《いずも応答せよ》
《…》
キィィィィィィィン…
飛行機が白い線を描きながら空を駆ける。
木々は揺れ、鳥が歌い、木の葉が舞う。
「平和だねぇ…」
この国、日本は幾度とない争いや天災を経験しながらも今日まで存続してきた。
しかしそれはただ成り行きに任せたわけではない。
日本国自衛隊。
読んで字のごとくこの国を、自分たちを守る組織だ。事実上の軍隊でもある。
有事の際に国を守るという『本業』は幸いなことに未だ果たされていない。
そのかわりの普段の仕事といえば訓練訓練、たまに災害救助や地域活性化の支援など。
まぁ、なんだかんだで日本の平和を守っている。
多分。おそらく、きっと。
この俺、佐島彰(さじまあきら)という隊員がソレに貢献できているとは到底思えないけども。
辺境の駐屯地に配置されただけのいち隊員でしかない自分にはそういう大きなスケールの話はよくわからない。ただの1兵卒が世界に影響を与えられるとは思わないし、組織の体質としてむしろ影響を受ける側にあるのもそうだ。
海軍戦力は周辺国家やアメリカ様にも劣らない力を持ってはいるが積極的に外洋での訓練を行うわけでもなく、海に囲まれた島国であるから俺のような陸自隊員は出番が無い。
しかしまぁ、訓練やら日々やっていることが平和につながっていると考えたら少しだけ誇らしくなる。
男の子が憧れるような激しさはあまりないが、きっとそれでいい。そもそも陸自に出番が回ってくるような状況とは何だってことだな。平和が一番。
だが視界の端に床磨き機の上に乗ってるアホを見つけたりするとちょっと不安になってくる。
訓練がない日だからって羽目を外しすぎるのはよくないぞ。台風が来るぞ。
そして俺の職場、この駐屯地だがだいぶ特殊な状況で、倉庫や整備拠点のような扱いを受けて退役装備や余剰部品なんかがひしめいている。
しかもいかにも普通みたいな顔でそれらが使われている。
俺もかなり面食らったがホーク対空ミサイルの運搬車が
旧式装備、結構結構。それでなんか不便したこともないし、いろんなものが見れてちょっと楽しくもある。
…いや、でも老朽化が進んで壊れるものもあるしそれを直すためにみんな専門知識つけまくることになったしそのおかげで各部門にスペシャリストが何人かはいる状況だしそのせいで兵器のオーバーホール依頼とかいっぱい来るし…前言撤回、やっぱ不便してるわ。
何なんだこの駐屯地。本当に真っ当な軍事基地なのか不安になってきた。
しかし聞いた話じゃ近くにある分屯地の方がもっとやばいらしく、こっちが旧式なら向こうは博物館レベルだという。まさか大戦中の装備があるわけではあるまいし…いや無いよな?
謎は尽きないが現場の俺にはどうしようもないことだ。
とかなんとか、いろいろ考えたら眠くなってきた。
昼下がりの温かい日差しが心地よくてたまらん…
「…おい佐島、こんなとこで寝るな。先輩に見つかったら連帯責任食らうんだぞ」
と、初夏の空気を吸い込んで夢うつつの俺のもとに同僚が近づいてきた。
こいつは俺の候補生時代からの友人、長野哲(ながのてつ)。
いいやつでも悪いやつでもない、少しいいやつ寄りの普通のやつだ。本人談。
「すまねえ長野、でなんか用?」
「お前もあの話は聞いただろ、どう思う?」
あの話…というのは昨晩起こったらしいあることについての話。
『太平洋上で訓練中だった日米連合艦隊との連絡がつかない、それどころか姿も見えない』
…という、普通に国際レベルのヤバイ話です。ハイ。あまりにもアレなのでまだニュースにもなっていない。いざ報道されたら大騒ぎ、あらゆる媒体で荒れまくること間違いなし。
蒸発してしまった連合艦隊の内訳には我らが海上自衛隊の貴重な航空戦力である空母型護衛艦に加え、アメリカ様がつい最近F-35戦闘機を運用可能な"ライトニング空母"へと改装したばかりの強襲揚陸艦がそれぞれ1隻含まれており…
それ以外にも輸送船やら駆逐艦やらがついたそこそこ大きな艦隊だったようでなんかもう計り知れない、オッソロシイ損失だ。
そこで持ち上がるのはなぜそんな危ない話を一般兵が知ってるんだという至極まともな疑問だろう。
なんでも、この激ヤバ情報を管理していた上官どのが"うっかり"幹部の全員に確認メールを送ってしまった…とか言う話。
その後送り先の複数のうちどっかから情報が漏れて、口伝えで伝わり…うん、多分ほとんどの自衛官が知ってるんじゃないかな?
それ以上は彼の名誉のためにやめておくけど、さすがにアホだと思う。
「最近よく発生してるっていう磁気嵐のせいかな、一時的に電気系統がやられるっていうあれ」
「でもそれじゃあ衛星画像に映ってないのはおかしいぞ?」
「その辺が謎なんだよな」
思い当たるのは中露の干渉。
だが太平洋沖まで出張ってきて全く気づかれずに連合艦隊を殲滅するなんて芸当ができるとは思えないしやるとも思えない。
現場には哨戒機や護衛艦、米国のイージス艦などが調査を行っているらしいがそのような痕跡は見つかっていないそうだ。いったい何が起こったんだ?
「タイムスリップしたのかもしれないな、あの映画みたいに」
「アメリカの空母が過去に飛んじゃうアレか、確かに…いや、ありえないだろ」
「神隠しって言ったら過去か未来に、もしくは神の世界とかに飛んじまうもんだと思ったんだけどな」
「まあ、そのうち結果は出るだろうが…空母型護衛艦と強襲揚陸艦が一隻消えたっていうのは痛いな」
そこで会話は止まる。
それ以上は何とも言い難かったし、首を突っ込む問題でもなかった。
俺はSNSを確認しようとスマホを手に取る。
「ん?」
『インターネットに接続されていません』
ブラウザの画面にはドット絵の恐竜とその文章だけが表示されていた。
接続状況は…圏外…圏外?
この辺には新設された立派な基地局があったはずだ。
ふと空を見上げる。
飛行機雲は途切れていた。
木々のざわめきも、鳥の声も、舞い散る木の葉もない。
肌に触れる空気は初夏の心地よいそれではなく、密林にいるかのような湿ったものだ。
胸の奥で何か、言い表しようのない不安な感覚にかられた。
同僚も同じような気持ちでいるらしい。
「なあ、ここはどこだ?」
その場に答えられるものはいなかった。
なんか始まった。
やる気と根気次第で続きます。