驚きの声をあげた。
「何ですって? 新たな婚約者がいるなんて!」
『葵の上』が一番に反応し立ち上がった。
そのまま相手方に突撃しようとしたので、姉の『頭の上』がその妹を抑える。
「それで、藤壺の宮はどのような方なのですか?」
『朱雀の上』が口を開いた。
『光の姫』は一瞬の間を置き、微笑みながら答えた。
「彼女は……とても美しい方です。でも、私たちも負けてはいられません」
三人はその言葉に頷き、それぞれの心に新たな決意を抱いた。
数日後。
兄が再び彼女たちのもとを訪れた時、『光の姫』は一歩前に出て言った。
「兄上、私たちはこれからもあなたを愛し続けます。でもどうか、私たちの気持ちを忘れないでください」
兄はその言葉に微笑みながら、片膝を折って誓った。
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END
――その時、小さな足音が近づいてきた。
突然、幼い少女が現れ、兄に駆け寄ったのだ。
「父上! 見てみて、こんなにきれいなお花を見つけたの!」
謎の紫幼女が現れたのでハッピーエンドです
最後のですが、主人公は(父上じゃ)ないです